内火艇:八神はやて
内火艇は満天の星空の下を軽快なエンジン音を鳴らし飛んでいた。
眼下の原生林は彼方まで続き、この世界が森に覆われているような錯覚すら覚える。
空と地の永遠を経てもまだ変わらぬであろうその光景にこの先にある魔王の結界の存在を忘れてしまいそうに思えた。
突如、空間がぬめる感覚が襲ってきた。
「わあっ」
突入時に襲ってくる感覚のことも含めて、アニエス・バートンの結界の事は、すでにフェイトから聞いていた。
だが、その突然の感覚は想像以上に不快なものだった。
「もうこんな所まで広がってたんか」
アニエス・バートンの結界は考えていた以上に速く成長している。
それに伴い予想よりもアニエスは強力に成長している可能性がある。
はやては素早く新たなデータを元に敵の戦力予想を行う。
「よし、まだ予想範囲内や」
森は生命を育む姿から、その身をむさぼられ悲鳴すら上げそうなものへと姿を変えている。
映像を拡大すれば、場所を選ぶまでもなくアニエスの眷属たる大小の蝗が、木や草と言った森の構成要素ではなく、森そのものを食べているのがわかった。
おそらくは世界結界も……。
「そういうことなんか」
はやてはようやくこの月匣の意義を理解したような気がした。
この結界はミッドチルダ式、ベルカ式の魔法で作られる結界のように内と外を隔絶するものではない。
この結界の中はアニエスとその眷属が世界を食べるための異世界、もっと言えばアニエスの口の中とも言える場所なのだ。
そう考えれば侵入が自由なのも当然だ。
口の中に入ってくるものは全て獲物。追い払う理由はない。
なら外に逃げるのはどうだろう。事実フェイト達はこの結界から一度は外に出ている。
おそらくそれも自由なのだろう。
月匣はいずれ世界を覆い尽くす。そうなれば逃げた獲物もまたアニエスの口の中だ。
遅いか早いかの違いでしかない。
「八神隊長、着きましたよ」
ヴァイスの声と共にモニターで前方を確認する。
黒いドーム。フェイトの報告どおりだ。
そして、その周りをドームが霞むほどに取り巻き、飛翔する蝗の群れ。
あそこの蝗だけは食欲を満たすことを止め、ドームを守ろうとしているようだ。
その予想はすぐに裏付けられる。
確認してからいくらも立たないうちに、蝗の群れが1つの塊になって内火艇に突進を始めたからだ。
「みんな、行くよ」
内火艇のハッチが静かに開いていく。
吹き込む風がはやての頬を打った。


空:八神はやて
内火艇のハッチから落ちた光が砕け散る。
後にはバリアジャケット装着したはやてがシュベルトクロイツを握っていた。
内火艇からはさらに6つの光が飛び立つ。
スターズとライトニングだ。
その頃には蝗の群れが、さらに接近していた。
さっきまでは塊として見えた群れも今は壁のように見える。
未だ蝗の形が見えないほどの距離ではあるが、無数の羽音が耳障りな呻りとなって響いている。
「まず、わたしやな」
圧倒的な蝗の量は直接魔法を交えなくとも心理的圧迫となってはやてに襲いかかる。
これからはやてはそれと向かい合わなくてはならない。
未だ魔法を使っていないにもかかわらず、遙か下の地面に向けて汗が落ちていった。
濡れる手のひらをぬぐい、シュベルトクロイツを握り直して掲げる。
「響け終焉の笛!」
現れる魔法陣は2つ。
足下のミッドチルダ式魔法陣。
眼前のベルカ式魔法陣。
ゆっくりと回転する魔法陣が強い魔力光を放つ。
「くうっ」
この魔法は本来1人で使うものではない。
リィンフォースⅡとの融合により最大の威力を発揮するものだ。
そのため、リィンフォースⅡのいないはやての体には大きな負担が苦痛となってのしかかる。
それでもはやては集中を止めない。
この一撃が作成戦功のための条件の1つなのだ。
「ラグナロク!」
ベルカ式魔法陣の3つ頂点から生まれた光がふくれあがる。
爆音と共に解放された魔力光が蝗の壁に穴をうがち、黒いドームとぶつかり合った。


空:高町なのは
蝗の壁に開いた穴をライトニングとスターズが突き進む。
なのはの赤いアクセルフィンが光る。
フェイトのソニックセイルが空を切る。
フリードがキャロ、エリオそれにティアナを乗せて翼を振る。
ウィングロードを滑るマッハキャリバーがスバルを風にした。
(以降、あたしからの指揮は出来んようになる。スターズ、ライトニングは独自に行動や)
「了解」「了解」
念話の所々がかすれてはやて体にかかる負担を教えてくれる。
それを気遣うのは今ではない。
今ははやての行動に答えるときだ。
「フェイトちゃん。行くよ」
「うん、なのは」
振り上げるレイジングハートはエクセリオンモードへ姿を変え、バルディッシュはザンバーフォームとなってフェイトにかつがれる。
「スターライト!」
「プラズマザンバー!」
なのはとフェイト、2人のインテリジェンスデバイスに光る魔力が集まっていく。
2人が使う魔法は集束魔法。周囲の魔力を集めて力とするものだ。
周囲の魔力が多ければ多いほど威力を増す。このためにはやてが魔法を使っていたのだ。
「ブレイカーッ!」
「ブレイカーッ!」
赤と金、二つの光が奔流となって黒いドームとなっている結界の下部に突き刺さる。
二つの光はいささかの力を弱めることもなく、結界に二つの穴を開ける。
結界は空中で消える破片をまき散らし、ひびをその身に浮かばせた。
「えぇええええええええええええええい!」
「はぁああああああああああああああっ!」
なのはとフェイトは止まらない。
砲撃と斬撃を続け球状結界の中央で交差する。
さらに、そのまま反対側に抜ける。
4分割された結界にはさらに無数のひびができる。
そのひびが互いに互いを繋ぎ結界の全てを覆ったとき、ガラスの砕ける音と共に結界は跡形もなく消えた。


内火艇:ヴァイス・グランセニック
黒いドームの形を成した結界の下から姿を現したのは緑の苔に覆われ歪んだ城だった。
いや、よく観ると違う。
覆っているのは無数の緑の鱗。しかもその城はわずかに脈動している。
計器に目を通すと、魔力計がとっくに振り切れていた。
「へへ。こいつは……すげぇな」
言いながら座席の横に無理矢理据え付けた柊カノンのコントローラーに手を伸ばす。
少し動かす。急造のわりには素直に動いてくれる。
「柊蓮司、だったよな」
砲弾の中にあるスピーカーのスイッチを入れる。
柊蓮司にはヴァイスの声が聞こえているはずだ。
「なんだ?」
「カウントは無しだ。外の様子が酷くてな、そんな暇はねえ」
「おお、いつでもやってくれ」
ヴァイスはもう一度全ての計器に目を通す。
風向、風力、そして外部の魔力状況。全ては絶好ではないがやるしかない。
幸い蝗の襲撃は無い。はやてのラグナロクが効いているのだ。
コントローラーをわずかに倒す。
狙うは城の中央。全てのセンサーがそこに強い力があることを示していた。
「発射!」
炸薬の爆音が壁を通してヴァイスの耳と体をふるわせ、内火艇そのものを揺さぶる。
反動で傾く機体をわずかな操作で御したヴァイスは城の壁面に開いた大穴を見て、指を鳴らした。


空:フェイト・T・ハラオウン
柊を乗せた砲弾が緑色の城に突入した直後、フェイトは何かが自分の体を通り抜けていった感覚を覚えた。
同時に新しい領域の存在を感じる。
広域結界でもなく、月匣でもない新しい領域。これがアンゼロットの行っていた柊力なのだろう。
フェイトは穴の奥に目を懲らす。奥で何かがうごめいていた。
すぐにその正体はわかる。
蝗だ。今まで外にいた蝗と同じではない。より大きく、細身で、色が黒い。
鳴り響く羽音の強さがそれまで見てきた蝗より、さらに強い力と凶暴性を備えていることを教えてくれる。
「みんな、避けて!」
なのはの声が耳を打つ。
黒い蝗が穴からあふれかえったのは、フェイトがその前から身をひいた直後だった。
黒い蝗を吐き出し終わった穴は静かになる。
フェイトは穴を見る。奥には砲弾と共に撃ち込まれた彼がいるはずだ。
「柊さん……」
次いで空を見る。黒い蝗がはやての広域魔法をかいくぐっている。
「はやて……」
体が二つあればと思う。だが、そんなものはないしだからこそそれぞれの役割を決めたはず。
それは他の誰かにに任すことができないものだ。
「みんな、行くよ」
反対するものは誰もいない。フェイト達は穴の奥にその身を舞わせた。

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最終更新:2008年04月10日 17:09