魔法少女リリカルなのはStrikerS――legend of EDF――"mission4『ファースト・コンタクト』"
――新暦七十五年 二月十六日 〇六時二十一分 次元空間――
「各種レーダー、ソナー共に反応無し。今の所これと言った異常は見られません」
「そうか、引き続き周囲の警戒を頼む」
オペレーターからの報告に、XV級艦船『クラウディア』艦長クロノ・ハラオウンは静かに答えた。
昨今の管理局艦船は小人数化が進んでおり、新鋭艦である『クラウディア』も乗員数が百名くらいしか乗っていない。
ブリッジクルーもクロノ以外は四名しかおらず、いちいち大声を出す必要はないのである。
千名以上の乗員で艦を動かしていた旧暦時代とは大違いだ。
クロノは外に広がる次元の海へと目を向けた。
泥絵の具を掻き混ぜたような色彩の亜空間は、信じられないくらいに穏やかだった。
うねりもなく、艦の動揺も少ない。航海にはうってつけの環境といえよう。
だが、その穏やかさが今だけのものであることを、クロノは充分に理解していた。
『世界は変わらず 慌しくも危険に満ちている』
その格言通り、いつ、どこから、どんな災厄が世界を襲うかもわからないのだ。
事実、一周間前から多くの次元世界で小中規模の次元震が確認されており、派遣された調査団の行方不明事件も多発している。
彼の友人ヴェロッサ・アコース査察官も、第九十管理外世界に調査に行ったっきり消息を断った。
クロノら次元航行部隊にも警戒命令がかけられたが、幸いなことにこちらではまだ何の異変も無い。
しかしクロノは思うのだ。
もしかして、一連の出来事は『レリック事件』と……いや、『あの予言』となにか関係があるのではないかと。
『あの部隊』の設立にはもう少しだけ時間がかかる。それまで何もなければ良いのだが。
「艦長、どうなさったのですか? なにか心配事でも?」
不意に掛けられた声にゆっくりと横を向くと、『クラウディア』の副長が不安そうな表情をしていた。
「いや……なんでもない。気にしないでくれ」
クロノは頭を振って、たるみかけていた意識を引き戻した。
艦長たる者、決してクルーの前でボンヤリしたり、不安や迷いを見せてはいけない。
そんなことをしたら艦長の威厳がなくなり、艦の士気が低下してしまうからだ。
「さあ、皆も気を抜かずにしっかりとやってくれ。あと三日もすれば本局に戻れる。
そうしたら、最低一周間は休暇を貰えはずだからな」
副長の言葉に部下達の顔に笑みがこぼれる。
軽く拍手をする者や、「あと三日だー」と歓声を上げる者もいた。
狭い艦内で、四六時中同じ顔をつき合わせている海の人間にとって、陸で過ごす時間はこの上ない楽しみである。
それはクロノにとっても例外ではない。
キーボードに指を滑らせ、立体写真を投影する。
そこに写っているのは、海鳴市で自分の帰りを待つ家族の姿。
長い航海の間、家族に会えないのはやはり寂しいものだ。今年もまだ数えるほどしか会っていない。
そうだ、この仕事が終わって家に帰ったら、子供と妻を連れて遊園地にでも行こうか。
それとも、映画でも見に行こうか。公園でのんびり過ごすのもいいな。
仕事仕事であまり家にいられないのだから、たまの休みくらい子供たちに父親らしいことをしてあげたい。
クロノはそっと目を瞑り、帰りを待っているであろう家族へ思いを馳せた。
彼等は気付いていなかった。
一連の同時多発次元震が『レリック事件』はおろか、『闇の書事件』や『P・T事件』が小事に見えるほどの事件……いや、戦争の前兆であることに。
招かれざる『異邦人』がすぐ目の前に迫っていることに。
世界に迫る、己が魂を打ち砕くほどの絶望。
クロノ達がそのことに気がつくのは今から――数秒後のことであった。
「……っ! 艦長! 艦前方に高エネルギー反応! レーダー波にも乱れが生じています!」
一人モニターに張りついていたオペレーターの叫び声が、「クラウディア」の艦内に響いた。
続いて立体モニターにノイズが走り、計器のランプ、証明までもが明滅を繰り返す。
ブリッジクルーに緊張が走る。
「どうなっているんだ!? 状況は!」
クロノの怒鳴り声がブリッジに木霊する。
「全レーダー、及びソナー使用不能。エネルギーも上昇を続けています!」
オペレーターは声を高くしながら叫んだ。
「本局に異常を知らせろ。それがダメなら付近に展開している艦艇を呼び出せ!」
「了解……ダメです! 本局、味方艦、どこにも連絡が取れません!」
「レーダー使用不能? 通信も繋がらない……?」
「はい、おそらくはエネルギーの影響かと。このままでは全機能が停止するのも時間の問題です」
オペレーターの声にも諦めの色が見える。
そして、それを裏付けるように機関が停止、艦のコントロールも効かなくなった。
コンソールがショート、激しい火花がブリッジを一瞬明るくする。
艦の照明も完全に落ち、ブリッジは闇に閉ざされた。
「なんなんだよこれ……どうなってんだよ……」
「あと三日、あと三日で家に帰れるのに!」
「落ちつけ! こんな時だからこそ冷静になれ」
騒ぎ出した部下を戒めたクロノに、「艦長!」と切迫したオペレーターの声が掴みかかった。
「エネルギーさらに上昇。次元空間に歪みが発生します!」
「なに? 空間に歪み……だ……と?」
外に目を向けたクロノは、思わず目を見開き、愕然とした。
そこにあったのは『闇』。艦の前方に『闇』が集まり、ブラックホールのような渦を巻いていた。
『闇』は収束は止まらず、徐々に大きくなっていく。
まるで、『クラウディア』を飲み込もうとしているかのように。
「あれは一体なんだ?」
クロノが疑問の声を上げる。
「不明です。しかし、エネルギーはあの『闇』の中から検出されています」
『闇』の大きさは『クラウディア』を追い越し、今や小惑星を飲み込めるほどに成長していた。
(なんだ。なにが起ころうとしているんだ?)
頭脳を必死に働かせ、今の状況を理解しようとした。
が、どれだけ考えても答えは見つからない。
逃げようにもシステムが働かない。通信も断絶状態。豹変する環境にクロノはただただ振り回されるだけだった。
「エネルギー急速に低下、システム復旧開始、闇も晴れていきます」
モニターが次々と生きかえる。照明も回復し、ブリッジに光が戻ってきた。
亜空間を覆い尽くしていた『闇』が、見る見るうちに崩壊していく。
そして、『闇』中から――
「待ってください! 『闇』の中から質量反応確認! 大きい……推定、衛星クラス!」
――破壊の神が降臨した。
「あ……あれはなんだ……?」
『闇』の中から現われた物、それは巨大な球体だった。
『クラウディア』より二回り大きい、機械仕掛けの球体。
その周りに数十の板状の物体が浮遊し、下部から五本の棒状の物体がぶら下がっている。
形状からしてそれらは砲台のようだ。球体の至るところから黒煙が上がり、ひび割れからも炎が上がっていた。
その姿はまるで、戦場から逃げ延びた落ち武者のようだった。
「…………」
ブリッジは沈黙に包まれた。
原因不明の高エネルギーと「クラウディア」の完全停止。
『闇』の出現にそれに伴う球体の出現。未だに頭の整理がついていないのだろう。
クルーは皆、口をぽかんと開けたまま、呆然と球体に視線を送っていた。
「衛星……でしょうか?」
混乱から立ち直った副長がクロノに問いかけた。
「わからない。形状からして戦闘艦なのは間違いなさそうだが、あれが有人艦なのか、無人艦なのか、
それとも衛星なのか……まあなんにしても次元断層にでも巻き込まれたのは確かだな。
一応通信してみよう。有人艦ならきっと混乱しているはずだ。オペレーター、艦の通信機能は回復しているか?」」
「まだ本局とは繋がりません……ですが、あの艦に通信することは出来そうです」
「よし、では不明艦に送信を頼む。内容は
『こちら時空管理局本局、次元航行隊所属艦『クラウディア』貴艦の所属と状態を明らかにされたし』
副長、念のために乗組員を第二種警戒態勢で待機させておけ」
復唱の後、オペレーターと副長、そして「クラウディア」の全乗組員が動き出した。
副長が各部に指示を出し、クロノのモニターに配置完了の報告が相次いで届いた。
カタカタとキーボードを叩く音。オペレーターが全周波数で通信を送り始めたのだ。
(さて、返信はくるか……?)
クロノは憮然と腕を組み、不明艦を凝視した。
沈黙を保つ正体不明の球体。それはクロノが知っている、どの世界の艦艇とも違うものだった。
管理局に勤めて大分経つが、こんな物体は見たことがない。
まるで機械の星が浮かんでいるような光景に、クロノは得体の知れない不気味さを感じた。
しかし、あれが有人艦なら、乗員は艦内できっと救助を待っているはずだ。
無人艦でも、あれの第一発見者として調査をしなければならない。
どちらにしてもこのまま立ち去ることは出来ないのだ。
(なんにせよ、この艦だけでは荷が重いかもしれない。せめて本局と連絡が取れれば……)
誰にも聞こえない声で、クロノは呟いた。
そのときだった。
不明艦が……『星舟』が通信に答えるかのように赤く輝き出したのだ。
そして、『クラウディア』の艦内にレッドアラートがけたたましく鳴り響いた。
最終更新:2007年10月13日 22:49