アニエスの祭壇:スバル・ナカジマ
柊蓮司の魔剣の魔力、それを迎え撃つステラの魔力、二つの魔力がぶつかり、拮抗し、火花をあげる。
目を刺す魔力光を少しでも弱めようと、スバルは手をかざした。
「おおおおおおおおっ」
柊蓮司が雄叫びと共にさらに魔力を注ぎ込む。
ステラも輝きと共に魔力をくみ上げる。
互いの魔力は互いの間で留まり、圧縮され、それが臨界に達したとき、ついに爆発を起こした。
ステラは部屋の奥に吹き飛んでいく。
柊蓮司はその逆に弾かれる。
「柊さん!」
あれでは受け身が取れない。
そう考えたスバルは落ちる柊に向けてウィングロードを延ばす。
周りの蝗も触手も爆発した魔力に当てられたのか動きを見せない。
スバルは一直線に走り、柊蓮司の背中を受け止めた。
「すまねえ」
柊蓮司が頭を振りながら自分の足で立つ。怪我はないようだ。
「やったの?」
ティアナを先頭にエリオとキャロも走ってきた。
「いいや、だめだ。あの手応えだと全部弾かれた」
「なによ、それ!」
空気を切る音が聞こえた。
その元は再び空中に浮遊しながらスバル達を見るステラ。
それと共に蝗は統制された動きを取り戻し、触手はスバル達を牽制するように動く。
「傷もついていないなんて……」
ティアナは目を見開き震えていた。
エリオもキャロも同じようになっている。
──たぶん私も同じ顔をしている。
スバルはそう思った。
アニエスの祭壇:ティアナ・ランスター
なのはとの訓練、そして何回かの実戦経験でティアナは攻撃の様子を見れば、その威力がどの程度かがだいたいわかるようになっていた。
ステラに打ち下ろされた柊蓮司の一撃はなのはやフェイトを思わせるほど強いものだった。
あれに比べたらスバルのディバインバスターも見劣りする。
「あれが……魔王。反則的じゃない」
なのはやフェイトを追い詰めた魔王を決して見くびっていたわけではない。
それでも想像を圧倒的に上回っていた。
城を構築し、大規模な結界を作り上げる反則的な魔力量。
世界を食べる反則的な能力。
そして自分達では傷もつけられないような反則的な防御能力。
どれもこれも圧倒的だ。
「魔王の核だからな、簡単にはいかねえよな」
柊蓮司が立ち上がる。まだ諦めていない。
──そう、私たちはまだ諦められない。
なら、どうすればいい。
ただ打ち続ければ勝てる相手ではない。
ティアナは考える。どうすれば勝てるか。
それを考えるのは指揮を執るティアナの役目だ。
──反則的
そういえば、アニエス・バートンの復活は最初から反則的だった。
アニエスの復活は片目を破壊された時に不可能になったはず。
頭蓋を封印したのも単体での危険度からであって、復活を恐れたわけではない。
──なら、元から片目で復活できたの?
それもない、アニエス・バートンが戦いに敗れたのは遙か昔だ。
片目で復活できるのなら、もうとっくの昔に復活を試みてもいいはずだ。
だが、そんな話はない。
──何故、今なの?
ステラはアニエス・バートンが破れてからずっと次元世界にあった。
そして大規模な破壊に関わり、時には世界そのものを破壊してきた。
それが突然、今までにない行動を取った。
次元障壁の先にある世界、ファー・ジ・アースへの帰還だ。
──何故
今、帰ろうとしたのか。
「次元世界で復活の手段を見つけたから?」
なら、その手段は?
──核
アニエス・バートンの核と言えるものは三つある。
頭蓋と二つの目。
しかし、今ある目は1つだけのはず。
ティアナの視線が一点に集まる。
認識の外にあったそれが認識の中央に置かれ、それを元に思考が組み上がっていく。
「オッド!」
インテリジェンスデバイス・オッド。
あれだ!
「みんな、聞いて。ステラはきっと壊せないわ。昔壊した片目は秘術を使って壊したんでしょ?」
「あ、はい!」
串刺しにした腕くらいの蝗を振り落としながらエリオが答える。
「だったら、ステラは無理。でも、壊せるものはあるわ。オッドよ」
「オッド?」
キャロがスバルに魔法をかける。
「そうよ。アニエス・バートン復活には二つの目が不可欠なはず。だけど、目の1つは壊された。だから、ステラは次元世界でかわりになる義眼を作ったのよ。それが、オッドよ」
「あっ」
スバルは一瞬だけ、部屋の奥の祭壇に供えられているオッドを見る。
「魔王の目を壊す秘術はわからない。でも、インテリジェンスデバイスなら私たちでも壊せる!」
体の震えが止まった。
スバルも震えていない。いつものスバルに戻っている。
「なら、今度はあっちを狙えばいいんだな」
「待って」
駆け出そうとする柊蓮司を止める。
「奥に行くとステラはオッドを守ろうとするわ。蝗と触手を総動員してくると思う」
「なにか策があるんだな」
「ええ、そのためにはまず……」
ティアナは顔を上げる。
「あのステラのいるところにみんなで行かないと」
そして食べられていく獲物ではない管理局のフォワードの目でステラを睨みつけた。
アニエスの祭壇:エリオ・モンディアル
前に立つのはスバル、エリオ、柊蓮司の3人。
「行くよ、みんな」
「おう」
「はいっ」
ストラーダの刃を少し大きめにする。
足下の触手を切り裂いて行くのは草刈りをしているようでもあるが、気を抜けばあっという間に叩き伏せられてしまう。
エリオが刈り取り、柊が切り裂き、そしてスバルが蝗の群れをたたき落とし、5人は少しずつ前に進んでいく。
「あれ?」
手応えが少しおかしい。
少し前に進むごとに、力を少しずつ増さなければ刈り取れなくなっていく。
わずかずつではあるが、確実に力を増し続けなければならない。
スバルがまた蝗を1つ落とした。
蝗の大きさは人の身長の半分くらい。
さっきまでは、腕くらいの大きさのものが多かった。
──敵が強くなっている
それはまだ、気のせいのように思えた。
空:八神はやて
はやての飛ぶ空の景色は少し変わっていた。
蝗の色は緑。故に、景色は緑に霞んでいるように見えていた。
今は違う。
景色は黒ずんで見える。
「蝗の種類が変わってきとるんか?」
黒く細身の蝗が増えている。
その、新しい蝗の群れがはやてに何度か目の突進を仕掛けてきた。
「いけっ!」
白い航跡を描く魔法弾が群れの先頭に直撃する。
巻き込まれた蝗は次々と落ちていくが、後に続く蝗はそれを無視してさらに突き進む。
「なっ?」
別の方向に飛ばそうとしていた魔法弾を目の前に迫る群れに飛ばす。
間一髪、蝗の複眼がわかる距離で群れを仕留めた。
「蝗が強くなっとる」
さっきまでは一発で落とせていた。
それが今は二発使わなければ落とせない。
わん、と耳鳴りがした。
目の前の蝗に気を取られすぎていた。
上と下、そして左右から黒い群れが襲いかかってきた。
「フレース・ヴェルグ!」
それぞれの方向一発ずつ。
だが、それではどの群れも落としきることはできない。
次の砲撃のために魔法陣に充填させる。
「あぁあああああああああっ!」
次の砲撃は無かった。
蝗の群れがはやての姿を覆い隠した。
空:高町なのは
ベール・ゼファーの指先から黒い球が放たれる。
ついに、魔法の完成を許してしまった。
球は孤を描き、フェイトを迂回してなのはに迫った。
「Flash Move」
魔力を注ぎ込まれたフライアーフィンがなのはを加速させる。
光を全く反射することのない真の黒がなのはの目の前を通過した。
いやな汗が溢れる。
あとわずかで、ヴァーティカルショットが直撃してた。
しかも頭部に。
その結果を想像し、わずかに平静を乱したなのはを正気に戻したのは、わんという虫の羽音の呻りだった。
「な……に?」
あたりに蝗はいない。
しかし、通路は蝗の羽音で満ちていた。
「やっと、天秤が傾いたわね」
空中に立つベール・ゼファーの笑みが大きくなる。
「どう言うこと?」
「群生相って知ってる? 蝗はね、密度を高くしてやると群生相っていう体が黒くて飛翔能力と集団性に優れた形に育つの。アニエスの蝗は、それだけじゃないわ。繁殖力、食欲、凶暴性も高まり、そして強くなるの。私はこの城の中でその群生相の蝗を作っていたわけ。それを一気に外に解放したらどうなると思う? 最初のうちは外の八神はやては弱い蝗と戦っていればいいわ。でも、少しずつ群生相の蝗が増えていく。そうなれなれば、いずれ広域魔法を得意としている八神はやてでも群生相の強さと繁殖力についていけなくなるわ」
「それじゃ、はやてちゃんは?」
「今頃、蝗に食べられちゃってるんじゃない?このうるさいくらいの羽音がその証拠よ。そうそう、そうなったら蝗たちは邪魔されずに世界を食べていけるわね。それはアニエスの力になるわ。奥に行った4人も大変なことになってるんじゃないかしら」
「く!」
いやな汗は止まらない。
なのははレイジングハートを天井に向けた。
「フェイトちゃん、行って!ディバインバスター、シューーーーートッ!」
天井を貫かんとする光の瀑布の前に立つ者がいた。
ベール・ゼファーだ。
「フォース・シールド」
なのは達の使うミッドチルダ式の魔法とは違う光の盾を手にしたベール・ゼファーはディバインバスターの魔力を全て受け止めた。
「天井を壊そうなんて乱暴ね。でも、どこにも行かせない。貴方たち2人はここで私と踊り続けてもらうわ。死ぬまで、ね」
笑うベール・ゼファーを前になのはは奥歯をかみしめた。
アニエスの祭壇:柊蓮司
そして柊達の歩みも止まる。
蝗はさらに強く、大きくなる。
迫る蝗を切り落とすだけで精一杯だ。
一歩たりとも進めない。
「ちっくしょおおおおお!」
次の蝗の群れが目に映る。
すでに天井は見えなくなっていた。
最終更新:2008年04月10日 17:41