世界結界開口部ファー・ジ・アース側:緋室灯
弾丸が群れの中で炸裂する。
弾丸の魔力と蝗の魔力がぶつかり合い、瞬き、やがて消える。
これで稼げた時間は5秒。
蝗の一匹一匹は問題ではない。
だが、万にも及ぶその数の前では一発の弾丸など砂浜に刺した一本の針にも等しい。
また1つ突出した群れに発射。さらに2秒、時間を稼ぐ。
蝗が殺到しては灯にはそれを防ぐ手だてはない。そうなれば、ファー・ジ・アースと向こうの世界を繋ぐ中継アンテナが破壊されてしまう。
ならば灯にできるのはこのアンテナを守り、少しでも時間を稼ぐこと。
その間に月匣に突入した機動六課がアニエスを倒せばこの戦いに勝てる。
蝗の群れの羽音は、また大きくなる。
もう、エンジェルシード一本では時間稼ぎも難しい。
超ロングレンジライフルはどうか?赤熱した砲身は未だ冷却途中。使えば暴発するだけだ。
今なら逃げられるかも知れない。
だが、灯は逃げない。
この世界には守りたい物がある。
守りたい人がいる。
「……命」
そのためなら、自らを風前の灯火にしようともかまわない。
さらに発射。蝗の群れに灯った光が花火のように広がり、消える。
おそらくこれが最後の射撃。
蝗はもう目前。その物量が灯とアンテナを押しつぶしてしまう。
それでも、わずかでも破壊される時間を遅らせようとエンジェルシードを構える。
灯は蝗の羽音を耳元で聞いた。

「悠久なる凍土 凍てつく棺のうちにて 永遠の眠りを与えよ」

雲よりなお上の高空に詠唱と雪が降る。
灯を取り巻く蝗の群れは瞬時に氷の中に封じられる。
「凍てつけ!」
崩れる氷と共に蝗の群れが消えていく。
空は未だ蝗の霧に満ちている。
だが、その霧は遙か遠くにある。
ここに来るまでには時間がかかる。
「あなたが緋室灯さんですか?」
頭上の黒目、黒髪、黒いローブに白い杖を持った長身の男に灯は首肯で答える。
その時、灯の四方に光りが落ち、人となった。
「ならば、我ら蒼天の主の元に集いし騎士」
前に立つは烈火の将、シグナム。
「この命、この力、全てをもって」
右から支えるは風の癒し手、シャマル。
「我らが主、蒼天の王、八神はやての命の下に」
左より攻めるは紅の鉄騎、ヴィータ。
「主が友、緋室灯を守護せん」
後ろを守るは蒼き狼、ザフィーラ。
4人の騎士が灯を囲んだ。
頭上の男も灯の横に降りる。
「僕はクラウディア艦長。クロノ・ハラオウン。君を助けに来た。後は僕たちにまかせてくれないか」
灯はそれにエンジェルシードを蝗に向けることで答えた。
「……戦える」
灯の疲弊に気づいて止めようとするのクロノの口元にヴィータがグラーフアイゼンを当てる。
「いいじゃねえか。一緒に戦おうぜ」
どこか楽しげに笑うヴィータを見てシグナムは叫んだ。
「ならば……ヴォルケンリッター、参る!」
雲の騎士達がファー・ジ・アースの空に飛んだ。


アニエスの祭壇:エリオ・モンディアル
前進を止めてどのくらい立っただろうか。
剣を振る、拳を突き出す、銃を撃つ、竜が炎を吹く。
それでも、一歩たりとも前進はできない。
地面からの触手は斬っても瞬時に伸びる。
蝗は落としても落としても次が襲ってくる。
全ては尽きることなく無限にあるようだ。
それでもエリオは槍を止めない。
突く。さらに前に触手が迫る。
斬る。さらに前に蝗が飛ぶ。
薙ぐ。さらに前に……前が開けた。
突然、薙いだ後に走り込む空間ができていた。
「ティアナさん!」
その空間は目指すオッドの下まで開いていた。
「みんな、走って!」
ティアナの声を合図にエリオはかけだした。


アニエスの祭壇:ティアナ・ランスター
触手の再生速度は明らかに落ちていた。
それもいつまで続くかはわからないが、ティアナはこの機会を逃す気はなかった。
「キャロ!」
「はい!」
ケリュケイオンを前にキャロが呪文を紡ぐ。
「我が乞うは、疾風の翼。若き槍(そう)騎士に、駆け抜ける力を」
魔法を受けたエリオが速度を増し、ステラに走る。
「エリオ!」
「はい!」「Sonic Move」
床を蹴りつける音と共にエリオの姿が消える。
二つの加速魔法を受けたエリオは誰の目にも止まらない。
直後に現れたのはステラの上。
槍の柄を持つ右手は後ろに引かれ、左手は目標のステラを指し示しながらも槍の先に添えられている
ビリヤードのハスラーのような構えだ。
「とべぇえええっ!」
その攻撃もまた、ハスラーのようだった。
ストラーダの穂先は正確にステラの中央を打つ。
ステラは槍を走らせるのと同じ速度で飛んでいき、ティアナの足下にめり込んだ。
「あんたはここで釘付けよ!」
ティアナが二つのクロスミラージュから魔法弾を絶え間なく発射する。
地に落ちたステラは再び宙を飛ぼうとするが、ブーストを掛けられた魔法弾の連打がそれを許さない。
浮こうとする度に打ち付けられ、再び地面に沈む。
ティアナは打ち続けながら素早く視線を走らせた。
触手は自分たちを捕らえられていない。
前より動き自体は激しく、大きいがそれは手探りをしているようにも見える。
蝗の動きも乱れていた。
さっきまでは群れとしてまとまり、力を束ねて自分たちを襲っていた。
虫でありながら統制が取れていた動きが今は微塵も見なない。
「やっぱり」
柊蓮司が一度ステラを落としたとき、蝗も触手もまとまって攻撃するものとしての機能を失っていた。
全てがバラバラに動いていた。
今と同じように。
それを見て、ティアナは予想をしていた。
──ステラがこの部屋の蝗と触手の指揮をしている
今、予想は確信となっている。
「2人とも、行って!」
「わかった!」
「おう!」
スバルと柊蓮司が最後の目標、オッドに向けて駆け出す。


アニエスの祭壇:柊蓮司
触手はすでに驚異とはなっていない。
自分たちが見えていない。
でたらめな方向に向かって振り回されている。
偶然、自分たちに撃ちかかってくる物もあるがそれも1本や2本だ。軽く剣を振ればそれまでだ。
空を飛ぶ蝗も同じだ。
何十も、何百もまとまれば大槌となった蝗が容易に自分たちを叩きのめす。
まとまりがなければウィザードにとっては小石のような物だ。
腕ほどの蝗は大きさが仇になっている。小さい蝗が邪魔になり動きが取れていない。
「柊さん、こっちです」
スバルがウィングロードを延ばす。
空の蝗の中を走れるのなら、わざわざ触手を踏み越えていくまでもない。
平面のウィングロードの上を走れば何倍も早く走れる。
風の魔法を纏い、疾駆する柊蓮司の足下で音がした。
ウィングロードの下の床が大きく割れる。
「走れっ!」
スバルに、そして自分に言い聞かせ足を速める。
亀裂からビルほどもある巨大な蝗が現れたのは、2人が亀裂を渡りきった直後だった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年04月10日 18:37