アニエスの祭壇:ティアナ・ランスター
脱皮にも似た動きで巨大な蝗が地面からその巨体を引き抜いた。
空を飛ぶために太い後ろ足をたわめ、力を溜める。
その方向は間違いなく自分たちだ。
ステラを釘付けにするという事は、アニエスにとっては目をふさがれているに等しい。
目を塞いでいる自分たちをとっさに払おうとしているのだろう。
蝗や触手を使わないのは、目になっているステラをふさがれているときには細かい物より巨大な蝗の方が使いやすいからかも知れない。
「お、おおきい」
エリオが巨大な蝗を見上げてつぶやく。
あきれるほどの大きさだ。
「何やってるの!エリオ、キャロ逃げなさい!」
「ティアナさんは!」
「こいつをここに止めておくわ」
ステラが視力を取り戻せば先行している柊蓮司とスバルに攻撃が集中する。
後はもう無いのだ。
魔法弾の連射はゆるめられない。
「そんな……」
「早く行くのよ!ちびっ子」
ステラを封じておけば、逃げ場所はどこにでもある。
ティアナはここから動くわけにはいかなかった。
アニエスの祭壇:キャロ・ル・ルシエ
「……いやです」
キャロは瞳に意志をこめて、ティアナを見上げた。
決心と決意、勇気がそこにある。
「私がティアナさんを守ります」
キャロは巨大な蝗の前に立ちふさがる。
小さな体は蝗の巨体に比べればあまりにも頼りない。
ケリュケイオンをつけた右腕を真横のあげ、前に向ける。
「天地貫く業火の咆哮、遥けき大地の永遠の護り手、我が元に来よ、黒き炎の大地の守護者」
巨大な蝗がたわめた足の力を地を揺らしながら伸ばす。
キャロ達を押し潰すために、その巨体が宙に舞う。
人はおろか木も、岩も、家もかみ砕けそうな顎が開いた。
「竜騎招来、天地轟鳴、来よ、ヴォルテール!」
巨大な魔法陣が描かれた。
床にある触手が吹き飛び、中から巨大な蝗に負けぬ巨体が姿を現す。
黒き火竜、ヴォルテール。
それは落ちてくる蝗を体で受け止め、爪を突き立てる。
炎を吐き、蝗を焼き尽くそうとする。
巨大な蝗が強靱な後ろ足で地面を蹴る。
一瞬宙に浮いたヴォルテールが壁に叩きつけれ、炎がとぎれる。
蝗はヴォルテールをさら壁に押しつけ、のど元に顎を突き立てた。
ヴォルテールの叫びが響く。
「ヴォルテール!」
ヴォルテールのあまりに大きい体と叫び声は小さい蝗の目標にもなった。
まとまりを欠いた動きであっても、巨体に取り付くことは難しくない。
見る見るうちにヴォルテールの体は蝗で覆われる。
ヴォルテールがさらに叫ぶ。
体のあちこちから血を吹き出していた。
「ああっ」
ヴォルテールはあまりに巨大すぎる。蝗を振り払いきれるはずもない。
人間が蜂や蟻の大群に襲われるようなものだ。
分厚い皮膚も、世界を食べるような蝗にとっては餌も同然だ。
「がんばって。お願い」
キャロの祈りに答えヴォルテールがひときわ大きく吼える。
巨大な蝗を持ち上げ、逆に壁に叩きつける。
ヴォルテールの牙が巨大な蝗の複眼に突き立てられた。
アニエスの祭壇:柊蓮司
地響きを背後に柊蓮司とスバルは走る。
オッドまであと少し。
──あれを壊せば
突っ切るのみだ。
走る柊蓮司の後ろで地響きではない音がした。
そえれは、うなりを上げる蝗の羽音。
バラバラに動いていてはこういう呻りはあげられない。
何者かの指揮の下に軍団となった蝗の群れがあげる呻りだ。
「そういうことかよ!」
ステラと違って義眼のオッドには物を見る能力はないと考えていた。
だが、そうではなかった。
ステラには劣るがオッドにも周囲の状況を感知する能力がある。
接近する柊蓮司とスバルの気配を見つけ、周囲の蝗を引き寄せている。
「急げぇ!」
速度はすでに限界。それでも叫ぶ。
すぐ後ろの蝗の気配を斬る。
手応えと蝗が壁にぶつかって潰れる音がした。
気配は圧迫感として感じられる。
もう一匹、一匹を個別には捕らえられないほどの数が迫っている。
そして、群れの方が柊蓮司とスバルより速い。
オッドの元にたどり着く前に追いつかれる。
「スバル!行け」
「はいっ」
足を止めた柊蓮司が呪文の詠唱を始める。
速い蝗が柊蓮司を追い越し、マッハキャリバーで滑るスバルに追いすがる。
スバルの背中に狙い、飛ぶ蝗が開いた顎を閉じた。
金属がぶつかるような音がする。スバルがわずかに早い。
再び羽をふるわせ今度は後ろに引いたスバルの左腕へ。
スバルは左手を前に振る。蝗の顎が空を切った。
次に蝗が狙ったのは後ろに大きく引いた足だ。
手を前に振った時にバランスがわずかに崩れている。
引いた足をいきなり前に戻してはその崩れは決定的になる。
「エア・ダンス!」
柊蓮司は蝗の嵐にまかれながら魔法を完成させる。
魔剣から風が吹いた。
その風はスバルのみに追い風となり、蝗の飛翔には恩恵をもたらさない。
加速するスバルに蝗は追いつけない。
悔しがるように宙で顎をガチガチ噛み合わせる。
スバルは今までに倍する速さでステラに突進し、リボルバーナックルをつけた右手でオッドを掴んだ。
アニエスの祭壇:スバル・ナカジマ
スバルがオッドを掴む瞬間、床は床でなくなる。
おびただしい量の触手が起き上がる。
「罠!?」
瞬時にスバルは触手の海に消えた。
アニエスの祭壇:ティアナ・ランスター
「スバルーーーーっ!」
ティアナは叫ぶ。
この距離では手が出せない。
あの触手はスバルをどうするのか。
絞め殺すのか。殴り殺すのか。
──スバルは、スバルは、スバルは
ティアナの耳に響く音があった。
聞こえるはずのない音が聞こえた。
リボルバーナックルの回転する歯車、ナックルスピナーの回る音が確かに聞こえた。
アニエスの祭壇:スバル・ナカジマ
「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
触手が渦を巻き、ちぎれ飛び、巻き上がる。
渦の中心にいるのはスバルだ。
ナックルスピナーの回転が青い魔力光の渦を起こし、何者をも寄せ付けない。
スバルは金色の瞳の目を見開き、雄叫びを上げる。
「うあああああああああああああああっ!」
その身から魔力を迸らせ、リボルバーバックルに集めていく。
「一撃必倒!」
集めた魔力はスバルの最大最強の砲撃魔法となる。
「ディバインバスター!」
手にしたときにわかった。
オッドはそれ自身に幾重ものバリアを作っている。
自分の力をオッドという一点に集中させなければならい。
それができるのは自分の拳の中だけ。
「シューーーーーーートッ!」
本来、外に撃ち出す魔力を拳の中に撃ち出す。
圧縮された魔力がオッドのバリアを突き破り、その本体を傷をつける。
傷から吹き込む魔力はオッドを内部から崩壊させる。
スバルの手がオッドに食い込む。
握りしめたスバルの拳の中でオッドは粉微塵に砕け、そして爆発した。
最終更新:2008年04月10日 18:45