「『クラウディア』に不正アクセス確認! ウイルスがセキュリティシステムを突破していきます!」
警報が鳴り止まぬ中、オペレーターが振り向きもせずに報告する。
眼前のメインモニターに『WARNING』の文字が大きく点滅。
さらに二つ目、三つ目のアラートがモニターに表示され、あっという間に全てのモニターが『WARNING』で埋め尽くされていく。
「ウィルスだと!?」
クロノは反射的に外に目をやり、爛々と光り輝く『星舟』を凝視した。
前触れの無き不正アクセス、システムへのウイルス侵入。
『クラウディア』のデータリンクが機能していない今、そんなことが出来るのはこいつしかいない!
「これは、どう見てもあれからの攻撃です」
クロノと同じ結論に達したのだろう。副長も眉を歪めて『星舟』を睨みつけた。
「あれは……敵は『クラウディア』にハッキングを仕掛けている。もしも、このままメインシステムを制圧されたら……」
「……その先は言うな」
『クラウディア』を知り尽くしているクロノにとって、副長の言いたいことは簡単に想像できた。
小人数化が推し進められた管理局艦艇は、艦の機能のほとんどがコンピューターで制御されている。
と、言うことは、メインコンピューターさえ落としてしまえば、弾を一発も放つことなく艦艇を無力化出来るのだ。
「すぐにバスターを起動しろ! ウイルスを除去するんだ!」
クロノが指示するや、オペレーターが素早くキーボードを操作しワクチンプログラムを投入する。
「ダ、ダメです! バスター、まるで効果無し! ウィルスがメインホスト障壁に接触しました!」
しかし、結果は無情なものだった。
「ウィルス、第一、第二障壁を同時突破。システムに無数のアクセス反応を確認!」
「回復操作受けつけません! バックアップも汚染されていきます!」
「汚染されたシステムをシャットダウン……ってなんでコマンドを受け付けないんだよぉ!?」
「貴艦に告ぐ。我々に敵対の意志はない。即座に攻撃を中止されたし。繰り返す、即座に攻撃を中止されたし!」
ブリッジクルーの悲鳴に近い報告が続く。彼等はそれぞれの手段で対抗してはいるが、まったく効果がない。
「あ、ありえませんぞ……『クラウディア』のセキュリティは航行隊でも随一のはず、それがこうも簡単に……」
副長の顔が青白く染まったそのとき――
「ウィルスが最終防壁を突破。メインシステムが破壊されていきます!」
オペレーターの非常な報告が、艦の運命を決定付けた。
「か、隔壁が……!」
メインモニターに、次々と閉じていく隔壁の映像が流れている。
ウィルスが艦の防衛システムに誤作動を引き起こしたのだ。これでもうブリッジには誰も助けに入れない。
クロノはメインコンピューターの完全停止を指示するが、もう手遅れだった。
システムそのものが破壊されつつあるせいで、一切のコマンドを受けつけない。
なにか手は無いかと異なるキーを叩き続けるが、ただの徒労で終わりそうだった。
(どうする……いったいどうすれば……!?)
『クラウディア』を救うべく思考錯誤を繰り返すクロノ。
そのとき、ふと彼は、眼前のメインモニターに何かが映し出されていくのに気がついた。
それは『クラウディア』のデータベースに保管されていたデータ類だ。
何重ものプロテクトに守られていたはずのデータファイルが次々と開かれていく。
ミッドチルダの時空座標、市民生活、文明レベル、聖王教会、時空管理局の構成、人事、艦艇データ、魔法技術――
それだけではない――
『アルカンシェルの設計データ』『ベルカ式カートリッジシステムの詳細』
『夜天の魔導書とリィンフォースI』『次元航行システム』『AMF』――
本来なら、本局から許可が降りないと閲覧できないはずの重要機密までもが盗まれていく。
(そうか、そう言うことだったのか)
表示されては消えていくファイルを見て、クロノは敵の真意を確信した。
(敵の目的は攻撃ではなく情報収集だったんだ。だから砲台を使わずにハッキングなんかを……)
しかし、もう遅すぎる。
メインシステムはウィルスにより陥落寸前。障壁により乗員のブリッジ到達は困難。
今のクロノ達には『星舟』の暴挙を止める術は無い。
ブリッジの照明が再び落ちて、非常灯だけになった。照明は、もう二度と付くことは無いだろう。
スピーカーからは、警報音が空しく鳴り続けていた。
「ウィルス、『クラウディア』のシステムを完全に破壊しました。復旧は、不可能です」
オペレーターの声が震えている。
軽く拍手をしていた砲雷長も、「あと三日だ―」と言っていたサブオペレーターも、皆茫然自失といった状態だ。
「もう、ここまでですな」
副長が俯いていた。頬を不気味に歪ませ、悔しそうに俯いていた。
「すぐに退艦命令を。この『クラウディア』を……管理局の新鋭艦を、無傷で放棄するのは惜しいですが、
今は本局に戻ってあれの対策を講じねば。恐らく、あれの次の狙いはミッドチルダと管理局です。それは盗まれた情報からも推測できましょう」
「…………」
クロノは口を噤むと、両手で頭を抱えて髪を掻き乱した。
艦のシステムは完全に破壊され、逃げることも戦うこともままならない以上、
『クラウディア』の放棄は避けられないと言っていいだろう。しかし、ここで艦を放棄すれば、クロノは、
『敵と戦うことなく艦を捨てた上に重要情報を全て盗まれた無能』
として中傷の的となってしまう。
訳を話せば多少は理解してくれるかもしれないが、それでも僻地の守備隊や、地方艦隊への左遷は免れない。
そうなってしまったら管理局の要職に就いている母親や執務宮として頑張っている義妹に多大な迷惑がかかってしまう。
ここは、ハラオウンの名誉の為に無理をしてでも戦うべきではなかろうか。
確か、副砲なら人力でも発射可能だと聞いた。それを使えば……。
……いや、ダメだ。そんなことをしたら艦全体を今以上の危険に晒すだけだ。
自分の功名の為に多くの部下を道連れに? そんなことは出来ない!
部下のことと、これからのことを考えたら、ここはなんとしても生きて帰らねば。しかし……
クルーは何も言わず、じっとクロノの命令を待っている。
彼等は信じていた。クロノなら正しい決断をしてくれるだろうと。
沈黙が支配するブリッジ。気が付けば、もう警報音すら聞こえない。
数時間にも感じられる――実際には数秒程の沈黙の後、クロノはついに決断した。
「……わかった、総員退艦だ」
そのときだった。クロノの視界が一面赤黒く染まった。
『星舟』からのレーザーが、ブリッジを突き抜けクロノの体を一瞬で肉塊へと変えたのだ。
灼熱のレーザーがバリアを張れない『クラウディア』を瞬時に貫き、青白い光弾が乗員達を跡形も無く吹き飛ばす。
艦中央部のメイン動力炉が、保管されていた弾薬が一斉に大爆発。
炎が艦内を席巻し、生き残りの乗員を次々に焼き払っていく。
棒状砲台からの弾幕が艦体に無数の穴を空けていき、そこから噴き出す火柱が亜空間に色を添える。
やがて、集中砲火を浴びせ続けられた『クラウディア』は轟音を響かせながら、カッと光に包まれた。
そして光が治まった後には、元は『クラウディア』だったであろう無数の鉄屑と乗員の残骸が浮かんでいた。
家族の姿を見ることもなく、『星舟』のことを誰にも伝えられず。
クロノ達の体は一人残らず、次元の海に四散した。
――
情報収集完了 目標の利用価値消失 これより排除を開始する
――完了
所用時間 8秒
生態反応無し 目標完全消滅
しかしこの攻撃により残存エネルギーを全て消失 以後の補給無き戦闘行為は不可能
続いて情報の解析に移行する
――完了
所用時間17秒
管理局 ミッドチルダ 共に解析完了
文明ランクSS 即時抹消の必要あり
攻撃目標を 文明ランクAAA 太陽系第三惑星から管理局及びミッドチルダへと変更
最優先事項
1・管理局及びミッドチルダにおける文明の完全破壊と知的生命体の絶滅
目的達成までの推定時間 31536000秒
これより行動を開始する
――エラー
船体の損傷率89%
残存戦力の現在地 不明
即時行動開始は不可能
行動内容変更
1・船体の修復と戦力の再編
2・有益情報の戦力化
3・戦略 戦術の再考
全目標達成までの推定時間 7776000秒
全目標達成後 即座にミッドチルダ及び管理局へ進撃するものとす
次元航行システム組み込み完了 これより行動を開始する
全砲塔を収納した『星舟』が黒い闇に包まれて行く。
闇が晴れた後には何も無く、『星舟』は次元空間から霞みのように姿を消していた。
――
『クラウディア』の爆沈事件はすぐにミッドチルダ中へと広まった。
初めは真相究明に努めていた管理局であったが、
現場からなんの手がかりが見つからなかったことと、事件当日、その地点で次元震らしき反応が観測されていたことにより、
管理局は『クラウディア』爆沈の原因を次元災害に巻き込まれた不幸な事故と断定。
総務統括官リンディ・ハラオウンの必死の嘆願にも関わらずに調査は打ち切りとなった。
だから、彼等は知ることはなかった。
この事件の真犯人と、それが成そうとしていることに。
管理局が再び『星舟』と接触するのは事件から三ヶ月後のことである。
魔導師達は、自分達が立ち向かうべき劫火と闇を、今はまだ知らずにいた。
『星舟』活動再開まで後90日――
To be Continued. "mission5『無限の欲望』"
最終更新:2008年07月03日 13:32