通路:ベール・ゼファー
その異変に気づいたのはベール・ゼファーのみだった。
魔王としての人ではあり得ぬ感覚でそれに気づいたのだ。
──月匣内のプラーナの動きが止まっている。
蝗が食べたプラーナは月匣の中で流れとなり、アニエスに届く。
すなわち流れが止まっていると言うことはアニエスがプラーナの摂取を止めたことをあらわしている。
考えられないことだ。
アニエスが今までに取り込んだプラーナも膨大な量ではあるがまだ足りないはず。
大食らいのアニエスが自分からプラーナ吸収を止めるはずがない。
ベール・ゼファーは感覚を澄まし、もう一度プラーナの流れを掴もうとした。
それ故に、ベール・ゼファーの目はなのはからもフェイトからもそれることになった。
それはほんの一瞬のことだった。


通路:フェイト・T・ハラオウン
その変化に気づいたのはフェイトのみだった。
ベール・ゼファーの注意がそれ、動きが止まったのだ。
それはほんの一瞬のことだ。
並の魔導師なら気づきもしないだろう。
フェイトも普通ならこんな僅かな隙を狙いはしない。
それくらい僅かな隙だ。
──誘っているのかも知れない。
フェイトはその考えを消す。
ベール・ゼファーがそんな小細工をするはずがない。
それほどまでに実力差は大きい。
今まで持ちこたえていたのも奇跡みたいなものだ。
だからフェイトはその刹那と言っていい瞬間に賭けた。
これは誘いではなく本物の隙だという可能性に賭けた。
「Sonic Move」
フェイトの姿がかき消える。


通路:ベール・ゼファー
ベール・ゼファーはその日、初めて驚愕をあらわにした。
目に前に突如フェイトが現れたのだ。
「いつのまに」
全くわからなかった。気づかなかった。
──こんなに近くに。私を出し抜いて。
フェイトが腰に構えた大剣を受け流そうとする。
だが、僅かに遅かった。


通路:フェイト・T・ハラオウン
切っ先をベール・ゼファーにむけ、体ごと叩きつける。
ベール・ゼファーの口から声が漏れる。
刃がベール・ゼファーの体を貫いた。
──まだ!
残りのカートリッジをロード。
炸裂音が響く度に刃はさらに突き進み、やがて魔王の体を地面につなぎ止める。
「これでっ!」
最後の一発を使う。
剣は柄元3寸を残して止まった。
「やるわね」
だが、未だベール・ゼファーの声には揺らぎはない。
剣を押しつけ、地を踏みしめるフェイトにいつもの笑みをやりながら大剣の刃を掴んだ。
「あの時と同じようにしてあげるわ」
初めて会ったあの夜と同じ。
ベール・ゼファーの手から大剣にひびができる。
実体化するほどの高密度の魔力が少女の手によりへし折られた。
「そして、これもあの夜と同じ」
フェイトの腹に当てられた手に急速に魔力が集まり、光に変わっていく。
「リブレイド」
どん、という鈍い音と共にフェイトは宙を飛ぶ。
光の刃がフェイトの腹を貫き、背後の壁を焼く。
フェイトは苦痛に顔を歪め、口を開くが声が出ない。
呼吸が思うようにできないのだ。
体が焼けるように熱い。いや、実際に焼かれている。
熱い塊が体の中に滑り込みながら内蔵を焼いていくのがわかる。
それがわかっても声が出ない。
光の刃はフェイトの腹の右半分まで切り込んだとろでようやく消える。
鮮血をまき散らしながら、なおも飛んでいくフェイトは1つの美しいオブジェにも見えた。


通路:ベール・ゼファー
鮮血に濡れたフェイトが不様に飛んでいく。
血が吹き出るのは未だ心臓が動いている証拠。
命を吹き出しながら、なおも生きようと無駄にあがく人間の美しさにベール・ゼファーは頬を歪めて笑う。
その笑いもすぐに二回目の驚愕に変わる。
落下するフェイトがなにかとすれ違った。
それは、光球を灯すブラスタービット。
息をのみ、ベール・ゼファーは左右を見回した。
前後左右、そして上空どこを見てもブラスタービットの光球が見える。。
すでに囲まれていた。
そして目の前には高町なのは。
レイジングハートを担ぐように構える眼前にはさらに巨大な光球。
魔王たる自分に挑んでいる。
光球はさらに魔力を蓄え膨張を続ける。
それなら、ここから少し引くだけ。
この包囲網を抜けてしまえば魔法の威力も半減する。
ベール・ゼファーはほんの少しだけ床を蹴るだけでいい。
それだけでいいはずだった。
「なっ」
思うように体が動かない。
体を地面につなぎ止めるものがあるからだ。
それは、フェイトの大剣。
未だ実体化を続ける大剣はベール・ゼファーを考えていたよりも強固に縛り付けていた。
「スターライト」
遅らせた時間は微塵としか言えないような僅かなものではあったが、運命の分水嶺となった。


通路:高町なのは
「ブレイカーーーーーー!」
全てのブラスタービット、そしてレイジングハートから魔力光が噴出する。
ベール・ゼファーを直撃した魔力光はさらにその場で魔力光を作り膨張しようとするが、さらに降り注ぐ魔力がそれを許さない。
限定空間内に魔力を押し込め、ベール・ゼファーにさらなる打撃を与え続ける。
だが、それでも足りない。
光りの中には未だにベール・ゼファーの姿が見える。
「ブレイク」
もう一つ先へ。
なのははさらに全力全開を注ぎ込む。
「シューーーーーートっ!」
魔力光がさらに強くなる。
光球はふくれあがり、砲撃は威力を増す。
まだ、まだ足りない。
ベール・ゼファーの姿が見える。健在を感じる。
まだ砲撃をゆるめることはできない。
自分の砲撃魔法がベール・ゼファーを倒すか。
それとも、ベール・ゼファーが砲撃を受けきってしまうか。
そういう戦いだ。
故になのはは全力全開のさらに先を求めさらに撃ち続ける。
スターライトブレイカーの砲撃時間は通常約30秒。
なのははそれを超え、さらに撃ち続ける。
40、50……分の領域に踏み込んでも撃ち続ける。
まず限界を迎えたのはブラスタービットだった。
全てのブラスタービットが火花を散らし、スフィアに亀裂を作る。
レイジングハートがそれを教えてくれた。
「アタック!」
ブラスタービットを爆発に突入させる。
それぞれのブラスタービットは残りの魔力を暴発させ、ベール・ゼファーにさらにダメージを与えているはずだ。
次に限界を迎えるのはレイジングハート。
煙を上げ、小さな爆発を起こしてパーツを落としていく。
なのはが握る杖もボロボロと崩れていく。
後に残ったのは10年前に使っていた素のままのレイジングハート。
あの時は大きくも感じたこの杖が今は細く小さい。
「Danger. ……Please evacuate」
放電をあげるレイジングハートが退避を告げる。
割れる声が限界を如実にあらわしていた。
光球と砲撃が力をなくしていく。
「まだよ、レイジングハート。お願い、がんばって!」
「……All right.My master」
「もう一回いくよ」
そして、さらなる巨大砲撃。
「ブレイク、シューーーーート!」
ベール・ゼファーの影を直撃し、その力を解放させ、爆発を起こす。
それを最後に爆音はやみ、魔力光も消えた。
そして、なのはも限界を迎える
砲撃が終わると同時に体中から血を噴き出した。
毛細血管が一斉に破裂したのだ。
体が支えきれない。膝に力が入らず、崩れてしまう。
上半身も地面に倒れそうになるが、レイジングハートを支えになんとか起きた。
全ての魔力を使いつくした。
体にかかる負担も限界。
手が痙攣する。押さえようとしても止まない。
荒い呼吸の音だけがなのはの耳を満たしていた。

自分の息の音の中に足音が紛れ込んできた。
ゆっくりと、引きずるような足音が聞こえる。
「フェイト……」
なのははほころばせた顔をあげようとする。
レイジングハートの柄が床を滑った。
地面に向けて、落ちていく体をフェイトが支えてくれた。
「あ……」
そこにいて体を支えてくれたのはフェイトではなかった。

ベール・ゼファーの白く小さい手が喉に伸びる。
腕が少しずつ上げられ、なのはの喉に食い込んでんでいった。
なのはは自身の体重で吊されていく。
「残念。後一歩」
ベール・ゼファーは冷たい手でなのはの首を締めつけていく。
息ができない。
首から上に血を絞りあげられていくようだ。
ベール・ゼファーの背はなのはよりかなり低い。
立つだけで締めつけられるようなことはなくなるはずだ。
だが足に力が入らない。
まるで足が無いようだ。
腕は?腕で払えばなんとかなるかも。
だが手も動かない。全く持ち上がらない。
レイジングハートを持つだけで精一杯だ。
なら魔法は?
僅かな魔力でもいい。
この手を振りほどければ。
なのはは残りの魔力をかき集めて光球にしていく。
だが、それも小指の先ほどの大きさになったとき、弾けて消えた。
それが、なのはに残された魔力の全てだった。
意識が遠ざかり落ちていくような感覚が襲ってくる。
なのははどこまでもどこまでも落ちていき、床に倒れた。
「わたしが、ね」
落ちる感覚は錯覚ではなかった。
実際に床に落ちたのだ。
今、なのはは天井と自分の顔の間にあるベール・ゼファーの顔を見て倒れていた。
ベール・ゼファーがため息をつきながら自分の手を挙げる。
なのはの視界にベール・ゼファーの片手が入ってきた。
彼女の手首はそこにはもうない。
そこだけでなく、無くなった手首から体に向け、光と闇の粒子となって徐々に消えていっている。
「アニエスはやられちゃったみたい。私もこんなになるなんてね」
ベール・ゼファーの足が消え、腰も消える。
胸から上が浮いているようだ。
「おめでとう。貴方たちの勝ちよ」
答えることもできない。
口も体も動かない。目も霞むばかりだ。
「勝者に贈り物を、と言いたいんだけどなにも持ってないのよね」
消えていくというのにベール・ゼファーは本気で贈り物を考えている。
それが当然のように。
「そうね、なら裏界の大公である私が貴方たちに称号を授けましょう」
なのはの意識は薄れていく。
もう起きてはいられない。
薄れる意識の中で彼女の声だけが耳に響いた。
「それじゃあね。白き異界の魔王さん、それに黒き雷光の魔王さん。次にあったときにはそれ、ちゃんと名乗ってね」


空:八神はやて
空が割れていく。
割れた空の破片に巻き込まれた蝗がごっそり消えた。
それは世界の終わりをはやてに思わせる光景であったが、割れた空の向こうに本当の星空を見つけると、それが世界の終わりではなく世界が救われたことを示すものだと直感した。
アニエスの月匣が崩れていく。
アニエスを城に突入した誰かが倒したのだ。
「みんなは?」
緑の城に振り向く。
中央の尖塔が崩れ落ちた。
そこを始まりとして、徐々に崩れていく。
「みんなを迎えに行くよ」
「了解」
しかし、その必要はなかった。
城の壁から無数の魔力弾と魔力光が壁を破り、吹き出る。
そこにできた穴からは、翼を広げたフリードが飛び出てきた。
その背には突入していったみんなが身を寄せ合って乗っている。
本来の姿となっているフリードでも7人も乗るとかなり狭いみたいだ。
「うまくいったんやろ?」
確信はあるが、聞かずにはいられない。
突入した誰かからその報告を聞きたい。
「ああ、アニエスは倒した。ベール・ゼファーもな。これで世界は救われたはずだぜ」
フリードの尻尾の付け根で目を閉じたなのはとフェイトを支えている柊蓮司が答える。
スバルもティアナに支えられていた。右手を柊蓮司の上着できつく縛っている。
「その3人は?もしかして、てことはないんやろ?」
「あまり良くはないだろうがな。息はしっかりしている」
それだけ聞けば次にやることは決まっている。
「みんな、撤収や!」
空に新たな亀裂が入る。
その向こうには、白く欠けた月があった。


空:フェイト・T・ハラオウン
意識が少しだけ覚醒する。
フェイトは誰かの手の中でうめき声を上げた。
目をうっすらと開き、上を見る。
誰が支えてくれているのかはわからない。見る物全てがぼやけている。
しばらく空をぼうっと見上げていたフェイトの視線がようやく定まっていく。
柊蓮司がいた。
「みんなは……どうなったの?」
「大丈夫だ。うまくいった」
フェイトはやっと安心する。
その言葉を聞くまで、目を閉じているときもずっと戦っているような気がした。
こわばっていた体から力が抜けていく。
「あ……」
柄だけのバルディッシュが力の抜けた手からこぼれ落ち、フリードの背中に当たる。
そこで1回弾み、今度はフリードの背中からもこぼれ落ちた。


空:柊蓮司
柊蓮司は落ちていくバルディッシュに手を伸ばす。
体のあちこちが痛いがバルディッシュを取るくらいならできる。
少し遠くに弾みすぎたようだ。近くに座っているエリオに支えていた2人を任せ、もう少し手を伸ばす。
空中にあるバルディッシュをキャッチ。フェイトの手に戻そうとする。
その時、柊蓮司は………
柊蓮司は……
足を滑らせた。

「え?」「あ?」「い?」「う?」「お?」

皆がそれを見るが誰もとめられない。
誰かを支えていたり、遠すぎたり。
「うああああああああああああああああああああ」
とにかく柊蓮司は誰の手も届かない空に放り出され、夜空を落ちて、いや下がっていった。
まあそれでも。
柊蓮司がこれくらいでどうにかなることはあるまい。

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最終更新:2008年04月10日 18:59