魔法少女リリカルなのはStrikerS――legend of EDF――"mission5『無限の欲望』"
――新暦???年 ?月??日 ?時?分 ???――
気が付くと、ストーム1は、果てない『白』の中を歩いていた。
空にも、地面にも、何も無かった。どこまでも、どこまでも『白』かった。
自分以外はなにもない、殺風景な『白』が果てしなく続いていた。
歩いても歩いても、一歩も進んでいないんじゃないかと錯覚をしてしまいそうな『白』。
どれだけ経っても周りの光景はまったく変わらないのだから、そう思ってしまうのも無理は無い。
ストーム1は立ち止まり、自分の体を見下ろした。
死体寸前だった体に傷は無く、体にまとったアーマーも、新品のようにピカピカだ。
持っていたはずの銃はどこにもない。身につけていた爆弾も見当たらない。
痛みはない、疲れも無い、暑さも、寒さも、飢えも、乾きも、眠気も、何も感じない。
なぜここにいるのかと自問すれば、さっきと同じこの表現を使うしかない。
すなわち、『気づいたら既にここにいた』。
ストーム1はぼんやりと思考を張り巡らせる。
今度はちゃんと思い出すことができた。
『星舟』との死闘、暗転する視界、広がる暗闇、傷だらけの自分、闇から聞こえる銃声、爆音。
銃を杖がわりにして駆けつけてみると、少女が奴等に襲われていて。
助けた少女――確かノーヴェといったか――は普通の人間ではなくて。
ノーヴェに懇願されて、彼女の妹――ウェンディだったかな?――を助けにいって。
助けたついでに、無け無しのC70を使って奴等をまとめてふっ飛ばした。
そしたら、その後急に眩暈が襲ってきて、意識がだんだん遠くなって、そのまま――
――なるほど、そういうことか
笑い出したい気分だった。いや、すでに笑っていたのかも知れない。
ここがどこだか、わかった気がする。そして、自分がどうなってしまったかも。
ストーム1は、両手で顔を覆って項垂れる。
すると、頭の中に、今までの人生が次から次へと浮かんできた。
中心となったのは、やはりここ一年足らずの戦いの記憶。
空を埋め尽くす『異邦人』の艦隊。地球を蹂躙せんとする侵略者達にどれほど苦戦したことか。
戦いの中、志半ばで散った英霊達を前に、涙を流したこともある。
助けを求める仲間を見捨てて撤退したこともある。守りたかったものを守れず後悔することもあった。
戦場は、彼にとっては想像をはるかに超える過酷なものだった。それでも彼は命を賭けて戦った。
砲火に焼かれ、死体を踏み越え、血反吐に塗れてもなお、『異邦人』を倒すために戦った。
それでも、恨みや憎しみで戦ったことなど一度もなかった。
ただ、彼は守りたかっただけなのだ。子供のころに憧れた、ブラウン管のヒーロー達のように。
仲間や友人、恋人、親、兄弟、そして、武器を持てないか弱き人々を、ただ、純粋に守りたかった。
全ては『異邦人』の暴虐から弱者を守るために。自分が血を流すことで、大事な人々が生き長らえると信じて。
だけど、彼一人がいくら奮戦したところで、人類全体の劣勢を覆すことは出来なかった。
傷付けたくない、死なせたくない、無くしたくない、守りたい、そんな無限の欲望の果てに辿りついたもの、それは『喪失』。
EDFの将兵はことごとく玉砕し、美しき自然は焼き払われた。
力なき人々は、砲弾で吹き飛ばされるか巨大生物の餌となって死んでいった。
厳しくも優しかった両親、自分に良く懐いてくれた弟、EDFの上官で『インパルスの名人』と呼ばれた祖父、
唯一心を許した恋人、何度も危機を救ってくれた仲間達、誰も、帰ってこない。
正義の味方のなりそこないは、戦うたびに、守るべき者を失い、帰るべき場所を失い、何かを失い、そして最後には――
ストーム1はもう一度、白い地平線を食い入るように見詰めた。
この果てに、皆はいるのだろうか。この地平線の向こうで、皆は笑っているのだろうか。
暖かい、優しい笑い声。楽しい会話と愛情に満ちた、静かな一時を過ごしているのだろうか。
EDFに入隊してから今まで、全てを守れなくとも、自分としては恥ずべき戦いはしてこなかったつもりだ。
胸を張って、皆に会いに行ってもいいだろう。
ただ、『星舟』の最後と、あの二人の安否を確認できないのは残念だが……。
「皆、今、そっちへ行くからな」
呟いた途端、何か懐かしい声が聞こえたような気がした。
先に逝った皆が、待ちくたびれて自分を呼んでいるのかもしれない。
その声に導かれるように、彼は死出の一歩を踏み出そうと――
「おい」
後ろから腕を掴まれ、思わず立ち止まる。
しわがれた声、どこかで聞いたことのある声。
「ボウズ、テメェはこっちだ」
振り向く間もなく、そのまま後ろに引っ張られ、よろりと数歩後退った。
でも、そこにはあったはずの地面が無い。
視界があっという間に黒く染まる。
無重力のような不思議な浮遊感。それも束の間、ストーム1の体は否応なく奈落の底へと引き摺り込まれた。
無意識に絞り出される自分の悲鳴を聞きながら、底の見えない闇の中に、ストーム1は落ちていく。
奈落へ向かって、堕ちて、堕ちて、堕ちて、堕ちて、堕ちて――――――――
――
瞼に感じる淡い光に導かれて、ストーム1の意識が暗闇の中から戻ってきた。
込み上げてくる吐き気、脈打つ頭痛、体を走る絶え間無い疼痛、鼻腔をくすぐる黴臭さ。
痛みと不快感の大合唱に身悶えしながら、ストーム1は重い瞼をこじ開けた。
初めに気づいたことは、自分が固いベッドに寝かされていること。
頭上に広がる鼠色の天井。視界の端の蛍光灯は、寿命が近いのか、ちかちかと明滅を繰り返している。
外を見られる窓は無く、あるのは通気口のような四角い穴が一つだけ。
ベッドの他には何も無い。病室と言うよりも、物置か独房といった方が正しい気がする。
どちらにしても、怪我人を寝かせておくには不衛生過ぎる環境だ。
だけどベッドがあてがわれているだけまだマシな方だろう。
地面にむしろを置いただけの、野戦病院という名の死傷者放置所と比べれば。
でも、それにしても、ここは、いったいどこなんだろう?
「気が付いたようだな」
すぐ近くから声が聞こえた。女の声だ。
首だけを動かし視線を向けると、赤錆びた鉄扉の前に少女が腕を組んで立っていた。
年齢は十歳くらいか。
幼い体を見覚えのあるボディスーツで包み、その上から灰色のロングコートを羽織っている。
琥珀色の隻眼と、腰まで伸ばした銀色の髪。
まだ幼さが抜けきっていない容姿。しかし、成長すればさぞ美しくなるだろう。
眼帯の無い左目からは、こちらへの警戒心と若干の威圧感が感じられる。
見たところは欧米人の子供であるが、少女が話す言葉は流暢な日本語だった。
だとすると、彼女は日本支部の関係者だろうか?
「ぃ……み……は……」
唇から洩れた声は、自分でも聞き取りにくいほどに擦れていた。
それでも聞こえていたらしい。少女は、ベッドへ歩を進めながら固い声で答えた
「汚いところですまないな。姉の名前は、チンクという」
最終更新:2007年11月17日 13:50