【4】戦域攻勢作戦計画4101号 JUGGERNAUT
その情報はベルカ空軍でも限定されたネットワークを駆け抜けた。
公式には存在を知られていない。というより同じ職業内での内輪つながりにちかい。
レクタやゲベートといった諸国と対峙する東部戦線にもその話はネットワークに乗って届いていた。
戦線は全面的に優勢であり、ここの空を護る第7航空師団の各飛行隊は比較的少ない損耗でソーティを繰り返していた。
「オベラート 出頭しました。」
「早速だが、大尉。君には頼りにしていなかった者に実は頼りきっていたという経験はあるかね」
ごく普通の庶民の家に育ち、士官学校から地道に昇進してきたオベラート大尉はごくごく常識的な意見を述べた。
「我々は常に無意識で誰かを頼りきっていますよ。違いますか?」
「確かにな。 だが、意図的に疎外していた者に実は大いに頼っていたという経験は?」
「は? 個人的にはありません。・・・そうしたことがないように心がけてはいますが・・・」
オベラートはこの敬愛する上官の話の意図がさっぱり読めなかった。
「第10師団のベルンハルト=シュミッドを知っているな?」
「TOPエースだが厄介者。グリューン隊の隊長ですね」
「厄介者だがTOPエースだ。その彼が落とされた」
微妙な言い換えに驚いたオベラート大尉の眉が軽く跳ね上がる。上官はその出自から考えるよりも現実主義者らしい。
「驚きですな。円卓でしょうか?」
「だが、驚くのはそれだけではない。彼の率いるグリューン隊の全機やられた。全機だぞ?」
グリューン隊の連中は軍の誇りや規律といったものに無頓着な男達だが、腕前はTOPクラスで軍上層部にも実績で黙認させるという力量だ。
「B7Rに侵入した小癪な偵察隊を排除しようと交戦状態に入ったことまでは確認されているが、4機ともレーダーからロストしている」
「相手はどこです?」
「不明だ。 だが、勘でいうなら、おそらくウスティオの連中だ」
二人ともウスティオ軍が土壇場で体制を立て直して反撃にでていたことを覚えていた。
だが、オベラートは今回の呼び出しとどういう関係があるのだ?との疑問を拭えなかった。
表情に表さなかったが、オベラートの思考を呼んだらしく、中佐は本題を切り出した。
「そこで我々が、増援として南部・西部戦線を担当する。頼りにできるのは藍鷺しかいないとの泣き落としだ。移動の準備をしておけ」
「はっ!」
「今まで円卓の切り札をグリューン隊に頼りきっていたという事実を誰も直視しようとしない。こまったものだな? 大尉」
生まれながらの貴族らしい些か尊大なジェスチャーでディミトリ=ハインリヒ中佐は部下のオベラート大尉を下がらせた。
ウスティオ及びオーシア合同による大規模な教導作戦計画の実行が決定した
両軍を総称した戦略的軍事機構を『連合軍』と正式命名
本共同作戦計画を『戦域攻勢作戦計画4101号』と呼ぶ
本計画の主目的は連合軍の水上輸送と確保である
我々連合軍が輸送路を確保するためにはフトゥーロ運河周辺を占拠するベルカを一掃せねばならない。
今回の大規模な教導計画上 諸君らには参加作戦の選択権を与える
戦域攻勢作戦計画4101号は 3つの局地的航空作戦任務で成り立っている
1つを『ゲルニコス作戦』と呼ぶ 本作戦は ベルカ航空部隊及び港湾施設
地上兵器を殲滅する 対地・対空攻撃任務である
1つを『ラウンドハンマー作戦』と呼ぶ 本作戦は ベルカ艦隊と港湾施設
地上兵器を殲滅する 対地、対艦攻撃任務である
1つを『コスナー作戦』と呼ぶ 本作戦は オーシア第3艦隊を中心とする
艦船の護衛任務である 艦隊には 試験航行を目的とした 最新鋭空母も含まれている
何れの作戦でも ベルカ軍の激しい反撃が予想される
参戦作戦の決定は慎重に行え 以上だ。
ブリーフィング中につき、なのはの耳元でフェイトが囁いた。
「魔犬さんはどうするの? なのは」
「そうだね。 まずは妖精さんに聞いてみるよ」
フェイトからの問いかけには保留しておいて、なのははピクシーに耳打ちした。
「ピクシー、どう思います?」
「『コスナー』はナシだな。行動を制約される護衛任務よりも攻撃的任務だ。で、獲物はデカいほうがいい。となるとサイファー?」
ピクシーはどこか気難しさを感じさせる笑いをみせながら、なのはの意見を聞きたがった。
なるほど、コスナー作戦では運河を抜ける艦隊の上空防衛が任務となる。そうなれば
戦術行動はおのずと制約される。航空機や地上部隊は重要な攻撃目標かもしれないが、
大きな獲物とは言い難い。『ラウンドハンマー作戦』でベルカ艦隊を叩けば報酬も期待できる。
「そうですね。それでいきましょうか」
「待て待て慌てるな。稼ぎの事も考えろよ。『ラウンドハンマー』に参加しそうな面子を考えてみろ」
なのはがブリーフィングルームを見渡すと、そこには攻撃機F-1を駆る狼、ルー・ガルー隊、リカントロープ隊の面々も揃っていた。
「あの連中のASM攻撃はちょっとしたものだ。さすがに俺達じゃあれの真似はできないぞ?」
F-1部隊の長射程対艦ミサイルとガルム隊の通常爆弾とでは、得物の差が大きすぎた。
残る「ゲルニコス作戦」の対地対空攻撃とは何とも中途半端なものだが、
「ラウンドハンマー」ほど味方の中で出遅れる心配は少なくて済むし。「コスナー」の艦隊防空よりも行動の自由が利く。
「ということで『ゲルニコス』に参加するよ」
「そっか・・・『コスナー』には参加しないんだね」
微妙に残念そうな顔をするフェイトだが、
できるだけカバーするように頑張るとのなのはの言葉で随分と明るくなった。
このところ、一緒に行動していないというのはフェイトにとっては個人レベルで残念なことだった。
そのフェイト達のマジシャン隊は『コスナー作戦』に参加する。
駐在所長経由でヴィータからもたらされた情報を判断したところ、
艦隊護衛任務に着くことで、デバイス持ちのベルカ軍エースパイロットと接触する可能性が高いと考えたのだ。
《イーグルアイよりガルム隊へ 作戦開始。 港に駐留するベルカ軍を殲滅し、連合軍艦隊の航路を確保する》
作戦開始時刻と同時に無線封鎖が解除され、イーグルアイからも通信が入る。
なのははF-4Eファントムのスロットルを全開にし、オーシア空軍の電子戦機が展開している電子欺瞞の雲から飛び出した。
後ろにピクシーも続くが、運河に向かう機はガルム隊だけではなかった。
他のウスティオ軍機だけではなく、見慣れないマーク、オーシア軍機も混じっていた。
《反撃の狼煙だ この日をずっと待っていたぜ》
《ウスティオを取り戻す為の大きな一歩だ 失敗はできない》
攻勢計画4101の骨子はフトゥーロ運河を確保し、空母ケストレルを主軸とした連合艦隊に運河を無事に通過させることにある。
高度を一気にさげると、景色が鮮明になってきた。もっとも砂漠地帯では見るべきものもないし、見物している余裕もないのだが。
《解放への門だ あそこを抜ければ戦況が変わる》
予定では最初に通常爆弾で運河守備隊を攻撃することになっていた。
ガルム隊の2機はなのはの判断で回避進入コースを取らず、そのまま拙速を優先して攻撃を開始する。
だが、戦慣れしたベルカ軍は混乱をみせず、完全な奇襲とはならなかった。
《レーダーに敵影を補足 各員 交戦に備えてください》
《来たか・・予測よりも早いが誤差の範囲だ。これより 連合軍を迎え撃つ》
地上からの対空砲火が連合軍航空部隊の周囲で炸裂する。
突然なのはの斜め上方を飛んでいたオーシア海軍のF-4が奇妙に震えたと同時に煙を吹いて落ちて行った。
とっさに操縦桿を引いてから倒す。
天地がゆったりと回転し、バレルロールで対空砲の射撃を外しながらも、目標に肉薄する。
《投下!投下!》
なのはの合図でガルム隊の2機から通常爆弾が放たれた。地上の石油タンクへ吸い込まれるように進んでいく。
対地警報が鳴り響くのを無視して地上50メートル付近で高速ターンを描き、
仕留め損ねた石油タンク傍の対空砲2門へミサイルをそれぞれお見舞いする。
花火のように対空砲がはじけ飛んだ手応えを感じ、そのままガルム隊の2機は運河の水門方面へ全速急上昇で離脱する。
《一撃離脱か。えらく慎重だな。サイファー》
ピクシーはなのはのファントムを確実にフォローできる位置で追従していた。
なのはが対空砲を撃破している時にはピクシーは鬱陶しいSAMを潰していた。
《これだけ入り乱れているし、混乱しないように、 ね》
《ほぅ・・・兵士の眼をしてるな》
無線交信の最中に逆落としで上空から襲い掛かってきた3機のF-16の編隊とすれ違う。
咄嗟のガンアタックで1機に命中したが、決定的なダメージとまではいかず、背後を取ろうとループに入る。
なのははF-16はドッグファイトとなると侮れない相手だということを、知識としては知っていた。
今度はガルム隊がベルカのF-16編隊を上空から襲う番だった。
敵にしてみれば混戦へもちこもうとするだろう・・・・
《散開で対空戦闘を!》
《ガルム2 了解》
ピクシーはF-16編隊の1機に狙いを定め、2機がなのはのファントムともつれ合う前にケリをつけようと判断した。
2・3度ほど、互いにロールとループを繰り返し、F-16とシザーズ機動に入ったところで、タイミングを図って急速上昇で相対距離を稼ぐ。
F-16が位置エネルギーと運動エネルギーを回復するまでに優位な高度と距離を占位したピクシーはAAMを放った。
この位置、この距離なら外れまい。
予想通りF-16は小さな爆発の後に痙攣したようにぶざまに落ちていく。
《撃墜を確認。相棒が苦戦しているぞ サイファー》
《了解イーグルアイ、援護に向かう》
なのはは今までF-16を相手にしたことがなかった。その俊敏な機動性は事前情報どおり、たしかに脅威に感じた。
互いに死角をカバーしながらもF-16の編隊はなのはに決定的なチャンスを掴ませなかった。
だが、なのはもベルカ編隊に付け込む隙をあたえなかった。
《このファントム、かなりデキる奴だ。後ろに目がついているのか?》
《焦るな 罠に追い込むぞ》
《連絡を密にせよ 連携を怠るな!》
ベルカ空軍の強さの理由は個人のスキルの高さだけではなく、陸海軍も含めた他の部隊とも咄嗟に高度な連携がとれるところにある。
あの小生意気な動きをするウスティオの白いファントムも直ぐに思い知るだろう・・・
なのはがF-16編隊を振り切ったと思った空域はベルカの罠だった。
というよりもベルカ空軍と陸軍の連携で対空放火陣地の網に追い込まれたというのが事実だが、さすがにそこまでは判らなかった。
だが、なのはは理由は判らないが嫌な感じがピリピリとするのを感じていた。
こういう感じがするときは敵が何かを企んでいる・・・だが、それが何かまでは判らない。
《サイファー 無理に突っ込むな! 対空砲火の的になるぞ》
「あっ!」
なのははベルカの仕掛けた罠を悟った。
ピクシーの忠告は理にかなっており、普通なら素直に回避する。だが、なのはは回避先には先ほどのF-16が爪を研いでいる筈と感じていた。
そういう判断の根拠となるものはなかったが、なのははいつものように実戦中に感じた直感を信じることにした。
それなら・・・
そう、正面をぶち破って突破すればいい。何も敵の思惑に乗ることはない。
「レイジングハート? 空力重力と火器管制の制御は一旦アウト。シールドとバリア強化にリソースを集中」
「Isn't your judgment too dangerous?」
「そぅ。危険だから防御を固めるんだよ」
「No master. The skill as your fighter pilot is ordinary or poor. Without forgetting」
遠慮のないレイジングハートの率直すぎる指摘は果たして正解だろうか?
レイジングハートの指摘に対しては、ベルカ軍の防空大隊がその回答者であった。
もっとも答えの内容についてはベルカ軍人自身も知らないのだ。
《対空戦闘用意!》
《AからDの中隊 準備良し E中隊条件付で良し》
《対空自走砲 配置完了》
《F中隊が応答しません 水門の状況 不明!》
一番遠いエリアに展開していたF中隊はラウンドハンマー作戦に参加している
F-1を駆るルー・ガルー隊の迎撃に失敗し、したたかに逆撃を蒙って全滅していた。
《弾をありったけ食わせてやれ》
30mmの機関砲弾が白いファントムの周囲で炸裂する。
「ぐっ・・・くっぅぅ・・・」
空力重力制御をオフにした途端、なのははファントムのコクピットで吐き気と眩暈に襲われながら、耐えていた。
上下左右前後とおかまいなくGが全身を襲う。
操縦桿も鉄柱かと思うように重く、その一方で過敏に反応する傾向も出てきた。
この状態では折角のシールドとバリアの強化も安定した強度が保てない。
「ゴンゴンゴン!」
機体を叩くようなリズムの振動が加わり、幾つかの油圧系の警報ランプが赤く点灯し、神経を逆なでするアラームがコクピットで鳴り響く。
防御魔法の出力が落ちた瞬間、機関砲弾の破片を喰らったのだ。
だが、ここは恐怖と不快感に耐えてでも攻撃進入コースに機体を乗せるしかない。
胃が締め付けられ、何かが上がってくるようなたとえようのない不快感を必死に押さえ込む。
意識が乱れた時にさらに全身をゆさぶる衝撃。また何発かくらったようだ。
それも油汗を額に浮かべながら必死で堪えてHUDに示された爆撃コンピュータの表示に標的が重なるのを待つ。
「投下!」
爆弾を切り離して、すぐに360°ロールしながら針路を強引に、だが、微妙に調整し、
隣接する防空部隊にも攻撃を加える。
「・・とう・・かっ!」
少し離れた2箇所で爆発が巻き上がり、やがて対空砲火が沈静化した。
「ふぅ・・・・!?っぷ・・・・・・・・・・・」
なのはは安堵の息を漏らした瞬間、全力で後悔した。
同時に胃の奥からせり上がってくる圧力を耐え切れない・・・・・・。
《大丈夫か相棒?ずいぶん無茶してくれたな。》
無線越しとはいえ、なんとも気色悪い声を実況で聞かされたピクシーは
心底うんざりするような声で、だが心底心配そうな声でなのはに問いかけた。
《お゛ぇ・・うぷ・・・ぎもぢわる・・・・・何ばつが貰っだけど、行動に支障なじ》
ピクシーは思わず「どこがやねん?」とノースポイント流のツッコミを入れそうになる。
死地を脱したなのはは すぐに空力重力制御の魔法を再展開させた。
この飛行アシストともいうべき魔法がなければ、戦闘機パイロット失格ということらしい。口の中に広がる粘っこい酸味が何とも気持ち悪い。
どうやらレイジングハートの指摘が正解だったということだ。
防空網の罠に追い込んだつもりになっていたF-16の2機は相次いでピクシーに仕留められていた。
《あまり傷ついた機体で無理するなよ》
サイファーの奴、今日は本調子じゃなさそうで心配だな。まるでド素人じゃないか・・・
防空網の真ん中に展開する2つの中隊を撃破したなのはの攻撃は、作戦面では大きな転換となった。
ラウンドハンマー作戦で低空進入する攻撃機部隊の侵攻飛行ルートがもう1本できたのである。
《ガルム隊 順調にベルカ軍を攻撃中 他の部隊も続け!北への侵攻ルートがもう1本拓いたぞ》
《いけるぞ。攻撃は各自に一任する》
ラウンドハンマーに参加しているキメラ隊・リカントロープ隊がすかさず、舐めるような超低空で突進していた。
キメラ隊の攻撃で港に停泊していた貨物船とガントリークレーンが直撃を喰らい、
水面に崩れ落ちたガントリークレーンがあたりに巨大な水柱を登らせる。
《連合軍め 戦力をかなり集めたようだ》
《貨物船が運河に飲まれていく 連合軍の奴ら ここまでやるのか》
ベルカの必死な様が混信している無線からも十分に感じられた。
《防空網に穴を開けたのは誰だ?》
《ウスティオの傭兵がやったらしいな》
《腕のいい連中がいると聞いたぜ》
ゲルニコスに参加しているウスティオ軍機の中でも目立つ戦果を挙げているガルム隊への賞賛が上がっていた。
《新たな敵部隊を確認、方位0-8-0に4機》
イーグルアイの報告とほぼ同じタイミングでなのははその存在を感じた。
<ねぇ・・・この反応って?>
<Yes It's a magic reaction. Master>
魔力を持つ者は極めて稀な第91管理外世界、その世界のベルカ軍から魔力反応があるということは、
管理局が探している人物である可能性が極めて高い。
《ガルム1より2へ、敵の増援を叩きましょう!》
《何ぃ?》
突然サイファーの声が張りと勢いを取りもどしたことに戸惑うピクシーを無視して
雲を曳きながらファントムが急旋回を見せる。デバイスの反応のある編隊だけは逃す訳にはいかない。
なのはの魔導師としての本来の「仕事相手」なのだ。
あわててピクシーもなのはのファントムに続く。
《敵連合軍には傭兵も混じっているようです》
《それなりに腕は立つようだな》
《インディゴ1より各機、目標を確認 攻撃を開始する》
加速度計がレッドゾーンに入るような急旋回でファントムのリベットが飛びそうになる。
重力制御を魔法でアシストしても8Gもの旋回Gが軽くなるだけで、決してゼロになるわけではない。
Gで首を押さえつけられたまま、なのはがキャノピーに備え付けられたバックミラーに視線を移すとF-15の赤い翼が大写しになっていた。
魔法に頼らず、純粋にフィジカルの能力だけで高G機動でも編隊を維持できる戦闘機パイロットの鍛え方に感心する。
と同時にこれからの戦いに備える必要について一瞬だけ思いを巡らす。
《グリペンを出してきやがったか》
ピクシーは今までにない緊張感と高揚感に包まれていた。
誰もが知っているようなベルカの英雄と戦う機会があるいうのは、傭兵としては避けたい。
だが、
戦闘機パイロットとしては最高の敵手であった。
高揚感と緊張感が同居する。
《サイファー 相手をみくびるなよ ベルカはこの運河を死守するつもりだ》
続く
最終更新:2007年10月25日 18:32