まるでジェットエンジンのように鳴り響く轟音。その元凶から必死に逃げようとするワーム。
だがこの数メートルの差は、並の人間ではとても見る事も叶わない程の速度で縮まる事になる。
アクセルモードを起動したファイズから逃げるように飛び回るワームの背中に浮かぶ赤い円錐。
円錐は、先端からワームの体に突き刺さっていく。
だが、それも既に過去の動作に過ぎなかった。
気付けばスローモーションになっていたワームを、ファイズは遥か上空へと蹴り上げる。
凄まじい速度で動いているファイズの攻撃は、これだけでも十分にワームを倒す程の威力がある。
だが、そんなことはファイズ……いや、巧の知った事ではない。ワームの周囲に5つの円錐が現れる。
そして。
全ての赤い円錐は、ほぼ同時にワームの体へと突き刺さった。

『Time Out(タイムアウト)!』

いつの間にか着地していたファイズの少し上で、ワームの体は跡形もなく爆発した。


「……姉さん、心配してるだろうなぁ……」
アースラの個室で、しょんぼりと呟いた良太郎。
足元から零れ落ちる砂に気付かずに、ぼーっと座っている。
「さすがに……こんなことは初めてだし……」
良太郎は管理局……しかも本局の特別なプロジェクトを進めているという一団から、アースラに残るように指示されているのだ。
『お前の望みを言え……』
そんな時、良太郎は聞いてしまった。どこからともなく聞こえる声を。
周囲を見回す良太郎。だが誰もいない。気のせいだろうか……?
いや。
『お前の望みを言え……』
「……誰か……いるの?」
確かに聞こえる誰かの声。良太郎は少し怯えながら、周囲を見渡す。
すると、足元に拡がっていた砂が一カ所に集まり始めたのだ。
白い砂は自分の意思で、この部屋の扉付近まで近寄る。そして、だんだんと人の体が浮かびあがる。
はずだった。
「良太郎くん?」
『……ッどぅわっ!?』
突如開いたドアに、砂は押し潰されてしまった。良太郎は今までのクールな声とは違う、どこか情けない声を聞いたような気がした。


ACT.15「たった一人の妹」後編


アースラ、食堂。
リンディに呼び出された良太郎は、二人で向かい合った席に座っている。
お互いに気まずそうだ。特に良太郎が。元々あまり積極的な性格では無いのだ。
「悪いわね、良太郎くん。いつまでも付き合わせちゃって……」
「いえ……でもどうして僕は、帰れないんでしょうか……?」
「それがね……」
リンディは少しばつが悪そうな表情をする。
「管理局のとあるプロジェクトのメンバーが、貴方を必要としてるの。これは前にも言ったわよね?」
「はい……でもなんで……」
「それは私にも分からないわ。」
「はぁ……」
「ごめんなさいね?電王計画は、管理局でも一部の人物しか知らされていない極秘の計画なの。」
「えと……その電王計画って何なんですか……?」
「ええ。管理局製ライダー計画……いえ。もしかしたら管理局とは違う何らかの組織の計画かも知れない……
まだ私にも詳しく知らされてないのよ」
そんな曖昧な。要するに、管理局でもトップシークレット。管理局かどうかさえも微妙なラインらしい。
そんな時、エイミィが小走りでこちらに向かってくる。何やらいいことがあったのか、嬉しそうな表情だ。
「艦長!」
「どうしたの?エイミィ」
「なのはちゃんが、目を覚ましたそうです!」
「本当!?」
リンディもまた嬉しそうな表情になる。
良太郎も、なのはが天道という男に敗れた事により、ずっと眠っていたことは知っている。
といっても、草加のように極端に天道を悪役とした話を聞かされた訳では無いが。
「え~と……なのはちゃんってあの、茶髪の女の子だよね……?意識戻ったんですか?」
「うん。元々傷が浅かっただけに、明日からはまた普通に学校行けるんだって♪」
「それは良かった……」
良太郎はニッコリと微笑んだ。


さて、ここで一度視点を変更。一方の海鳴市。とある川辺で。
一人佇む少女。
足元に落ちているのは、粉々に砕けたお守り。そんな少女に近付く一人の男……
「それは……俺だ……」
その男は、何故か片腕の袖が無いロングコートを羽織っていた。下に着ているのは真っ赤なタンクトップ……『影山瞬』だ。
影山はゆっくりとお守りを拾い上げる。両手で、丁寧に。
「俺も粉々に砕けてしまった……」
「何言ってるの?人間そんな簡単に砕けたりしないわ。」
少女はまるでバカでも見るような目で影山を見る。外観の印象から、そう思われても仕方が無いが。
少女は、そのままきびすを返し、立ち去ろうとするが……
「……ッ!?」
動きを止める少女。目の前にいるのは、紫の……そして、以前アギトに斬り捨てられたはずのワームだ。

「……変身!」
『Change Punch hopper(チェンジパンチホッパー)!!』
影山はすぐにパンチホッパーに変身。レプトーフィスワームに向かって走りだす。
「きゃあぁっ!?」
「……逃げろ。」
レプトーフィスワームにパンチを撃ち込みながら、少女に言う。ちゃんと少女の盾になる位置で攻撃している。
少女が逃げたのを確認したパンチホッパーは、すぐにパンチのラッシュを放つ。
右、左、右、左と。連続で放たれるパンチをギリギリで受け流すワーム。防戦一方だ。
だが、どうやらレプトーフィスワームはただ防御を繰り返している訳では無いらしい。
すぐに反撃を開始。パンチホッパーのパンチはたやすく回避される。それどころか、逆に手甲で切り裂かれてしまう。
そして。
「……クッ!?」
レプトーフィスワームの手が紫に輝く。まずい。これは間違いなく大技だ。
パンチホッパーはすぐに回避行動に移るが、すこし遅かったらしく。
「うッ……うわぁあああッ!!」
そのまま紫の光弾の直撃を受けたパンチホッパーは、数メートル後方へと吹っ飛ばされた。
しかも、攻撃されたダメージだけではなく、激しく地面に体を打ち付けたことにより、変身を解除されてしまう。
「クソ……ッ!!」
倒された影山は、ふと目の前に転がる破片に気付いた。さっきの少女が壊してしまったお守りだ。
影山は体を引きずりながら、ゆっくりと手を伸ばす。
その時だった。
ゆっくりと歩いてくる二つの人影。片方は「ガシャンガシャン」と派手な音をたてて歩いている為に、その正体は一発でわかる。
もう一人は……。
「おい兄弟……お前……いいことした……とか思ってんじゃねぇだろうなぁ……?」
「浅倉……」
蛇柄がよく似合う男。浅倉だ。
同時に、もう一人の男-矢車-はお守りを握ろうとしていた影山の手を踏みにじる。
「黄昏れてるなぁ……相棒……?」
「兄貴……」
「わかってるよなぁ兄弟?俺達みたいなろくでなしが、少しでも光を掴もうとすれば……」
「……痛いしっぺ返しを喰らうことになる……」
「俺は……!」
浅倉と矢車に言い返そうとする影山。しかし、それは許されない。矢車は影山の襟を掴み、言った。
「相棒!……俺達はずっと一緒だ……真っ暗闇の無限地獄を……ずっともがき苦しむんだ……」
囁くようにそう告げた矢車。そんな二人の傍で、浅倉はニヤニヤと笑っていた……。


一方、聖祥中学校。
校舎裏で、ずっと童歌について調べていた天道と加賀美が向き合っている-といっても、天道は数時間前にファイズと共にワームと戦っていたが-。
「……どうするんだ天道、キャンプはもうすぐそこまで迫ってるんだぞ!?」
「そんなことは言われずとも分かっている。ワームが関わっている事は間違いないんだ……!だが……」
「なんなら、学校を封鎖して徹底的に調べるか?」
「そんなことをしてもワームに逃げられるだけだ。だいたいそんな事をして、樹花のキャンプを中止にさせる訳にはいかん」
考え込む天道と加賀美。流石の天道でも、そろそろテンパっている様子だ。
そんな二人を学校の廊下から見下ろす少女がいた事に、天道達は全く気付いていなかった。
……いや、永遠に気付く事は無いのだろうが。

結局この日もまた、何の収穫も無いままに一日を終えてしまった。そしてついに訪れたキャンプ当日。
といってもキャンプは放課後だ。まだ間に合わなかった訳では無い。今日中に解決すればいいのだ。

「……あいつか」
「はい。彼がエースで4番の青田君です」
野球部の練習を陰から見つめる加賀美と蓮華。なんでも、青田君とやらの活躍で野球部は地区大会で優勝できたらしい。
加賀美達の見守る中、青田はボールを大きく振りかぶり……投げた!
凄まじい速度。凄まじい音。そして凄まじい威力で、ピッチャーのグローブに直撃。
そのとんでもないボールを受け止めたピッチャーは反動で後方へと吹っ飛ばされる。
中学生にしてとんでもない投球だ。150㎞なんて物じゃ無い。加賀美も蓮華も軽く驚いている様子だ。
「あれは……人間技やないなぁ……」
「って、うわっ!はやてちゃん!?」
そんな加賀美と蓮華の間に割って入ったのは、どこからともなく現れたはやてだった。
「ああ、さっきそこで加賀美くん見かけたから、ついて来てんよ」
二人は「そうなのか」程度の返事を返す。それほど大したリアクションは見せない。
はやては加賀美に伝えるべき事があった。なのはの事を心配してくれていた加賀美に伝えようと、表情を明るくするはやて。
「それから加賀美くん!もうなのはちゃんは完治して、学校にも来てるで♪」
「そうか!良かった……!」
「キャンプにもちゃんと参加するって♪」
「それは何よりだ。一時はどうなるかと思ったよ……」
ホッと胸を撫で下ろす加賀美。
蓮華は、そんな加賀美に「先輩」と話し掛ける。
「青田君はどうするんですか」と言う表情をしている。
「あぁ……そうだったな。」
「っていうか加賀美くんは今何してたん?」
「いや……ちょっとな。あいつがワームかどうか、俺が勝負して確かめてくる。」
その言葉に、「えっ!?」と驚く蓮華とはやて。コイツ本気か?みたいな顔だ。
「大丈夫なんですか、先輩!?」
「本気であんな球打つ気なん!?」
そんな二人の反応に、加賀美は足を止め、ゆっくりと振り返った。
「心配するな。俺はかつて、甲子園に出場した男だ。野球なら誰にも負けない……!」
「(なんか……心配やなぁ)」
「(だって先輩だし……)」
同じ言葉を天道が言えば、それは確かに信頼できる。頼れる。
だが、ふふんと自信ありげに笑う加賀美を見れば、どうにも心配せずにはいられなかった。

「勝負だ!!」
バットを構え、青田君を挑発する加賀美。
青田は無表情のまま、ボールを振りかぶり……投げた。
それを打ち返すべく、加賀美は大きくバットを振るった。
「…………。なかなかやるな。もっと思いっきりこい!」
案の定空振りだ。加賀美はバッターボックスで見事に一回転。それでも青田を挑発する。
まぁ、結果は見えていたのだが。予想通り、二球目も見事な空振りだ。
「……俺はこの一球に全てを賭ける!!」
これが最後のチャンスだ。この三球目で打てば何も問題無い。加賀美は、なんとしても打ってやると、気合いを入れた!
そして……!
「ほぁたぁッッ!!!」
加賀美は叫んだ。バットのスイングと共に、全ての力を出し切った。
結果、見事なまでに三振。こうして、何やら言葉にならない叫び声と共に、加賀美は敗北した。
「「……ダメじゃん」」
蓮華とはやては、溜め息を付きながら言った。

「なかなかいいピッチングだったね?」
「理事長……」
数分後、青田の元に一人の男が現れる。メガネをかけた、怪しげな笑みを浮かべた男。この学園の理事長だ。
「この調子なら、県大会……いや、全国大会制覇も夢じゃない!」
「任せて下さい……」
理事長はそれだけ伝えると、青田の肩をポンポンと叩きながら立ち去ってゆく。
そんな光景を、天道は陰からじっと見つめていた。


「では各自、調査結果を報告して貰おう」
ここはお馴染みの屋上。天道は加賀美と蓮華を集め、各々が調べた調査結果を報告させる。
「まずは合唱部ですね。」
蓮華が歩み寄る。
「この学校には、7年前に全国大会で優勝した合唱部があった。でも経済的な理由かなにかで廃部になり、それが噂の元になったそうです。」
「え……それだけ!?」
マル秘ノートを携えた加賀美は、蓮華の顔を覗き込む。
「卒業した合唱部の生徒達は、今も普通に暮らしてるみたいです」
「じゃあ……俺達は誰かが歌ったのを聴いただけ……?」
「……はい。呪いの鏡についても、鏡が歪んでてちょっと写りが変なだけでした。」
頷きながら言う蓮華。
「ふぅん……種明かしすると学校の噂なんて他愛が無いモンなんだな」
一気に気が抜けた加賀美は、落胆気味に羽織ったジャージを整える。一体このマル秘ノートにどんな情報が記されていたのかは、謎だ。
「…………。」
だが天道だけは違っていた。天道は何かを考え込むように頭を捻った。


一方。ここ、アースラのブリッジではハイパーカブトの映像が映し出されていた。
良太郎は、時間逆行の話を聞いて、その映像を見てみたいと思った。だからこうして再び検証しているのだ。
「あ……ここ……!」
良太郎がモニターを指差し、そのシーンで一時停止。キャマラスワームが力をチャージし、その大技を放ったシーン。
そして、ハイパーカブトがフェイトの前に現れ、キャマラスワームの攻撃を受け止めたシーンだ。
「このシーンがどうかしたの?良太郎くん」
「ここで、時間を巻き戻したんですよね……?」
「うん、そうだけど……」
「時間を巻き戻すって事は、どうしても認めたく無い事とか……どうしても変えたい事があったって事なんじゃないかな……」
その言葉に、腕を組んで考え込むエイミィ。時間逆行と言っても、発生した次元振から約数分程度であろうことが推測される。
そんな短時間で、天道にとっての「どうしてもやり直したい事」。エイミィには全く見当が付かない。
「まぁ……そう……かな?」
「うん……それで、わざわざ時間を巻き戻してまでこのワーム?からフェイトちゃんを守ったのはどうしてなのかな?」
「え…………?」
「だって、これだけ力の差があれば時間なんて巻き戻さなくたってワームには勝てたんじゃないかな……
それなのにわざわざ時間を巻き戻して、ワームの攻撃からフェイトちゃんをかばったのは、なんでなのかな……って思ったんだ」
その言葉にエイミィはしばらく考え込む姿勢を見せる。どうやら頭をフル回転させている様子だ。
確かに良太郎の言う事には一理ある。「例え時間を巻き戻してでもフェイトに攻撃を通す訳には行かなかった」……?
「……まさかッ!?」
そう考えると、エイミィの脳裏に縁起の悪い、できれば考えたく無いシーンが思い浮かんだ。
そう、仲間の死だ。


再び聖祥中学に場所を戻す。
小学生と中学生で、キャンプのメンバーがグラウンドに集まっている。目の前にあるのは組まれていないテントだ。
「なのは、本当にもう大丈夫なの?」
「うん、大丈夫!完全に完治だよ♪」
元気そうに両腕を振るなのは。それにはフェイトも少し安心だ。
「ホンマに良かったわぁ……もしキャンプまで参加できひんかったら、どうしよかと思っててん」
「はやてちゃんもありがとう……心配かけてごめんね?」
はやては「そんなん気にせんでええよ」と笑って見せる。
「まぁ、しばらく戦闘はしちゃダメって言われてるけどね……」
「大丈夫、なのははゆっくり休んでてよ♪」
「そうや。もしなんかあっても私らが戦うから!」
心強い二人の言葉に、なのはは「ありがとう……」と返事をした。本当に良い友達を持った物だ。
「ではこれより、テント設営の訓練を始める。作業は1分以内に完了しろ。始め!」
そうこうしているうちに、蓮華がストップウォッチのカウントを始める。慌ててテント設営を始める樹花やなのは達。
「1分以内だぞ!」「もっと早く動いて!」「10秒経過!」「何をモタモタしている!」「さっさとしろ!急げ!」……
一同が急いでテントを組み上げる中、蓮華の怒鳴る声が聞こえる。メガホンのせいで余計にキツく聞こえる。
なのは達もせっせとテントを組み上げていく。
「キャンプって……こんなに厳しい物だったんだね……」
「うん……」
「いや……これはちょっと違う気すんねんけど……」
樹花に突っ込むはやて。
「うん、これは……特別っていうか、勘違いって言うか……」
加賀美も、呆れ口調で蓮華を見る。すると、そこを蓮華に見られたらしく……。
「コラそこ!無駄口を叩くな!!」
「おい蓮華!これは訓練じゃないんだぞ!?」
加賀美に言われ、「……え?」と固まる蓮華。
「キャンプってのはもっとこう……和気あいあいと楽しくやるもんだ。樹花ちゃん達のキャンプを台なしにするつもりか?」
「……そっか。訓練生時代はいっつもこの調子だったから……」
落胆した表情で、手に持ったストップウォッチを見つめる蓮華。
「「「……できた!!」」」
そんな中、誰よりも早くテントを完成させたのは、なのは達のチームだった。

「樹花りん……1番取られちゃったね……」
今度は校舎内。生徒達は皆、廊下に掲示された成績表を見ている。
「天道樹花」の名前は2番だった。今までずっと1番だったのだが、初めて2番に落とされたらしい。

樹花を一位から落とした生徒……そして以前影山に命を救われた彼女は、今日も教室で黙々と勉強を続けていた。
そこへ現れたのはまたしても理事長だ。楽しそうに、ニヤニヤと笑っている。
「……学年一位、おめでとう。この調子なら、全国模試一位も夢じゃない」
「楽勝よ。」
「……そうなれば、理事長の私も鼻が高い……!」
「フフ……」と笑う理事長。だが、まさかこの会話を盗み聞きされているとは流石の理事長も思わなかっただろう。
教室の外から、中の会話に耳を傾けていたのは天道だ。天道は少し前から理事長に不信感を抱いていたのだ。
「(やはりそういうことか……)」
一方、樹花は呪いの鏡の前に立ち、願い事を祈っていた。
「今日のキャンプが上手くいきますように……」
願い事を言い終わると、樹花はすぐにキャンプに行くバスへと走っていった。
まさかこの呪いの鏡の中に写る樹花が、本物の樹花とは違う動きをしていたなんて事に、樹花は気付いていなかった。

「お兄ちゃん!行ってきます!」
「ああ。俺も後から行く。」
樹花はバスの中から、天道に手を振る。天道も爽やかな笑顔で手を振り返す。
一方、バスの中にいるフェイトは、天道に冷たい視線を送っていた。
「あれ?はやてちゃんは……?」
「まだ来てないみたいだね?」
バスの中にははやての姿が無かった。それに気付いたなのは達は、周囲を見渡す。
そして……見付けた。
はやては天道の横にいた。樹花に手を振る天道の横で微笑んでいる。それを見付けたなのはは、バスの窓を開けた。
「はやてちゃん、バスに乗らないの?」
「うん、ごめんな?私は後で天道さんと一緒に行くから」
「え……?」
天道に視線を写すなのは。はやては天道から許可を得る為に話し掛ける。
「いいですよね?天道さん」
「……好きにしろ。ほら、お前らは行け!」
言いながら加賀美と蓮華の背中を押す。はしゃぐ蓮華とやる気のなさそうな加賀美。二人は小走りで、バスの中へと消えて行った。
「じゃあ、待ってるからね?」
「うん、ちゃんと行くから!」
フェイトに手を振るはやて。こうして、なのは達を乗せたバスはキャンプ場へと出発した。
ただ、立ち去り際に、フェイトは天道を睨み付けた気がした。きっとそれは気のせいでは無いのだろう。

「あの……天道さんは、この学校のワームについて調べてるんやんな?」
「そうだ。それがどうした?」
「私も一緒に調べようと思って。自分の学校にワームがいるのに、野放しにしとく訳にはいけへん」
「それに……ワームなんかに、ずっと楽しみにしてたキャンプを邪魔されたないから……」
はやては強かに微笑んだ。その言葉に嘘は無い。だが理由はそれだけでは無い。天道の事をもっと知りたい……そう思ったのだ。
「……なるほどな。こっちも古い図面を調べて、一つ分かった事がある。」
「え……?」
途端に真剣な表情をする天道。そのまま、天道は再び校舎内へと戻っていく。
「あの、天道さん!?」
「……どうした。着いてこないのか?八神」
立ち止まり、振り返る天道。
天道も、はやての協力を受け入れるつもりらしい。はやてもそれには少しばかり安心した。内心では拒否られたらどうしようとか思っていたのだ。
「あ……はい!」
はやては走って、天道に駆け寄った。

二人がやってきたのは、呪いの鏡の前だ。
「合唱部にも部室があった筈だが……そのスペースが校内から消えている。まさに消えた合唱部だな……」
「それって……どういうこと?」
首をかしげるはやて。
そうしていると、どこからか童歌が聞こえてくる。この学校の怪談として、最も有名な「消えた合唱部の歌声」という奴だ。
「……童歌の裏に歴史が隠れているように、噂の中に真実が潜んでいる事もあるということだ。」
「…………?」
はやては、一つ不自然な点に気付いた。鏡の中に写っているのは、今ここにいる天道と自分だけの筈だ。
それなのに、鏡に写っているのは、天道とはやてと、そしてはやてだ。つまり、はやてが二人いる事になる。
「……ッ!?」
咄嗟に振り向いたはやては、もう一人の自分と向き合う。もう一人のはやての正体は言うまでもないだろう。サリスだ。
サリスはすぐに本来の姿に戻り、はやてに襲い掛かる。
「フン!」
だが天道がそれを阻止。素手でサリスを突き倒し、はやてをかばった。
混乱したサリスは鏡に写った天道を本物と勘違い。そのままその巨大な爪で鏡を破壊した。
破壊された呪いの鏡の奥に広がるのは、広い教室。
壁に掛かった絵画等から、恐らく音楽室だろう。部屋の中心では、20人程の女生徒が合唱している。
「どこを狙っている?…………ッ!?」
その空間に転がったサリスを見下ろす天道。だが、その表情はすぐに驚愕の表情へと変わる。
「これは……合唱部の部室!」
なんと、呪いの鏡の奥に広がる音楽室は、合唱部の部室だと言う。さらに、7年前の合唱部の写真を見て、何かに気付いたはやて。
今ここで合唱している生徒は、皆7年前のままなのだ。
「そんな……7年前のまま!?」
「そうか。それが全ての発端だったんだな……」
これで全てに合点が行った。天道は、呪いの鏡……いや、部室の前の物影に隠れていた男の腕を掴み、自分達の前に引きずり出した。
「……理事長。」
「理事長ッ!?」
天道達の前に現れた男は、はやても見慣れた男。私立聖祥大学の理事長だ。
「7年前……この合唱部全員がワームに擬態され、全国大会で優勝した。」
冷静に謎解きを始める天道。
「学園の名声は高まったが、お前は真相を知って恐ろしくなり……合唱部を封印した。しかし……過去の栄光が忘れられなかった。」
天道は違うか?という風に理事長を睨む。すると、理事長は天道の手を弾き、言った。
「私は、学園の名誉を取り戻そうとしただけだ!!」
「お前はワームと手を組み……生徒をワームに売った!」
「なるほど……それであんたは呪いの鏡の噂を広めたんやな?」
「生徒自身が望んだ夢だ!叶えてやって何が悪い!?」
いよいよもって開き直り始めた理事長。こんな男に理事長を任せるのは間違いだ。
「おばあちゃんが言っていた。子供の願い事は未来の現実。それを夢と笑う大人は、もはや人間では無い!
……お前は教育者の風上にもおけない奴だ……!」
そして次の瞬間には、はやては理事長にシュベルトクロイツを突き付けていた。それに驚いた理事長はビクッ驚く。
「す、すでに次の生徒……天道樹花の願いもワームに伝えてある!」
「何ぃっ!?」
その言葉に、天道の表情は一変した。こうしてはいられない。すぐに樹花の元へ行かなければ。
「ここは任せたぞ、八神!」
「わかった!」
天道はこの理事長をはやてに任せ、直ぐに樹花の元へと急いだ。
余談だが、この理事長の身柄は後にZECTに引き渡されたという。

一方、バス内部。一同は初めてのキャンプにテンションがかなり上がり、声を揃えて歌っている。
そんな時、鳴り響いた加賀美の携帯電話。加賀美はそれをすぐに取った。
『加賀美、そっちにワームが現れるはずだ。樹花を守ってくれ!』
「何!?わかった、任せろ!」
加賀美は威勢よくそう言い、携帯を閉じた。そしてすぐに周囲を見る。だがそれらしい気配は無い。
バスもかなり山奥まで来ており、風景ものどかな物だ。そのままバスはキャンプ場を目指して山道を進んでゆく。
やがてバスは、薄暗いトンネルの中に入り……急に停車した。
「……うわっ!?」
「霧が……」
バスの周囲では、遠くが見えなくなる程の濃い霧が立ち込めていた。それだけでも結構恐ろしい。
そこへさらに、合唱部の歌声まで響き渡る。
「まさか……消えた合唱部の幽霊?」
これには流石に参ったらしく、一同は一気にパニック状態に陥る。凄まじい恐怖感に襲われ、席から立ち上がる。
だがこんな時にもなのはとフェイトは冷静だ。バスの周囲に気を配りながら、顔を見合わせる二人。
「なのは、これって……」
「うん。やっぱりワームだよね」
なのはは医者からしばらくは戦闘行為を禁じられている。つまり今戦える魔導師はフェイトしかいない。
フェイトが立ち上がろうとした、その時だった。
「皆落ち着いて!静かに!」
加賀美が先に立ち上がり、バスの中心に歩み出る。
「大きな声で歌おう!元気な声で歌えば、幽霊の声なんて聞こえない!」

燃ーえろよ燃えろーよー炎よ燃ーえろー!!

そう言い、加賀美は大きな声で歌い始めた。一同、「何を言ってるんだコイツは」みたいな目で加賀美を見る。
しかし、熱心に歌う加賀美を見ていると、何故か心強い気がしてくる。目を見合わせるなのはとフェイト。
この二人は、加賀美という人物の事はどちらかと言えば好きだ。バカみたいに思われてはいるが。

燃ーえろよ燃えろーよー明るく熱くー!!

やがて樹花も一緒に歌い始める。なのはやフェイト達も、それにつられて歌い始める。それを見た一同も声を揃えて歌い始める。
「その調子だ!幽霊も逃げ出すぞ!!」
「先輩……♪」
元気よく歌い続ける加賀美と一同につられて、蓮華も歌い始める。
これならもう安心だ。加賀美はゆっくりと、バスの出口付近にいる蓮華に近寄った。
「俺が外に出た後は、絶対に扉をあけるなよ」
「先輩は……?」
「幽霊退治だ」
「フッ」と笑い、蓮華の肩を叩く加賀美。そのまま、バスの扉が開き、加賀美が外に出る。
「なのは、私も行ってくる!」
「うん。本当は私も一緒に行きたかったんだけど……気をつけてね、フェイトちゃん!」
「うん、絶対帰ってくるから!」
次の瞬間には、フェイトも走って加賀美の後を追いかけていた。

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最終更新:2007年10月25日 18:45