飛び立ったフェイトは、上空約三十メートルで滞空して、被害状況を確認する。
ヘリポート周辺は、駐機していたヘリコプター・航空機と車両が破壊されて炎上
し、エネルギー波にやられ、飛んできた車両に潰された魔導師・整備要員の累々
たる屍で酸鼻を極めていた。
その中を機械の巨人が機銃を乱射して車両・人間の区別なしに破壊・殺戮し、周囲
を火の海に変えながら基地司令本部に向かって歩いている。
フェイトは怒りに顔を歪めてバルデュッシュの刃を巨人へ向けるも、右往左往する
陸戦・空戦魔導師たちの姿を見ると、目を閉じて心を落ち着かせる。
「サー?」
バルディッシュが心配そうに声をかけると、フェイトは微笑んで言う。
「大丈夫。行こうバルデュッシュ」
「了解しました、サー」
フェイトは、エップスと彼にしがみついているデュラハ、メルゲル、ロアラルダル
デ・カタ、グーダら顔馴染みの陸戦魔導師部隊たちのところへ降り立つ。
彼女が来ると、陸士全員が一斉に敬礼した。
「状況はどうなっておりますか?」
エップスが尋ねると、フェイトは厳しい表情で答える。
「ヘリポート及に居た方々は全滅した模様です、襲撃者は現在、基地司令本部へ
向かっています」
「何て事だ…」
フェイトの話にエップスは絶句するが、すぐに気持ちを切り替えて質問を続ける。
「敵はどのような?」
「十メートル近くある人間型の機械です」
「十メートルの人間型…?」
「私も見た事がありません。
恐らく、今まで存在が知られていなかった未知の戦闘機械と思われます」
少し時間を置いてからフェイトは、周囲を見回しながら大きな声で聞く。
「非常事態に付き、私が臨時に皆さんの指揮を取ります。この中で最も階級の
高い方は?」
執務官の姿を見て集まって来た陸戦・空戦魔導師たちは次々と自分の階級を名乗る
が、一番高かったのはエップス一人だけだった。
「エップス陸曹、あなたが最上位のようです。部隊の再編と負傷者の救護をお願い
します」
「了解しました」
エップスは、寄せ集めの魔導師たちに振り向いて号令をかける。
「聞いたか、まずはあの化物の周りで右往左往している連中を後方に集めて部隊を
再編する! 集合場所は次元航行艦前の車両集積所だ、急げ!!」
指示を受けた魔導師たちは、混乱状態を収拾するために一斉に散って行った。
混乱の極みにあった管制室を、再び激しい衝撃が襲った。
今度は建物全体が揺さぶられるのではなく、天井が、上から何か叩きつけられて
いる感じで激しく揺れている。
蛍光灯やスポットライトの幾つかが落下し、職員が避けようと逃げ惑う。
衝撃は二度・三度と立て続けに繰り返され、やがて天井の一部が崩落する。
砕けたコンクリートや、歪んだ複合金属の梁が部屋に崩れ落ち、真下にいた管制官
を押し潰す。
破壊された天井から巨大な機械の手が伸びて、何かを探すように埃まみれになった
部屋の中を這い回る。
「退避だ! 全員早く退避しろ!!」
ラヴクラフトの小説に出てきそうな、蛸の化物の顔をした基地司令官が職員に
怒鳴りつけ、近くにいた管制官の背中を叩いた。
手は求めるもの――基地のシステムを統括するスーパーコンピュータ――に触れる
と、それをしっかりと握る。
コンピュータと?がっているケーブルの幾つかが切断され、機械の手に絡みつくと
ケーブルが手と融合する。
職員を退避させるのにかかりきりだった司令官がふとコンソール類に目をやると、
空間モニターの一つが表示され、普通ではありえない速さで次々とデータを流れて
いるのが目に入った。
「聖王教会」「ミッドチルダ元老院」「銀の魔神」「セクター7」…。
夥しいデータの奔流の中、司令官は辛うじて四つの単語を読み取ったが、最後の
二つは、司令官が初めて目にするものだった。
自分が見たことのない情報がここで流れているという事は…、それが意味するもの
を悟ったとき、司令官は血相を変えて周囲に怒鳴った。
「管理局のネットワークがクラッキングされてる! 誰か接続を切れ!!」
ガラスの破片を浴びて顔中青い血にまみれた、監視塔でヘリに指示を下していた
将校が配電盤に飛びつく。
彼は、レバーを下げて配電盤を開けようとするが、鍵が掛かっていてレバーが
下がらない。
普段、保安上の理由から配電盤には鍵が掛けられているのだが、焦るあまりその
事に気付かない。
「くそっ!」
将校は唸ると、自分のデバイスを持ち出して配電盤もろともケーブルを吹き飛ばした。
接続を突然切られた機械の巨人――名はブラックアウトという――は、怒りの咆哮を
上げると両手で拳を作って振り上げ、何度も管制室の天井に叩きつける。
天井と壁が衝撃に耐え切れず、部屋全体が崩れ落ちる。
勇敢な司令官と将校は、この時崩壊に巻き込まれて命を落とした。
基地司令本部を崩壊させたブラックアウトは、次の目標を緊急発進しようとしている
「アースラ」と同型の次元航行艦「マウヘンベア」に定める。
車両集積所にて部隊を再編し、負傷者の救護に当たっていたエップスは、マウヘンベア
へと歩き始めたブラックアウトを見て隣のフェイトに言う。
「まずい、奴は次元航行艦へ狙いを定めたようです!」
「私が食い止めますから、援護をお願いします!」
「了解しました、我々はここで車両を盾に防衛線を張ります」
「お願いします」
エップスの指示一下、魔導師部隊は陸戦も空戦も関係なく、集積所の車両の間に広く薄く散開する。
ブラックアウトの凄まじい攻撃力の前では、開けた場所や空で戦うのは自殺行為と
分かっているからだ。
車両の陰から攻撃魔法を繰り出してくる魔導師たちに、ブラックアウトは機銃掃射する。
雨あられの如く撃ち込まれる機銃弾を、隊員たちは戦車の陰に隠れてやり過ごす。
地上部隊がそうやって時間稼ぎをしている間、フェイトはブラックアウトの真正面に浮かぶ。
彼女の足元と正面にミッド式の円形魔方陣が展開され、バルディッシュを握って
いない右手にバスケットボール大の強力な電流の球が形成される。
「トライデント――」
フェイトの詠唱と共に、バルディッシュからカートリッジが三発リロードされる。
「来るぞ! 全員伏せろ!!」
エップスはそう怒鳴ると、デュラハの頭を下げさせ、自身も砂地に伏せる。
応戦していた陸戦・空戦魔導師部隊は一斉に車両の陰に隠れ、亀のように体を縮こませる。
「――スマッシャー!!」
フェイトが右手の球をブラックアウトの方へかざすと、そこから三本の雷の刃が
放たれてブラックアウトを直撃し、土埃が舞い上がってその巨体を覆い隠す。
「うおおおおおおお―――ッ!!」
魔導師部隊は歓呼の声を上げ、中には魔法を祝砲のように空中に向かって撃つ者もいる。
だが、周囲が熱狂する中、フェイトは驚愕に目を見開き、呻くように呟いた。
「魔法が…!!」
砂埃が晴れて行くにつれて、魔導師部隊から歓声が消え、凍りついたような沈黙が
それに取って代わる。
ブラックアウトはまだそこに立っていた。
電流が体の所々を走り、頭を左右に振っているが、表面には傷一つ付いていない、そして右腕に
付いた砲を上げてフェイトに狙いを定めていた。
ブラックアウトがプラズマ弾を放つのと、フェイトがシールドとバリアを
展開するのは同時だった。
プラズマ弾は、展開された複数の魔法障壁を突き破ってフェイトに命中。
彼女は爆風に吹き飛ばされ、集積所のはずれに停車していた一両の戦車に激突する。
「執務官!!」
エップスが叫んでフェイトの方へ駆け出し、その後をデュラハとメルゲルたちが追う。
フェイトを屠ったブラックアウトの背中のローターが開き、そこから蠍型の機械生物
「メガザラック」が飛び出す。
着地したメガザラックは、砂埃を上げてたちまちのうちに潜り込むが、その姿を見た者
は誰もいなかった。
続いてブラックアウトは、集積所の車両目掛けてプラズマ砲を乱射する。
強力なプラズマエネルギーが、人間や戦車や輸送車を紙のように吹き飛ばし、辺り
一面を焼け野原に変えていく。
フェイトを失い、盾にした車両が吹き飛ばされ、仲間が生きたまま焼き殺されるのを
目の当たりにした魔導師部隊は総崩れとなった。
パニックに陥った彼らは一斉にマウヘンベアへと殺到し、倒れる者を踏みつけ、先を
巡って殴りあう。
まだ多数の魔導師を残したまま、艦は入り口を閉め、タラップを外して飛び立つ。
あきらめきれない者が艦体にしがみつくが、手を滑らせたり、吹き付けてくる風や
飛びついてくる人間の重さに耐え切れず、空しくポロポロと落ちて行く。
ブラックアウトは、そんな醜悪な惨劇には目をくれず、上昇を始めたマウヘンベア
にプラズマ砲を向ける。
立て続けに連射されるプラズマ弾が、マウヘンベアの艦体に命中して装甲を傷つけるが、
致命的なダメージを与えるまでには至らない。
ブラックアウトは少しの間考え込んだあと、砲口をマウヘンベア後部の一箇所に定め、
そこへ目掛けて集中的にプラズマ弾を撃ち込む。
最初の数発は装甲を突き破り、次の数発は艦内の防御区画を次々と破壊し、最後は
機関部と艦橋で爆発を引き起こした。
次元航行艦は炎上し、断続的に小爆発を起こしながら惰性でしばらく上昇した後、
砂丘の麓に墜落する。
砂の上に破片を振りまき、巨大な擦過痕を残して、巡航L級24番艦「マウヘンベア」
は大爆発を起こして木っ端微塵に吹き飛んだ。
最終更新:2007年11月17日 15:43