「・・・まったく、どんだけ物資を使い込めばこんな請求ができるんや?」
「はやてちゃん、お顔が怖いですよ・・・」
「これだからレイヴンとかいう連中は信用できんというんや・・・」
戦術部隊本部施設、八神はやては指揮下にある諸隊から送られてくる補給要請の書類と格闘していた。
はやての指揮する第四部は補給を担当する部署であり、どんな部隊にとっても重要な後方での任務を負っていた。
補給物資を揃えて輸送手段を確保し、必要とする部隊に配送する“カンバン”方式。
部隊が必要とする物資の要請を受け後方の集積所から適時配送する。
だが戦術部隊の戦闘地域が広がれば広がるほどはやての仕事は倍になっていった。
特に戦術部隊所属のレイブンや本隊の要求する物資がとんでもない量になり、しかもそれが広く分散したため、
指揮下の輸送隊では足りず、他の部隊と調整しなければならならなくなり、それが更に仕事量を増やしていた。
「まったく・・・、こっちはお腹の贅肉とも戦わ無きゃならんのに・・・。昔見たく打ちまくって破壊すればいい
モンじゃないんやで・・・」
ユニゾンデバイスで公私共に重要なパートナーのリインフォースⅡが仕事を手伝ってくれているとはいえ仕事量は多い。
しかも本部の残留組で最先任がはやてであるため、作戦による付随被害の抗議書も自分に回ってくる。
それの対応もしなければならない。
「従来型の“集積方式”の方が効率いいんやないか?大体、ウチなら一発でみんな掃討したるわ・・・」
「・・・はやてちゃん、お休みしませんか?」
さすがに荒れつつあるマイスターを見かねてリインフォースⅡが進言する。
「そうやな、リイン。ちょっと休もうか。せやけどその前に・・・」
そういいながらはやては椅子を後ろに下げ机の下を見る。
「はやてちゃん?」
リインが不思議がって聞いてくるが聞いてない振りをする。
「・・・手癖が悪いのはこの指か?それとも頭か?」
「へへ、そんなこと言わないでくださいよ」
そういいながらはやての足元から首を出したのは元ナンバーズのNo6、セインだった。
「セインちゃん!!またそんな所から!!ちゃんとドアから入ってきなさいと・・・」
「気にしない気にしない」
「少しは気にしなさいです!!」
そう笑いながらセインは地面から体を出す。どうやったらそんな器用なことが出来るのか?
はやては聞きたくて堪らなかった。
「お帰りや、セイン。首尾はどうや?」
「上々、ってところですかね?」
はやてはレアスキル中のレアスキル『ディープダイバー』を持つセインを直属の秘書兼密偵として使っていた。
「やっぱりあのエヴァンジェって言うの、怪しいですよ。最近、戦術部隊本隊が妙な行動するように
なってますし・・・。まあ、レイブンを名乗る連中は一癖も二癖もありますけどね」
「ふーん、で、その紙袋は何や?」
「じゃーん。こっちのほうも大漁です」
セインが紙袋の中身を机の上に出す。はやての机の上に出てきたのは大量の菓子類だった。
「わーい!!お菓子ですぅ!!」
「こらこら、先にお湯沸かしてきてな。お茶にしよか」
「はいです!!」
「・・・ところで、どっからくすねてきたん?」
「く・・・、くすねてなんかいないですよ」
はやての質問にすまし顔で答えるセインだった。
ま、報告を聞いた後にでもしっかり答えてもらおか・・・。

戦闘機人はJS事件後、戦闘機人の処遇に関しては無力化処置後の更生プログラムの終了後が問題になった。
そのまま自由放免にしてしまえば管理局の機密情報がいつ漏洩するやも知れず、一部の戦闘機人はこの時点で
保護下に入り更生プログラムを受けていなかった。
過去の情報を彼女らの記憶領域から削除すれば人格や経験値をリセットする必要があるという更生プログラムの
教官からの報告もあり、一から調整するのは手間がかかる。一時は破棄するという論調が上層部で大半を占めた。
それでも結局は能力は惜しい、それと資材の有効活用という面から戦闘機人計画を進めたレジアス中将の遺児、
オーリス二佐が自身の部隊で試験機材として管理することになった。
だがその部隊も平時は少数の本部要員のみで構成され、有事の際に他部隊を編入し行動するという任務部隊方式
の本部班だった。言わば危険分子の体の良い飼い殺しである。
この一連の処置に平行して管理局内では陸のレジアス=武闘派に対する締め付けが海空主導で行われており、
汚職まみれの陸とそれを取り締まろうとする本局・海・空という構図で進んでいた。
陸上部隊内では魔女狩りか黒死病かとまで評される上級指揮官の左遷・退職の乱発に嫌気の差した下級指揮官・
下士官・陸士の大量退職が発生、戦力の低下を招き、さらに残った隊員も士気の低下が表面化し始めていた。
陸の内部では疑心暗鬼に猜疑心が蔓延、これを決定的にしたのがゲンヤ・ナカジマ一佐のミッドチルダ方面管区
本部長代行就任であった。彼自身が就任したのは当時ミッド方面管区内では最先任者であったし、JS事件でも
ガジェット群の鎮圧の為に自身の陸士108部隊を指揮し解決に尽力、思想的には穏健派に近い。また妻を任務で失い、
男手一つで娘二人を育て、しかも母親譲りの高ランクの魔導師に育てる・・・。
そのようなストーリー持ちである点からも最適な人選といわれた。
だが問題は彼の二人の娘だった。
当時二人とも機動六課-口さがない陸士は“能力の無駄使い”といった-に出向か所属しており、さらに108と六課が
良好な関係、それもその筈、六課長・八神はやてとは師弟関係にあり、それが穿った見方を助長した。
「娘二人を本局・海空に売り渡して今の地位を得た」
「陸士の実情を知りながら本局海空と対立したレジアス中将の失脚に協力し地位の安定を図った」
大半は根も葉もない噂であり彼自身も特に気にするような素振をしなかった。
だがレジアス=武闘派の締め付けが厳しくなる中で本局と親しい人材が重要ポストに就いた事はそれだけで
陸士間に亀裂を入れるのに十分だった。

人員も士気も連携もガタガタになる陸を尻目に、海空は陸の削減分の予算というパイの奪い合いを本局を巻き込んで
始める。ただ海空両者の内部も一枚岩ではなく、中の派閥間でも政争を繰り広げるといううという少数の
良識派が頭を抱える事態となった。
だが、そんな状況を終わらせたのは新興の武装勢力バーテックスと各管理世界で同時多発的に発生する
武装勢力のテロだった。
明らかに統制の取れた、寄せ集めとは思えないバーテックスの戦術とそれを支援するかのように行動する
独立武装勢力の大規模テロ。広域化・大規模して行くにつれ、徐々に手に負えなくなりつつあった。
管理局設立協約加盟国からは早期の治安改善と武装勢力の取り締まりに力を注ぐよう要請が何度も出されたが
今度は本局内でバーテックス、独立武装勢力の跳梁を許したという問題の責任の擦り付け合いが始まるという
醜聞としかいえない事態となった。
後手後手に回る管理局の対応に業を煮やした加盟各国が自国の軍事組織・治安組織による管理局の各管区施設の
閉鎖と制圧、協約からの脱退といった通達を突きつけるまで発展。さすがに自分達の立場が危うくなり始めたのに
対して各派閥が妥協と打算を繰り返した結果、権力争いは後回しとし、目先の事態の解決を目指すことを大綱として
設定することとなった。
その中で強力な鎮圧部隊をバーテックスの鎮圧に向けて編成することも計画された。
今度は指揮官職で揉める事となったが、外部から招聘することで一致を見た。
そして編成されたのが管理局・戦術部隊、指揮官にはレイブン、つまり風来坊の傭兵が就任した。
名はエヴァンジェ、かつてアークの主催であるジャック・Oと対立し、アークを追放された男。
その彼が指揮官に就任することなった。

はやてはその中で戦術部隊内で補給を担任する部署への就任命令を下された。
結局これも局内における権力闘争の一端ではあったが、はやては辞令を受け本部へと出向した。
その後、補給要請を受けては対応し、足りない物資を予め準備するといった普段の業務を行っていた。
そして今に至っている。
セインは更生プログラム終了後、機会を見ては外の世界をふらついていたがある日、因縁のある聖王教会の
シスターにばったりと再会し、話を聞いて再度改心、教会の手伝いとして出向した。
      • 表向きはそうなっているが・・・、実施はとある司書長ととある教導官に依頼されて学校に忍び込んだところを
シスターに発見され捕まった。結局忍び込んだ罰として教会の手伝いを言い渡された。
なお二人の演じた逃走劇はいまだ関係者の間で語り草となっている。
そんなある日、世間話に来たはやてとシスターの上司との会話を聞いて面白そうだからとはやてについて行って、
結局密偵として働いている。

「この間、エヴァンジェが何で戦術部隊司令官に抜擢されたのか・・・、って話されてましたよね?」
「ああ、あれか?なんか分かったんか?」
「まあ、なんと言いますか・・・。ミラージュ社、知っていますよね?」
セインが制服に着替えた後、お茶をすすりながらはやてに今回の出張の収穫を報告する。
因みにリインフォースⅡはセインのくすねてきたお菓子にご執心で話に入る素振も見せない。
「管理局に色々と納入しとる企業さんやからな、知らんのもおらんやろ」
「エヴァンジェが企業との専属契約でアーク上層と衝突して放逐された前後でかなりの企業寄りの仕事をしてます」
「そんなん良くある事やろ?」
特定の主義主張に肩入れしないのがレイヴンの掟。だが、各レイヴンが持つ主義主張は色々だ。
破壊を楽しむもの、美学を持って戦うもの、信念で戦うもの・・・。
その中で企業に肩入れするレイヴンが居ても不思議ではない。
「そうです、でも問題なのはミラージュ社の他社の権益に強行介入した事件、前線の指揮とってたのあいつなんですよ」
「それって、確か資源採掘権を巡ってた時のか?」
「この時、企業に大分気に入られたみたいですよ。で、あいつが戦術部隊の隊長に潜り込めたの、
企業側から統合幕僚本部に強く推薦されたから・・・、らしいです」
はやては合点がいった。陸と並んで企業とべったりなのはどうやら本局・海・空も変わらないらしい。
レイヴンを重要ポストに据えたのも、本隊の部隊長クラスにも多数のレイヴン、本隊には各企業の息がかかった部隊、
それらには最新の魔導甲冑に装備が提供されている。
「まあ私は性格的にもあんまし好きじゃないですよ」
これには苦笑するしかない。彼と同じ会議の席上に座ればいやでも彼の性格が分かる。
普段の口調からも感じられるが自己顕示欲の強さには眩暈がしてくる、はやてはそう感じていた。
「よく調べおったな」
「本局の偉いさんの部屋でちょっと拝見しました。後から聞くのは難しいけど、今入って見るの簡単ですよ」
実ははやてはセインの行動を掌握していない。彼女の行動を追跡できるのはセインの天敵、あのシスターだけだ。
今回の“出張”もどうやら遥々本局まで出かけて潜り込んだ挙句、警備が厳重な偉いさんの部屋にお邪魔して端末を
操作したのだろう。
まさにセインのISディープダイバーの正しい使い方といったところ。
だが、そんな仕事を楽しむのもいいがもう一つの秘書としての仕事ではまったく使えない。
おかげで簡単な書類の決裁まで自身でやらなくてはならずデスクに座る時間を増加させていた。
「はーい、八神一佐のお部屋です~」
隣の部屋の部下からの内線をリインが上機嫌に受ける。
「リイン曹長、八神部長はいらっしゃいますか?」
「いらっしゃるですよ~」
「はいはい、どした?」
はやてがリインから内線を変わり、今では見知った部下に話しかける。
「お客様が見えられています」
「お客?なら私は席を外したほうが・・・」
「ええでそこにおって。あ、お客さんはお通ししてくれや~」
「わかりました」

「セイン!!」
「はいはいセインさんですよ~、・・・ん?げ!!シスター!!」
開きっ放しのドアから入ってきた、もとい突入してきたのはシスター・シャッハだった。
セインを確認する・・・、その前にドア前でヴィンデルシャフトを起動、騎士甲冑を着込んでいた。
「待ちなさい!!」
「いやだ!!」
セインがディープダイバーを発動、床に潜り込んで逃げようとする。
だが、一瞬の反応でシャッハのほうが早かった。
セインの襟首を掴み、無理やり引き上げる。
「わ、わ、はなし・・・」
喚くセインが見たのは優しく慈母の様に微笑むシャッハの顔。
だがその背後に燃える怒りの焔の大きさはセインが一番理解している。
「セイン、最近見かけないと思ったら・・・、こんな所にいたんですね・・・?」
嘘だ。はやては彼女が知ってていってるのが判る。
当のシャッハからは毎日の如くはやてに迷惑をかけていないかどうか、ちゃんと仕事をしているかどうか、
確認するメールが送られている。
「いや、それはその・・・妹達が心配で・・・」
「なら八神部長の下ではなく、オーリスさんのところに行くのが筋でしょう?」

「しかも・・・、最近人のお菓子をくすねているそうですね?」
「な、何で知ってるんですか!!」
「あなたは教会に居た時でもつまみ食いとかしていたでしょう!!」
そういわれて、セインは悪事をした後の子供のようにおとなしくなる。
「今回は、ちゃんと仕事して人に迷惑をかけ無くなるまでになるまで外出は禁止です!!」
「あ、一応役にはたっとるから一週間ぐらいで返してな~」
「八神たいちょ~・・・、リイン~、助けて!!」
「セインちゃん、心を入れ替えて帰ってくるんですよ~」
そんな上司と同僚(?)に笑顔と手を振られて送り出され、シャッハに襟首掴まれたまま、セインは連れて行かれた。
「まぁ、明日には逃げてくるやろ」
「きっとそうなのです」
二人はそう言うとデスクに戻って仕事を再開した。

「八神部長、301機動隊からの補給申請が来ました」
部下の隊員が申請書類を携えて入ってくる。
「お、ありがとな、・・・なんや多弾頭誘導弾?リイン、どっかに在庫が残ってないか調べてくれんか?」
「ハイです。困りましたねぇ・・・うちに在庫が無いですぅ・・・」
「あー、そこらの武器商人から買うしかなさそうやな」
「とりあえず在庫が在りそうな人たちのリストです」
「選別して契約、取り纏めといてな。言い値で買うんやないで?」
「判っています」
「商談が纏ったら会計課に行って必要経費とか提出しといてな」
「わかりました」
最初の隊員が出て行くと次の隊員が入ってくる。
「バレーナ社に連絡して注文したカートリッジの納入を早めるよう伝えておいてな」
「弾薬類のストックも減っています。今のペースでは一週間後には備蓄は目標の八割をきりますよ?」
「あわせて追加注文や」
指示を受けた隊員が出て行くと次の隊員が入ってくる。
「輸送3班、帰還しました。受領確認書と追加申請です。確認をお願いします」
「プラズマライフル用の取り替え用パーツ一式、カラサワなんて一品モノを使うてるんは隊長ぐらいやろ」
「ストックが残り二セットあるはずです」
「次の本隊行きの便で送ろうか。ついでにストックも送ったれや。その二セットの為に味わった苦労も書き連ねてなぁ」
「70式装輪装甲車の部隊受け取り分が搬入されましたけど、クレスト社の人が点検してほしいと」
「すぐに誰か代理で行かせといて、不良品を掴まされるんやないで。しっかり点検しとくよう伝えて」
「・・・逃げてきました~」
どうやらセインが逃げてきたらしい。
「お、ええ時に良い子が帰ってきたな~。ほらセイン、こっちの書類の束にウチの名前でサインしといてや」
「は~い~・・・」
「セインちゃん!!自分の名前を書かない!!しかもなんでスカリエッティの名前を書くですか!?」

「あ~、もうこんな時間ですぅ・・・」
リインのボヤキが聞こえた。はやても釣られて時計を見るともう、21時を過ぎていた。
「もういやです・・・こんな仕事・・・。地面に潜りたい・・・」
セインも机にぐったりと突っ伏して嘆く。
「今日明日の決済分は大分済ましたから明日は大丈夫やろ・・・」
はやても上着を脱いで椅子に深々と体を預ける。
そんなこんなではやてと第四部の一日は更けていく。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年02月24日 20:55