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最後の6人 中編 - (2006/08/30 (水) 22:01:53) のソース

**最後の6人  中編 

街灯に照らされた、ログハウスの前。
エヴァンジェリンとその従者2人……否、チャチャゼロとその従者2人の前に立ちはだかった6人。
彼女たちの前で、チャチャゼロは耳障りな笑い声を上げた、その途端――

――街灯の明かりが、唐突に消えた。

「!?」
街灯だけではない。ログハウスの窓から漏れ出ていた電灯の光も。
森の向こう、学園都市中心部からうっすらと射していた、街の明かりも。
全てが一瞬で掻き消えて、周囲は闇に包まれる。
空にあるはずの月は、厚い雲の中。星々の光も届かずに、森の中は闇に包まれる――
そして、明かりが落ちたその瞬間、その場から一気に飛び出した、エヴァ・茶々丸・チャチャゼロ。
「くッ!」
「やるアルかッ!」
「なんのッ!」
視界を奪われたその瞬間に起こされた動き。
何が起こったのか全く分からないし、闇に慣れてない目はまだよく見えないが……
それでも武闘派3人は咄嗟に身構える。刹那・古菲・楓、それぞれに防御の姿勢を取る。
が、次の瞬間……!

「うわぁッ!」
「ぐッ! め、目がッ!」
「はぅっ! 冷たッ」
何かが彼女たちの脇を走り抜ける。宙を舞う糸が、貫くような閃光が、何本もの氷の矢が、走り抜ける。
そして同時に上がる3つの悲鳴。
武道の心得ある3人ではない、戦闘の素人3人。和美、夕映、千鶴の叫び――!

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そう、ゼロたちはこの「突然の再停電」という絶好の好機を活かして。
戦闘力ある3人を襲うのではなく――戦闘力なき3人を、まず狙ったのだ。
戦いの定石では、ここは普通は逆である。後々脅威になる相手に、一撃でも加えることを優先する所だ。
なのに、ゼロたちは迷わず非戦闘員3人を狙った。容赦なく、狙った。
それも、今までのゼロによる襲撃同様、極めてタチの悪い攻撃を――。

チャチャゼロの放った糸は、和美の両手の指をことごとく切り飛ばしていた。
もう、カメラもペンも握れまい。記事をタイプすることもできまい。記者として、もう終わりだ。
茶々丸の放ったビームは、出力こそ大いに落としていたが、夕映の両目を直撃していた。
命に別状はないだろうが、その目は完全に失明。もう大好きな本も読めないだろう。
そしてエヴァンジェリンの放った無詠唱魔法の射手・氷の4矢は、いずれも千鶴の胸に突き刺さっていた。
手加減したのかいずれも命取りになるようなダメージではないが……豊かなその胸は、完全に氷結。
クラスで一番の巨乳は、もはや「死んだ」ようなものだ。

いずれも、ゼロが好んだ「才能や長所を削ぎ落とすような攻撃」。
その攻撃の意味を悟った、残る3名は――
「き……貴様らぁッ!」
「待て刹那! 迂闊に動いては――」
「許さないアルよ!」
楓が残る2名を止めるヒマもあらばこそ。刹那と古菲は、怒りにまかせて突進する。
チャチャゼロ目指して、突進する。
だが、その前に立ち塞がる影が2つ。
「……力が入りすぎだな、刹那。隙だらけだぞ」
「……申し訳ありません、古菲さん。排除させて頂きます」
刹那の斬撃はエヴァの鉄扇に止められて、そのまま刹那自身の勢いを利用され投げ飛ばされ。
古菲の突進攻撃は、横から飛び込んだ茶々丸の回し蹴りに捉えられ、これも吹き飛ばされ。
それぞれ、遠くに弾き飛ばされる。弾き飛ばした2人を、追うようにその場から跳ぶエヴァと茶々丸。
残されたのは、ゼロと楓、そしてそれぞれの痛みにのた打ち回る、和美、夕映、千鶴……。 

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「ケケケッ。何ダヨ オ前ラ。連携ハ テンデ駄目ダナ!」
「……やはり、この停電で『魔力』が戻っているでござるか。これは厄介でござるな……」
笑うチャチャゼロを前に、楓の額に汗が滲む。
楓の脳裏に、ここに来る前、明日菜に聞かされた話が蘇る――

 「この停電だけど――そういうことなら、ひょっとしたら『あの時』と一緒かもしれないよ」
 これからエヴァの家に行くのだ、と意気込む6人に、不安そうな声をかけたのは明日菜だった。
 春の定期メンテナンス、あの学園都市大停電に乗じて行われた、エヴァとの戦い。
 あれを知っている明日菜は、今起きたこの停電も、何か関係があるのでは、と直感する。
 だが、6人は。
 「しかし、エヴァ殿の魔力が解放されたならば、拙者たちにも気配くらいは分かるでござるしなァ」
 「確かに気になる偶然ですが、考えすぎでは?」
 楓、そして刹那の「感覚」は、特に何も捕らえておらず。その場では、明日菜の心配は無視された。
 ……まあ、無理もあるまい。『一回目』の大停電は、エヴァの魔力を『封じる』方向で使われたのだ。
 何も感じられなくて当然だ。電力を消費する『封印結界』も、普段から誰にも感じられないもの。
 今さらそれが強化されたからとて、何を感じられるというのか。しかし……

「しかし、今度の停電は、明日菜の言っていた通りでござろうな。
 エヴァ殿の『無詠唱呪文』、ゼロ殿の動きの速さ……『封印結界』を、無効化したか」
「正解ダ。マ、分カッタ所デ何モデキネェダロウガナ。ケケケッ!」

茶々丸が無線を通じ、再び行ったハッキング。今度は、学園結界への電力流入のカット。
それの副作用として、学園都市全体の電気が、またしても途絶え、再度の大停電となっていた。
この『2回目』の停電は、あの吸血鬼騒動の最後の戦いと同じもの。
エヴァンジェリンの魔力が復活し、その延長としてチャチャゼロの運動能力も復活する。 

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停電に乗じた最初の攻撃。戦えるものたちの頭に血を上らせ、その後の戦いを有利に進める……
全て、ゼロの計画通り。
……いや、今このゼロの目の前にいる楓の冷静さは、いささか計算外ではあったが。

「ソレデモ、オ前程度ジャ俺ニ勝テネーヨ。オ前1人ジャヨ!」
「……随分な自信でござるな。
 だが、拙者とて、1人でこの場に立っているわけではござらぬよ」
笑うゼロに、楓は目を細める。
彼女とて、怒りがないわけではない。ただ、その表現の仕方が刹那や古菲とは違うだけだ。

「甲賀中忍、長瀬楓。及び――『龍宮真名』。参る!」

彼女の強い意志の篭った声と共に、無数の『分身』が出現する。忍び装束の楓の姿が、何体も出現する。
そしてその『楓たち』が揃って手に取ったのは、忍び装束におよそ似つかわしくない近代的な兵器。
「ハンドキャノン」の異名を取る大口径拳銃、デザートイーグル。
視力を失いリタイアした龍宮真名に託され預かった、真名の愛銃。真名の『意志』。
ゼロと直接対峙した時には、とうとう最後まで使う機会のなかった、ライフル以外のもう1つの武器――!

「短筒の扱いも、忍びの技の1つなり。流石に真名よりは一歩劣るやもしれぬが――
 繰り返して申す。拙者、1人でこの場に立っているわけではござらぬよ。
 その意味、貴殿の身をもって理解して頂くッ!」
「ケケケッ! 面白イ! マトメテ返リ討チニ シテヤルヨ!」

片手にクナイ、片手にデザートイーグルを構えた無数の『楓たち』は一斉に跳躍して――
ログハウス前、痛みに苦しむ3人の目の前で、第一の死闘が始まった。 

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「……エヴァンジェリンさん。正直あなたには、失望しました」
「……フン。何とでも言うがいい。私自身、とうの昔に自分自身に失望しているわ」

森の中。
『合気』の力で投げ飛ばされた刹那と、それを追ってきたエヴァが対峙していた。
木々の間で、尻餅をついたような姿勢のまま呟く刹那。マントを広げ宙に浮かぶエヴァ。
刹那はヨロヨロと立ち上がる。俯き加減のその表情は、周囲の暗さもあってよく見えない。

「しかし……私はある意味、ツイていたかもしれませんね」
「? どういう意味だ?」
「あなたを倒せば――魔力の源たるあなたを倒せば、あの人形も自動的に『死に』ます。
 あなた自身にも、あの人形を制しきれなかった責任がある。それだけの罪がある」
「ほう……私を倒す、と。随分とデカい口を利くものだな、刹那。
 ゼロに破れ従者の身分に堕したとはいえ……まだまだ私は、お前などよりずっと強いぞ?」

エヴァは笑う。
彼我の戦力差を示し、エヴァは笑う。
以前と身分が変わったとはいえ、その自信もプライドも未だ『エヴァンジェリン』のまま。
刹那の言葉に、自信を持って笑う。余裕をもって笑う。
だが……
「……それは、『全ての呪いがなければ』の話でしょう。未だあなたは、『登校の呪い』に捕らわれたまま。
 普段よりは強いとはいえ、修学旅行の戦いの時ほどの力はありません。それに……」
「それに?」
「それに、私もまた、普段の自分ではありませんから」

刹那がそう呟くと同時に、その両手が胸の前で交差される。何か力を溜めるような動作。
次の瞬間―― 

----

バサッ。
光と共に、白く、巨大な翼が、大きく広げられる。
舞い散る羽毛。高まる『気』の力。
袴姿の刹那は――烏族の衣装を纏った彼女は、その真の姿を露わにしていた。
禁断の姿を、現していた。

「な――」
「……もう、何もいらない……」
白い翼を広げ、誰にも明かしてはいけない正体を堂々と晒して。
目を丸くするエヴァの前、俯いたまま、刹那は呟く。
「このちゃんを守りきれず……クラスのみんなを守りきれず……
 学園長に、恩も返せず……こんな自分なら、もう、いらない……もう、どうなってもいい……」
そして刹那は、ゆっくりと顔を上げる。
エヴァに向けられたその表情は、もはや人間のモノではない。
見る者に白目と黒目が逆転したかのような錯覚を与える、その凶眼。壮絶な笑み。

「……もう、何もいらない……! 人間の世界にも、未練はない……!
 ただ、このちゃんの仇さえ取れるならッ!
 このちゃんをあんな風にしたお前らに、仕返しできるならッ!」

絶叫。絶叫と共に、翼の生えた刹那は『夕凪』を振るいつつ跳躍する。
正体を露わにしたことで、解放された真の力。人間離れした『気』の力。
その全てを刃に乗せた、大技・『雷鳴剣』。
もはや他人に正体がバレようとどうなろうと知ったことではない。
一族の掟によって烏族の里に引き戻されることになろうと、知ったことか。
守るべきもの全てを傷つけられた戦士は、開き直った復讐鬼と化して――

森の中。立ち並ぶ木々を吹き飛ばす、巨大な雷鳴と共に。
人外同士の第二の死闘が、始まった。 

----

――ガラスが割れて、古菲の身体が暗い室内に叩き込まれる。

「クッ! やるアルね!」
「……目標の戦闘力、未だ衰えず。戦闘を続行します」

咄嗟に受身を取って、ログハウスの室内で立ち上がる古菲。
無機質な表情のまま、茶々丸がその後を追う。その足元で、踏み割られたガラスがペキリと音を立てる。
2人の戦いは、最初の一撃からそのまま連打戦になって。
茶々丸の蹴りが決まって、ここ・エヴァのログハウスの内部に場所を移していた。
1階のリビング。障害物の多い部屋の中。
2人は無数のぬいぐるみに囲まれて、テーブルを挟んで対峙する。
明かりに乏しい夜の闇、建物の中はさらに暗く、可愛らしいはずのぬいぐるみもどこか不気味な影を落とす。

「サツキは茶々丸のコト、心配してたアルよ。悪いヤツラにそそのかされてるんだ、ってネ」
「無意味な感傷です。私には意味のないことです」
「……つれないアルね」

五月の想いに対し、そっけない言葉を返す茶々丸。
しかし古菲の方も、本音を言えば五月の想いのみでない、胸の奥から湧き上がるモノを感じていた。
茶々丸相手に本気で「戦える」この機会に、ワクワクしてしまう自分を自覚していた。

ネギのエヴァへの弟子入りを賭けた、茶々丸との試合。
あの時点でネギに授けることのできた技は、古菲自身も満足の行くレベルではなかったのだが……
あの戦いを見て、どうしても考えてしまうのだ。1つの考えが、いつまで経っても頭から離れないのだ。

もし、あの時茶々丸と戦っていたのが古菲自信だったなら、一体どういう結末になっていたのか、と。 

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人間離れしたスピードとパワー、そして正確さを併せ持つ茶々丸。
ジェット推進で加速される拳。人間を超えた間接の可動域を活かした、独特の体術。
ネギとの試合と、今の数合の手合わせ。まだまだ茶々丸の「底」はこんなものではないはず。
果たして自分の技が通用するのか。どんな戦いができるのか。
武人としての血が、騒ぐ。
背負った想いを抜きにしても、純粋に、茶々丸と戦いたい。
そして茶々丸の性格まで考慮すれば、彼女が本気を出してくれるこんな機会は、二度とありえない――

「――こうしてバラけたのは、逆に幸いアルかもね。邪魔される心配は、ないアル」
「…………」
「いざ尋常に――勝負ッ!」

古菲は、どこか嬉々とした叫びと共に、茶々丸に向かって飛びかかって――
第三の死闘が、始まった。


ログハウス前の、楓とチャチャゼロ。
ログハウス脇の森の中の、刹那とエヴァンジェリン。
ログハウスの中の、古菲と茶々丸。
3箇所に分かれて始まった死闘、その結末は、果たして――?


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