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揺れる円 - (2006/05/25 (木) 02:32:34) のソース

「ねぇ、美砂。謝りに行こうよ」
3時間目頃になって宮崎のどかは保健室から戻ってきたのだが、授業時間中は終始陰鬱な空気を纏っていた。
だから、放課後になって謝りに行くのは当然の事だと円は考えていた。
「はぁ?何で?」
「何でって……当たり前でしょ!あんな事やっちゃったんだから」
「だからぁ、言ってるじゃない。本屋ちゃんが全部忘れてくれればそれで済むんだって。ただの悪戯なんだから」
なんて身勝手な考え方だ。そう思わずにはいられない。美砂は全く悪びれる様子もなく続けた。
「双子とか美空が悪戯して、いちいち相手に謝ってる?たかが悪戯でそんな事してたらキリがないじゃない」
「本屋ちゃんは倒れて保健室にまで行ったんだよ!? どうしてそんな平気でいられるの!?」
「ならあんた一人で行ってよ。そんな偉そうな事言えるんだったら、出来るよね?私はもう無かったことにするから」
「無かったことって……」  
しばし呆然とした。彼との喧嘩がここまで美砂を変えてしまったのだろうか。
「いい?よく考えてみてよ。もし、私達が謝りに行って、その場は丸く収まったとするでしょ?でも私達がやったって
いう噂は消えないよ。それでもいいの?本屋ちゃんがこの件を忘れてくれさえすれば、誰も私達がやっただなんて
気付かない。あんなリアクション起こして、誰も本屋ちゃんがあの写真を持ってただなんて疑わないって。そうで
しょ?所詮は他人事なんだから、『そういえば昔、あんな悪戯があったなぁ』って感じで、どうせみんな忘れてく
って」
一気に捲し立てられて、つい納得してしまいそうになる。 
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丸く収まる。恐らく大半の日本人が惹かれてしまうだろうこの言葉が、円の胸に重くのし掛かった。
確かに、無かったことになるのなら、それはそれでいいのかもしれない。
「ホラ、みんな部活終わったみたいだし、そろそろ帰ろ」
優しく語りかけるその言葉は、天使の声のようにも、悪魔の囁きにも聞こえた。
「で、でも……」
大会が近いらしい桜子の声が聞こえた。部活仲間に別れの挨拶をしている。
「ごめ~ん、円、ミサミサ。チアの練習出られなくて。二人じゃあ大変でしょ?」
「ううん、そんな事ないよ。それよりアンタこそ、ガンバんなさいよ。ラクロス。応援しに行くからね」
美砂が桜子の肩に手を置いて微笑んだ。
そうだ、美砂は優しい人だ。そんな酷い事をする筈がない。今だって、練習に出られない桜子を、優しい言葉で
慰めているじゃないか。だからきっと、美砂の言い分は正しいんだ。きっと、私の事を思いやっての言葉だったん
だ。そんな風に、心が自然と誘導されていく。これでいいんだ。多分。

「円、どうしたの?なんか元気ないけど。牛丼食べ過ぎてまた“お肉”が増えちゃったとか?」
「ち、違うわよ!」  慌てて手を振って否定した。増えるのは丼の上の肉だけで十分だ。
そんな下らない掛け合いが、不安定な円の心を安心させていった。美砂も笑っている。みんなが笑っていられる
なら、それに越した事はない。この上、“いい人”を守ろうだなんて、欲張りだったのかもしれない。
円は、僅かに残った心の中の不安を追い払おうとした。
今にして思えば、それは違う形のサインだったのかもしれない。自分が抱えている不安は、別の方向を指している。
そう気付くには、ここの空気は暖かくて、円の判断を鈍らせるための十分な材料になっていた。
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上体を起こすと、顔に柔らかい感触があった。雰囲気から早乙女ハルナだと分かった。保健室のベッドの上で、
抱きしめて背中をさすってくれているらしかった。布団を被っているみたいで、居心地がとてもよかった。
「どう?落ち着いた?」
「うん……。ありがとう」  半ば、ぼやけた頭でそう答えた。「今、何時?」
「二時間目が終わって、休み時間。まだ休んでていいよ。ネギ君も、今日は早退してもいいって言ってくれて
るし。委員の仕事は私と夕映でやっておくから」
「ありがとう。でも、もう大丈夫。授業には出なきゃ」
「無理しなくてもいいよ。アンタ頭いいんだし。ちょっとくらい休んだって……」
「ハルナ」  優しさは十分過ぎる程伝わった。ハルナの言葉を遮って、尋ねる。
「ハルナは、どう思った?」  信じてくれる?と聞きたかったが、白々しいかな、と思って、言い方を変えた。
「私は最初から、気付いてたさ」  ちょっと偉そうに胸を反らせている。その姿が可笑しくて、少し吹き出した。
「私はね、のどかの趣味は熟知してるの。アンタはあんなガチガチの筋肉で、洋モノの男になんて興味ない。
みんなも信じてくれたよ」
その妙な説得力が、気休めの言葉にはない安心感を与えてくれる。やっぱりハルナは親友だ。でも、ちょっとだけ
興味があったので、意地悪な質問をぶつけてみた。
「じゃあ、もし私の好みの写真が出てきたら、どう思った?」
「え!?えぁ~っと、そうねぇ……。いやほら、大丈夫よ、と、多分」
今度は本当に吹き出した。あまりにも一杯一杯なハルナの姿が珍しかったのだ。
「の、のどかぁ~!図ったなこの!」
「わはぁ! ご、ごめんごめん、パル! くすぐったい! アハハ!」 

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