夢を見た。
星もない真っ暗な夜に、何かから私は逃げていた。
まわりの様子もまったくわからないのに、何かに追いかけられているという意識だけがはっきりしていた。
星もない真っ暗な夜に、何かから私は逃げていた。
まわりの様子もまったくわからないのに、何かに追いかけられているという意識だけがはっきりしていた。
「・・・・・・あっ?!」
ふとした拍子に何かに躓き、派手に転んだ。
慌てて後ろを振り返る。
真っ暗な闇の中から、ぼんやりと浮かび上がってくる影。
一歩、また一歩。
影が近づくにつれて、その姿がはっきりと私の眼に映し出されていく。
紅い眼。
陳腐な言い回しだけど、「血のような」というのがまさにふさわしい真紅の眼。
さらに近づいてくる影。
その影の顔、左眼の下あたりに、涙のような模様が浮かんでいる。
同じように、右眼のあたりには傷のような模様。
慌てて後ろを振り返る。
真っ暗な闇の中から、ぼんやりと浮かび上がってくる影。
一歩、また一歩。
影が近づくにつれて、その姿がはっきりと私の眼に映し出されていく。
紅い眼。
陳腐な言い回しだけど、「血のような」というのがまさにふさわしい真紅の眼。
さらに近づいてくる影。
その影の顔、左眼の下あたりに、涙のような模様が浮かんでいる。
同じように、右眼のあたりには傷のような模様。
(嘘だろ・・・? なんで、なんで――――)
頭の中でそう叫んでも、声にならない。
いつの間にか私の目の前までやってきた影が、鋭い爪の伸びた手をゆっくりと振りかぶる。
表情まではっきりとわかるほどの距離まで近づいても、なんの表情も浮かべない影。
その影は、私がよく知るルームメイト、ザジの顔をしていた。
ザジの顔をした影が、私にその鋭い爪を振り下ろす。
いつの間にか私の目の前までやってきた影が、鋭い爪の伸びた手をゆっくりと振りかぶる。
表情まではっきりとわかるほどの距離まで近づいても、なんの表情も浮かべない影。
その影は、私がよく知るルームメイト、ザジの顔をしていた。
ザジの顔をした影が、私にその鋭い爪を振り下ろす。
「――――うっ、うわあぁぁぁぁぁぁ!!!」
反射的に、命の危険を察知した私の本能が、私を大声で叫ばせた――――――――
「・・・・・・・・ッ!!!」
その瞬間、千雨は布団から跳ね起きていた。
「な、なんだったんだよ・・・あの夢・・・」
嫌な汗でびっしょりぬれたパジャマの身体を自分で抱き、千雨はひとりごちる。
思いだしてみても、何がなんだかわからない夢だった。
逃げ走る自分。
追いかけるザジ。
普段とは似ても似つかない輝きをした眼。
何のためらいもなく振り下ろされた、化け物のような爪。
どれもこれも、普段の自分が夢想すらしないようなファンタジーなものばかりだった。
思いだしてみても、何がなんだかわからない夢だった。
逃げ走る自分。
追いかけるザジ。
普段とは似ても似つかない輝きをした眼。
何のためらいもなく振り下ろされた、化け物のような爪。
どれもこれも、普段の自分が夢想すらしないようなファンタジーなものばかりだった。
「・・・んー、疲れてたのか? 最近サイトのほうの改装やら衣装作りやらで忙しかったからな・・・」
そういって、無理やり自分を納得させる。
正直、これ以上あの夢のことを考えたくない。
あれほど非現実感が溢れ出していたのに、妙な生々しさが千雨の記憶に残っていた。
まだ激しく動悸する心臓を何とか落ち着かせ、千雨はベッドから降りてリビングへ向かった。
正直、これ以上あの夢のことを考えたくない。
あれほど非現実感が溢れ出していたのに、妙な生々しさが千雨の記憶に残っていた。
まだ激しく動悸する心臓を何とか落ち着かせ、千雨はベッドから降りてリビングへ向かった。
千雨がリビングに入ると、台所でひとりの少年――――ザジが食事の支度をしていた。
無口、というかほとんどしゃべらない彼が先に挨拶するようなことはほとんどない。
大抵は千雨がぶっきらぼうに「おーっす」などと挨拶するのだが、今日の千雨はザジの前でただ立ち尽くすだけだった。
無口、というかほとんどしゃべらない彼が先に挨拶するようなことはほとんどない。
大抵は千雨がぶっきらぼうに「おーっす」などと挨拶するのだが、今日の千雨はザジの前でただ立ち尽くすだけだった。
「・・・千雨?」
挨拶をするでもなく、ただただ立ち尽くす千雨の様子をいぶかしく思ったのか、ザジが料理の手を止める。
しかし、千雨は返事をすることができない。
千雨の頭の中で、さっき見た夢がフラッシュバックする。
しかし、千雨は返事をすることができない。
千雨の頭の中で、さっき見た夢がフラッシュバックする。
――――アレは夢、馬鹿馬鹿しくてくだらない夢だ。
夢の中で浮かび上がった紅い眼と、目の前の少年の赤い眼。
夢と現実、何の関係もないはずなのに、どうしても目の前のザジに夢の中に出てきたザジの顔をした影がちらつく。
ずっと一緒に暮らしてきた相手じゃないか、そう思って普段どおり挨拶をしようにも声が出てこない。
目の前で、おそらく不審に思っているであろう少年の無表情が、夢で自分が殺されそうになったときの影の無表情と重なる。
夢と現実、何の関係もないはずなのに、どうしても目の前のザジに夢の中に出てきたザジの顔をした影がちらつく。
ずっと一緒に暮らしてきた相手じゃないか、そう思って普段どおり挨拶をしようにも声が出てこない。
目の前で、おそらく不審に思っているであろう少年の無表情が、夢で自分が殺されそうになったときの影の無表情と重なる。
――――なんだよ、何なんだよ、コレ。
気分が悪い、吐き気がする。
思わずしゃがみこんだ千雨の脳裏に、突然、ある光景が浮かびあがる。
思わずしゃがみこんだ千雨の脳裏に、突然、ある光景が浮かびあがる。
それは、もういやというほど見慣れた、麻帆良学園の世界樹広場。
しかし、いつもならうざったいほどの人がいるはずの広場に、今はたった一人の影がぽつんと浮かんでいる。
影の足元は、何か黒いものが白く舗装された広場の地面を覆っている。
その黒い「何か」の先を見つめる影。
世界樹広場の、世界樹がそびえる段よりひとつ下。
その壁際に誰かがしゃがみこんでいる。
広場を覆う黒い「何か」は、その人影から広がっている。
意識したわけでもないのに、その人影に近づいたように感じた。
そのおかげか、しゃがみこむ人影が誰かわかった。
同時に、広場を覆う黒い「何か」の正体も。
それは――――――――
しかし、いつもならうざったいほどの人がいるはずの広場に、今はたった一人の影がぽつんと浮かんでいる。
影の足元は、何か黒いものが白く舗装された広場の地面を覆っている。
その黒い「何か」の先を見つめる影。
世界樹広場の、世界樹がそびえる段よりひとつ下。
その壁際に誰かがしゃがみこんでいる。
広場を覆う黒い「何か」は、その人影から広がっている。
意識したわけでもないのに、その人影に近づいたように感じた。
そのおかげか、しゃがみこむ人影が誰かわかった。
同時に、広場を覆う黒い「何か」の正体も。
それは――――――――
胸から大量の血を溢れさせた、千雨自身だった。
そして、血まみれで崩れ落ちた千雨を見つめているのは、紛れもない、ザジだった。
そして、血まみれで崩れ落ちた千雨を見つめているのは、紛れもない、ザジだった。
「うっ・・・・・・」
頭に浮かび上がった光景に耐え切れず、千雨はそのまま崩れ落ちた。
「・・・・・・め、千雨!」
「あ・・・・・・えっ?」
気がつくと、千雨はさっき抜け出したはずのベッドに寝かされていた。
ザジが珍しく動揺した表情を浮かべて、こちらを見ている。
千雨が起き上がろうとすると、ザジがそれを押しとどめ、またベッドに寝かしつけた。
ザジが珍しく動揺した表情を浮かべて、こちらを見ている。
千雨が起き上がろうとすると、ザジがそれを押しとどめ、またベッドに寝かしつけた。
「わ、私・・・どうなったんだ?」
おとなしく寝かされたまま、千雨はザジに尋ねる。
突然気分が悪くなり、しゃがみこんだところまでは覚えている。
その後、突然今朝の夢――――もう“悪夢”と言ったほうがいいかもしれない――――の続きのようなものが浮かび上がり・・・そのあたりからの記憶がない。
突然気分が悪くなり、しゃがみこんだところまでは覚えている。
その後、突然今朝の夢――――もう“悪夢”と言ったほうがいいかもしれない――――の続きのようなものが浮かび上がり・・・そのあたりからの記憶がない。
「・・・・・・急に倒れて、ずっとうなされてた」
千雨の額に浮かんだ汗をぬぐいながら、ザジが答える。
うなされもするだろう、自分が血まみれで死んでいるような夢を見た直後に気を失ったりすれば。
だがわからないのは、どうしてあの悪夢にザジが出てこなければならないのか、ということだ。
なんかザジに後ろめたいことでもあるか?
いや、心当たりがない。
じゃあ何か、私がザジに恨まれてそのせいで私の夢にまで奴が出てきたのか。
・・・アホか、どこのファンタジーだよ。
そんなことを考えつつ、ベッドから天井を睨む千雨。
と、そのとき。
うなされもするだろう、自分が血まみれで死んでいるような夢を見た直後に気を失ったりすれば。
だがわからないのは、どうしてあの悪夢にザジが出てこなければならないのか、ということだ。
なんかザジに後ろめたいことでもあるか?
いや、心当たりがない。
じゃあ何か、私がザジに恨まれてそのせいで私の夢にまで奴が出てきたのか。
・・・アホか、どこのファンタジーだよ。
そんなことを考えつつ、ベッドから天井を睨む千雨。
と、そのとき。
――――こつん。
「――――へっ?」
ザジが、千雨の額に、自分の額を合わせた。
「・・・・・・・・うわぁぁぁぁぁぁぁ?! ななな、何やってんだお前ッ!」
思わず絶叫しながら飛びずさる千雨。
当のザジはというと、いつもどおりの無表情で飛びずさった千雨を見つめているだけ。
当のザジはというと、いつもどおりの無表情で飛びずさった千雨を見つめているだけ。
「・・・・・・熱、ないかと思って」
ぽつりとつぶやくザジ。
なるほど、確かに突然倒れてうなされながら嫌な汗をかいていたら風邪か何かかと思うかもしれない。
なるほど、確かに突然倒れてうなされながら嫌な汗をかいていたら風邪か何かかと思うかもしれない。
「アホか! そんなもんわざわざあんなことしなくてもわかるだろうがよ!?」
明らかに熱があるとかそういう類ではない理由で顔を真っ赤にして怒鳴る千雨。
確かに、温度計なり手を置くなりしても熱があるかどうかはわかるわけだから、何もあんなラブコメのお約束みたいなことをしなくてもよかった気もする。
確かに、温度計なり手を置くなりしても熱があるかどうかはわかるわけだから、何もあんなラブコメのお約束みたいなことをしなくてもよかった気もする。
「・・・・・・」
「・・・・・・///」
しばしの沈黙。
ザジは普段どおりの無表情、千雨は普段とは明らかに違い、動揺して頬を染めている。
しばらくお互いに見つめあったあと、ザジがぽつりと「・・・・・・ごめん」ともらしたのをきっかけに、ふたりはリビングへ戻り、遅い朝食をとった。
ザジ特製の卵焼きは、すっかり冷めてしまっていた。
ザジは普段どおりの無表情、千雨は普段とは明らかに違い、動揺して頬を染めている。
しばらくお互いに見つめあったあと、ザジがぽつりと「・・・・・・ごめん」ともらしたのをきっかけに、ふたりはリビングへ戻り、遅い朝食をとった。
ザジ特製の卵焼きは、すっかり冷めてしまっていた。