Mystery Circle 作品置き場

ろくでなし

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nightstalker

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Last update 2008年03月15日

愚かしい程に愛を叫び続ける  著者:ろくでなし



会った瞬間、叱責の幻聴が聞こえてきた。
そして、誰にも向けるとでも無い不満に満ちた鋭い目と目をもう一度合わせようとは思わない。
過去にしてきた事を考えると当然な反応だ。
戦争とはいえ、多くのカルディア人を殺したのは変える事のできない事実であった。
戦争が起きた時、ささやかな平和への希望が儚く消え去った。
そして、間もなくして悲報が届いた。
圧倒的な暴力の前ではただの老人などはあっという間だったろう。
壮絶な知性を持ち、平和を祈り、平和に大きく貢献した賢者が殺された。
その事を知り、皮肉にも戦う事に決めた。
私の心はあの時深い憎しみと悲しみに満ちていた。

私は静かで残酷な怒りを原動力に知識と思考を駆使して指揮を執り鎮圧軍は快進撃を続けている。
敵から奪った強固な拠点。
高くそびえ立つ壁。
どこら見てここは安全な場所だ。
壮大な焚き火があたりを青色に染めている。
甘い酒の匂いが漂っている。
「隊長は飲まないのでしょうか?」
私より一回り若い兵士が酒気を帯びながら勢いで話しかけて来た。
「勝利の美酒は美味しい物だな。俺はゆっくり味わって飲んでいるんだ。」と精一杯の笑顔でスープの入ったカップを中身が見えないように持ち上げる。
私はこの状況を祝う気にはなれない。
一緒に戦う戦友を心苦しいものの、彼等は自分がどのような事をしているのか理解をしていなかった節に嫌気がさしていた。
当たり前に、ただ家庭の幸福と平和を考えているに過ぎなかった。
それも良いかもしれない、と私は彼等を肯定する。
何も悪い事では無く、むしろ当然の事だろう。
そうは考えるものの、彼等への堪えようの無い理不尽な憎しみは消えなかった。
考え事を止めて意識を外界に戻す。
ここで考え事をするのは余り賢い判断とは言えない。
かと言って、神経を研ぎ澄ましてどうなるというのだろう?
しかし、どうやら残念ながら他とは違う気配がするようだ。
感情をむき出しだ1つの気配がする。
要塞の入り口まで自然に歩く。
どうやら部下は誰も気づいていないようで私は嫌気がさした。
私が死んでしまえば…。
しかし私自身もそれなりの戦闘能力がある。
要塞の入り口からこぼれる青色の光はまるで無敵を誇示するかのように壁の外周の広い範囲を明るく照らしていた。
気配は光の届く範囲と暗黒の境界線あたりから放たれている。
そのあたりに視線を向けると、まるでその存在を誇示するかのように光を反射し赤く染まった瞳がこちらを向いているのが分かった。
気づかれたのを悟ったらしく小柄の若いカルディアが威嚇しつつ近づいてきた。
気にせず私も近づいていく。
敵は思わずベルトに巻かれた短剣を取り出し私に襲い掛かる。
私はその愚直な攻撃を軽々避ける。
摩擦でエネルギーが加えられ励起した<空間粒子>が剣の軌道を虹色に沿っていく。
その露骨さが私と重なってしまう事に気づき、私は彼を殺す事にためらいを感じた。
私は敵にではなく、この馬鹿馬鹿しい状況に嫌気がさしてしまった。
無駄の多い動きの隙を突いて、ベルトから取り出した小刀で彼の利き手首の腱を切った。
思わず大きな声を上げた。
それでも攻撃を止めようと思わなかった。
私は攻撃を避けながら小刀を投げ捨て、鞘に刺さった長剣を抜き振り彼の小刀を弾き、とどめに左足の腱を刺し切った。
それでも戦意を喪失しなかったので、鞘で頭部に打撃を加えて気絶をさせた。

意識が外界に戻ると既にカルディアは去っていた。
しかし、あの若いガルディアはどうしているだろう。
憎しみの連鎖の中で死に絶えただろうか?
それとも私との戦いで深手を負った事に、戦いの下らなさ、後悔の海に沈んでいるだろうか?
何にせよ失ったモノは大きいだろう。
私も憎しみに駆られて馬鹿な事に時間を費やしてしまった。
平和に近づけるのには時間が足りないというのに、私は大きな遠回りをしてしまった。
あの時私は、賢者が最も憎いんでいた狡猾で頭が切れるだけで志の低い白痴だった。
彼が言うように私達はただ無力なのかも知れない。
今になって賢者の言っていた事がちょっと分かってきたような気がする。
私は心の中で泣く。
そして愚直なまでに、失われた時への哀惜を叫び続ける。
それでも私の高ぶる感情の波は静まらない。
たまらず私はグラスに入った酒をいっきに飲み干す。
何杯も……。

どうやら寝てしまったらしい。
頭に少し違和感があるものの意識ははっきりしている。
装飾品の宝石の中に流れ星のようにやや水平に<光の線>が通っていく。
どうやら明けてしまったようだ。
私は少しだるいさを感じつつもバーを出た。
寒さによって一部の青色や緑色の<空間粒子>が固体として吸着して地面で光っている。
まだ薄暗い深緑色の空、大きな二つの山の間に太陽が昇り始めている。
私は町を外れた我が家に向かい広い草原を通る細い道を歩く。
小さな雄のグーディルガーが雌に光線を激しく送ってアプローチをしているようだ。
グーディルガーの雌は本能的に小さな雄にはまったく目もくれない事が分かっている。
そして比較的に知能が高いグーディルガーがその事が分からないのは不自然なような気がする。
愚かしい程に愛を叫び続ける。
そいつはまさに影だった。




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