第1話「お鍋、大地に立つ」

お鍋の方。この女性の名を知らぬ者は尾張の国にはいないだろう。
おとなしそうな外見とその外見にふさわしい声、その姿を見た大抵の人はどんなに内気でかわいい女の子だと感じるだろう。
そして、その外見と声にふさわしく、趣味は文学とまさにパーフェクトとも言えるお鍋の方は今や家督相続問題にも決着を付け、尾張一国を治める織田信長の側室でもあった。

しかし、彼女の名はかわいい姿という事でも織田信長の側室という事でも広まっているわけではない。
むしろ、織田家中ではこのお鍋の方はかわいい、とは正反対のある種の恐怖を持って語られていたのだ。

その恐怖とは……彼女が衆道狂いだったからである。
衆道狂い、と聞いてピンとこない方も多いだろう。衆道狂いとは男性に対して、与えられる称号であり、当主が衆道に狂った事により、滅んだ名家もあると言われる。
そもそも女性であるお鍋の方がどのようにして衆道に狂う事が出来るのか、という疑問もあると思われる。

ここで、お鍋の方にまつわる、何人かの小姓の証言を聞いてみよう

「信長様といた時に突然、障子の隙間からお鍋の方の視線を感じて、びっくりしましたよ。 しばらく、その目はそのままじっと見つめていたのですが、突然、障子を開けて、
あなたは何でも軽くできるといつも言ってるんだから、こういう事もしてみない、と提案された時は……」
「俺はよ。突然、お鍋の方に信長様との現場を踏みこまれて、せっかく槍で売ってるのに そういうやり方で良いと思ってるの?これじゃあ、今度の本のネタが出来ないわ、
と詰問されてよ。もう雰囲気ぶち壊しだぜ……」

そう。お鍋の方は衆道をする側ではなく、それをネタにして創作するのが大好きであったのである。
さすがにこのような事が続くと、織田家中でもお鍋の方の行動は問題になってきた。
家臣の中からも「せっかくの楽しみをぶち壊しにされた」だの「今、尾張に出回ってるこの本は自分と自分の小姓がモデルになっているのではないか」とか不満も噴出してきたのである。

しかし、この問題は思わぬところで解決が出来た。それも別問題も含めてである。
織田家では信長の素行が問題となり、一時家督争いが勃発した事がある。
その際、信長の弟である信勝が2回に渡って争いを起こし、いずれも信長は勝利し、当主の座を盤石としたのである。
そして信勝の処遇であったが、さすがに1回目こそ許したものの、2回目はいくら血を分けたかわいい弟とはいえ、もはや助命の余地は無いと思われていた。
ところが、ここにたまたまいたお鍋の方が信勝の運命を一気に変える決定的な発言をしたのである。

「信勝君って、かわいい顔と声してるし、いぢめがいもありそうだし、彼がいたらネタには困らなそうです……」

そして、お鍋の方にほとほと困っていた織田家中は信勝に同情的な者も反信勝派も満場一致でお鍋の方に預ける、という事に決定したのである。

当の信勝だが、お鍋の方に預けられたその日こそ「織田の当主は私だー」とか「うるさーい!」とかお鍋の方に文句を言っていた。
しかし、彼女の書斎に入れられて、しばらくした後に書斎から出てきた時にはうつろな目をしながら、何かぶつぶつとつぶやき、その時以降、お鍋の方に文句を言う事は無くなったのである。
そのような事があった直後に優等生風の生意気でかわいい弟が不良兄貴にいろいろとおしおきされてしまう、という本が尾張の年頃の娘さんを中心に大人気になったのだがそれはまた別の話である。

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最終更新:2011年01月16日 01:13
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