プロローグ。
世界のどこか。東のほうの国のある農村に住まう青年グレンは今日も真面目に畑を耕したり
剣の稽古に勤しんだりしていました。
かつては帝都にでて兵隊として働いていた事もありましたが、それも2、3年の事。
田舎に戻ってきて若者にしては枯れた生活を送っているのであります。
恋人居ないし。作らないし。
今日も今日とて収穫の終った畑を来年の為に耕すグレン。
そんな彼の家の畑の近くの道を絢爛豪華な馬車が通り過ぎ様とします。
わあなんだろうとしげしげと馬車を見つめるグレン。
そんな彼の無礼な視線を咎めたのか、それともただの気紛れか、馬車が止まりました。
降りてきた身奇麗なきつめの美人に、「この先は村長の家で良いのか」と訪ねられます。
それは自分の家の事でした。
村長の家ともなれば来客も珍しいものではありません。ただはいと答えてグレンは作業に戻りました。
女性も女性で馬車へ戻り、馬車はグレンの家の方へ進んでいくのでした。
午前の作業も一区切り、食事を取るために帰宅したグレンの目の前に広がっていたのは
花嫁衣裳の女性
隠居した爺様と両親(そしてグレン妹※未定よ、未定の存在よ)
が同じテーブルを囲んでいる光景でした。
何事か、と尋ねようと口を開いた矢先、花嫁衣裳の女性が急に振り向きグレンの前に飛び込みます。
…誰でしょうかこの女性は。
やや幼げな面差しに薄く化粧を施し、頬を赤らめ瞳を潤ませ上目遣いにグレンを見つめております。
可愛い。
グレンは心拍数が上がるのを自覚しましたがムッツリなので表情には出しません。
だって素直じゃないもの。
そんな女性の第一声。
「始めまして、旦那様!」
気が遠くなりました、旦那様? 何か、この子は新手のメイドか。
収穫時期を過ぎて臨時雇いの使用人はあらかた暇を出したけど、別に今更人手は必要ないよな。
じゃあなんでまたこんな若い子を。
行き場がない旅人を暫し雇い上げるなら納得はいくがどう見ても生活に困っている人間の様子ではない。
じゃあなんでまた旦那様だなんて。
だいたい我が家の、引いてはこの村の長は親父じゃないか。
俺に旦那様と言うのは違うだろう、そこは普通「坊ちゃま」とか「坊ちゃん」じゃないか。
いやしかし年下の(に見える)子にそう呼ばれるのもおかしいな。
じゃあ「若旦那」、そうそれが一番しっくりくる。きっと緊張して言い間違えてしまったのだろう。
そうだ、そうに違いない。
納得した。半ば無理矢理。
そんな俺に浴びせられる親父様の次の一言。
「その子、お前のフィアンセな。可愛いだろ?」
…ああ、確かに可愛いな。くらっとするほど可愛いぞ。
いや、今くらっとしたのは八割くらいアンタの言葉のせいなんだが。
戸惑うグレンを他所に、やれこの子は何処のなんという子で、こういった理由でお前に嫁ぐ事になった、
とかなんとか説明が続けられていきました。要約すると以下の通りです。
少女の名前はソアラ。白竜の長の一人娘。
本来なら白竜の若者と結婚して子を成すのだけれど丁度良い相手が居なくて困っていた。
そんな時にグレンの事を知り、ドラゴンクォーターならば受け継がれる白竜の血の濃度的にも
影響が少ないので是非君を白竜の長の婿殿に任命したい。
断るまいね?
竜族が結婚する際には、各竜族の長を訪ねて結婚の報告をするのが慣わしです。
勿論二人が結婚するのなら当然この風習に乗っ取って世界をまわらなければなりませんので、
早速これから旅に出ろ、と父親と、ソアラに付き従う女性が促しました。
先程畑でグレンに声をかけたあの人です。
当然グレンは反発しました。
なんでまた急に、俺まだ結婚するつもりはないよ!
なんという今時の若者の如き言葉でしょう。そんな事だから晩婚化し、少子化が加速するのです。
相手はもう一族存亡の危機なんですから此処は有無を言わさず「うん」というのが男でしょうに。
とは申せグレンもまた一人の人間、その意志を尊重するのが道理と言うものでしょう。
其処でグレンの父親は一つの提案をしました。
「とりあえず二人で世界を旅して回れ、その間にお前がソアラちゃんを好きになればそのまま結婚すればいい。
どうしても好きになれなければ婚約を破棄すればいい。その時は責任くらい取ってやるから」
渋々、グレンはそれに承諾します。流石に此処まで言われてなおも嫌だなんていう駄々っ子は
そもそも物語の主人公になれません。開始五分でエンディング直行です。
かくして、青年グレンとその婚約者ソアラの旅が始まります。
その前途に待ち受けるものは喜びでしょうか、それとも悲しみでしょうか。
それはこれから二人が綴る物語。
我々はただ、ただただそっとそれを見守るばかり。
…時にはちょっかいをだすのも良いでしょう。
それが彼らの幸せに繋がるのならば。