停まらない害悪(染まらない帷幄)
兎吊木垓輔にとってその行動は自然であり当然であり必然だった。
どこへ行くなどという迷いはなく行き先はただ一つ。
何をするなどという迷いはなくすることはただ一つ。
――
玖渚友、《死線の蒼》の住むマンションの階段を、彼は上る。愚神礼賛が、その手に揺れる。
兎吊木垓輔は階段を上る。登る。昇る。天上に行くかのように。
破壊したエレベーターに、背を向けて。
ついさっきまで人が居たらしい痕跡も、まるで気にすることはない。彼が気にするものは、ただ一つ。
「さて――君はここにいるのかい?」
靴音はやがて停止する。程なく、目的の階。
開け放たれたドアの向こうは、しかし、静かだった。
床を這うコード、迷宮のような無数にも見える部屋。そのどこにも、蒼い少女の姿は無い。
二階分の広大なフロア、少女の気紛れに繋げられた部屋。そのどこにも、蒼い少女の姿は無い。
丹念に全ての部屋を回って、それでもなお無音であることを確かめると、兎吊木はゆっくりと大袈裟に肩をすくめた。
そこは普段、玖渚友が様々な作業や遊戯をするための部屋の一つ。
他の部屋と同じようにコードが張り巡らされ、幾つものコンピュータとディスプレイが立ち並ぶ。
兎吊木はやれやれと両手を広げ、広げた手を下ろし、下ろした手が無造作に、コンピュータの電源を入れる。
――瞬間、その部屋にある複数のディスプレイが全て、目の覚めるような蒼色に染まった。
「やあ、《死線の蒼》」
自然に兎吊木は声を発する。
当然のように画面を見る。
必然であると笑みを浮かべる。
そのサングラスに、文字列が映り込む。
『元気かな? さっちゃん』
蒼い色の画面に、白抜きの文字が表示される。
『もしそこに来てこれを見る人がいるとしたなら、《仲間》の皆の中でもいーちゃんと面識があって、尚且つぐっちゃんの足元には及ばないにしろある程度人体を破壊できるさっちゃんかなと思っていたのだけれど、当たっていたかな?
当たっていたなら、それは私にとって非常に芳しくないことなのだけれど、そんなことわざわざ私に説明させなくてもさっちゃんなら分かってくれるって信じてるよ』
無論、兎吊木は理解した。
玖渚友は、《死線》はどこからかこのプログラムを「自分のコンピュータ」へ送り込んだ。
それが玖渚友を失った空白の空間に送られれば、いずれ玖渚機関は動き出す。兄の直が妹の消失という大事を放っておく訳がない。
四つの世界の一角を担う、玖渚機関。遠からずこの島に、その手は伸びる。
しかしもしそれが、この場所にある「玖渚友のマンション」に送られて、京都に位置する同じ名の場所には届かないのならば。
ここは「外」などない、極めて異常な空間。
そして彼女がこちらへの呼び掛けを選んだということは、即ちそちらの可能性が高いと判断したということ。
その判断が正しかったことが、これで証明されたというわけだ。
兎吊木は指先を伸ばし、キーボードのYを押す。
――YES。
その瞬間、堰を切ったように文字が溢れ出した。
複数のディスプレイを渡って、蒼い画面を白い文字が埋め尽す。
膨大な情報量。
メッセージにして、共有されるべき思考。
それを兎吊木は目に映す。天才の一人は全てを読み取る。
《仲間》の一人として。《一群》の一人として。
《害悪細菌》として。《裁く罪人》として。
『私の現在位置はG-7澄百合学園と思われる場所。ただしあなたがこれを見る頃には、おそらく私はそこにいない』
『四つ目の世界レベルの者が関与しているのは事実。ただしそれそのものであるとは限らない。未知の領域が』
『地図を正確な物と仮定した場合、各取りうるルートの詳細はおおよそ以下の通り。A-2下酷城よりA-』
『今更筆記するまでもないけれど、関わっていると思われる人物と団体、そのうち四つの世界に名を聞かないものも』
『――こちらに関しては数値化は無意味、ただの可能性として考えてくれればいい』
『――去法で思考する限りでは』
『おそらく』『通信回路切断、ただし』
『――予測される成分は――』『――はマシンへの負荷が増大。そっちなら』
『――への連絡は』『待ってはいられない』
『――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――』
『―――――――――――――――――――――――――』
『―――――――――――――』
『――――――――』
『――――』
『――私からさっちゃんに送るべきものは以上。二度は繰り返さないよ』
素っ気無く打たれた最後の一行までその視野に収めて、兎吊木は楽しそうに笑う。
楽しそうに笑って、腕を組む。
間を置かず、蒼く戻った眼前の画面が、再び文字を紡ぎ出した。
『私にはさっちゃんよりも大事な人が居るから、私はそちらを探しに行くよ』
『だけどさっちゃんが、元《仲間》のみんなが私を探さないことは許さない』
『前みたいに力になってくれると嬉しいな』
『できるだけ早く来てくれるよね』
『それじゃ、ばいばい』
――《You just search for,『GREEN GREEN GREEN』!》
最後の遊び心のように中央のディスプレイにそう映して、今度こそそのプログラムは沈黙した。
蒼い画面が黒に変わり、すぐさま通常のシステムが起動を始める。
何事もなかったかのように。
そこに蒼い時などなかったかのように。
そこに《死線》の言葉などなかったかのように。
けれど兎吊木は楽しそうに笑う。 全てを見て、見終え、至上の幸福を知った表情で。
「勿論だよ、《死線の蒼》。俺は君を探しに行こう。そうしない理由があるとでも?」
愛しいものを撫でるように、キーボードに指を滑らせる。
「君のために破壊して破壊して破壊しよう。そのために俺があるのだから」
愚神礼賛を床に置き、兎吊木の手はコンピュータに伸びる。ここでできることを、まずはしてからだ。
それからでも何も遅くはない、一刻も早く行えば良いだけの話。
緑のランプは灯されて、破壊の道は赦された。
《害悪細菌》は、進み出す。そこはあるいは、《死線》の寝室。
【1日目 早朝 G-5 玖渚友が住むマンション】
【兎吊木垓輔@戯言シリーズ】
[状態] 健康
[装備]
[道具]愚神礼賛(シームレスバイアス)@戯言シリーズ、支給品一式×2、ランダム支給品(1~5)
[思考]
基本 害悪細菌として動く
1 《死線の蒼》を捜索する
2 《死線の蒼》のために動く
玖渚友とほぼ同等の情報を入手しました
最終更新:2009年12月17日 21:56