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不運の結果(風雲の経過)

(1)

 櫃内夜月は怯えていた。
 何に対してといえば、闇に対して。
 暗影に対して、晦冥に対して。
 闇に潜む何かに対して、闇から響く何かに対して、闇で蠢く何かに対して、闇より漂う何かに対して。
 肩を震わせ、息を詰まらせ、
 櫃内夜月は恐怖していた。
 「うう、ううううう…うう」
 恐怖は呻きとなって口から漏れる。
 それでも闇はそこにある。
 それでも闇はそこにいる。
 体を縮め、両の手で方を強くかき抱くようにする夜月。全身の震えを抑えるように、内側からの恐怖に抗うように。
 何も見えない、何も見えない、何も見えない、何も見えない。
 何も聞こえない、何も聞こえない、何も聞こえない、何も聞こえない。
 頭の中で言葉を反芻する。
 何もいない、何もいない、何もいない、何もいない。
 何も――ない。
 だからこそ闇。
 何も見えないからこそ闇で、何も聞こえないからこそ闇で、何も蠢かないからこそ闇で、何も漂わないからこそ闇で。
 何もないからこそ恐怖で。
 「………っ!」
 両の目をきつく閉ざす。両の耳を手のひらで強く塞ぐ。
 それでも闇はそこにある。
 それでも闇はそこにいる。
 夜月は何かに問いかける。恐怖の理由を、己が内の恐怖を。
 当然、返る答えなどあるはずもなく。
 それこそ答えは闇の中、何もないはずの闇の中。
 「お兄ちゃん………」
 囁くようにつぶやいて、夜月は顔を上げる。
 「―――!」
 目の前に人が立っていた。
 眼前に照らされる懐中電灯の光。その向こうに見える小柄な人影。
 「―――ひ」
 不鮮明な人影、闇の中からの光、何もないはずの闇、不明な人影、不明確な光、何もない闇、影、光、闇。
 不明確な人影は、確かにそこに立っていた。
 闇が姿を現した。闇という恐怖が形を成した。
 その闇に対し、櫃内夜月は――――


(2)

 匂宮出夢は困惑していた。
 何に対してかといえば、目の前の少女に対して。
 顔をうずめ、肩といわず全身を震わせながら嗚咽を漏らす目の前の少女に対して。
 「ううう…ううううう…うう」
 「………」
 嗚咽が響く。沈黙がそれに交差する。
 辺りは闇。沈み溶け込むような深い闇。月の灯りも、二人のすぐそばにある建物に遮られ、二人を照らすことはない。ただ地面に転がった懐中電灯の光だけが、その二人をうっすらと浮かび上がらせている。
 少女は建物の正面に腰掛けている。木造の、古めかしい荘厳な雰囲気の建物。その中へと上がるための階段の一段目に、少女は座り込み、嗚咽を漏らしている。
 そしてその正面、少女から数歩分離れた位置に立つ、小柄な人影。
 前をはだけた革ジャケットに、細い革パン。ヘアバンド代わりに前髪を上げている眼鏡。
 異様なほどに長い両腕。子供のように小柄な矮躯。
 沈黙のまま、目の前の少女をただ見据えて、匂宮出夢は立ち尽くしていた。
 「うう、うううう、ひっく、ううううう」
 「………」
 嗚咽が響く。沈黙がそれに交差する。
 時間にして、およそ十数分、この状況が継続されている。
 その間、出夢は何もしていなかった。否、何もしていないに等しい行動をとり続けていた。
 今現在も、である。
 おもむろに、出夢は腕を伸ばしかける。目の前の少女へと向けて。が、それはすぐに引っ込められ、その腕は取り繕うかのように身体のあちこちを動き回ったあげく、結局元の位置に戻ってきてしまう。
 上へ、下へ、上へ、下へ。
 ついで右足を、歩み寄ろうとするように前へ出す。が、その足はすぐに動きを止め、まごついたように数歩足踏みし、結局元の立ち位置へと戻ってきてしまう。
 前へ、後ろへ、前へ、後ろへ。
 ラジオ体操に見えるはずはもちろんない。
 あからさまに挙動が不審だった。
 あからさまな挙動不審だった。
 擬音で表現するなら、おろおろしていた。
 殺戮奇術集団、匂宮雑技団屈指の殺し屋、匂宮出夢は今、初対面の少女に対しおろおろしていた。
 「ひっく、うううううう、ぐす、ううううう」
 「………」
 まさしく時間を無駄にしたような状態。
 時間は止まらず、状況だけが停滞する。
 この地に、この場所に。
 三途神社に、嗚咽が響き、沈黙がそれに交差する。


(3)

 櫃内夜月にとっての「スタート地点」が三途神社の境内だったことが偶然の結果であったかどうかは現時点において断言できるような根拠は何も無いが、匂宮出夢がその三途神社へとたどり着いたのは、彼が行き先も決めず、あまつさえ地図を広げることさえせず適当に歩き回った結果であり、つまりは偶然の結果であると言える。
 この場所において繰り広げられた一連の経過にとって重要なのは、そこに関連した人物たち個々人の持つ特性つまりはパーソナルであり、場所がそれに与えた影響、場所の持つ重要性というのはこの場合においてはあまりない。
 しかし仮に、彼らが関連したことによって引き起こされたそのあまりにも作為的な何かを感じさせる結果が単なる偶然の結果ではなく、この非現実的な舞台を作成した人物により意図的にもたらされたものであったとするならば、
この三途神社という、神の名の下に造られし場が舞台に選ばれた事に対し、限りなく悪意に近い皮肉を孕んだ選択と言えるのではないかと邪推せざるを得ないのである。
 無論、それは想像の域を出ない話であって、既にその結果を見た後の彼らにとっては、それが偶然であれ必然であれ、全く意味も救いようも無い話であるのだけれども。


(4)

 「もしもーし、大丈夫かー?」
 「………」
 「起きてますかー、聞こえてますかー、立てますかー」
 「………」
 「…無視ですかー」
 わずかに時をさかのぼり数十分前。
 この時、少女は顔を伏せ身体を微かに震わせてはいたもののまだ泣いてはいなかったし、出夢はまだ沈黙してはいなかった。代わりに少女の方が沈黙し、出夢の方はしきりに少女の様子を伺い、声をかけ続けていた。
 「具合でも悪いのかー? てか、こんなとこにいつまでもじっとしてたら風邪ひいちゃうぜー? おーい」
 「………」
 「なー、無視すんなよー。何か言ってくれよー。放置プレイって趣味じゃねえんだよー僕。何でもいいから相手してくれよー」
 「………」
 「しかもそんな怖がるなよなー。何か僕が脅しつけてるみたいじゃねーの。うわ傷つくわー。勘弁してくれよ。僕の半分は優しさでできてるってのが売りなんだからさー」
 「………」
 「なー、これじゃ僕が馬鹿みたいじゃないかよ。何か石像にでも話しかけてる気分なんだけど。君はブレイク? あるいはアストロン?」
 「………」
 「ほら、んなとこ座って恐い顔で睨みつけてないで――って本当に石像に話しかけてました! 君は狛犬! あるいはシーサー! なんつって! ぎゃははは!」
 「………」
 「………」
 うーん。
 何やってんだろうなあ、僕。
 出夢はぐしゃぐしゃと頭をかく。訳が分からないと言いたげに。
 少女に対し、出夢はずっと今のような感じで話しかけ続けている。まるで家族とはぐれた子供をなだめるような感じで、ずっと。
 目の前の少女に対しても、自分の行動に対しても、どうにも理解が行き届かない。
 自分のことなのによくわからない。
 そのことが出夢を困惑させ、そして苛立たせていた。
 匂宮出夢は自問する。
 出夢は、自分が今ここにいる理由をあまりよく理解していない。
 理解しようとしていない。
 自分が一度、確実に死んでしまっているはずだという事実に関しても、他の、同じ境遇の参加者のように考察を重ねるどころか、「不思議だなあ」の一言で理解を放棄してしまったくらいである。
 最初に受けた説明も、歩いている間に既にほとんど忘却してしまっている。
 何だっけ。
 まあいいや。
 そんな適当極まりない感じで。
 しかしながらそれをはっきり聞いていたところで、それを憶えていたところで、それが出夢にとって意味を成したかどうかは疑わしいところではある。説明とは言っても、行動選択に際して重要と言えるのはただ一点のみ。
 『殺し合え』。
 そんな言葉が、匂宮出夢という人間にとってどの程度の意味を持つものだろうか。匂宮出夢という、空前絶後の殺し屋にとって。
 飼い犬に「待て」を教える事には意味がある。しかし、獲物を前にした猛獣に対して「食い殺せ」と命ずる事に、はたして意味があるものか。
 匂宮出夢がここにいる。その前提は、ある意味において結果より強固な事実を確定する。
 だから、どちらにせよ不自然なのだ。
 匂宮出夢が、目の前の少女を殺さないということが。
 出夢は自分が馬鹿であることを自覚している。だから、目の前の事実についてのみ思考する。
 目の前の少女は震えている。
 震えているから、殺さないのか? 怯えているから、構ってやっているのか?
 出夢は否定する。そんな慈悲が、そんな親切心が自分に?
 馬鹿馬鹿し過ぎて涙が出る。
 そして出夢は自問する。
 自分は、いったいどうするべきなのだ?
 殺し合いという檻の中に放たれた殺し屋、匂宮出夢は、自悶するように自問する。
 そして―――
 「………ん?」
 思考を休止した出夢は、少女の異変に気付く。相変わらず顔を伏せ、肩を震わせてはいるが、さっきまでと比べて、何か様子がおかしい。
 泣いている、と最初は思った。しかしよく観察すると、それは泣いているというより―――
 「………笑ってる?」
 少女が微かに漏らしていたのは、泣き声ではなく笑い声だった。笑い声と呼べるほど、それは明確なものではなかったが、つい先程まで確実に恐怖に打ち震えていたはずの少女が、今は笑いをこらえるように肩を震わせている。
 出夢の表情がポカンと音を立てる。
 まさか、本当にまさかではあるが、先程出夢が披露した、あの小ネタが受けたとでもいうのだろうか。おいおいと出夢は思う。自分でやっておいて何だが、どれだけハードル低いんだよ。
 出夢が見続けていると、その視線に気付いたのかどうか、少女は少しだけその顔を上げた。前髪に隠れ、出夢からは表情まではよく見えない。しかし再びその顔が伏せられる間際、少女が一瞬ぱっと顔を赤く染めるのを出夢は見逃さなかった。
 笑っているのを気付かれたことに、照れている?
 「………」
 その姿をみて出夢は、この状況を脱するための策略を急に思いつく。恰かも天啓が舞い降りたかの如く。
 「あ~あ、結局無言のままかよ。せっかく話し相手見つけたと思ったのになー」微妙に棒読み気味で聞こえよがしな独り言。「何かもう、虚しくなってきちゃったな。どうでもよくなってきちゃったな」
 失望したような表情がまたわざとらしく。
 「これ以上いても時間の無駄みたいだし、他んトコ行こうかな。歩き回ってりゃ他に誰か見つかるだろうし」
 言って、おもむろに踵を返す出夢。
 「あ……」
 背後からのか細い声に、出夢は成功を悟る。押して駄目なら引いてみろ。
 「あ、一人の時間邪魔して悪かったな。じゃ僕もう行くわ。グッバーイ」
 「あ―――あの!」
 すたすたと、いや「すたすた」と言うには不自然なくらいゆっくりめの足取りだったが、とにかく立ち去ろうとする出夢を、少女の言葉が引き止める。
 よっしゃ!
 内心でガッツポーズを取る出夢。自分の策略が功を奏したことがよほどうれしいらしい。
 うん? と、これまたわざとらしく出夢は振り返る。少女は目をそらすようにまたも顔を伏せ、「あの、えっと、あの」と小さな声でもごもごと口籠る。
 その様子を見て、出夢は何か自分の内側から抑え難き感情がざわざわと沸き上がって来るのを感じたが、せっかくの策略を台無しにするわけにはいかないと、らしくもなく理性を働かせる。
 それによって気が急いた所があったのかもしれない。さらに少女の警戒心を取り除くため、次なる策(ほとんど思い付きに近いが)を実行に移すことに、出夢は決めた。
 「よーし分かった」
 出夢は背負っていたディパックを下ろし、中を探る。はたして中から取り出したのは、鉈のような形状の、無骨な一本のナイフだった。
 闇の中でギラリと光るナイフの刃。
 「ひっ」と息を飲む少女。出夢はひけらかすように手に持ったナイフをひらひらと振る。
 「僕はあんたを殺さない。だからこんなものも使わない。だからその証拠として、こいつを今この場で捨てちまうことにする。それでどうだ?」
 「え? ……え?」
 「言っとくが、僕の持ってる得物はこれひとつだけだ。これがなけりゃ、僕は完全に丸腰ってこった。それでも不安だっつーんなら、このバックも預けといていいぜ?」
 「あ………えと」
 「それで足りなけりゃジャケットも脱ぐ。靴だっていらないし、パンツも脱いどくか。あ、ただメガネだけは勘弁してくれ。流石にこれまで外しちまったら、完全に変態になっちまう」
 「………」
 「ぎゃはは、冗談冗談。そんな本当に変態見たような顔するなって。じゃ、これ早速捨てるぜ。いいか? はい、せーの、ぽい」
 ぶん。出夢の手からナイフが離れる。
 ナイフは水平に回転しながら飛んでゆき、そして、
 出夢のすぐ横に鎮座している、狛犬の石像へと命中した。
 金属と石がものすごい音を立てる。ナイフが頑丈だったせいか、あるいは出夢の腕力が規格外だったせいか、ものの見事に狛犬の首が両断される。そしてナイフは90度その軌道を変え、こともあろうに少女のすぐ脇にがん! と派手に突き刺さった。
 「いやああああああああああああああっ!」
 そのすべての音をかき消し、盛大な悲鳴が境内に響き渡る。
 「ううううううううう、うえぇぇぇぇぇぇぇん」
 少女はついに泣き出した。
 号泣だった。火のついたような号泣だった。
 「………」
 出夢はというと、びっくりしていた。
 あまりに逆効果だった己の行動の結果にびっくりしていた。
 自分でもびっくりするくらいにびっくりしていた。
 で、それから十数分。
 出夢はもはや声をかけるタイミングすら失ってしまい、沈黙のまま、目の前で鳴り響き続ける嗚咽を聞いているしかなかったというわけである。
 わざとやっているとしか思えない喜劇っぷりだった。
 出夢はもう、本当に立ち去ってしまおうかと思っていた。これ以上いても時間の無駄でしかないと。無駄というのなら、既に十分無駄な行動を取っていたわけだが。
 要は、早くこの場から逃げ出してしまいたいと、そう思っていたわけだ。
 「……お兄ちゃん……お兄ちゃん………」
 と、その時、
 嗚咽の合間のかすかな呟きを、出夢は聞いた。
 ………お兄ちゃん?
 その言葉、たしかさっきも―――。
 「その『お兄ちゃん』て、どんな奴なんだ?」
 極めて自然に、その質問は口から出てきた。
 策略も何も無く、ただ自然に。
 不自然なのは、少女の反応のほうだった。
 質問された瞬間、少女はいきなり顔を上げた。首がバネ仕掛けになった人形のような勢いで。そしてその顔には、今までに無いくらいはっきりと、恐怖の表情が浮かんでいた。
 その勢いに、出夢がたじろぐ。
 そして。
 「………こ」
 震えた声。しかしなぜか、今までよりもはっきりと響く声色。
 「殺さないで………」
 少女の目から涙が溢れる。今まで以上に、ぼろぼろと。
 「お願いだから…お兄ちゃんは……殺さないで………お兄ちゃん、だけは…お願い…します………」
 ―――――――。
 嗚咽が響き、沈黙がそれに交差する。
 嗚咽が響き、沈黙がそれに交差する。
 一層に強い嗚咽と、一層に深い沈黙。
 ただ、困惑の表情だけは既にない。
 理解した、とはおそらく違う。
 都合の良い解釈をした、というのが正しいのかもしれない。
 少女は確かに、出夢に対して怯えていた。泣き続けていたし、震え続けていた。言葉すらまともに交そうとはしなかった。
 ただし、助けを求めるような、許しを乞うような言葉も、出夢に対しては一切発せられなかった。
 怯えながら、震えながら、
 それでも、命乞いだけは一度もしなかった。
 自分の命に関しては。
 ―――お兄ちゃん。
 少女は初めて助けを求めた。命乞いをした。出夢にではない。自分の命に関してではない。
 「……………は」
 少女にはいる。助けを求める相手が。自分より優先して、命を乞うことができるような相手が。
 だから出夢は、都合の良い解釈をする。自分がこの少女にこだわる理由に対して、少女を手にかけない理由に対して。
 匂宮出夢にとって、妹とは―――。
 「…なーんだ、そうだったんだ」
 空気が、変わる。
 「――てっきり僕が泣かしたんだとばっか思ってた…違うじゃん、僕じゃないじゃん」
 空気が、一変する。出夢の周りの空気が、ざわざわと。
 「てめえじゃねえかよ……ったく、どこの誰だか知らねえけど、こんな可愛い『妹』泣かしてんじゃねえよ…馬鹿野郎が」
 ざわざわと、そして徐々に、びりびりと。
 空気が―――
 「あーもーホント時間無駄にした。盛大に無駄。ドブにバケツに捨てまくり。うわーもー僕としたことが、もっと早く気付けよなーマジで。どんだけ無駄に脳ミソつかってんだよ、馬鹿だろ。いや馬鹿だけど」
 「………?」
 少女が不思議そうに顔を上げる。出夢はおもむろに、ずかずかと大股で少女との距離を詰め、顔をぐん、と少女の顔一ミリ手前まで寄せる。少女は当然のように驚愕する。
 「好きか、そいつのこと」
 「………へ?」
 「その『お兄ちゃん』のこと、あんた、好きかって」
 「……え? ……え?」
 「大事な質問なんだよ。はっきり答えてくれ」
 「あ………す、好き、です…」
 「本当だな? 嘘じゃないな? 本当に、本当に好きなんだな?」
 「は、はい、好きです………大好きです」
 「よぉっっっっし!!」ぱぁん! 「それでこそ『妹』だろぉ! オッケェ! 合格! あんた合格!」
 「ご…ごうかく…?」
 すうう、と、深呼吸のように大きく息を吸い込む出夢。
 「やーっぱよぉ…」
 その表情が、みるみる内に変化していく。凶悪な、邪悪な笑顔へと。
 「僕には、必要なんだよなあ。こういうのがさぁ………血が騒ぐ? 血が滾る? まあ、なんでもいいけどさぁ…」
 「………え?」
 「あんたみたいなのが、僕が『本気』になるには必要だって言ってんのさ。鬼に金棒、虎に翼、夜神月にデスノート。守るべきものがある奴は強い―――ってかあ! ぎゃははははははははは!!」
 出夢は滾る。出夢は漲る。内側から、外側から、全身という全身から、全心という全心から、全霊という全霊から。
 己が強さを、己が全てからほとばしらせる。
 「いいねいいね来るね来るねズキュウゥゥゥゥゥンと来るねえ! 燃え上がるほどヒート! 引きちぎるほどショート! 僕のこの手が真っ赤に燃えるうぅぅぅぅぅぅぅ! ぎゃはははははははははははははは―――ひょうっ!!」
 出夢は跳躍する。屋根まで飛ばんばかりの高さで、己が両足で跳躍する。
 空中で旋風のように回転しながら、出夢は右腕を羽根のように広げる。重力に任せ、まっすぐに落下する。風圧でジャケットが思い切りはだけ、細い上半身があらわになる。
 そしてその落下点。首がついた方の石像へ向けて、出夢は右腕を振り下ろす。
 『一喰い』―――!
 破壊音とともに、石像は爆散する。首から胴体から、台座に至るまで、問答無用に破壊される。
 そう、問答無用。
 自分には、自問も自答も必要なかった。
 これこそが、これこそが、これこそが。
 これこそが、『人喰い』―――匂宮出夢!
 「ふううぅぅぅ―――」
 呆気にとられる少女をよそに、出夢は瓦礫の散らばった地面へと着地する。
 そして。
 「ああ、なるほどな――あいつのあれは、こういうときに言うもんなのかね…ぎゃはは。確かにこりゃあ、今の僕の気分にぴったりだ」
 そして、殺し屋は、『人喰い』は。
 「本っ当、傑作だっつーの、馬鹿野郎」
 匂宮出夢は、不敵に微笑み宣言する。


(5)

 「よーし、じゃ早速出発といくか」出夢は少女に向き直る。「ほら、行くぜ」
 「え? え?」
 「だからその『お兄ちゃん』。会いたいんだろ?」少女はもう泣いてはいなかった。恐怖の色も、その目からは既に消えていた。
 「おいおいおい、まさかまさかまさかだけどな、まさかここでずうっっと泣きながら時間潰し倒し続けてる気かよ? 冗談もほどホードオブザブレイブよ」
 「ホード……え?」
 「あんた『妹』としての自覚とかないのか? 『妹』が『兄』に会いたいっつって、それで『会いに行く』以外の選択肢が存在すんのか?」
 台詞がどんどんと意味不明になりつつある。
 「僕には思いつかねえなあ。僕が『妹』の立場だったら速攻会いに行っちゃうね。一方的に押し掛けてでも、四六時中追いかけ回してでも」
 「………」
 「会いたいんだろ?」
 ん? と、少女の顔を覗き込む出夢。少女は顔を紅潮させつつ、しかしはっきりと、首を縦に振った。
 「……はい………会いたい、です」
 「なら決まりだな」
 出夢もまた、満足げにうなずく。
 「僕も一緒に探してやんよ。此処で逢うたも何かの縁、義を見てせざるは勇無きなり、皆まで言うなと介錯を――って違うか。ぎゃははは! ま、なんか久しぶりに、縁が『合った』って感じがするからさ」
 その言葉を口にする際、出夢は懐古の念を抱くような表情をした。
 「興が乗ったってやつ? ホント久しぶりだなあ…この感じ。ぎゃはは、そんな懐かしむほど昔の話でもねーかな。まあいいや。ホラいつまで座ってんだよ。こんな心気っ臭せーとこにいつまでもいたら殺されるぜ? マジな話な。ほら」

 少女の手を取り、強引にひっ立たせる。そしてなぜかその長い腕を少女の首に回して、頬を寄せるようにする。「ひゃんっ」と変な感じの悲鳴が少女の口から漏れたが、まるで気にする様子もない。
 「さてさてとー…って、よく考えたらどこ行きゃいいんだろうな。ていうかそもそもここはどこなんだっけな。えーと地図地図。ったく、ガイドの一人くらいつけろっつの。んーと、今僕らがいるとこはー」
 「あ………あの」
 「ん?」
 「地図、逆さまです……」
 「あ、こうか。えっと、ああここだな。三途神社? へー、神社なんだここ。道理で心気臭せーはずだわ。ああもう、なんでこんな端っこなんだよ面倒くさいなー。なあ、どっかその『お兄ちゃん』がいそうな所――ってそもそも、その『お兄ちゃん』、ここに来てんのか?」
 「あ、はい。声だけですけど、聞こえました」
 「あっそ。じゃあ心当たりとかある? そいつのいる場所」
 意気込みの割に、やはり自分で考えるのは面倒であるらしい
 「えと、ここなんですけど」少女は地図上の一点を指差す。「前にお兄ちゃんから、聞いたことあるような気がします。名前だけ、ですけど」
 「ふうん?」地図に顔を寄せる出夢。同時に互いの顔がさらに寄り添う形に。「えーと、公園か? なみしろ? ろうはく? 何て読むんだこりゃ。まあいいや。じゃとりあえずここ行くか。他にあてもないし。いいな?」
 こくりと頷く少女。
 「よーし、んじゃ今度こそ、しゅっぱーつ――っと、そうだそうだ」
 少女を解放し、出夢はある一点に視線を向ける。
 地面に転がった懐中電灯。
 そしてもうひとつ、そのすぐ脇に転がっている――『それ』。
 「結局なんだったんだかなあ、コイツ。大体、お前のせいで無駄に話がややこしくなったんだよ……ま、どうでもいいけどさ」
 声をかけられたそれからは、当然のように返事はなく――
 「一応荷物だけいただいとくか。懐中電灯も念のため。あ、このバッグ何でも入るみたいだから、僕のにバックごと入れちまおう」
 悪いな、と言いつつ、それからディパックをむしりとる。硬直した関節が「べきり」と嫌な音を立てて曲がる。
 ずるり、と再び地面に崩れ落ちるそれ。
 臍の下から首元に至るまでの、削ぎ落とされたかのような欠落。仰向けの姿勢でも、身体の奥の背骨が窺える程に深い欠落。欠けた部分は赤黒い肉片となって、血液とともにそこかしこに飛び散っている。
 それは死体と呼ぶには、あまりにも荒々しく粗雑な有様で。
 半身を食い荒らされたように破壊された、それは櫃内夜月の残骸だった。


(6)

 櫃内夜月にとって、それは単に不運が重なった末の結果だった。
 あくまで、偶然。あくまで、不運。
 まず前提として、常識を超えた状況の変化に対する耐性のようなものを、櫃内夜月は持ち合わせてはいない、ということがある。
 匂宮出夢などとは違い、殺し合いなどという言葉を持ち出され、真夜中の神社に一人で放り出されるような急転直下に、夜月のおよそ正常な神経がついていけるはずがそもそもなかったのだ。最初の『見せしめ』を文字通り見せ付けられた時点で、既に限界を超えていたといえる。
 そこに、彼女にとっての「兄」がいればまた違ったのかもしれないが。
 一人だった。
 あるいはそれが一番の要因だったのかもしれない。
 ともかく、夜月は最初から既に行動が不可能なくらい恐怖に支配されていた。
 闇の中の恐怖に、支配されていた。
 そしてそこに、一人の人物が現れる。
 匂宮出夢ではない。
 出夢が偶然三途神社へとたどり着いたように、同じくもう一人、出夢よりもほんの少し早く、夜月のいる三途神社へとたどり着いた人物がいたのである。
 誰か。
 千石撫子だ。
 夜月と比べ、撫子は比較的「耐性」の持ち合わせがあったといえる。境内で震える夜月を発見したとき、近づいて話しかけようという、(普通の状況であるなら)常識的といえる判断をすることができたのだから。
 懐中電灯を片手に、おずおずと夜月の前へと歩み寄る撫子。
 しかし夜月は違った。
 突如目の前に現れた(ように夜月には見えた)人間に対し、冷静な判断ができるような余裕は一切なかった。
 瞬間的に、夜月の中の恐怖は一気に沸点へと達した。
 パニック状態。
 櫃内夜月は、反射的に撫子へと襲いかかった。
 殺意があったわけではない。
 害意すら、おそらく無かっただろう。
 そしてその光景を、境内に到着すると同時に目撃した人物がいた。
 匂宮出夢だ。
 偶然は加速を極める。地面に倒れる二つの人影。地面に転がる懐中電灯。それは二つの人影を照らす。地面に組み伏せられる少女。少女を組み伏せる少女。少女の鬼気迫る表情。狩る側と狩られる側のような二人の少女。
 そして撫子は、反射的に悲鳴のような声を上げた。

 お兄ちゃん―――――と。

 その瞬間、重なった。
 三人の、命運が。
 あるいは、不運が。
 あるいは、悪運が。
 そのたったひとつの言葉によって、どうしようもなく重なった。
 その後の経過については、多くは語るまい。
 経過として、匂宮出夢は動き、
 経過として、櫃内夜月は破壊され、
 結果として、千石撫子は生き残った。
 櫃内夜月の行動に殺意がなかったように、出夢の行動もまた、殺意があったかどうかは定かではない。それはほとんど、反射のようなものであったのだから。
 死ぬべくして死んだ人間も、生き残るべくして生き残った人間もいない。
 必然はなく、すべてが偶然。
 もちろんそれは、この三人がこういう結果を引き起こすことを意図した上で、三人の位置関係が作為的に決められていた、という穿ちすぎな可能性を排除した上でのことではあるが。
 ともかく、ひどく捻くれたひとつの結果とともに、この三途神社における歪んだ偶然の連鎖は終了する。
 一人は脱落し、二人は出会い、そして共通の目的を得た。
 言ってしまえば、それだけのことだった。


(7)

 「こよみお兄ちゃん、こよみお兄ちゃん、こよみお兄ちゃん、こ・よ・み・お・に・い・ちゃ・ん、と。よし覚えた覚えた。さー待ってろよーこよみお兄ちゃんー。今からお前の可愛い妹がお前見つけ出して殺しに行くからよー」
 「こ、殺しません…」
 「ああ、わり、間違えた。じゃ訂正――えーとお前の妹が×××とか×××したり×××ったりしに行くからよー、×××××な感じで待ってろよー、こよみお兄ちゃん」
 「………!」ぶんぶんぶん。
 「えーしないのかよー何だよー妹だろー。僕は妹に×××するって基本だろーがよ。まあいいけどさ――あ、そういや今更だけど、あんた、僕と一緒でいいのか?」
 「え?」
 「さっきも言ったと思うけど、僕ァ一応、『殺し屋』だ――既に引退してはいるが、そうだったことには変わりないんだぜ?」
 「………」
 「必要とあれば相手が誰であれ、さっきのあいつみたく、喰う時喰うし、殺すときは殺す――一緒に探すってのはあくまで僕のお節介なんだし、逃げるんだったら今の内かもしれないぜ、赤ずきんちゃん」
 「平気です……一緒に行きます」
 「おろ、即答?」
 「…嬉しかったです、本当は」
 「あん?」
 「撫子のこと、助けてくれたし」
 「あ? あー、あれは別に助けたって訳じゃ」
 「それに、撫子が怖がってたとき、励ましてくれたし。笑わせてくれたり、したし」
 「………」
 「あの、ごめんなさい……せっかく、元気付けてくれようとしてくれてたのに、撫子、泣いてばっかりで………声とか、かけてもらっても、無視しちゃったり、すごい困らせちゃったり、したみたいだし…」
 「いや、いい……ていうか、あん時のことはもう忘れてほしい……てか忘れたい……僕のキャラって絶対あんなんじゃないし……誰の陰謀だよ。まあ、あんたがいいんだったら、僕に言うことはないんだけどさ。なんにせよ、よろしくな」
 「よ、よろしくお願いします」
 「『なでこ』ってあんたの名前かい?」
 「あ、はい、千石撫子です」
 「ふうん、いい名前だな、妹っぽなくて。じゃあ僕はあんたのこと、撫子って呼ぶことにするぜ?」
 「うん。じゃあ撫子はあなたのことクリスタルカイザーって呼ぶね」
 「なんでそんな一昔前に企画倒れした特撮ヒーローみたいな名前なんだよ! 何の因果で初対面で年下の女からそんな役名で呼ばれなきゃなんねーんだよ!」
 なぜか無意識的に突っ込みを入れてしまう出夢。
 急にうずくまり、腹を抱えながら身体をぶるぶると震わせ始める撫子。またも受けたようだ。
 「…似てました、今の」
 「ああ?」
 「お兄ちゃんに、似てました……今の、少しだけ」
 「……あっそ。じゃ、そう呼んでいいぜ」
 「え?」
 「『お兄ちゃん』――僕のこと、そう呼びたければそう呼べばいいさ。あんたの『お兄ちゃん』が見つかるまでの間くらいだったら、別に構わないからさ」



 とりあえずといった感じで、二人の目的は決定された。殺し合いのために用意された、この禍々しく混沌とした戦場に、その目的はあまりにもそぐわないものだった。
 『お兄ちゃん』に会うことと、『お兄ちゃん』に会わせること。
 千石撫子と匂宮出夢。
 この二人の出会いも偶然の結果であり、出会うべくして出会ったというわけではない――のかどうかは、いまのところは分からない。
 三途神社を後にする出夢と撫子。
 二人が歩くその姿は、まるで仲の良い兄妹のように――まあ、見えないことも、なかったという。





【櫃内夜月 死亡】



【1日目 深夜 A-6 三途神社】
【匂宮出夢@戯言シリーズ】
[状態] 健康
[装備]なし
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3)確認済(ナイフは石像と衝突した際に一部破損。境内に置き去りに)
[思考]
基本 何かよく分からないけど、適当に楽しんでおこうとか。(要するに特に何も考えてない)
 1 撫子を守る。
 2 撫子を「こよみお兄ちゃん」に会わせる。
 3 邪魔が入れば殺す(ただ撫子がいる手前、積極的に戦闘したいとは思っていない)。



【1日目 深夜 A-6 三途神社】
【千石撫子@物語シリーズ】
[状態] 健康
[装備]なし
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3) 確認済
[思考]
基本 阿良々木暦を探す。
 1 あわよくば神原駿河とも会いたい。
 2 出夢は今のところ「悪い人じゃない」とだけ判断。
*阿良々木暦と神原駿河の存在は確実に把握。その他は未定。


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最終更新:2009年07月21日 00:00