アットウィキロゴ
世界の終わり、正しくは始まり(後編)


  ◆   ◆   ◆

 呼吸の乱れは収まったものの、今度は身体の節々が今更のように痛みだしてきた。少女もまた同じような感じだったので、しばらくの間、林の中で身体を休めることにした。
 ぼくは木にもたれるように座り、少女はデイパックを枕にして横たわった姿勢。
 ちなみに地面に散らばった荷物は、すべて回収済み。ジャケットだけはもう着れた状態ではなかったので、デイパックの中に収納してある。スタンガンも、今は少女が持っている。
 「言っておくけど」こちらを睨みながら言う少女。「後ろに誰かいるなんてハッタリかまして不意打ちなんて卑怯な真似、私は認めないわよ。私があなたより弱かったわけじゃないわ」
 子供かこの娘。
 最初に後ろから不意打ちかけてきたのは誰だとか、素手を相手にスタンガン振るってたのは誰だとか、突っ込みようはいくらでもあったが、確かに彼女の言うことも一理あった。
 ぼくが最初に懐中電灯で殴った右手は、あの一発で既に相当傷んでいたらしく、払った足首に関しても同じようなものだったらしい。
 つまり彼女はそんな状態であれほどの立ち回りを演じていたというわけで、頭こそよく打ったものの、両手両足が無傷のままのぼくより彼女のほうが疲弊しているのは、むしろ当然のことだった。
 手加減する余裕がなかったとはいえ、女の子を相手に本気で殴りつけてしまったことについては、素直に申し訳なく思う。それも右手だけで三発。
 「………ごめん」
 殴り殴られはお互い様ではあったが、とりあえず謝っておいた。
 「この世で最も誠意のない行為って、あなた、何だかわかる?」
 「………何?」
 「口先だけの謝罪よ」
 容赦ねえ………。
 正当防衛はむしろぼくのほうなのに………。
 ところで、と仰向けのままこちらを向く少女。「あれってどこまで本気で言っていたの?」
 「あれ?」
 「あなたが撒き散らしてた数々の妄言よ」
 「ああ——いや、もうほとんど当てずっぽうだったよ。何も考えずに、思いついた先から口に出していった感じかな。本気もへったくれもない。きみの言うとおり、妄言であってるよ」
 結局あの銃声の正体はというと、スタンガンによる放電の音だったらしい。スタンガンの電流を乾電池にぶち込むことでスパークさせ、あの破裂音をかき鳴らしたのだとか。
 無論、自分に火花などが飛ばないように、またぼくのほうに閃光が見えないように工夫しながら。
 火の中に乾電池、コンセントの中にピンセット。
 「……まさか本当に乾電池使ってたとは思わなかったよ」
 人には散々妄言だとか言っておきながら………。
 ほとんど正解しちゃってるじゃん。ぼくが一番びっくりだよ。
 「火花とかすっごい飛ぶんだもの。びっくりしたわ」
 当たり前だ。
 「一度やってみたかったのよ。根暗のやる遊び」
 だから遊びじゃ済まねえんだよ。
 言うまでもなく、絶対に真似してはいけない。
 ただ彼女の側としては、本気で銃声だと思わせるつもりは全くなかったらしい。銃でなくとも、武器としてスタンガンを所有していたわけだから、脅迫も戦闘もとりあえずは可能だったはず。
 ただ「相手まで安全に近付けたら面白いな」みたいな発想の末、何となく思いついたあれを実行してみたら予想外にうまくいってしまったため、そのまま拳銃をもっている設定で押し通すことにしたらしい。
 「言っておくけど」少女は言った。「私は『拳銃を持っている』と一度でも自分からはっきり言った覚えはないわよ」
 そうなのだ。
 結局、ぼくが一人で勘違いしていたといっても過言ではない。
 ぼくがあれを拳銃だと誤認していようがいまいが、彼女にとっては関係のないことだったのだから。
 そもそも、彼女がこんな面倒くさい真似をする気になった理由は、窓越しに見たぼくの第一印象が『どうとでもできそうな相手』だったからに他ならない。
 要するに、ぼくはずっと彼女に弄ばれていたわけだ。
 単なる思いつきの面白実験に、ずっと付き合わされていただけのことだったのだ。
 彼女にとって一番意外だったのは、スタンガンの音を銃声と勘違いするなどという人間が存在したことより、ぼくが脅迫に屈せず反撃に出た事だったかもしれない。
 確かに、まともな小説でこんなことをやっていたら、社会的には死刑に値するかもな……。
 閑話休題。
 疑問が解けた所で、まずは今更ながら自己紹介を始めることにした。
 戦場ヶ原ひたぎ。
 それが彼女の名前らしい。
 「で、あなたの名前は?」
 少女——ひたぎちゃんは当然のことを訊いてくる。
 「別に聞きたくはないけど、礼儀として一応聞いておいてあげるわ。ただし記憶する気はあまりないから、どうしても憶えて欲しかったら、私が気に入るような名前を考えて名乗りなさい」
 後半の台詞は、すべて当然のものではなかったが。
 「……悪いけど、ぼくは人前では名前は名乗らないことにしてるんだ。個人的な理由なんだけれどね」 「何それ、馬鹿みたい」
 予想通りの台詞を吐かれた。なんか、同じ台詞を似たような人に言われた記憶があるが……。
 「そんなことを言ってるから、あなたは一生腐った魚と呼ばれるのよ」
 一生の呼び名を宿命付けられてしまった。。
 ていうか、今まででそんな呼び方をしたのはあなただけなんですけど。
 「仕方ないわね、じゃあ今後あなたのことは『魚の腐ったような男』、略して『さっちゃん』と呼ぶことにするわ」
 「………その愛称だけは、本気で勘弁して欲しいかな」
 ある意味略さない方より嫌だ。
 「じゃあ『細胞の死滅した脳を持つ男』、略して『さっちゃん』で」
 「いや『さっちゃん』変わってないじゃん! 『さっちゃん』から離れろよまず!」
 「じゃあ『有害で悪質な細胞を持つ納豆菌のように粘っこい男』、略して『害悪細菌』、さらに略して『さっちゃん』で」
 「もう完全にわかってて言ってるだろそれ! 略しても略さなくても最悪の呼称だよ! てかどんだけ『さっちゃん』で押し通したいんだよ!」
 「わがままね。あだ名すらつけて貰えない人間だって、この世にはいるっていうのに」
 リアルに嫌な話だった。
 「そんなに文句があるなら自分で決めなさいよ」
 もっともだ。もっとも過ぎる。
 「じゃあ、えーと——いっくん、で頼む」
 自分の呼び名の中で、一番まともそうなのを選ぶ。
 さっちゃんと大して違わないじゃない、などといいながらも、とりあえずその呼び名で納得してもらえた。
 名前には、それほどこだわらない方なんだけどな……。
 だからどんな能力だよ。
 「ところで、ひたぎちゃん」
 ばちぃ!
 彼女の左手が閃光を放った。正しくは、右手から左手に持ち替えられているスタンガンの先端が。
 「………何? びっくりするんだけど」
 「気にしなくていいわ」事なげにいうひたぎちゃん。
 「私の身体はある特定の条件を満たすと、自動的にスタンガンのスイッチを押すようにプログラムされているの」
 特定の条件って………
 心臓に悪いんですけど。
 「さっき、ここには強制的に連れてこられた、って言ってたけど」
 ぼくはようやく本題に入る。
 「きみは、このゲームに関しては何も知らないの?」
 「知らないわよ。気がついたら変な所にいて、あれよあれよとここまで来ちゃった感じよ。詳しい説明も何もないし。死ねばいいのよ。死になさい」
 だから何でぼくの方を見て言うかな。
 ひたぎちゃんの話は、ぼくが経験した内容とほぼ一致していた。
 連れてこられたといっても、その間の記憶はまったくないし、連れてこられる心当たりもなし。直前まで、極めて普通通りの生活を送っていたらしい。
 ぼくもいたあの何もない空間で、知り合いと一緒にあの(訳のわからない)説明を受け、次の瞬間にはあの病院の前に立っていたという。
 不可思議な現象。
 不可思議な現状。
 心当たりが全くないという点を除けば、確かにぼくと同じ境遇のようだった。
 「本当に、殺し合いに乗る人なんているのかな……」
 ぼくは何となく言ってみる。
 「きみが言うように、自ら参加した奴ならまだしも、ぼくらには殺し合う理由なんてない。仮にあったとしても、こんなとこで見世物みたいな感じでやらされるなんて、不愉快以外の何物でもない」
 「殺し合いに乗らなければ24時間後に皆殺し——みたいなことを言っていたわね。主催者の意向に逆らうような姿勢を取り続けた場合、あの時の人たちみたく首がどぐちゃぶしゅうな感じになっちゃうんじゃないかしら」
 首が何だって?
 「見せしめ、と言っていたしね」
 勝者への褒賞、反逆者への刑罰。
 極端なまでのアメとムチ。
 闘いに乗る人間も、少なくはないと見るべきか。
 「だとしたら、いつまでもここに居るのは危険だな………」
 デイパックから時計を取り出す。零時五十五分。病室を出たのが、零時ちょい過ぎだったか。
 夜が明ければ、この小さな雑木林では隠れる場所にはならない。林の外からでも見つかる可能性がある。
 加えて、今のぼくたちは負傷している。ぼくは頭と肩と背中が痛む程度だが、ひたぎちゃんの方は足と利き腕を負傷してしまっている。殺意のある相手に当たってしまった場合、格好の標的にされるだろう。
 「あなたがさせた怪我だけどね」
 「………まあ、それはそうだけど」
 「『あなたがさせた怪我だけどね』」
 「………二重括弧でくくらなくても……」
 「「「あなたがさせた怪我だけどね」」」
 「さ、三重括弧でくくらなくても……!」
 「。.:*:・'゚☆。.:*:::・'゚★『あなたがさせた怪我だけどね』★。.:*:・'゚☆。.:*:・:・'゚」
 「デコしなくても!」
 どんな技術だ。
 「随分と余裕なのね」
 「は?」
 寝返りを打ち、向こうへと身体を向けるひたぎちゃん。
 「ついさっきまで、命がけの状態だったっていうのに、スタンガンまで突きつけられたっていうのに、当の突きつけた相手の心配をするなんて、余裕もいいところじゃない? そんなに生き残る自信があるのかしら」
 「いや………別にそういう訳じゃ——」
 「そういう訳じゃないなら、他人の心配なんてよしなさい」
 ぴしゃりと、叩き込むような声。
 「余裕のない人間なら、心配すべきことは他にあるでしょう」
 「………わかってるよ」
 そう、最初から、言われるまでもなくわかっている。
 いまのぼくには、ぼく自身を守るくらいの余裕しか、本当はないはずなんだ。
 「そうよ、あなたはこのスレが過疎化して消滅しないかどうかだけを心配していればいいのよ」
 「何言ってんの!?」
 「今消えちゃったら、私の見せ場がないまま終わっちゃうじゃない」
 「意味がわからない!」
 「スレが安泰になってから、私の心配をなさい」
 「結局自分も心配させるんだ!」
 すげえぞ……この娘。
 朽葉ちゃんどころじゃない。この攻撃力、もはや春日井さんに勝るとも劣らない。
 この場に巫女子ちゃんがいたらと思うとぞっとする。殺し合いなんて目じゃないくらいの、核戦争並の大舌戦が繰り広げられていたに違いない。
 「スレが消えるのが先か、私たちが全員消えるのが先か———これぞまさしく、究極の意味でのサバイバルだわ………」
 声が真剣だった。不謹慎に真剣だった。
 いかん、軌道を修正せねば。
 そういえば、と、ぼくは新たな話題を打ち出す。「探してるきみの知り合いって、どこにいるかわかるのか?」
 今までずっと、迷いのない足取りで——というより迷いのない命令口調で、ぼくに行き先を指示していたようだけれど、あれは知り合いの居場所を把握していたからでよかったのか?
 「わからないわ」
 わからないのか。
 「知ってる名前の場所はあったけれど、そこにいるかどうかはわからないし——それに周りがどう見てもおかしいんだもの。不気味で逆に近寄りがたいわ」
 確かに。あの病院の中で感じた不快感を、ぼくは思い出す。
 「かといって、それ以外には手掛かりひとつ無いし、仕方がないから適当に歩き回ってただけ」
 適当だったのかよ。
 どうせ適当なら、適当な目的地くらい定めておけばいいのに。
 ぼくは地図を取り出し、懐中電灯で手元を照らす。ぱっと見た感じは、普通の地図と大して変わらない。広げるとそれなりの大きさで、数字とアルファベットで64のエリアに区分けされている。
 数少ない情報のひとつなのだから当然かもしれないが、かなり細部まで作り込まれている。
 「作った人乙と言わざるを得ないわね」
 「現在地はこのあたりだね」無視。「このまま行くと、心王一鞘流道場って所に辿り着きそうだけど」
 小さな町をひとつ抜けて、いま雑木林にいるのだから——大体、E-3とE-4の境目くらいの所か。
 ………しかし、本当にすごい地図だ。
 所どころ、チェックポイントのように名前が振られているのだけれど、城から研究所からピアノバーまで百花瞭乱、もう統一性もへったくれもない。
 ファンタスティック・ワールド。
 ていうかもう、明らかにあり得ない名前の場所ががあり得ない所に存在していたりしてるんだけど。えらく見覚えのある固有名詞がそこかしこに点在してしまってるんだけど。
 もう見ているだけで頭がおかしくなりそうだった。もしかしたら、既におかしくなっていたのかもしれないが。
 つくづく思う。知らない場所より、知ってる場所が存在するほうが、この場合は精神的にきつい。
 何度でも言おう。本当にふざけてる。
 「こんなことして、一体何になるってんだ………」
 そう、理由、理由だ。ここまでする理由はあるのか? どんな理由で、なんの目的で?
 この地図を見ていまだに自分が無関係だと思えるほど、ぼくは楽観的ではない。ここまで来ると、あてつけとしても酷すぎる。
 いや——でも、他の人たちはどうなのだろう。
 目の前で横たわる少女、戦場ヶ原ひたぎ。
 例えば彼女も、地図の中に知っている場所があると言う。そっちに関しては、ぼくは名前すら聞いたことがない場所のようだったが、彼女の側にしても、ぼくに縁のある場所については全く知らないという。
 ぼくと彼女とでは、ここに連れてこられた理由が違うのだろうか? ぼくと彼女に、共通の項目は存在するのか……?
 しかしひたぎちゃんは「主催者側の理由なんてどうでもいいわ」と素っ気ない。
 「こんな倒錯した遊びの理由なんて、なぜ今の私は髪型をポニーテールにしているのかと同じくらいにどうでもいいことよ」
 「まあ、確かにそれはどうでもいいけど———って危な!」
 「あなたの頭蓋骨の耐久性に比べれば、少しは考える価値はあるとは思うけど」
 「何で石が飛ぶの!?」
 「それよりも、ここから生きて帰るための方法とかを考えるべきじゃないかしら。この下種な遊びを、さっさと終わらせる方法とかを」
 一応、その方法を探るための思考ではあるんだけどな……まあ、その意見には完全に同意できるけど。
 帰れるものなら、今すぐにでも帰りたい。
 病院で感じた、あの不快感。
 あの感覚はまだ、身体の中にこびりついている。
 「もう三ヶ月以上、深夜の話ばっかり続いてるんだもの。飽きたわ」
 「………」
 あれ?
 また何か、控えてほしい気配が漂いつつあるような……。
 無視するべきなんだろうか……。
 「いっそ夢オチにしてやろうかしら」
 「それは駄目だろ!!」
 無視できなかった。
 やっちゃ駄目だし言っちゃ駄目だろ。
 「どうせこういう催し事って、長くやってるともう夢オチでしか収拾つけられなくなるくらいグダグダになっちゃうのが常なのよ。今のうちに終わらせちゃったほうが、きっと私たちも少しは報われるわ」
 「いや、色々と報われないことのほうが多そうな気がするなぼくは!」
 ていうか、まだ終わりにしたくないんじゃなかったのか。
 「あなた冒頭で散々夢の話してたじゃない。あれが夢オチの伏線だったってことにしちゃえばいいのよ」
 「いくねえよ! いい訳あるか!」
 大体冒頭の話ってなによ。
 「別にいいじゃない、どうせもう五人くらいしか読んでいやしないわよ」
 「ひたぎさん!?」
 「『投下乙です』くらい、私がいくらでも言ってあげるのに………」
 「お願いだからそういう発言やめて!!」
 もうなにがなにやら。
 「何よ、さっきからギャンギャン犬みたいに噛みついて。見苦しいわよ」
 「…きみは目の前に毒物を撒き散らしている人間がいたら、それを黙って見ていろというのか?」
 「甘く見ないで。私の毒は百八式まであるのよ」
 意味がわからん。
 「うるさいわね、こういう設定をほのめかしておけば、重要キャラとして長いこと生きていられるのよ」
 「だから何の話!?」
 「あなたも精々アピールしておきなさい。あなた個性弱そうだし、次の人があっさり殺しちゃうかもしれないわよ」
 「次の人って誰!? 何!?」
 でも何か本当に大事なことのような気がする!
 アピールって、誰に対するアピール!?
 「あのさ……ひたぎちゃん」
 ぼくは正気を取り戻す。駄目だ、相手のペースに引き込まれ過ぎている。
 ばちい!
 なぜかまたスタンガンが電撃を放出。そっちのほうはもう無視。
 「さっきから全然話進まないんだけど……いい加減、真面目に話してもらえないかな……」
 そろそろ怒られそうな気がしてきたし。
 「私が不真面目だっていうの?」
 「とても真面目にやろうって風には見えないな」
 剣呑な目付きで、こちらを睨んでくるひたぎちゃん。
 「そうね………確かに間違ってたわ」
 また罵倒が飛んでくるかと思ったが、意外にも素直に自分の非を認めたようだった。
 少し安心する。何だ、ちゃんと言えば伝わるんだ。
 「最近では、むしろ重要度の高そうなキャラのほうが、意外性を演出するために途中でリタイアしちゃうことのほうが多いものね……あまり凝った設定を抱えてると、今では逆に死亡フラグとして扱われてしまうことを失念していたわ………」
 「………………」
 人との会話って、こんなにもままならないものだったっけ………?
 デイパックから水を取り出す。喋りすぎて喉が渇いた。さっきの立ち回りの後よりも疲れているような気がする。主に精神のほうが。
 「………そういえば」
 デイパックの中から、さらに一枚の紙を取り出す。ルーズリーフより簡素な見た目の、まっさらな一枚の紙。
 これは何に使用すべきなんだろうか。与えられた荷物のうち、この紙だけよくわからないというか、「一応入れておいた」みたいな、どうでもよさげな空気を感じる。
 筆記用具も入っているし、メモ用紙として使えとでもいうのだろうか。
 つくづく意図が読めない。
 「あなた、武器は持ってなかったの?」
 水筒と紙を収納するのを見て、ひたぎちゃんがまた唐突に話かけてくる。
 「ずっと素手のまま構えてたみたいだけど、武器になりそうな物、入ってなかったの? それともデイパックから出す暇がなかっただけ?」
 「あれ、ぼくの懐中電灯取り出すとき、武器がないかどうか確認しなかったの?」
 「忘れてたわ」
 忘れてたのか。
 ぼくは一体、どこまで軽く見られていたというのだろう。
 「持ってるよ。ここにある」
 ズボンのポケットから、ぼくは一本のナイフを取り出す。
 手のひらにすっぽり収まるサイズの、いわゆるバタフライナイフ。見慣れているといえば見慣れているし、使い慣れてるといえば使い慣れてる武器。少なくとも、スタンガンよりはしっくりくる。
 哀川さんから授かったあの刀子には遠く及ばないけれど、自分にあった武器という点では、それなりに当たりを引いたほうだとは思う。
 「随分あっさり見せるのね。大事な手の内のひとつなのに」
 「きみのも見てるし、五分五分だろ。大した武器ってわけでもないし」
 「さっき、なんでそれ使わなかったの?」
 「………別に。実はぼく、尖端恐怖症なんだよ」
 あっそう、とだけ言い、再び黙るひたぎちゃん。何となく拗ねているように見えるのは、ぼくの気のせいだろうか。
 バタフライナイフを再び、ポケットの中へと仕舞う。
 もしさっきの闘いで、これを使用していたとしたら、ぼくは彼女を殺していただろうか。
 あの時これを取り出していたら、ぼくは恐らく、自分の殺意を抑えることができなかっただろうと思う。身を守るためでなく、ただ殺すためだけに、それを振るうことを躊躇しなかったと思う。
 一方で、もしそうしていたとしたら、殺されていたのはぼくの方だったかもしれない、とも思う。
 殺意は新たな殺意を生む。そしてそれらが一度重なれば、どちらかが生き残るまで、どちらかが死ぬまで、その殺意は続く。
 彼女がぼくに対し、殺意でなく敵意ばかりを向けていたことに、何か理由はあるのだろうか?
 あそこまで容赦なく他人に敵意を向けることができる人間が、殺意を向けることができない道理なんて、本来ならばないはずなのに。
 ———一切の罪悪感なしに人を殺めることができる人間など、たとえ産まれたての赤ん坊でさえも決して有り得ることはない———。
 戯言だ。
 そんなもの、戯言でしかない。
 「少しだけ、話を聞いてくれる?」
 またしても、唐突に投げかけられる声。
 いつの間にかひたぎちゃんは地面から身を起こしており、ぼくと同じように木に背中を預けて座っていた。
 「少し前に読んだ小説の話なんだけどね」
 こちらの返答を待たずに、彼女は話し始める。
 「———とある学園を舞台にしたエンタメ小説なんだけど、その学園っていうのが色々と特殊な場所で、女子高生が策師を名乗ってたり、刃物に
病み付きな少女が徘徊してたり、もう首を吊ったようにパンキッシュな学校。その学校に捕われてる一人の女の子を救出するために、万能屋の女性と、無理矢理連れ出された冴えない男が学園へと乗り込む、っていう話」
 「ふうん………?」
 どこかで聞いたような気がするけれど。
 ぼくも読んだことのある小説だろうか。
 「そのうち、学校の中で人が殺されているのが発覚するの。バラバラ殺人。加えて密室殺人。結局、主人公が犯人を明らかにするんだけど、その犯人
っていうのが常人離れした技術の持ち主で、そのバラバラ殺人の他にも、学校内、学校外問わず、もう人間としてありえないくらい人を殺してしまっているの」
 「………」
 「その犯人が、主人公から殺した動機について問われた時に言った台詞なんだけれど——自分が何か酷い目にでもあっていたら、友達を殺されてた
ら、強姦でもされてたら、大事な何かを奪われてたら、それで全部納得いくのか———人を殺すっていうのは、そういうことじゃない、って」
 「………」
 「小説にでてくる殺人犯って、大抵なにかの事情を抱えてたりして、探偵役の人にそれを吐露して終わったりするのがよくあるじゃない。それを
あそこまではっきり切って捨てるような台詞を見たのって、その本が初めてだったから、とても印象に残ってるわ。人殺しはどうしたって人殺し、動機なんて同情を誘うための免罪符に過ぎない、みたいな潔さがあって、犯人に同情どころか、いっそ感心すらしちゃった」
 彼女は語る。独り言のように。
 「私の知り合い、阿良々木くんっていうんだけど」
 アララギ君。 蘭? 蘭木?
 「あの場所から、ここへ連れてこられる直前に、阿良々木くんが言ったの。『絶対に生きろ。お前が生きてる限り、ぼくも生きる』——って」
 おお、なんて格好良い。男らしさ全開の台詞じゃないか。
 「言われた時は、ただ嬉しいって思ったけど、あれってどういう意味で受けとるべき言葉なのかしら。どんな状況でも、どんな手段を用いてでも、
生き残ればそれでいいっていうこと? 他人を押し退けてでも、誰かを突き落としてでも、とにかく生きろっていうこと? 阿良々木くんもそうするし、私にもそうしてほしい、っていう意味として受けとるべきなの?」
 ………。
 「私は、阿良々木くんに生きてほしいと思ってる。それこそ、どんな手段を使っても、誰を殺してでも、生き残ってほしいと思ってる。阿良々木くんが生きてる限り、私も生きる。そう思ってるのは、私も同じ」
 ………。
 生きるということ。
 それは同時に、誰かを生かすということで———
 同時に、誰かを生かさないということ。
 「優しいのよ、阿良々木くんって」
 彼女は言う。
 「私にも、他の誰にでも。他人のために平気で傷付くし、傷付けた相手でも平気で助けようとする。傍から見てて、不安になるくらい、優しすぎるくらい優しい。だからきっと、自分が生きるために誰かを殺すなんて、阿良々木くんはしようとしないんだわ」
 ………。
 「私にはああ言っておいて、自分はそんな、自分より誰かの命の方を優先するような、中途半端な姿勢でいようとする人なのよ。そんなのって、卑怯だと思わない?」
 「………」
 ………成程。
 彼女がなぜ、地図上に自分のよく知る場所を見つけながら、そこへ向かわなかったのか、ぼくは理解できたような気がした。
 その場所に、その人がいるかどうかの確信がなかったから、ではおそらくない。
 むしろそこにいる可能性が限りなく高いと思っているからこそ、そこへ向かうのを躊躇ったのだと思う。
 何故なら、見てしまうかもしれないから。
 もしその人が、そこへ向かっていたら、そこで自分を待っていたとしたら、見てしまうかもしれないから。

 自分にとって大切な人の、その変わり果てた姿を。

 最も望まぬ形での再会をしたくないからこそ、
 見てしまう可能性が最も高い場所だからこそ、彼女はそこへ向かわなかったのだ。
 「いっくん」
 一瞬、自分が呼ばれたのだと気付くことができなかった。
 「あなたの言う通りよ、いっくん。私じゃ——私たちじゃ、ここではきっと生き残ることはできない。遅かれ早かれ、同じような結果になるわ。それならいっそ、口先だけでも普通のままで終わりたいのよ」
 すとん。
 彼女の手から、スタンガンが滑り落ちた。
 「生きるためでも、強要されたからでも、人殺しは所詮人殺しにしかなれないのよね。選択肢を押し付けられるのなんて、私だって真っ平ごめんよ」
 ………………。
 「ちょっと早いけど、私はここで終わりにしておくことにするわ。色々と悪かったわね、いっくん。スタンガン、欲しいなら持っていっていいわよ。………あ、もし阿良々木くんに会っても、私のことは伝えなくていいからね」
 足枷にはなりたくないから。
 そんなことを言って、彼女は独白のような語りを終えた。
 再び、闇夜の中に訪れる沈黙。
 「………」
 ぼくは、彼女のことを何も知らない。
 その知り合い——アララギ君とやらについても何も知らないし、そもそも自分の置かれている現状すら、よく理解できていない。
 何も知らない。何もかも知らない。
 足枷とは、誰に対する足枷のことだろうか?
 アララギ君の? それともぼくの?
 自分のために誰かを殺す。誰かのために誰かを殺す。
 自分のために自分を殺す。誰かのために自分を殺す。
 それは、ある意味どちらでも正しく、ある意味どちらでも間違った選択。
 正しくあるのは、正しいことなのか? 間違うことが、正しいことなのか?
 ———なにを考えてる?
 ぼくに、他人を心配する余裕なんてなかったんじゃないか?
 「………小説の話じゃないけど」
 沈黙を破り、ぼくは言った。
 「少し前に、ぼくが知り合いから言われたことなんだけど………人生っていうのは、死んでも終わらない——んだってさ。そいつが死んでも、そいつの影響は残るから、本当は終わりなんてどこにもない。勝手に終わらせるな、って」
 ぼくはそれに、そんなことわかりたくもない——と返したのだけれど。
 「あんなこと言った以上、きみにこんなことを言うのは理不尽なのかもしれないけど——ひたぎちゃん。きみは、ぼくに会う前から、最初から終わりにしたいと思っていたんじゃないのかな?」
 「………」
 普通のままで終わりにしたいと彼女は言う。ならば、普通とは何だ? 人を殺さないということ? 人と殺し合わないということ?
 人に、殺意を向けないということ?
 「普通のままでいたいなら、普通のままで生き残ればいい。生き残る自信のない場所なんて出てしまえばいい。わざわざ乗っかってやる必要なんてない。踊ってやる必要なんてない。相手の都合なんて、相手に叩き返してやればいいんだ」
 ——こいつは、一体どこまで勝手な言葉を吐き散らすつもりでいるのだろうか。
 言えた立場か? 欠陥製品。
 所詮すべて、戯言でしかない癖に。
 「生きる方法なんて、魚だったら腐るほどにある。自分で選ぶのは当然のはずだ。きみもそう思うだろう?」
 「………無理よ、そんなの」
 彼女はうつ向きながら言う。
 「そんなことがどれだけ不可能に近いか、あなただってわかってるでしょう? 殺さず、しかも生き残るなんて。仮に逃げ回って生き延び続けたとしても、最後の一人になるまで終わらないって、最初に言ってたじゃない」
 ——やはり、彼女の本音はそこにあったか。
 彼女は、誰も殺したくないのではない。誰かを殺したくないからこそ、初めから終わりにしたかったのだ。
 「それに、さっきも言ったでしょう? 闘いに乗らなければ、結局殺されるのよ。24時間経てば、どっちにしろ——」
 「24時間?」ぼくは言った。「それは永遠という意味かな?」
 皮肉げに言ってはみたものの、ぼくが言うと、やはりいまいち様にならない。
 「24時間も、ぼくらには猶予が与えられているんだ。状況を打開するには、十分すぎる時間だと思うけど?」
 「………………」
 何を言っているのかわからない、とでも言いたげな感じで、ひたぎちゃんはこちらを見ている。
 ぼくだって、単なる楽観だけでこんなことを言ってるわけじゃない。
 どんな手段を行使したのかは知らないが、ぼくが誘拐されたとすれば、ぼくがあの病院から消えたとなれば、その情報は十以上の確実性をもって玖渚の知るところとなる。玖渚がその気になれば今のぼくの居場所など、辞書で単語を引くような気楽さで調べあげてしまうだろう。
 時間さえあれば、玖渚が必ずどうにかしてくれる。あいつをこの状況に巻き込むのは正直避けたい所ではあるが、今回はいくらなんでも、取れる手段が限られすぎている。
 タイムリミットがある上に、尋常でないレベルで命が懸かっているのだ。形振り構ってはいられない。
 ただし、玖渚だけに頼るわけにはいかない。
 ぼくはぼくで、状況を打開するために動かなければならない。
 「きみが本当にここで終わりにするつもりなら、ぼくにそれを止める権利はないのかもしれない。ただ、もしぼくの言葉がきみの選択肢を奪って
しまったのだとしたら、可能な限りの選択肢を提示するくらいの責任は、ぼくにはある。押し付けるんじゃない。ただ提示するだけだ。きみには終
わりにする以外の選択肢があって、それを選ぶ余地がある。その上でまだ終わりにするって言うなら、ぼくにはそれ以上、言うことはないけれど———」
 「………………」
 ひたぎちゃんはぼくを見、ぼくはひたぎちゃんを見ていた。
 言いようのない雰囲気を伴った沈黙。
 ぼくにできることなんてたかが知れている。通りすがりの脇役に、取るに足らない道化役に、手のひらの上の踊り子に、欠陥製品の戯言遣いに、大したことなんて、何ひとつとして出来やしない。
 だからこそ。
 ぼくにできることは、すべてやり尽くさなければならない。
 終わりにする前に、終わりになる前に。
 たとえ、ぼくの行動に意味がなくても、ぼくの選択に意味がなくても、
 ——そんなことは———
 そんなことは、

 どちらでも、同じことなんかじゃねえんだよ———。

 本当に勝手だけれど、戯言だけれど、どうしようもなく欺瞞だけれど、自信も根拠も、滑稽なほどに皆無だけれど———、
 後悔したまま、終わりにしたくなんてないから。
 ………………。
 ………………………。
 長い沈黙。終わりを無くしたような、長い長い沈黙。
 互いに見つめ合ったまま、互いを見据え合ったまま、時間だけがただ過ぎ去ってゆく。
 言葉を失ったように、選択肢を見失ったように。
 ここに来てから感じた幾つかの静寂。ぼくはその中で唯一、今のそれを息苦しくないと感じた。
 「………………卑怯だわ」
 永遠にも似た静寂は、彼女のか細い声によって打ち切られた。
 「………そんなの、選択肢を奪うのと、大して変わらないじゃない」
 相変わらずの、冷ややかな声色。今までと変わらぬ、剣呑な目付き。
 ただ、放たれる敵意は既にない。
 違いといえば、それくらいのものだった。
 「あなた、やっぱりむかつくわ」
 ぼくは苦笑した。「よく言われるよ」
 「いっそ殺してやりたいわ」
 「………よく言われるよ」
 「いっそ納棺してやりたいわ」
 「………………」
 表現が迂遠すぎて逆に恐い。
 何か急に生き生きしてないか、この娘。
 「あなた、詐欺師になれるわよ」いっそ軽蔑するような声色。「本当、よく回る舌ね。回るだけ回してねじり切ってしまいたいくらい」
 「………そりゃどうも」
 「言っておくけど」彼女は言う。「生き残る道を選ぶからには、ただの希望や目標のままで終わらせるのは絶対に嫌よ。『やれるだけのことはやったからもう悔いはない』とか言って綺麗にまとめるような落とし方、地獄に落としてでも認めさせないからね」
 ………認めないんじゃなくて認めさせないんだ。
 言葉尻を揃える余裕があるのが微妙に恐ろしい。
 「それと、ここまで選択の余地を削いでおいて『自分が選ばせた訳じゃない。自分は選択肢を提示しただけだ』なんて逃げ口上、通用すると思わないでよ。私に選ばせた責任、きちんと最後までとりなさい」
 「………」
 ………まあ、予想してはいたことだけど………結局そういうことになっちゃう訳か。
 あーあ、なんだかなあ。
 せめて、もっとスマートにできればいいんだけどなあ。
 言うこと為すこと誤魔化しばかりで、結果はいつも空回り。
 優しくなくて愚かしいだけ、男らしくなく女々しいだけで、格好良くなく不格好。
 いつもいつも、そんなふうにしかできない自分に、正直腹は立つけれど。
 「言われるまでもないさ、そんなこと」
 ぼくは精一杯の毅然さを持って立ち上がる。
 「必ず生き残る。希望でも目標でもない。それ以外は、絶対に認めない。きみと一緒に、生きたままここを出ることを約束する。きみが生きていてほしいと思う人がいるなら、その人たちも必ず一緒に」
 ぼくは彼女へと歩み寄り、ゆっくりと手を差しのべる。
 「きみが生きてる限り、ぼくも生きるさ。一緒に行こう。生き残るために」
 差し出された手を、彼女はしばらくの間じっと見つめ、
 「……格好良いなんて思わないわよ」
 彼女の左手が、差し出された右手を掴む。そして彼女もまた、毅然と立ち上がる。
 「私がそう思うのは、この世で阿良々木くんだけなんだからね」
 そう言って、彼女はぼくに小さく笑いかけた。
 初めて見る彼女のその表情は、見蕩れてしまうくらいに、魅力的な笑顔だった。




 花火は見るより打ち上げろ。
 砦は住むより打ち崩せ。
 夢を見るにはまだ早い。 現実の夜はまだ明けぬ。
 見てもつまらぬ祭りなら、踊らないのもまた一興。


 さあ、戯言の始まりだ。




【1日目 深夜 E-4】
【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態] 頭部に軽傷、身体の数ヶ所に打撲(行動にそれほどの影響なし)
[装備] バタフライナイフ@人間シリーズ(零崎人識が所有していたナイフの一つ)
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1〜3)
[思考]
基本 ここから脱出する方法を探す。そのための協力者、情報を収集する。
 1 協力者の第一候補として、まずアララギ君を探す。
 2 戦闘に関しては、基本的に逃げの一手に徹したい。あるいはうまく丸めこんで、あわよくば仲間に引き入れる方向で。
 3 ひたぎちゃんは、怪我が治るまでできる限りフォローする。



【戦場ヶ原ひたぎ@物語シリーズ】
[状態] 右手甲負傷(物がうまく掴めない程度)、右足首捻挫(自力で歩くことは可能)
[装備]スタンガン@戯言シリーズ(哀川潤が使用していた物)
[道具]支給品一式(懐中電灯の乾電池を除く)、ランダム支給品(1〜3)
[思考]
基本 阿良々木くんと一緒に生きてここから出たい。
 1 阿良々木くんに早く会いたい。
 2 殺し合いには参加したくない。ただし阿良々木くんに害なす人間がいたら話は別。ていうか容赦しない。
 3 生きて出るため、いっくんに協力する。


 ※病院のくだりは、闇口濡衣たちが来る前の時系列ということで。
  玖渚友が来ていることは、いーちゃんは可能性すら考えていません。


014← 014 →015>

← 追跡表 →
― 戯言遣い ―
― 戦場ヶ原ひたぎ ―

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年04月15日 06:50