23日の水3に司法制度改革審議会議事録を読みながら裁判員制度に向けての勉強をしていこうと決まりました。
この長ったらしい議事録なんて読む意味あるの?と思う人がいるかもしれませんのでここに書いておきます。ただこれは出口が考えてることなのであくまでも参考にしてください(^_^)v
司法制度改革審議会の議事録を読んでいくと最後に審議会は「意見書」なるものを製作します。そこにはこのようにかかれてまして「政治改革、行政改革、地方分権推進、規制緩和等の経済構造改革は、国民の統治客体意識から統治主体意識への転換を基底的前提とするとともに、そうした転換を促そうとするもの」「統治主体・権利主体である国民は、司法の運営に主体的・有意的に参加し、プロフェッションたる法曹との豊かなコミュニケーションの場を形成・維持するように努め、国民のための司法を国民自らが実現し支えなければならない。」としています。
確かに民主主義の下では、司法の正当性も国民に由来します。多数の国が司法参加制度をおく理由も、ここにあります。しかし司法は「法の番人」「人権の砦」といわれるように、理性的な精神に則った少数者に対する権利保障機能を持つことが強く要請されます。したがって常に「治者」である裁判官のみでは実現されないであろう少数者に対する権利保障を「治者」であると同時に「被治者」である国民が参加して実現することが期待されているのです。
ところが現実の裁判員制度は、司法の参加の意義を国民の統治主体としての立場に求め、国民の公共意識の醸成や公共的事項への関与という、「治者」の視点にたって構想されました。これにより国民が本来有する「治者」・「被治者」の両面性は分断され国民は「治者」の目線で法廷に臨むことが求められます。それゆえ制度設計の関心も人権保障も、相対化・希薄化され、国民の関与をいかに確保するかに関心が向けられているのだと思います。
裁判員制度の本質を理解するにはまずはやはり司法制度改革審議会の考えていることを理解する必要があると思います。
参考文献 法学セミナーno.630