アットウィキロゴ

45回 原田・佐藤(望)


        • 司法制度改革審議会 第45回
「国民の司法参加」について
制度の意義、趣旨について
国民がなぜ訴訟手続へ参加しなければならないのか
より良い裁判制度を実現していくという観点から、国民の参加の在り方を検討していくべき
2) 参加する国民の役割、裁判官との役割分担等について
事実認定の権限は国民から選ばれた裁判員だけが有することとすべき。職業裁判官が権限を持てば裁判員は誘導されてしまうおそれがある。法令適用は専門性・技術性が高いので職業裁判官に委ねるのがよい。
職業裁判官を事実認定から排除しなければならない理由があるのか。
裁判においては正確さ、公平性が最も重要であり、その上で、いかに社会一般の常識的見方を反映させていくかを考えるべき。その意味で職業裁判官と国民が互いに足らざるところを補い合って協働作業を進めていくのがよい。事実認定を国民だけに委ね、職業裁判官を排除するという発想は適当ではない。ただし、法令適用については専門性が高いことから別に考える必要がある。量刑については、国民の意見を反映させられるようにすべき。
裁判の正統性の担保をどこに求めていくのかが重要である。国民主権の原理からすれば国民の判断に求めるべきではないか。裁判の正統性の担保をどこに求めていくのかが重要である。国民主権の原理からすれば国民の判断に求めるべきではないか。
職業裁判官と裁判員の役割分担を考える際に、いずれが事実認定等の能力において優っているかという議論をすることに余り意味はない。職業裁判官は法律専門家として多くの経験を有し、裁判員は一般社会のものの見方、新鮮な感覚を有し、その双方が互いに話し合いながら、決めていくという姿が適当ではないか。
事実認定に関し職業裁判官が裁判員と共に評決権を有するかどうかは別にして、法令適用についてはその専門性・技術性から裁判員には不向きな事項と考えられる。他方、量刑には裁判員の意見を取り入れる必要があると思う。
(3) 裁判体の構成、裁判員の選任方法、評決の方法等について
「広く一般の国民」が参加するという点である。その意味で裁判員の選任方法は無作為抽出により、国民各層を公平・平等に代表・反映させられるようにしなければならない。また、裁判体を構成する裁判員の数も相当程度多くする必要がある。諸外国を見ても、職業裁判官より参加する国民の数の方を多くしている例が圧倒的多数である。
能力や公平性を担保する措置は必要である。
4) 対象事件について
(5) 公判手続、判決の在り方、上訴について
判決には理由が付されるようにしなければならない。
事実認定にも上訴を認めるべきである。
(6) その他(憲法との関係等)
憲法との関係については、
憲法が裁判所の構成員として身分保障のある裁判官に関する規定のみを定め、他方、国民に裁判を受ける権利を保障していることからすれば、憲法は、刑事訴訟に関しては、被告人は身分保障のある裁判官の裁判によらずに有罪とされることはないことを保障しているのではないか。このことは重く受け止めるべき。しかし、他方、憲法は、最高裁判所の場合と異なり、下級裁判所の構成を直接に定めておらず、身分保障のある裁判官以外の者がその構成員となることをすべて排除しているものとはいえない。国民の司法参加に関する制度が憲法の基本原則に反することなく、かつ裁判を受ける権利の保障の趣旨を損なうものでなければ合憲とする余地がある。例えば、裁判員に評決権を認めても、裁判体の構成、評決方法、上訴審の在り方等の如何によっては、裁判を受ける権利の保障と抵触しない制度を構築することは可能と思う。
制度導入に伴うコストを無視した議論は適当ではないのではないか。


(4)対象事件について

  国民を裁判員として参加させる対象事件は、一般の関心の高ぃいわゆる「重大事件」がベター(*@ω@)b
        ↓
   けど、そこには沢山の問題点が・・・

  ①量刑が問題視されている事件のなかには業務上過失致死による交通事故など、軽い刑の事件もある。
  ②重大事件の範囲決めが困難である。(どこから重大事件になるか)
  ③重大事件に関与することによって、裁判員に多大な負担を負わせてしまう。(例えば判決前に被告の仲間が裁判員に脅迫まがいのことをして、被告に有利な判決を促す・・など、裁判員の生命・身体に危険を及ぼしてしまう恐れ)

           以上の問題が生じてくるため、対象事件を重大事件に限定することは良くないといえる。
最終更新:2007年09月04日 13:15