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《全 文》

【文献番号】27000753

土地建物所有権移転登記抹消登記手続請求事件
昭和四三年(オ)第九七一号
同四四年一二月一八日最高裁第一小法廷判決
【上告人】 控訴人 被告 米山文作 代理人 小宮正己
【被上告人】 被控訴人 原告 森岡松子


       主   文

本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。


       理   由

 上告代理人小宮正己の上告理由第一点について。
 本件売買契約締結の当時、被上告人が訴外西垣英一に対しその売買契約を締結する代理権またはその他の何らかの代理権を授与していた事実は認められない、とした原審の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠関係および本件記録に照らし、首肯することができないわけではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の適法にした証拠の取捨判断および事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
 同第二点について。
 民法七六一条は、「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによつて生じた債務について、連帯してその責に任ずる。」として、その明文上は、単に夫婦の日常の家事に関する法律行為の効果、とくにその責任のみについて規定しているにすぎないけれども、同条は、その実質においては、さらに、右のような効果の生じる前提として、夫婦は相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定しているものと解するのが相当である。
 そして、民法七六一条にいう日常の家事に関する法律行為とは、個々の夫婦がそれぞれの共同生活を営むうえにおいて通常必要な法律行為を指すものであるから、その具体的な範囲は、個々の夫婦の社会的地位、職業、資産、収入等によつて異なり、また、その夫婦の共同生活の存する地域社会の慣習によつても異なるというべきであるが、他方、問題になる具体的な法律行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属するか否かを決するにあたつては、同条が夫婦の一方と取引関係に立つ第三者の保護を目的とする規定であることに鑑み、単にその法律行為をした夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく、さらに客観的に、その法律行為の種類、性質等をも充分に考慮して判断すべきである。
 しかしながら、その反面、夫婦の一方が右のような日常の家事に関する代理権の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権の存在を基礎として広く一般的に民法一一〇条所定の表見代理の成立を肯定することは、夫婦の財産的独立をそこなうおそれがあつて、相当でないから、夫婦の一方が他の一方に対しその他の何らかの代理権を授与していない以上、当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、民法一一〇条の趣旨を類推適用して、その第三者の保護をはかれば足りるものと解するのが相当である。
 したがつて、民法七六一条および一一〇条の規定の解釈に関して以上と同旨の見解に立つものと解される原審の判断は、正当である。
 ところで、原審の確定した事実関係、とくに、本件売買契約の目的物は被上告人の特有財産に属する土地、建物であり、しかも、その売買契約は上告人の主宰する訴外株式会社千代田ベアリング商会が訴外西垣英一の主宰する訴外株式会社西垣商店に対して有していた債権の回収をはかるために締結されたものであること、さらに、右売買契約締結の当時被上告人は右西垣英一に対し何らの代理権をも授与していなかつたこと等の事実関係は、原判決挙示の証拠関係および本件記録に照らして、首肯することができないわけではなく、
そして、右事実関係のもとにおいては、右売買契約は当時夫婦であつた右西垣英一と被上告人との日常の家事に関する法律行為であつたといえないことはもちろん、その契約の相手方である上告人においてその契約が被上告人ら夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由があつたといえないことも明らかである。
 してみれば、上告人の所論の表見代理の主張を排斥した原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の適法にした事実の認定を争い、または、独自の見解を主張するものにすぎず、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠 裁判官 大隅健一郎)

上告代理人小宮正己の上告理由
第二点 原判決の判断は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。
原判決は、次の理由により、社会生活の実情を無視した独断に基き上告人の仮定的主張として掲げた表見代理の規定の適用につきその解釈適用を誤つたものである。
上告人は,表見代理に関し
一、本件売買契約当時、被上告人は西垣英一と夫婦として同棲していたもので夫婦には日常家事に関する相互代理権を有する(民法第七六一条……基本代理権)。 
而して右西垣夫婦は西垣英一の経営する株式会社西垣商店の収入により生活していたもので、右株式会社西垣商店の負債整理は、同社が西垣英一の個人会社である関係上西垣夫婦においてその責に任ずると考えるのが個人会社倒産の常態である。しかも被上告人は当時竜前弘夫の訪問をうけその「訪問目的の言」を聞かされながら何ら異議の申立もなく(原判決では「ほとんどなんらの関心も示さなかつた」と判断している)、
上告人はかかる情勢下、被上告人の夫たる西垣英一が被上告人の実印を所持し、且その印鑑証明書の交付をうけ本件物件の権利証の授受の権を委任されて、その権利証を入手しているのである。しかもこの実印は売買契約書作成のとき(昭和三七年四月二日乙第一号証)
も、本件物件の権利証引渡に関する委任状作成のとき(昭和三七年四月九日乙第二号証)も登記に必要な委任状作成のとき(昭和三九年四月一二日乙第三号証の三)も、夫たる西垣英一が所持し(この間昭和三九年四月一一日に被上告人が自己の印鑑証明書の交付をうけている)使用しているのである。
即ち民法第七六一条により夫婦は日常家事について相互代理権を有し、個人会社倒産(夫婦一方の倒産と同視しうる)における夫婦の責任関係に関する社会的慣習、加えて被上告人の態度並に西垣英一が被上告人の印鑑証明書、実印、及び本件物件の権利証の所持交付よりして上告人が西垣英一をして被上告人より本件物件売買に関し代理権を授与されていたと信ずるに足る正当なる理由があつた。
二、吾人の社会生活において第三者に印鑑証明書を交付するということは、何らかの代理資格を授与したものと考えられるこの点に関する原判決の判断は被上告人の、西垣英一に対する印鑑証明書の交付が被上告人の無知によるものであることを一つの前提としてなされているが、印鑑証明書が無知な者であればある程それを必要以上に重要な意に解しているのである。況んや、被上告人が、印鑑証明書交付以前に、竜前弘夫から「訪問目的の言」を聞いていながら原判決の判断は単に被上告人の無知を理由にこの主張をしりぞけているのは社会生活における印鑑証明書の交付の意義を理解せず、表見代理規定の解釈適用を誤つたものと言わなければならない。
而して前項同様上告人が本件物件の売買に関し西垣英一を被上告人の代理人なりと信ずべき正当なる理由があつた。
と主張するのである。
(その他の上告理由は省略する。)
最終更新:2011年08月04日 10:18