エジプトの神話
●創世神話・天地創造神話 …原初の丘「ベンベン石」
現在の首都カイロ近郊のヘリオポリス(ギリシャ語の太陽神ヘリオスの町の意、古代エジプトのイウヌで太陽神ラ
ーの故郷)やヘルモポリス(ギリシャ語のヘルメス神の町の意、古代エジプトのクムヌでジェフティ(トト神)の故郷)
やメンフィス(美しく確立したものの意のメン・ネフェルに由来している名で、古代エジプトの古名は白い城壁を意味
するイネブ・ヘジュまたはフゥト・カァ・プタハでプタハ神の故郷)には創世神話や天地創造神話が残っています。
この神話も、其々で発生したものではなく、其々の主神を中心として神話が変化したと考えます。各々の神話は他の
書物に譲り、ここでは原初の石「ベンベン石」についての紹介をします。
ベンベンとは混沌とした地球に神が最初に創り(原初の水から最初に顔を出した)、神が最初降りた地球の大地の
基です。四角錐の石で、墓石やピラミッド(メル)やオベリスク(テケン)の原形ともいわれています。一般的に墳墓を
昇天の地または冥界の入口とする考え方が強いのですが、私が降神または降霊の地と考えるのはこの「ベンベン
石」の説に基くからです。何れにしても、墳墓は現世と冥界との出入口です。古代エジプトでは墓をハアトとかイア等
と呼んだ様です。尚、古代エジプトを代表する遺跡にスフィンクス(シェセプ・アンク)がありますが、神の生ける姿(=
王)との意味があり、王の権威と守護の力を顕わしているとの説があります。
●太陽神ラーの舟 …昼と夜の旅
古代エジプトの宇宙観を示す神話。ギーザの大ピラミッドの傍らにあるクフ王の船(太陽の船}が、この神話に基づ
いて造られたとの説があります。ネフェルタリ王妃の墓の絵も、この神話を表しているのです。古代エジプト人の再生
復活の理念はこの神話をベースに出来上がったものです。
神々の父の太陽神ラーは聖舟ウイアに乗り、太陽と共に毎日天と地を廻ります。昼はマァジェト(マンデト)、夜は
メセケテト(メクセト)と呼ばれる舟が天と地を流れる川を漂って行きます。朝(あした)の舟マァジェトには眩しく輝く
太陽神ラーとラーの記録係のウェネブ、正義の女神マアト、叡智の神ジェフティ(トト)、舟の舵をとるヘル(ホルス)
が乗っています。夕べになると舟はメセケテトと名を変え、夜の死者の国を通過していくのです。死者の国は12の
暗闇の王国で、この王国の道案内として舟には12柱の女神が乗り込み太陽神ラーをお守りします。死者の国はウ
シル(オシリス)が支配しています。憂鬱な死者の国を通過する内に太陽神ラーは衰えて死んでしまいます。しかし、
途中で待ち構えていたケペル(スカラベ)が太陽神ラーの骸(むくろ)に憑依して太陽神ラーを再び蘇らすのです。古
い太陽神ラーが新しい太陽神ラーに変身したのです。これが太陽神ラーの旅で、このことは毎日繰返し行われてい
ます。時代が下り、太陽神ラーの旅には死者が同行する様に変化します。
●オシリス神話 …オシリス(ウシル)とセト(セテク)とイシス(アセト)の物語
太陽神ラーとその子供達の物語。アブ・シンベルの神殿は、オシリス神とイシス女神の神話を基に作られていま
す。古代エジプトの王朝のベースとなっているお話で、日本の「古事記」にあたるエジプトの神々の物語。
神々は皆、太陽神ラーの子で、兄弟姉妹です。太陽神ラーが去った後の世界はウシル(オシリス)が統治しまし
た。策略家セテク(セト)の妻が実直なウシル(オシリス)を誘惑しました。嫉妬したセテク(セト)はウシル(オシリス)
を殺します。ウシル(オリシス)の妻アセト(イシス)は夫の屍(しかばね)を見付けて蘇らせます。世界の支配を欲し、
再びセテク(セト)はウシル(オシリス)を殺します。今度は屍を切り刻んでナイルに流します。妻アセト(イシス)は乳
呑児(弟)ヘル(ホルス)と共にウシル(オシリス)の屍を集め再生復活を図るのですが、生殖器が既に魚に食べられ
てしまっていたので、完全に蘇らせることが出来ませんでした。そして、ウシル(オシリス)は現世に現われることが
出来なくなったのです。この争いの結果、神々の審判により、現世はヘル(ホルス)が統治し、冥界はウシル(オシリ
ス)が支配することとなったのです。再生復活とは冥界で蘇ることで、身体が再生復活に大切となります。古代エジプ
ト人が屍をミイラ(ウイ…ミイラは没薬ミュルラの日本語)にして大切にするのはこの神話がベースとなっているので
す。ギーザの大ピラミッドが建設される頃までの、王がヘル(ホルス)の化身(代理人)とする神王理念はこの神話に
基いていると考えます。
●ピラミッド・テキスト
古王国後半から墳墓の内部にヒエログリフの文字が刻まれることとなりました。刻まれた文字は王または被葬者
の来世での再生と永続を願う経文や呪文集で、後世これをピラミッド・テキストと呼んでいます。ピラミッド・テキスト
(古王国時代中心)は以前から口伝によって伝えられていたもので、その後コフィン・テキスト(中王国時代中心)とし
て引継がれ、やがて死者の書(新王国時代中心)となっていくのです。そしてこれらの原形はジェフティ(トト神)が作
ったとされています。
王または被葬者は死後に昇天し、昼は太陽神の1柱として復活し、夜はオシリス(ウシル)神の1柱として復活す
ると考えられていました。ピラミッド・テキストは王または被葬者を悪霊から守り、冥福を祈る呪文や経文です。
●死者の書
冥界の書ともいわれ、再生復活を願う古代エジプト人の死生観を表した物語。遺宝や棺に刻まれている来世ドゥア
トへの旅立ちと来世での暮しの手引書で、その際に起こる困難を乗り越える呪文が刻まれ、ミイラ作りやマアトの最
後の審判の様子が描かれています。
死後、その肉体をウイ(ミイラ)として保存措置がなされた王や被葬者は、現世での言業を審判にかけられます。真
理のマアトの羽根と王や被葬者の心臓とを天秤メカアトで量るのですが、この時に王や被葬者に「罪の否定告白」を
させるのです。今でいう嘘発見器のようなものです。王や被葬者の現世での言業は全てジェフティ(トト神)によって
記録されています。この審判で虚偽の告白をすると直ちに心臓は怪獣アメミットに喰われ、王や被葬者の魂は消滅
してしまい再生復活が出来ません。現世での言業には、神々を敬い神々の求める真理と秩序に従って生活をしたか
が求められています。
来世では、現世での最良の時期の魂が宿る肉体と環境が用意されています。そして、王や被葬者は現世と同様に
労働(仕事)をし生活をするのです。この為、王や被葬者の来世での暮らしを助ける道具や身代わりまで用意して葬
送をしました。墳墓の副葬品は王や被葬者の来世での暮しの道具であり、王または被葬者の現世での愛用品や宝
物なのです。古代エジプト人の理想郷はセケト・イアルウ(イアル野~イアルはい草)といい、死後様々な神の試練
を受けてこの理想郷へ辿り着くのです。理想郷では、夫婦で、豊饒なる農地で農耕をし、神に護られて穏やかに暮す
ことが出来ます。その為には、日頃からマアトの真理と秩序の忠実に暮すことが必要なのです。
●ラメセスⅡ世の物語
建設王と呼ばれ、エジプトに数々の遺跡や石像を残したラメセスⅡ世と、その家族に纏わる様々な物語。長命で長
い治世をしたラメセスⅡ世には多くの逸話が残されています。自己顕示欲が旺盛だったラメセスⅡ世は、自ら刻ませ
た武勇伝や記録が遺跡に残り、その遺跡や記録から更に新たな逸話が生まれました。
●セクメト女神の物語(ラーの目)
太陽の都ヘリオポリスの神話で、神を侮蔑した人間にセクメト女神が復讐をする神話。
人間を創った太陽神ラーは自身も人間の姿をして地上で暮していました。神々と共に暮す人間は平穏で豊かな暮
らしを営んでいました。しかし、神々の庇護の許に繁栄する人間達は、次第に奢り高ぶるようになり、神々に敬意を
払うことを忘れ、人間と同じ様に年老いてゆく太陽神ラーの姿を嘲笑するようになりました。そこで、太陽神ラーは自ら
の目を刳り貫いてセクメト女神を造りだし、人間達に復讐をさせました。怖いものなしのセクメト女神には火炎のネセ
ルト女神の神性がありました。セクメト女神は雌ライオンの様に手当たり次第に人間達を食い殺す怪物になってしま
いました。怪物になったセクメト女神を見て、太陽神ラーは軽はずみな事をして人間達に復讐をしてしまったと後悔を
しました。そして、人間の地に模した赤いビールに酔いつぶれたセクメト女神から憎しみだけを取り除き、猫のパステ
ト女神と雌牛のハトホル女神の神性を持たせました。太陽神ラーが人間を滅ぼそうとした神話です。
■■ 代表的な神々 ■■
古代エジプトの神々の多くは動植物に例えられていますが、
これは神の神性を顕わすもので、動植物そのものを神と考えていたのではありません。
ちなみに、古代エジプトでは神をネチェルといい、女神をネチェレトといいます。
■太陽神ラー
元来はヘリオポリスで崇拝されていた神。宇宙的世界を創造した原始の絶対神で、無秩序な混沌とした宇宙に最
初の光(アトゥム)として現われた。古代エジプトの神々は太陽神ラーの子孫であるとして、古代エジプト統一王朝の
守護神として殆どの王朝時代に最高神として祭られた。古王国時代の神王理念は、太陽神ラーが初代の王(ファラ
オ)であり、現世の王は太陽神ラーの息子ホルス神が化身した直系の子孫であり古代エジプト王朝の統治者、という
ことである。太陽神ラーの最初の子が大気の神シュウと湿気の女神テフヌトで、この二神の子が大地の神ゲブと大
空の女神ヌトである。人間を含め全ての生き物は太陽神ラーの涙から創られたとの神話がある。
沙漠の地の太陽は、我々日本人が想像する以上に強い光と熱を大地に注ぐ。太陽は地上の生命を育むが、それ
にも増して生命には危険な存在でもある。全能の神の太陽神ラーは王にとっても恐ろしい神であり、それゆえに敬れ
大切に祭られたのである。余談であるが、現代エジプトにおいても太陽は恐ろしい存在で、「貴女は僕の太陽だ」と
は言わない。この場合は「月」と表現するが、もともとエジプトでは恋愛自体が稀である。
隼(ハヤブサ)の頭で象徴される宇宙を掌る神で、王朝が築かれる以前からエジプトで広く崇拝されていた。上空に
あるものとして、初期の王朝では王はホルス神の化身とされた。ホルス神は王朝当初オシリス神の息子とされた
が、やがて太陽神ラーの息子となり、のちのは太陽神ラーと習合した。
■イシス女神 …古代エジプト語⇒ アセト
大空の女神ヌトの4番目の子で、オリシス神、セト神、両兄弟神の妻でありホルス神の母。セト神に殺されたオリシ
ス神を再生復活させるなど妖術を使い、ナイル川の増水を掌るとして崇拝され、穀物の再生復活の神でもある。頭に
玉座を頂いた女神で、ハトホル女神と同化した姿でも表されている。古代エジプト王朝が母系の血統を重要視したの
はこの女神が根底にある為。
■オシリス神 …古代エジプト語⇒ ウシル
大空の女神ヌトの最初の子。兄弟神セト神に殺されるが、イシス女神の妖術で再生復活をし、冥界の王となる。自
らも再生復活を掌る神で、緑色に塗られた顔と手に殻竿(ネケト)と笏(ヘカ)を持って表され、死者の最期の審判をす
る。やがて、人は死ぬと皆オシリス神になって来世で行き続けるというオシリス信仰が庶民にも広まる。
■トト神(トート神) …古代エジプト語⇒ ジェフティ
トキで象徴される知恵と知識の神でヒヒの姿で描かれることもある、神々の書記。人の言業は全てトト神に記録さ
れ、最期の審判でオシリス神に伝えられる。
■アメン神
(アモン神)。大きな二枚の羽をつけた冠を被り手にはウアス杖とアンクを持った人間の姿で表されるが、雄羊や鳥
のガンの形をとることもある。「風」を顕わす大気の神だったようだ。テーベ地方(古代エジプトのワセト、現在のルク
ソール)の主神で、新王国時代には全エジプトの最高神となる。国家の守護神太陽神ラーと習合してアメン・ラー神と
なり絶大の権力を持つようになる。
■アテン神
(アトン神)。太陽から細長い手が幾つも出ている姿の、元々は太陽そのものの「光」を表したものが神格化した。王
室内の秘蔵神として発達したが、アマルナ時代にアクエンアテン王(アメンヘテプ4世)がアテン神をアメン神に替わ
る唯一絶対神として宗教改革をして、失敗をした。
■ハトホル女神 …古代エジプト語⇒ フゥト・ヘル
牛の角と円盤または雌牛で象徴され、「ホルス神の家」という意味の女神で、天空や冥界の女主人など多様な神
性があり、日常生活でも重要な女神とされていた。死者の谷など岩壁に墓や葬祭殿が作られたのは、この女神に抱
かれて再生復活をするとの意味があったと考えられている。後世、ハトホル女神はギリシャ神話のビーナス女神と同
一視されました。ハトホル女神はパステト女神やセクメト女神やネセルト女神と同一神です。
■バステト女神
太古は雌ライオン、新王国時代からは猫の姿で象徴され、「殺す」行為を正当化する女神。猫のミイラにこの女神を
添えて手厚く葬ると、死後の幸福な生活が保証されると信じられた。
■ベス神
顎鬚を蓄え舌を出した小人の陽気な老人の姿で顕わされた、日常生活のあらゆる危険から身を護ってくれる神とし
て、家具や日用雑貨に装飾されている神で、妊婦の守護神、安産の神としても信仰された。
■■ エジプトのお守り ■■
ウジャト アンク ケペル マアト ジェド柱
●ウジャト …完全・修復・守護
人の目を模った隼(ホルス神)の目。左目は月の象徴でホルス神を顕し、右目は太陽で太陽神ラーを顕すこともあ
る。トゥトアンクアメン(
ツタンカーメン)王の宝石を鏤めた美しい胸飾りが有名。
●アンク …生命(息)
起源がハッキリしないが、宗教的な意味をもって顕される。紐の結び目や花束、十字架や数珠の原形か、魔除の
意味があったのかは不明。イシス女神の腰紐とも解釈されている。
●ケペル(ケペレル、スカラベ) …誕生・再生復活
甲虫フンコロガシで顕される。土中からいきなり現われる様や、丸めたフンを転がす様が、生命や神の誕生を象徴
した。最期の審判での再生復活を願いミイラの体内に心臓と一緒に残されることも多い。封印に使う印章としてや護
符として数多く作られた。神性を持つとケプリ神となる。
●マアト …正義・真実・秩序
ダチョウの羽根で顕わされる。宇宙世界が本来持つ秩序とその安定や回復・維持を象徴する。太陽神ラーの娘とし
て女王で表されることもあるが、「死者の書」の最期の審判で、死者の言行をその心臓とマアトで測る話が有名。
●ジェド柱 …基礎・安定・根本原理・真理
本来の意味合いは分かっていないが、全ての基本として安定・根本原理・真理を示していると解釈されている。オ
シリス神の背骨とも大地の基となった原初の丘であるベンベン石を形どっているともいわれる。
最終更新:2010年06月30日 19:29