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まえがき

 2009年3月、僕は大学2年の春休みを満喫していたんだ。(何もしないという点で)
まあどうせ暇だし3月はヒッチハイクで沖縄行こうと思ったんだよ。3月といっても本州はまだ寒いからね。それに、俺はまだ沖縄に行ったことがないというのもあった。
で俺は店長に「沖縄行くんで」って言ってバイトを辞めて給料をもらったんだ、そしたら俺は15万も金を持っていたんだ。
思ったよ、「これは海外にも行けるぞ」ってね。
ほんでその日に地球の歩き方インドを買って、チケットとかビザとか調べて

1週間後、俺はデリーでチャイを飲んでいたよ。

(自伝「THIS IS NOJUK」筑摩書房 より)

出発編

 ということで俺は成田にいた。飛行機なんてほとんど乗ったことないから相当早めに到着したせいで相当暇だった。
俺のチケットは上海経由だったので上海空港でまた数時間暇なわけです。
上海の時点ですでに外国語があふれる感じ、職員の英語が何言ってるかわからない感じ(職員の英語が流暢すぎて)
ですでに海外感にわくわくしてきた

飛行機にライター持ち込めないじゃないですか、それで喫煙所で人に火を借りようとした
だけど困ったことにその人が「中国人なのか日本人なのか」が見た目じゃわからない
日本語で話しかけて「?」てなるのも恥ずかしいし、片言の英語でしゃべりかけて「火ですか?良いっすよ」て言われても恥ずかしいし
迷った末に俺は賭けに出た

「please…fire?(身振り手振りを交えながらさりげなく。)」
「ok ok 」
よかった、中国人だった

その後空港で、どうやら同じ便でインドに行くらしき日本人数人が居て仲良くなった。
みんな一人で初インドということだった。
みんなでどこ行きたいとかなんとか話してるうちに搭乗時間が迫ってきた。
しかもどうやら偶然にもみんな帰りの便も一緒みたいで、「帰りもまた会えるねー」なんて言い合ったりしてインドに向かった。


デリー編(1日目)

 飛行機がデリーに着く。アナウンスで「現地デリーの気温は…、時刻は…」みたいなのを英語で言うのが国を越えてきた感がしてきてかっちょいい、と海外経験が乏しい俺は興奮していた。

 デリーの空港に着いて、一緒の日本人はみんな宿のピックアップ(迎え)と合流していく。だけど俺だけ見つからない。さっそくめんどくさいことになった。
 一応空港の外に出てみると空港から市街へのタクシーやオートリキシャーの勧誘が激しい

「インドにきたんだ」

とかみしめながら「No No」とかわしていく

勧誘をかわした後空港内に戻ろうとしたら受付で止められる
どうやら入場料を払わないといけないらしい
たいした金額ではなかった気がするけどめんどくさいのでなんとかタダで入ろうとタイミングを見計らってセカンドチャンス
なんとか受付の目が向いてないうちにタダで再入場することに成功した

そしたらついでにピックアップとも合流できた。
(到着初日は勝手もわからず、さらに深夜着で自力で市街までオートリキシャーで行くなんてのは難易度がかなり高いので、宿を予約してピックアップもお願いしておくとベター。日本語が通じる宿だとなおベター。歩き方にものってる シゲタトラベル の宿に泊まりました。日本語メールでも予約できるぞ)

宿の車にはどうやらもう一人日本人が乗るということでその人と一緒になった。
大学4年生で、インドはもう3回目らしく、心強い。

「インドは俺もう3回目でさ、ハマっちゃったよ」
「おーそうなんですか、いやー俺も今インドに居るのか―ついに来ちゃったなーすげーなー」
「とりあえずインドに着いた一枚写真撮ってあげようかww?」
「いいですね、お願いします」


そして俺のインド旅が始まったのである

デリー市街着後

 宿はシングルで予約したはずなのに
「部屋が空いてないから君ら二人ダブルの部屋に泊ってくれ」
と言われ、急きょ二人同部屋に。

「さすがインド、適当だなあ」
と変な所に俺は感動した。

宿に到着、スタッフが扉をどんどんノックすると、受付の部屋の床でやはりスタッフが3人くらい布団しいて寝てる。
受付の床、そこで寝とる

宿に着いたときすでに朝4時くらいだったので、例の大学生インドの先輩と宿の'質の悪い’シャワーを浴びてインドの謎のテレビ番組を見てから散歩することにした。

「お、ここお湯出るよ!よかったねー」

と先輩は言った。

←これが初日の部屋











この先輩と外に出てみると、さすがインド3回目の余裕か、またインドがほんとに好きなのもあると思う、
通りすがりのインド人とよくしゃべる、ほんで英語もうまい!
ていうかインド人もすぐ話しかけてくる

←先輩はよくしゃべる











一緒になった大学4年生の人(以下、インド先輩)は、別に留学経験があるわけではないんだけど英語がうまかった。
発音がネイティブ並み!とか難しい単語をよくしってる!とかじゃなくて、今までの英語の授業で習った単語と文法でシャキシャキコミュニケーションが取れる感じ。インド3回行った上で英語を喋りまくったらそうなったそうな。就職も海外で働ける仕事についたらしい。かっちょいいね!

ということでそのインド先輩の優しさでその日は夕方まで一緒に行動することに

とりあえずふらふらしてるとオートリキシャーの運転手と仲良くなった。
お金も払ってないのに「ビールを飲もう!」とか「屋台でチャパティ食べよう!」とかやたら連れまわす
彼は仕事中だけど基本的に暇なのだ。
「仕事中なのにビール飲んでいいのか」
「今日はもうホリデイにしたぜ!いええい!」
とノリノリである。







で、そのあとは夕方までインド先輩とふらふらした。
コンノートプレイスではマクドナルドの入り口にもガードマンが立っているのにびっくりしたり、そんでインド限定のマハラジャマックを食べ、値引き交渉の必要がないマニュアル対応に感動したり。
レストランでラッシーを飲んで「就活期におけるピンサロの果たす癒しとしての役割」について教わったりした。
ほかにもサイクルリキシャーの交渉術、インドでの立ち振る舞いをインド先輩から見て学ぶ。とにかくこの人と初日に動けたのはほんとうにラッキーだった。

一人で

 いったん宿に戻り「じゃちょっと夕方までしばらく別れようか」と自由行動に。
ということで初めて一人でデリーの街を歩いてみる。
宿のあった場所はメインバザール・パハールガンジ。安宿が集まっている。

インド先輩と一緒だとふつうに歩けた通りも一人となるといきなりさびしくなる。正直結構怖かった。

実際かのインド先輩も初めてのインドの時は、怪しい旅行会社になかば強引に連れて行かれ結構な額をボラレタらしい。
「あんときは初めてだったからお金払っちゃったけど、今だったらあいつらぶん殴って逃げるのになwwww」
とインド先輩は笑ってた。

そして一人の俺は

「とりあえず気を落ち着けよう」

と、約200円のマルボロを買って火をつける。同じマルボロのはずなのになんかインドのだと質が悪い気がする。
フィルターの汚れ方がなんかおかしい、なんでだろ。

と思って一服してるとさっそくインド人が話しかけてきた

「Hey,hey!! no smoking!! I am policeman」

的なことを言ってくる。
ほんで

「街中は禁煙だ。パスポートを見せろ、警察だぞ」

と言う

しかしどうせ偽警官だろうと僕は信じて疑わなかったので(第一こいつは私服だった)

「No no! ユーアーノットポリースマン!」

的なことを連呼。

「パスポート!パスポート!」

と向こうもひかない

結局その偽警官の友達インド人が来て
「やめとけやめとけ」
てなって偽警官は去って行った。

日本だったら「じゃあ交番いこうか偽警官さん」て言って撒けるのに、インドだとほんとに何もかもがわからないので難しい。
実際結構あせった。


まあともかくその一件も解決し、ふらふらしてると少し心に余裕が出てきた。

ネットカフェに入ってみたり、路上でチャイを飲んでみたりしてすごした。
店の暇そうなインド人とかたこと英会話もできるようになってきた。

ほんでインドで飲むチャイはウルトラうまい。これはほんと。値段も2~3円くらい。


そんなこんなで一人街歩きも無事に終え、夕方にまたインド先輩と合流し晩飯を食べに行った。

無事にインド一日目の夜が更けていくのであった


アグラー編(2日目)

 2日目に僕はもうデリーを発ち、タージマハルのある街アグラーへ向かうことにしていた。
というのもちょうどシゲタトラベルで宿に泊まっていたほかの日本人4人を車でアグラーまで観光に行くというのでそれに僕ものっけてもらうことになったのだ。(車とドライバーを有料で借りて行く)
そしてさらにアグラーからガンジス川のあるバラナシまで列車で行けるのでぼくにとってはちょうどいい感じだった。



ということで僕はタージマハルに来た

タージマハルは高校の世界史の資料集で見てた時から
「行ってみたい…、でもインドなんて怖い…」
と思ってたところで、ついにそこに来てしまった感で感無量でした。

実際にタージマハルを目の前に見たときはほんとに
「おおっ…すげえ」
と思わず声を漏らしてしまう美しさでした。

これはほんとにすごいぞ、生で見たら。



そんで今思い出したけど、そういえばアグラーには泊ってないんだった。
「アグラーから夜行列車でバラナシ行けばいいじゃん」
ということで列車に乗ったのだったわ。

ということで列車の時間までは暇なので、シゲタトラベルのご好意でとある宿の一室で休ませてもらえていた。

でどうせ暇なんで近くにいたインド人の子供とその親だか兄だかと遊んでた。
「アイーン!!ガチョーん!!japanese!japanese!」
と日本のギャグ知ってるぞアピールをするので(日本人観光客にウケが良いから覚えている。ほんで日本人も面白がって教えて行くのだ)

俺も教えてやるぞ、と思って
「新しいギャグを教えてやる[そんなの関係ねえ!そんなの関係ねえ!]」
「ソナノ!カケーネ!ソナノ!カケーネ!」
「No,NO!ソンナノ!カンケーネエ!」
「ソナノ!カケーネエ!」
て教えたりしてわいわい遊んでた。

でもやっぱ日本と違うというかよくわかんないけどすごいなーて思ったのは

僕がそのインド人たちと宿の前で遊んでると、宿のスタッフが出てきてそのインド人に向かって

「おら、どっか行け!!」

みたいな感じで本気で怒る。ほんとに本気で怒ってるのよ

宿のスタッフ(外国語堪能でたぶん金持ち)
遊んでたインド人(観光客相手に適当な商売する貧乏)

という構図だと思うんだけど、そういうとき本気で怒ったり邪険にあつかうのよね。

で最初は俺も「へへへ」みたいな感じでいたんだけど
何回も怒られてたら宿のスタッフは俺にも「ほらこんなとこで遊んでんじゃねえぞ!」
みたいな感じで結構ふつうに怒るようになった

まあ別にただなんとなくそれがびっくりしたよ、っていう話しです。
別にだからインドはどうこうとかそういう野暮なわかった風な語りをするつもりじゃないんです!


そんなの関係ねえ(撮った)



ということで
そのあとふらふら散歩してたらインド名物の路上床屋さんを発見したり、

宿の屋上でスタッフの写真撮って遊んだり

していまして、ついにバラナシ行きの夜行列車に乗る時間となったわけであります。

路上床屋


最終更新:2010年02月05日 01:12