すべての人間の人生には運命が変わる瞬間が存在するという。
その瞬間とは人との出会いであったり、はたまた別れであったりと、様々なものに姿を変えて我々の元を訪れる。
今回の話の主人公である霧崎牡丹にとってそれは両親の死であった。
事件が起こったその日、彼女の運命は狂い始める。
Alone world...
いまから十年前
その日の霧崎家はいつにも増して賑やかだった。
末っ子である牡丹の五歳の誕生日。
夜になったら母の手作りケーキとご馳走を食べてプレゼントを開ける。
どの家でも見ることの出来る微笑ましい景色がそこにはあった。
父と母は全国的に有名な空手道場を経営しており、近所では評判のおしどり夫婦。
二歳離れた二人の姉は、歳の近い牡丹を対等に扱いながらも可愛がってくれていた。
幼いながらも牡丹にとっては自慢の家族であった。
その日、母が牡丹のために作っていたケーキは、とうとう完成することはなかった。
夕方、室内に来客を告げるチャイムが鳴り響いた。
牡丹と二人の姉が来客を確認するために玄関の扉を開くと、そこには全身黒ずくめの男が立っていた。
彼女たちはてっきり、牡丹の誕生会に招待された友人が来たとばかり思っていたので、突然の見知らぬ来客に驚きを隠せなかった。
何も言えずにその男のことをぼんやり見つめていると、男は彼女たちを見下ろしてニヤリと笑った。
口元をぐにゃりと歪めたその表情は幼い彼女たちにとって恐怖以外の何物でもなかったが、それでも男は確かに微笑んでいた。
その時、台所で料理をしていた母が来客を確認しようと玄関に顔を出した。
しかし男の顔を確認した瞬間、母の表情は一気に青ざめた。
彼女は三人の娘たちを男の元から引き離すと、叫ぶように夫の名を呼び、娘たちの前に立ちふさがった。
母から呼ばれた父は、何事かと玄関に顔を出したが、男の顔を確認するや否や母と同じように青ざめ、母と男の間に割って入った。
しばしの間、沈黙が空間を支配した。
男は依然、不気味な笑みを浮かべて牡丹と二人の姉を交互に見ていた。
それに気付いた父が、男に対して何事か問おうと、口を開きかけた瞬間。
男は一瞬で母の隣に、つまり三人の子供たちの目の前に現れた。
誰もが呆気に取られている中で、男は一番右端にいた姉(長女の楓)の額に手を添えた。
姉は一瞬だけ驚愕の表情を浮かべたが、男の手が離れた途端に糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏した。
男は、隣に立っていた姉(次女の椿)にも同じようにして額に手を添えた。
先程と同じように、額から手が離れた瞬間に昏倒する姉。
そしてとうとう、男の手が牡丹に迫る。
ーー逃げなきゃ
とっさにそう感じた牡丹であったが、意思に反して体が動くことはなかった。
次に意識が戻った時、彼女たちを取り囲む環境はガラっと変化していた。
第一の変化が、両親の死である。
あの日、何が起きたのかは誰にも分からないが、とにかく彼女たちの父と母は死んだ。葬儀はすでに済んでおり、検死の結果、死因は感電死であったことが判明したそうだ。
第二の変化は生活環境の変化である。
両親の死が確認された後、すぐに親族会議が開かれ、誰が子供たちを引き取るかが話し合われた。
彼女たちの両親は人柄が良く人望も厚かったため、数名の親族が引き取りに名乗りを上げた。結局各家々の様々な事情もあり、牡丹たち姉妹は子供のいなかった叔母夫婦に引き取られることになった。
そして第三の変化が、突如目覚めた超能力である。
長女の楓と次女の椿は獣の能力が、三女の牡丹は雷の能力が発現したのであった。
それから十年の後。
霧崎牡丹は15歳の誕生日を迎えた。
あの日から突如として体に宿った超能力のことは、この十年間どんなに親しい人間にも口外しなかった。
それは姉妹三人で決めた取り決めであり、自分たちが両親の死から立ち直るための手段でもあった。
高校二年生になった楓と椿、中学三年生になった牡丹。
三姉妹のうち上の二人はそれぞれの解釈で両親の死を受け入れ、精神的にも自立しようとしていた。
しかし、末っ子の牡丹の場合はそうは行かなかった。
一緒に暮らしている叔母夫婦から、両親の死因は感電死だと聞かされていた。
警察の捜査の結果、両親の死は原因不明の事故死と結論づけられたが、彼女たちはこの事件が殺人であると確信していたし、ある程度は犯人の目星も付いていた。
長女の楓と次女の椿は、自分たちの家を訪れたあの男が犯人だと信じて疑わなかった。
自分たちの置かれた状況を客観的に眺めてみても、何より怪しいのはあの男の存在だった。
しかし三女の牡丹の見解は二人の姉とは違ったものであった。
彼女は両親を殺した犯人が、自分であると考えていたのだ。
あの日、牡丹が手にしたのは雷を操る力。そして、彼女の両親の死因は感電死。
状況的に考えて、牡丹は自分以外に犯人はいないような気がしていた。
そう結論に至ってから、牡丹は自身を責め続けた。
あの時、倒れかかった牡丹を抱きかかえようと手を伸ばした母。
母と同じく牡丹と二人の姉を抱きかかえようとする父。
二人の手があと少しで牡丹に触れようというその瞬間。
自身から放たれる蒼い閃光が、大好きな父と母の体を貫く。
そんな光景が頭から離れなくなり、夢で何度も繰り返される。
閃光に貫かれた瞬間の二人の表情があまりに現実味を帯びていて、もしかしてこれは、本当に起きた出来事だったのではないだろうか、と何度も考えた。
どうすれば良いのか、わからなかった。
自分が殺してしまった父と母から怨まれているかもしれないと考えると、それだけで息が苦しくなった。
お墓や仏壇の前で長い時間懺悔の言葉を唱えたこともあったが、自分の犯した罪はこんなことでは到底許されるようなものではないと気付かされただけであった。
姉たちが牡丹を優しく慰めてくれる時もあったが、姉の口からは牡丹が聞きたかった両親の声を聞く事は叶わなかった。
大好きな両親から嫌われていたくない。
自分が二人から許されるためには何をすれば良いのか知りたい。
霧崎牡丹の願いはただそれだけだった。
学校からの帰り道、霧崎牡丹は見覚えのある黒い影を見つけた。
その影が何であったか、誰であったか、思い出すことは出来なかったが、牡丹は追いかけなければならない気がしてその影を必死に追いかけた。
40分ほど経過した後、牡丹は黒い影を追って街のはずれの人気のない公園に入った。
すでに辺りは闇に包まれており、それはこの公園も例外ではなかった。
追いかけていた影は公園の真ん中にポツンと立っていた。
黒いコートを着た男。
彼は霧崎家を訪れた十年前とまったく変わらぬ出で立ちでそこに存在していた。
牡丹と目が合うと、彼の口元に、ぐにゃり、と歪んだ笑みが浮かんだ。
一瞬、牡丹の脳裏には子供の頃の恐怖が蘇ったが、そんなものを気にしている余裕はなかった。
彼女には、男に聞かなければならないことがあったのだ。
「ねえ、私のお父さんとお母さんを殺したのは、あなた?」
牡丹は男の目を見つめて問いかけた。
「いいや」
数秒の空白の後、男は牡丹に向かってそう告げた。
「なら、二人を殺したのは、誰…?」
まるで答えを聞くのを恐れるかのように、牡丹は男に問いかけた。
男はその問いを聞いた瞬間、先程から浮かべていた笑みを更に深いものにして答えた。
「お前だ」
霧崎牡丹は絶望していた。
彼女はもはや自分に救いはないのだと悟ってしまったのだ。
そして同時に、この絶望こそが、自分にとってたった一つの救いであると悟った。
この絶望の中で命を散らす事だけが、両親のために出来る唯一の罪滅ぼしだと直感した。
牡丹が両親を殺したという男の言葉の真偽を確かめる術はなかったが、気付くと牡丹は涙を流していた。
その涙は悲しみの涙であったが、それとは裏腹に彼女の心は歓喜していた。
彼女は絶望に沈む自らを見つめて歓喜していた。
ようやく彼女は、自らの願いを叶える術を見つけたのだから。
「願いは決まったな」
不意に男はそう告げた。
「お前の願い、私が叶えてやろう。ただし戦え。全力で敵を殺せ。全てを破壊しろ。最後の一人を殺した時、お前の願いは叶う。」
それだけ言うと、男の姿は闇へと消えた。
あとに残ったのは涙を流してその場に佇む霧崎牡丹ただ一人。
すっかり闇に覆われた公園の真ん中で、彼女は呟く。
「戦って、殺して、壊して、最後の一人になったら、お父さんとお母さんは、私のことを許してくれるよね…?」
そう呟いて微笑んだ少女は、願いのために戦うことを決意した………
ーー最後の最期、無様に終わりを迎えるまで、私はもがき続けるよ。
だがらお願い。
誰か私を■してください。
それが私の唯一の願いーー
Alone world...end.
最終更新:2009年03月11日 04:05