【番外編】
「はぁ……はぁ……!」
街中を走っている。当ても無く走っている。
何かから逃げるように。何かを追うように。
俺は……どこに行けばいい。
Beat the fallen angel.
[遠い約束]
──脳裏に移る情景。
微かな記憶を辿り、ひたすらに走る。
恐らく、これを逃したら次は無い。
「俺」が「俺」になったのは、この記憶に理由があるはずだ。
「ぐっ! はぁ……はぁ……」
流石に立ち止まり、壁に手をつく。もうどのぐらい走り続けていたか覚えていない。
足はもう限界。心臓も五月蝿いぐらいに鳴っている。
だが、ある種の強迫観念に突き動かされる。
「くそ、どこだ……!」
走らなければ? 違う。正確には、逃げなければ、だろう。
記憶を手にしたいと願いつつ、何故か心のどこかでそれを遠ざけている。
その矛盾が焦燥感を掻き立てる。
息を整えるのも忘れて、また走り出す。
雷雨の夜。
目の前に女性が横たわっている。
その人は自身の腹を押さえ、押さえている箇所からは血が流れ出ていた。
俺は座りこんでいた。
確か、泣いていたと思う。
目の前の女性は、ゆっくりと口を開いて、息も絶え絶えにこう言った。
「お前なんか……生まれなければ良かった」と。
実は、このときの、この夜の記憶は、ここしかない。
他は覚えていない。
……母と呼んでいた女性の他に、誰かが倒れていた気がする。
「……」
街から出て更に北へ向かった先に、森が広がっていた。
空は晴れている。にも関わらず、霧が出ているというのは違和感があった。
その上、この霧は……魔力を多量に含んでいる。
記憶と直感が俺に告げていた。
──ここに間違い無く、探していたものがある──
霧の出ている森へ入っていく。
少々危険を伴うが、この先に必ず探しているものがある。
だが、記憶の中にこの森がある、という情報はあってもどんな結界かという情報は無い。
この霧は間違い無く結界の類だ。
本来、結界というのは内側を守るための魔術。
だが、こと魔術師の家の結界となると話が違ってくる。
魔術師の家というのは拠点であり要塞。同時に敵を食らうための罠でもある。
そう。魔術師の家に展開されている結界は守るためではなく、攻めるため。敵を殺すために存在している。
故に、結界の情報を持たずに侵入するなど自殺行為。
ただし、それは家主が生存していた場合の話だ。
恐らくこの先の屋敷に家主は居ない。
それどころか、誰も居ないだろう。
しばらく歩いていて、一部の考えが間違っている事に気付いた。
「はぁ……はぁ……」
木に手をついて立ち止まる。
どうやら攻撃性の結界、というのは少々違ったらしい。
森に入ってから30分ほど真っ直ぐ歩いていたが、どこにも出ない。
歩いていただけにも関わらず、息は切れ、足が重く、心臓がさっきからずっと鳴りっぱなし。
しかも立ち止まって休んでも体力が回復しない。
……読み間違えた。
攻撃性の結界ならば、「結界を張った人間が居なければ機能しない」と思っていた。
侵入者を感知した後に、術者が調節を施してから攻撃に入る、というのが攻撃性の結界だ。
だがこれは違う。術者が存在していないにも関わらず機能している。
これは、防御性でも攻撃性でもない自動的な結界。本当の本当に……罠だ。
恐らく、何かしらの方法を取らない限り外に出る事は出来ず、内側では体力の回復も望めない。
かといって動かないでいては出る事も出来ない。動けば体力を過度に消費する。
完全に、袋小路だ。
「くく……どうするよ、俺」
流石に、乾いた笑いが出る。
座って五分ほど考えていた。
どうやら動かない限りは体力の消耗は無いらしい。
効力は体力と魔力の消費を倍化と、結界内の迷宮化、といったところか。
「……選択肢が少ねぇな」
この結界を破る術を考えていた。
ルーン・ブレイカーは残念ながら効力が無いようだ。恐らく、この結界内に結界を維持するための何かがあるのだろうが、探していては力尽きて死んでしまう。
それはよろしくない。
睡眠を取って体力を回復させる、という手も考えたがこれもだめなようだ。
通常の人間ならともかく、自分の身体は、睡眠時に周囲の魔力を取りこみ変換して生命力にしている。
周囲の魔力が取りこめなければ意味がない。
残念ながら、この結界内の魔力は取りこめなかった。
対魔術の要である宝具でもダメ。体力回復も無理。結界解除方法が見つからない。
そう。通常の方法では不可能なのだ。
……とすると、方法は一つ。
通常ではない方法で、結界を破る。
「あーあ……最悪死ぬけど、放っといても死ぬ、か」
ここまで来ると、後は覚悟を決めるだけ。
「……」
ゆっくりと立ち上がって目を閉じ、魔力を変換していく。
脳内でイメージをする。
起源は怒り。瞬間的な爆発力。その激情の炎は全てを飲みこむ。
どれだけ後が変わろうと、起源は変わらない。怒りを持って全てを無に帰す。
「……接続、開始」
イメージは……自身を包む炎。
足元に魔方陣が現れる。それは自身の身体に描かれた刻印と同じもの。
風が吹き、森がざわめく。周囲の空気が、まるで全身に圧し掛かるかのように重くなる。
世界から自分を切り離す。暗闇の中に居る自身をイメージする。
その暗闇の中で最も重く暗い塊を見つける。その中に入る。
「我は……再生と破壊を司る者なり」
詠唱、開始。
──我は、再生と破壊を司る者なり。
万物の征服者であり、源である。
我が右手は神の息吹、我が左手は死の宣告。
全てのものに安らぎを与え、全てのものに終わりを与える。
我は唯一無二の存在。敵対を許さず、同列を拒絶する。
ゼロス・フォン・スフィールの名において命ずる。
万物に拒絶を、孤独を、終焉を……絶対的な死を──!!
「これが俺の根本原理だ……Violent Ultimatum(ヴァイオレント・アルティメイタム)!!」
詠唱を終了させ指を鳴らす。
集中させていた魔力が自身の周囲に球体状に展開してから、凄まじい勢いで全包囲に放出される。
魔力の波動は霧だけを吹き飛ばし、木や生物や地面には影響を及ぼさない。
最終的に森全体まで波動は広がり、霧全てを吹き飛ばした。
「が……ぐ……」
霧を吹き飛ばしたのを確認してから、その場にばたりと倒れて気絶した。
「ぐ……うう……」
意識を取り戻して、身体を無理に起こそうとするが、起きあがらない。
痛みで動かないんじゃあない。単に力が入らない。カノッサ第三支部でユラと戦ったときと同じだ。
どうも、魔力と生命力を使いすぎたらしい。
だが身体の乖離はしていない。
まだいける。
「ぬ、うう……!」
近くにあった木の枝を杖代わりにして無理矢理立ち上がる。
足に殆ど力が入らないが、何とかなった。
そのまま森の奥へと進んでいく。
10分ほどのたのたと歩くと、森の外へ出た。
……屋敷を見つけた。裏手には山がある。
「はぁ……はぁ……やっと……やっと見つけた……!」
蔦が絡まって老朽化しているがすぐに分かる。
ここが俺の探していた場所。
……俺が住んでいた屋敷だ。
「ぐ……ぬぅう!!」
身体に力が入らないせいで扉を開けるのにも一苦労。
何とかこじ開けてエントランスへ入る。
光があまり差し込んでないせいで薄暗いが、感覚が鋭いおかげであまり苦にはならない。
やはりここは自分が住んでいた屋敷らしい。エントランスには滅多に来なかったが覚えてる。
黄色の床。真正面には赤い絨毯が敷いてある階段。階段の上は左右に分かれていて、二階へと繋がっている。
一階の左右にも扉がある。どこへ繋がっていただろう……。
「っと。いけねぇ」
つい昔を思い出してしまうが、懐かしむためにわざわざぼろぼろになりつつここへ足を運んだわけではない。
自室は確か二階の奥だ。急ごう。
エントランス中央の階段を昇って行く。
一段昇るごとに言い様のない恐怖感のようなものが全身を襲う。
それ以上進むな、と誰かが囁く。
「それ以上は進むな」
誰か……? 違う。幻聴じゃなく、「本当に」声が聞こえる……!!
声を認識し、足を止めた瞬間に目の前が真っ暗になった。
(BGM:「引き裂かれしもの」)
「よう」
声に気がついて目を開けると、真っ暗な中、目の前に……自分が居た。
いや、容姿は昔の姿だ。だが声は今の自分。
「よう。返事ぐらいしろよ」
前髪のせいで表情は見えない。口元だけでニヤリと不気味な笑みを浮かべながらソイツは自分に話しかけている。
「だ、誰だお前……ここはどこだ!」
何故かソイツに恐怖を覚え、声を荒げてしまう。
「誰だはねぇだろ。ずっと繋がってただろう?」
何をおかしなことを、といった感じでソイツは答える。
目の前のソイツと言葉を交わす度に、自身の記憶に手をのばした時とは違った恐怖を感じる。
「まさか……お前は……!」
言葉を聞いてはっとする。
全ての元凶。俺が俺でなかった理由。神と同等の存在。
「そう……俺はお前自身。無だったお前を形成したもの」
ソイツが一言放つ度に心から血が噴き出したような痛みを感じる。
「や……やめろ……!」
「やめろ? 何をやめるんだ? 愚かな事をしようとしてるお前を止めてやろうっていうんじゃあないか」
不気味な笑みを口元に浮かべながらソイツはこちらに近付いてくる。
恐ろしくて堪らなくて逃げ様としても、足が動かない。
「やめろ……こっちに来るな!!」
「なぁ、思い出せよ。お前は、『何』だ?」
「うるさい!!」
思い出したくもない事を思い出しかける。
ソイツはゆっくりとこちらに近付いてくる。足は一向に動かない。心から溢れる血も止まらない。
目を閉じても姿が見え、耳を塞いでも声が聞こえる。逃げ場が無かった。
「否定してもしょうがねぇだろ? お前は人間じゃあないんだ……どれだけ人間のフリをしても、どれだけ人間に近かろうと、それは変わらねぇんだよ」
「黙れよ!!」
ソイツの声を遮るように叫ぶ。それでもソイツは続ける。心の傷を抉るように。ゆっくりと、じっくりと。
「忘れたのか? 周りの人間どもがお前に何をしたのか。偽善面で近付いて、利用するだけ利用したら路地裏へぽい捨てだ。また同じ目に遭いたいのか?」
「……ッ!!」
すぐ傍まできたソイツはゆっくりと言う。また傷を負いたいのか、と。
当然答えはNOだ。信じていた相手に裏切られるのも、そんな相手を信じていた自分を馬鹿にするのももう真っ平だ。
「答えは決まっているんだろう? あぁ当然だ、誰だって心に傷なんざ負いたくない。お前は正常さ。何も恥じる事はない」
「……」
押し黙る。ソイツは言う。人間の仲間になどなるな、と。
お前は人間じゃない。人間は醜い。だから人間を信じる必要などない、と。
「そう。人の味方などする必要はない。奴らは敵なんだよ。お前の味方はこの世でたった一人……俺だけだ」
「……違う」
「何?」
声を振り絞る。目の前の闇に負けないように。光を見失わないように。自分自身を確かめるように。
「お前は味方なんかじゃない。俺は味方が誰かを知ってる! 氷桜、ユラ、バージル、姉貴、親父、ルナト! 味方ならいくらでも居る!!」
「はっ! そうか!!」
こちらが大声を張り上げると、向こうも同じように大声で返す。
不機嫌な声をあげて、ソイツは俺から少し離れた。
「だったらそのお友達ごっこにしがみついてるといい! 愚かなお前は忘れているようだな! あの雷雨の夜を!!」
「ッ!」
また沢山の血が心から流れていく。痛い、熱くて、痛い。
「誰のせいで母が死んだ! 誰のせいで一家が死んだ!! お前のせいだろう!! そんな事も忘れたのか!!」
「や、やめ……」
「やめろだと? ふざけるな!! たった一つの罪も忘れて何をほざく!! 貴様に何が守れる? 何が出来る? 友人だと? 笑わせるな! どうせその友人たちも、お前が死なせるんだよ!!」
「違う!!」
さっきの言葉が傷口から入りこみ、何時の間にか傷を広げてる毒ならば、今の言葉は直接傷を広げるナイフのようなもの。
「違わないだろう!! ルナトに対して何をやれた!? ユラに対してお前は何をした!? バージルが左目を失ったのは何故だ!? 氷桜が魔力回路を破壊されたとき、お前は何がやれた!? 分かってないみたいだから言ってやるよ。お前は、無力なんだよ」
「ち、違う……」
痛すぎて涙が溢れてくる。
いつも何も出来なかった。氷桜のやつは自分の無力を考えて力をつけてきた。俺は違う。
誰も救えてない。救われてもない。誰も救えない。誰も、誰も。
「お前は無力だ。お前は屑だ。お前は誰も救えない。お前は傷付けることしか出来ない。お前は誰も幸せになんか出来ない。絶対に、絶対にだ!」
「う……あ……」
元々暗いはずの目の前が、より一層暗くなったように感じた。
……ふと。暗闇の中で別の声が聞こえた。
その声は聞き取れなかった。けれど、次にまた別の声が聞こえた。
それは、初めて出来た親友の声。
──お前は屑なんかじゃない。お前は立派な奴だよ。
次に聞こえたのは、いつも後ろをついてくるあいつの声。
──人の命を喰らって生きた人間? 違うでしょう? それは零次さんのせいじゃないんだよっ?
最後に聞こえたのは……救いたいと願った人の声。
──ゼロス。
不思議と、涙が止まって、力が沸いてきた。
「あん?」
目の前のソイツを睨みつける。
「確かに俺は屑さ……目の前の、大切な人を救えない程な! だがな……そんなことで立ち止まってたら、申し訳が立たねぇんだよ……!」
「……ほう」
興味深そうにソイツは「俺」を見る。
「良いのか? 自分のせいでルナトやユラが傷付いても」
「俺はもう何人もの命を食らってきた。これ以上は要らねぇ。もう犠牲は出さない! 必要なのは──」
ソイツを睨みつけて宣言する。
「──覚悟だ!!」
「ふん。氷桜の受け売り、というわけか」
「そういうことさ」
ニヤリと笑ってやる。もう二度と負けるわけにはいかない。
「この屑が……もういい。対話は終了だ。直接潰す!」
そう言ってソイツは右手に剣を、左手に丸い盾を持った。
剣は普通の形状をしていたが、刃の先端部分が、血のように赤かった。まるで突き刺した後のように。
「まさかの戦闘とはね」
両の拳をしっかりと握り締め、構えを取る。今度は動ける、いや、動く。
目の前の奴を、ぶっ飛ばす!
「想像主に勝てると思うなよ」
「はっ! 何が想像主だ。お前は、俺が見てるただの幻影に過ぎないんだよ!!」
戦闘、開始。
【BGM:「meaning of birth」】
一気に距離を詰めていく。
だが、相手も接近させるわけにはいかないだろう。剣の刺突で迎撃してくる。
それを素早く左に避けて、無防備の右横腹に右ストレートを当てようとするが、盾に割って入られ防がれた。
「ちっ!」
軽く舌打ちをしながら右手を引っ込め、相手の背後に回ろうとしたところで、剣が右側から向かってきた。
相手の右腕を、左手で殴りつけて動きを止めてから背後に回り、後頭部を右手で強打。
通常ならばこれで勝負がつくが、相手が悪かった。
剣を逆手に持って、背後に居る俺を突こうとしてきた。
後ろに跳んで避けたが、軽く腹を掠めた。服が切れている。
「……」
お互い距離が離れた。相手はこちらに振り返り、様子を伺っている。
先ほどは刺突という回避しやすい攻撃が来たが、今度はそうはいかないだろう。
だが、先手を取られても不利。攻めていくしかない。
「はぁああ!!」
もう一度距離を詰めていく。
「ふん!」
迎撃に繰り出されたのは左からの袈裟斬り。それをしゃがみつつ左に避けて、顔面に向かって右ストレート。
だがその一撃は剣を持った手で弾かれ、今度は相手の左足の回し蹴りが飛んできた。
それに合わせてこちらも左足で回し蹴りを相手の背中に打ちこみ、軽くふっ飛ばす。
「ぐ!」
3Mほど飛び、すぐに立ちあがろうとしている。
この好機を逃す手はない。素早く近付き、追撃をかける。
相手が繰り出してきたのは、座った体制からの右斬り上げ。
しかしこちらの方が速かった。十分に詰められた距離から相手を右足で蹴り上げ、斬撃を止めつつもう一度ふっ飛ばす。
「うぐ!?」
空中に無防備で放り出され、苦しそうな声を上げている。
「そぉらぁああ!!」
無防備の身体に、発勁を使った拳を叩き込む。
「ぐぁあ!?」
地面に叩き付けられ、腹を押さえて呻き声をあげている。
「……はぁ。どうだ、参ったか」
転がってるソイツを見下ろして一息ついてから言葉を投げかける。
「いや参った参った。魔術師のくせに近接戦闘が強いとは、やるな」
「!?」
声が後ろからしたと思ったら目の前のソイツが消えていた。
ばっと後ろを振り向く。やはり背後に居た。
「驚いたか? やっぱりお前は愚か者だな」
ソイツが持っていたはずの剣と盾は消えている。
「……ちっ」
「さぁ、次だ」
代わりにソイツは……全身を覆うマントを身につけていた。
「そりゃ、反則だろ」
流石に、キツイ。
「そら!」
「っと!?」
相手がこちらに手の平を向けようと瞬間に位置をずらす。手の平が向けられた位置に何かが着弾する。
知っているからこそ避けられるが、あれは本来避けれるものでもない。
ひたすらに不可視の攻撃を避けつつ、相手の周囲を旋回する。
(やばいやばいやばい! あんなもんに対抗出来るか!)
ある程度距離があるからこそ避けられるが、近距離ではどうしようもない。
頭の中で打開策を考えつつ、ある物がないかを探る。
そう、宝具だ。
相手の攻撃は魔力によるもの。ならば宝具で防げる。
「あった!」
懐から取り出してすぐに相手に向けてかざし、障壁を出す。
「ちっ。それがあったか」
相手も効力はしっているようだ。すぐに魔力の連射をやめる。
お互い動くのを止めて睨み合う。
「さぁどうする。接近戦では勝てない。魔術もこれで防がれる。詰みか?」
「……ふん」
まだソイツはニヤリと不気味に笑う。
「まだ手はあるさ」
「……まさか、同じ格闘戦で来るのか」
「そういうことだ。せいぜい気張るんだな!」
先手は向こう。真っ直ぐに突っ込んできた。
一歩遅れてからこちらも接近。同じタイミングで拳を突き出したが、相手の拳が先にこちらの顔面にヒット。
右足で踏ん張って耐える。そこに相手の左足が腹を蹴り上げようと向かってくる。
蹴りを右腕で防ぎつつ足を掴むが、相手は足を捕まれたまま、右足で軽く跳んでから蹴りを繰り出し、こちらの後頭部を狙う。
予想外の行動だったがために反応しきれず、まともに蹴りを食らって相手の足を離してしまう。
「ぐっ!?」
目の前が軽く揺れる。気絶しそうな衝撃のせいで頭が働かないが、直感だけが告げてきた。
次の一撃だけは食らうな、と。
直感に従い、相手の行動を見ずに、右の拳を相手が居るはずの位置に思いっきり振りかぶって叩きつけた。
「何!?」
拳は相手の顔面に直撃。相手はちょうど止めとして一歩踏み込んで拳を突き出しているところだった。
相手が自分と同じ戦闘術を使うならば、あの状況で繰り出すのは確実に止めの一撃。一瞬だけ隙が出来る発勁。その差が命取りだった。
「ぐう!」
吹き飛ばすまではいかないが軽くよろけた。ここを逃す手はない。
素早く特殊な歩法で纏絲勁を練りつつ懐に入り込み、左の拳で鳩尾、右の拳で首を殴りつける。
「ぐおぁ!!」
相手が背後によろけるのに合わせて右足を後ろにかけ、倒れさせるのと同時に上から鳩尾に向かって拳を振り下ろす。
「そぉらぁあ!!」
足を引いて、そのまま地面に叩きつける。
「がっ……!」
【BGM:「finish the promise」】
「はぁ……はぁ……はぁ……どうだ」
息が切れた状態で数歩下がり、相手の様子を伺う。
一撃の威力が高い代わりに体力の消費も激しい。連戦はキツイ。
「……あれだけ責められ、未来に希望が無いと言われたにも関わらず、何故そんなに頑張るんだ」
疲労状態のこちらとは反対に、相手は倒れたまま、全く息も切らさず、無機質な声で尋ねてきた。
「はっ! ……他の誰かに負けるのはいい。だが、自分には負けられない……それだけだ」
誰よりも俺は自身を嫌う。故に、ソイツに負けるのだけは我慢がならない。
答えを聞いたソイツは、どこか満足げに「そうか」と短く返してゆっくりと立ち上がった。
「まだやるのか……」
「残ってるからな」
背を向け、少し歩いてから拳を開いて、右腕を右に伸ばす。
すると、右肩から右手の甲まで、赤白い炎が一筋走った。
「こいつが残ってるだろ。赤白い炎は自然の色だ」
腕を下ろしてからこちらを向き、静かにソイツは俺に向かって話す。
俺も合わせるように右腕を伸ばし、青白い炎を一筋走らせる。
「自然を真似ただけの贋作が勝てると思うな」
深く腰を落とし、左手を前に出し、右手を引いて、静かに、だが見下すようにソイツは俺に言った。
こちらは構えず、ただ右手を引くだけ。
「ふん。贋作が本物に劣るなどと誰が決めたよ」
お互い、睨み合う。
次が最後の一撃。
「はぁああ!!」
「そぉらぁああ!!」
同時に、変換した魔力をぶつけ合う。
お互いに弾かれ続ける青白い閃光と赤白い炎。
きっと遠くから見たら赤と青の翼に見えるんだろうな、などと呑気な事を考えていた。
力は均衡。衝撃は同等。タイミングも同じ。魔力量も同一。
唯一の違いは……覚悟だけ!
「ぬぁ! ぐ……ここだけは、負けるわけにはいかねぇんだよ!!」
「だったら突破してみろぉ!!」
同時にお互いの炎の勢いを増す。だが相手の炎の方が強くなっている。
力の均衡が崩れ、押され始めた。
「ぐ……!!」
こちらも更に勢いを増させるが、追いつかない。
ここまでかと諦めかけたとき、誰の声でもない、目の前の敵なはずの声が聞こえた。
「どうした、そんなものか!! お前の想いはそんなものか!! お前が生きる事を願っている人間が居るのなら、その願いぐらい叶えてみせろぉお!!」
その一言で、頭の中の何かが切れた。
「……ッ!! 言われなくても、やってやらぁあああーーーッ!!」
叫ぶと同時に一歩踏み出して全力を傾ける。
一気に蒼い炎が赤い炎をソイツごと包み込んだ。
「ぐぅうう!?」
──自身の魔力に飲みこまれていく直前、敵だったソイツの声が聞こえた。
「やりゃあ出来んじゃねぇか、相棒。その調子で、しっかりやれよ」
俺の幻聴だったかもしれないが、ソイツは確かに、そう言った──
「──!」
はっと目を覚ますと、エントランスの天井が目の前に広がっていた。
どうやら階段から落ちたらしい。
身体を起こす。痛みはない。それどころか、気絶する前と違い、身体に力が入る。いや、どこかより一層の力を感じる。
「夢……か?」
右手を開いたり閉じたりして、先ほどの光景を思い出す。
夢にしてはあまりにリアルだ。
「……」
気にしていても仕方ない。さっと立ち上がって、二階奥の自室だった場所を目指す。
不思議と、気絶前のような恐怖は無かった。
二階。いくつかある窓から、光が差し込んでいる長い廊下の、赤い絨毯を踏み締めながら歩いていく。
進んでいく毎に、昔の事を思い出していった。
だがそれはどれも研究室の記憶ばかり。屋敷に居るにも関わらず、屋敷での記憶が蘇らない。
感覚としては、思い出せない、というより、記憶が無い、というのが正しいだろう。
不思議と恐怖は無かった。代わりに、これからすぐに分かるだろうという確信があった。
──ついた。二階の一番奥。他のと同じ、何の変哲も無いこの扉の先が自室だ。
覚悟は、出来た。
ゆっくりと、扉を開けて中に入る。
大きな窓が一つ。これまた赤い絨毯の敷かれた部屋に……骸骨が、四つ。
三つはすぐに分かった。若干ながらどれも服が残っている。
一つは母、一つは部屋に入ってきた暗殺者に真っ先に殺された父。一つはその暗殺者。
だが、もう一つは……?
頭に疑問符が浮かぶ。どれだけ考えてももう一つの骸骨が誰かが出てこない。
その骸骨は……メイド服を着ていたようだ。
「……?」
頭にノイズが走る。
古ぼけたフィルムのように、セピアカラーで記憶が再生される。
【BGM:ゼノギアス「遠い約束」】
これは、十年以上前の事。
(お友達に、なりませんか?)
初めて会ったときに言われたのがそれだった。
新入りのメイド。屈んで、目線を合わせながら満面の笑みまで付けて。
当時の俺は、実験の影響で殆どの記憶と感情を失っていた。
だから、言葉の意味は分かっても、意図が分からなかった。
(友、達?)
(そう。お友達です)
ただ同じ事を返しただけの俺に、その人は何故だか嬉しそうに微笑んだ。
それ以来、両親や他のメイドに隠れて、その人と話をするようになった。
その人と話すのは心地よかった。その人は色んな事を聞かせてくれた。
自分は自然が好きだとか、犬は好きだけど何故か猫は苦手だとか、好きな食べ物のことや嫌いな食べ物のこと、どうして屋敷に来たかや、両親がどんな人だったか等。
最初は聞いてるだけだったが、俺も少しずつ、自分から話すようになっていった。
実験結果が芳しくなく、研究員に屑呼ばわりされた事を話したら、その人は少し怒りながらこう言ってくれた。
「屑なんて酷い! ゼロスはすっごく立派なのにさ! ゼロスは凄いよ!」
その後に、何故かニコニコしながら俺の頭を撫でていた。
初めて実験が辛いと話したとき、その人は俺を優しく抱きとめてこう言ってくれた。
(怖いよね。苦しいよね。辛いよね。ごめんね、何もしてあげられなくて)
泣きながらその人はそう言ってくれた。
俺は何故だかその人が泣いてると、実験よりも辛い気持ちになった。
何かが言いたかったけど、何を言いたいのか分からなかった。
結局、何も言わずに一緒に泣いてしまった。
それからまたしばらくして、その人が唐突にこんな事を言い出した。
(ゼロスは、結婚って分かる?)
(結婚? 知ってるけど……)
その人のおかげ}で、俺はだいぶ感情が戻っていた。実験は当然辛かったが、その人のおかげで乗り越えられた。
言葉の意味は知ってた。だから、嫌な予感がした。
(そっかぁ……私ね、結婚するんだって)
まるで他人事のようにその人は俺に話した。
何故だか胸が、絞め付けられるような感覚がした。
(へぇ。良かったじゃん)
顔を見てそう言う。口調だけは軽く。顔は少し笑みを浮かべさせて。
(うん。相手の人も凄くやさしくて、紳士的な、いい人なんだ)
本当なら喜ぶべきなのに、心がざわついた。
そしてその人も、悲しい顔をしていた。
(……どうしてそんな悲しい顔をするのさ)
明らかに不機嫌と分かる声で俺は聞いた。
自分でも、どうして不機嫌なのか分からなかった。
(ゼロスこそ。何だか機嫌悪そうだよ?)
機嫌が悪いのはばれて。なのにその理由は分かってもらえなくて、何故だか無性に腹が立った。
(知らないっ)
そっぽを向くと、その人は俺を後ろから抱き寄せた。
(ど~したの~? 言ってくれないと分からないよ~?)
いつもなら抱きしめられると安心するし、声を聞けば機嫌が直った。
だけど、今回だけは、どうしても機嫌が直らなかった。
(知らないっ! ■■■なんて嫌いだ!)
(あっ)
そう言い残して、俺は部屋から飛び出した。
部屋から出た瞬間に、ちらっと見たその人の顔が印象的だった。
──それはとても悲しそうで、今にも泣きそうな微笑みだった。
次にその人と会ったのは、雷雨の夜だった。
生まれて初めての雷雨。怖くて部屋の隅で震えてた。
そんなときに、その人が部屋に入ってきた。
……後ろに、両親をつれて。
話しによると、二人で会話してたのがばれたらしい。
俺ではなく、両親はわざわざ俺の前でその人を責め立てた。
助けてあげたかった。悪いのはその人じゃないと叫びたかった。
けれど、恐ろしかった。両親に楯突こうものなら、後で何をされるか分かったものではない。
結局、俺は最後まで膝を抱えて震えていた。
──ふっと、足音も立てず、天井から、黒い何かが、父親の背後に、降り立った──
その黒い何かが、巨大な爪のようなもので父親を突き刺した。
父親は口から血を吐きながらばたりと倒れ、絶命した。
母もその人も恐怖に顔を引きつらせ、母に至っては叫び声をあげていた。
黒い何かは、父親から爪を引きぬくと、真っ直ぐに爪を出しながら俺へ向かってきた。
そこで母が俺を庇った。
覚えてなかった……いや、知らなかったのはここからだ。
俺が母を呆然と見ている間に、その人はどこからか剣を取り出していた。
母から爪を引きぬき、隙が出来てる黒い何かに剣を突き刺した。
結果は相打ち。黒い何かも、その人に爪を突き刺していた。
ばたりとその人と黒い何かが倒れた後で、俺は母と会話をしていた。
「お前さえ、生まれなければ」
そういったニュアンスの事を言われた。
言い終わってすぐに、母も絶命した。
残ったのは、俺だけだった。
「う、うう……うわぁあああああああ!!」
【BGM:「星の涙、人の想い」】
叫び声をあげて、すぐに気絶したと思う。
次に目が覚めたのは朝だった。
夢だと思いたかったが、夢じゃなかった。
目の前に広がる惨状。鼻をつく血の臭い。
何もかもが現実だった。俺には耐えられなかった。
だから、俺は自分の記憶を封じた。『代わりの人格を立てて』
嫌な記憶をソイツに押しつけて、ソイツを殻に閉じ込めた。
二度と思い出さないように。決して表に出さないように。
記憶もなく、感情もないまま放浪した。
今の親父たちに拾われたのはこの後だ。
【BGM:「遠い約束」】
「……ッ!!」
ふと気がつくと、涙を流していた。自分の頬に触れてみる。濡れている。
こんな大事なことを、こんな大切な事を忘れた挙句、夢に見たあいつに押し付けていた。
そんな自分が不甲斐ないのか、記憶を取り戻したせいか、泣いていた。
思い出した。
ユラを避けていたのも、メイドを見ると気絶するのも、女性が苦手だったのも、死にたいのか生きたいのか分からなかったのも、記憶が無くなっていた理由も全部。
今思えば、夢に見たあいつが持っていた剣は、あの人が持っていた剣だ。
夢に見たあいつに責め立てられたとき、最初に聞こえたのはあの人の声だ。
「ごめんなぁ……今の今まで忘れててよぉ……あんなにも色々してくれたのによぉ……」
ぼろぼろと泣きながら、メイド服をつけていた骸を抱きしめる。
「今なら分かる。今なら言える。俺ぁ、あんたが好きだったんだよ……だからあんたが泣くとあんなにも辛かったんだ。だからあんたが結婚の話をしたときに憎まれ口なんて叩いたんだ……」
ひたすらに泣いたままごめんと謝り続ける。
他に何の音もしない。ただ部屋には、すすり泣く音だけが響いている。
「ありがとう。おかげで救われた。あんたのおかげで俺は救われたんだ。本当に、ありがとう」
十年の時を経て、ようやく言えた、感謝の言葉。
もう遅いかもしれない。もう届かないかもしれない。もう意味は無いかもしれない。
それでもただ……言いたかった。
「ありがとう」
その後、屋敷の中にあった骸骨全部を、屋敷の裏に埋めた。
何とか名前が分かった人にはちゃんと墓標も立てて。
その人の墓標だけ立派にしようかとも思ったが、やめておいた。
きっと特別扱いは嫌がるだろう。
その代わりに父と母の墓だけは立派にしておいた。
どんな人間だったとしても、二人のおかげで自分が生きているのは事実だ。
墓に向かってたっぷりと感謝と非難の言葉も投げかけておいた。
これで、俺の旅は終わる。
長い長い旅が、終わる。
「さて、と。行くか」
墓場の中央に案山子を作り、自分が持っていた赤い外套をつけておく。
高価なものだが、構うまい。
改めて屋敷と屋敷前の森に自作の結界を張っておく。
自分だけは通れるようにして。
安らかに眠ってほしいと、祈りを捧げて。
「じゃあな。俺の初恋の人。俺の半身。俺の記憶たち」
「せいぜい、俺の浅はかな生き方でもあの世で笑いながら見守っててくれ!」
誰にでもなくそう呟き、その場を後にした。
俺の旅はここで一旦お終い。
この後、初めての親友のせいで大切な人に少しは気に入られてるのが分かるが、それはまた別の話。
~fin~
最終更新:2009年04月11日 23:06