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ひやりとする鉄のベッド……否、作業台に体を横たえると、眩いばかりの光が降り注いでくるのを感じた。
周囲で慌しく動き回る者達は、医者というよりは技術者に見える。
腕にちくりと痛みが走り、訳の分からない色の薬品が注入され、直後、僕の口元にマスクがあてがわれる。

そして、僕の意識は……なくなっていった。


ベッドで目を覚ますと、僕の体は何か違っていた。

胸に手をやってみる。
感じない。鼓動が無い。

手首に指を当ててみる。
脈が無い。かわりに、何かの駆動音が聞こえる。

ベッドの柵を掴んで、起き上がる。
少し力を入れただけなのに、鉄の柵がひしゃげ、完全に断ち切れてしまった。


「おはよう、―――くん。調子はどうだね」
初老の男が入ってくる。
見た目こそ人のよさそうな男だが、僕は何故か、初対面のはずの彼の事を知っている。
名は、チェスター・ライトマン。カノッサ機関の技術者にして、改造手術の執刀医でもある。
彼自身も相応にやれる能力者であるが、戦闘向きではない。
恐らく、彼らの……機関のデータベースが、僕に組み込まれたのだろう。

「……おやおや、覚醒直後で勝手が分からないか?」
彼…ライトマン博士は、僕が握り潰した柵を、嬉しそうに見やる。
よかったな、クソ野郎。……あんたの手術は、大成功だ。

「―――くん、大丈夫かね?さっそくだが、今から君にはリハビリを行ってもらおう」
……さっそく、か。
別に体に不自由はない。
だがまぁ、運動は嫌いでもない。

リハビリの内容は、別にどうという事もなかった。
普通にアスレチックをクリアしたり、走ったり。
気になる点といえば、以前の僕は少し走っただけで息切れしたものだが……今は、どんなに走っても大丈夫だ。
4mもの障害を一跳びで乗り越え、さらにそこから、細い杭の上に着地。
その上、5mほどの距離がある次の杭に、助走も無しで飛び移れた。
一度足を滑らせて4mの高さから、それも頭から落ちたのに……僕は、まるで無傷だった。


その晩、僕は夢を見た。
僕は屋根裏にいて、黒光りする虫達と語らっていた。
刹那、階下からの悲鳴。

あれは母さんだ。
首を切り落とされ、その頭を踏み潰された。
まるで、熟れたトマトのように、弾けた。

父さんは戦った。
だが、手足を「何か」に一瞬で切り離され、潰れたカエルのようにもがいた末に殺された。

僕の妹がいた。
服を脱がされ、何度も、何度も死にづらい所を滅多刺しにされている。
白くて美しい手が、ごりごりと嫌な音を立てて離れていった。
悲鳴。
断末魔。
そんなものではない。

消え入りそうな声で、確かに妹は言った。
「お兄ちゃん、助けて」と。

僕は、見ている事だけしかできなかった。
怖かった。
ただ、怖かった。



目が覚めた。
涙は流れていない。
ふと、いつの間にかベッドサイドに佇んでいたライトマン博士と目が合った。

「―――くん、起きたかね?」
ニヤニヤと、まるで餓鬼のような言い草だ。
お前が改造したんだ。僕が睡眠が必要な体じゃない事は分かっているだろう。

ライトマン博士に、夢を見た事を話してみる。
笑い飛ばされた。
曰く、改造人間が夢など見るものか。
データとして変換処理された記憶がフラッシュバックしただけだろう。

なるほど。
つまりあれは、夢ではなかった。

僕に起きた、紛れも無い現実だったんだ。
そして、思い出した。
あの連中の顔を。風体を。
何より、僕の大事なものを奪った事を。


三ヶ月が経つ。
あの惨劇の日からは、何ヶ月が経つだろう。
ひたすらにリハビリと戦闘訓練。
アクチュエータが悲鳴を上げる度に交換し、ジェネレータの熱量が限界を超えるまで訓練する。
夜はスリープモードに入り、自己修復ナノマシンを活性化させ、細かい調整を行う。

眠る度に、……いや、スリープモードに入る度に、「あれ」が見える。
あれは夢じゃない。
夢なら、僕は……父を、母を、そして妹を助けに入る事ができただろう。
だが、あれは記憶の蘇りなのだ。
何をする事もできない。
ただただ、失われるのを見る事しかできない。
僕が何より愛したものが、何度も、何度もだ。

飛び起き……もとい、スリープモードを解除しても、涙の一滴も流れない。
心細いと思わなくもないが、そういう日に限ってニヤケたヒゲ面……ライトマン博士がいない。
誰かと話せば気が紛れるかもしれないが、この部屋には博士しか来ない。


次の日、ライトマン博士は言った。
これは実地訓練だ、と。

概要はこうだ。
戦闘能力を実施で測るため、小さな組織を潰して来い。
それだけだ。
単純なだけに、そうそう気は乗らない。

だが、ブリーフィング・ルームで見せられた数枚のスライドが、僕の気分を変えた。
何度も何度も、僕の家族を殺したクソッタレだ。
間違いない。毎晩会う、記憶の中の奴だ。

ライトマン博士はそれを知ってか知らずか、僕を早々に向かわせた。
元より、有ってないようなBRFだ。それに、僕はあまりゴチャゴチャとしたのは好かない。
すぐにブリーフィングルームを出て、外へ出るべく歩き出す。

途中、何人かと擦れ違った。
奇妙な感覚だ。
僕はその人達と会った事は無い。
なのに、顔を見ただけで、名前、機関での役職、および様々なデータが浮かんでくるのだ。
これも、情報の塊と化した脳髄の仕業か。


その脳髄のデータベースから、情報を引き出そうと試みる。
夢――否、記憶の中で見た奴らの顔、声、性癖。
先ほどのブリーフィングの写真。
全てをクエリとして検索する。
結果、すぐに見つかった。
機関に楯突いてる奴等の中でも、最低に反吐が出る連中らしい。
危険度はB+、弱くは無いようだ。
本拠地とされている場所、その候補もいくつか見つかる。

僕は、胸部のジェネレータが高鳴るのを感じていた。
ラジエーターが故障したかのように熱が篭る。
反面、思考はスッキリとしていた。
だが、腹腔の底から沸々と湧き上がるものがあった。
そうか、思い出した。この感情は、機械人形と化しても失わないのか。


これが―――『怒り』か。


僕の故郷、イタリアにそいつらのアジトはあった。
柄の悪い、スラム化した区画。

そこに、不釣合いなほど大きな建物があった。
ガラスも割れていない、悪趣味な落書きも施されていない。
全てが、異質だった。


僕は躊躇いもせず、ドアを蹴破って中に入った。
三下のチンピラに見える男が、ホールの一角からカードを放り出してこちらへ向かってくる。
……なるほど、こいつも能力者か。
機械化された脳髄のデータベースから、引き出されるそれを確認。

男が拳銃を取り出す瞬間、体を沈めて懐に入る。

「え……」

そのマヌケな声が、男の遺言となった。
僕は、本気で拳を振るった。

男の頭部は吹き飛び、僕の右手には、肉片と化した男の頭部がこびり付いていた。

刹那、ホール中の連中が、僕に筒先を向けた。

ある者は銃、ある者は広げた掌、ある者は何かの詠唱。
なるほど、ホールの十数人が皆能力者か。

丁度いい。
試してやる。
貴様等の惰弱な技が、僕にどれほど効くのかを。


「糞ッ……!銃弾が効いてないだと!?」
「馬鹿!同士討ちになるぞ!」
「な、何……ギャッ!!」
「何故だ……何故、弾が効かない!!」

屑どもが、声を上げる。

僕はパンチを繰り出す。
相手の体を突き抜け、心臓を、あるいは脊柱を粉砕する。

僕は蹴りを繰り出す。
頭が砕け、花が咲く。

僕は軽く敵の手を払いのける。
脱臼、あるいは腕の骨が粉砕されていく。

僕は、貫手を突き出す。
腹部に肘まで突き込み、抜き取ったそれは巨大な風穴を生んだ。


相手は、僕に銃弾を打ち込む。
眉間に命中したそれは、弾き飛ばされて地面に落ちた。

相手は、僕に短剣を突き刺す。
刃毀れし、使い物にならなくなる。

相手は、僕に魔法弾を発射する。
焦げたのは、服だけだ。


気付けば、ホールにいた連中は最早肉片と化していた。
両手は真っ赤に染まり、肉片が、脳漿がこびり付いている。

――損傷率、7%未満。
――戦闘能力、減衰無し

ふと、脳内にそんな声が響く。
戦闘補助AIの抑揚の無い声が、僕を呼び戻す。

まだだ。
まだ、奴らがいる。


二階。
道中で突っかかってくる三下どもを一瞬で破壊する。
蹴りで上半身と下半身を切り離してやった奴は、痙攣して死んだ。
後ろから刺してきた姑息な奴は、頭をゆっくりと握り潰してやった。女だったが、構うものか。
それを見た小男は、情けない声を上げて逃げる。
後ろから、その『女』だったものを投げつける。
恐らく、小男の死因は脊柱の骨折、脳震盪、内臓損傷、その他もろもろのどれかだ。


最奥の部屋。
そこに、記憶に残っていた連中がいた。

母の、優しかった顔を踏み潰した男。
父の、勇敢だった心を踏み躙った女。

そして、妹を楽しんで殺した、糞にも劣る男。


「…やれやれ、連中じゃ無理だね」
「ええ、所詮は『無能力者よりマシ』な程度の能力者だもの」
「ククっ……何でもいいさ、楽しめるなら」

母を殺した男……猫撫で声の男は、長剣を手にしていた。
父を殺した女……パンクス崩れのような女は、徒手。
妹を殺した男……粗野な中年風の男は、悪趣味な形状のショートソード。

そこそこに広い部屋で、戦いは始まった。




------
初めてだ。
押されている。
猫撫で声の男に接近戦を挑んだ。
その程度の長剣じゃ、僕の拳は防げない。
突きを繰り出すと、何故かパンチが逸れた。

刹那、猫撫で声の男が伸びきった右手へと斬撃を繰り出す。
人口筋肉と合金の外皮で防がれるが、3分の1ほどめり込む。
そこを狙って左足の蹴りを放つと、やはり何かの力で逸らされた。

後ろで女の笑い声が聞こえたと思うと、何かに軸足をとられて転倒した。
瞬間、粗野な男が倒れた僕の眉間へとショートソードを突き立てようとする。

辛うじて避けたが、左耳が削ぎ飛ばされた。
痛みにも似た感覚が伝えられる。
血は、出なかった。

「……全く、期待はずれだね」
猫撫で声の男が漏らす。
「雑魚しか相手に出来ないのかしら?」
女は、高圧的に言い放った。
「何だっていい。刻めりゃそれでな……」
粗野な男は、下卑た性根を隠そうともしない。


--戦闘能力、42%減衰
--損傷率 39%

声が聞こえる。
馬鹿な、こんなところで、終わるのか?
復讐も、任務も果たせずに、終わってたまるものか。

--Rider System ALL GREEN

聞きなれない単語が、頭を過ぎる。

僕は無意識に立ち上がる。
ベルトが変化し、光を放っていた。

その輝きに、眼前の敵たちは一瞬怯んだ。
再び連中がこちらを向いた時、僕は、ぴんと伸ばした右手を体の左側へと突き出していた。
本能だ。
恐らく、何かが起こる。
それは、彼らも同じ事を感じただろう。



--Rider System Organization Edition Instlation System call――?

『変身』

--Accept

一言、ただ一言。
僕の体はその一瞬で、黄金の外装で鎧われた。

視界がやや狭くなるが、さまざまな情報が表示される。
サーモグラフィを初め、赤外線、スキャン、その他様々な手法で、眼前の全てが暴かれた。

猫撫で声の男の周囲に、何か空気のゆがみにも似たものが検出された。
恐らくは、空気の流れを操作し、僕の蹴りや突きを誘導したのだろう。

女の指先から、微細な糸が、稀に熱を持って踊る。
帯電金属糸。恐らくは、念動力を持ってそれを操る。
脳波が完全に、他二人とは違う。脳幹がやや大きい。

残った男は……骨密度が常人の非ではない。
ついで、筋肉もだ。
単純に身体能力が発達しているだけのようだ。


驚くべき事に、それらの情報は一瞬で理解できた。
彼らが向き直る、その一瞬で。

ふと、周囲に目をやる。
多数の小さな反応。
ここは、スラムだ。
なら、……そうだ、僕の支配する所だ。

しゃがみ込み、床に手を当てて念じる。

----来い!

一瞬間を置くと一斉にそれらが動き出し、窓を割り、あるいは天井から、黒光りする仲間達が姿を見せた。
夜が訪れたかのように、室内が黒に染まる。
きちきちと音を立て、あるいは羽音を立て、室内へと次々に躍り出てくる。


「何だ、おいっ!」
粗野な男が漏らす。
そうか、お前。
それでも、蟲は怖いか?

「嫌あああああっ!やだ、止めて、止めてよぉっ!!」
女が悲鳴を上げる。
脳波が異常に乱れる。
その程度で心を乱すか。



猫撫で声の男は、唯一平静を保っていた。
僅かに脳波は乱れるものの、決してそれを露わにしない。


--厄介だ。お前から死ね。

--Clock up --

ベルトから声が発せられ、瞬時に全てが停止する。
粗野な男は黒い虫にまとわりつかれて怯えたまま。
女は地に転がり、取り付いた虫を自らの体で潰しながら。
猫撫で声の男は、剣を正眼に構えて。
そして黒い虫達は、空中で、あるいは地上で、完全に停止していた。
触覚一本、翅一枚も動かさず、物音一つ立てず。

彼らを踏まないように歩き、空中の彼らを優しく手で除けながら猫撫で声の男のもとへ。
右手に光が宿り、一歩ごとに強くなっていく。
僕は右手を大きく後方に引き、構える。

--Rider Punch

音声とともに「発射」されたパンチは男の剣を砕き、胸を打ち抜いた。
男は恐らく、自分が死んだ事にすら気付いていない。

--Clock over


男の体が吹き飛び、壁を突き破って飛んでいく。
そのまま建物の壁数枚を貫き、無惨に崩れ落ちた。
なるほど。
これが、僕の『力』か。


「やだ……取って……取ってよぉ……」
「クソが!…お前、何をしたっ!!」
女は虫にたかられて、完全に戦意を喪失したようだ。
粗野な男は、猫撫で声の男がやられるのを見て、戦意を失いかけている。


--僕は、あの記憶を見てからずっと、お前らの最後を考えていた
--今から、見せてやる


左手が展開し、小さな針が射出される。
機関特製の痺れ薬だ。
体を麻痺させるが、痛覚は倍化させる。

二人とも倒れ、潰された蟲のように足掻いてみせる。
粗野な男は何が起こったのか理解できず、
女はもがく自由すら失い、発狂寸前にも見える。

--ご馳走だ

口に出さずとも、仲間達は理解してくれた。
更に多くの黒光りする仲間達が集まり、彼らを覆いつくす。

僕は、悲鳴を聞きながらその場を後にした。




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それ以来、記憶のフラッシュバックは無くなった。
強いて言えば、時折妙な……そう、夢を見るようになった。
記憶にない事なんだ。
それは、眼鏡をかけた赤毛の女。
白髪褐色の、快活そうな青年。
あどけない、だがどこか危険な香りのする少年。

その三人と僕が、まるで家族のように過ごすのを幻視する。

これは、博士には言わないでおこう。
また斬り捨てられたらたまったもんじゃない。




(了)

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最終更新:2009年06月28日 02:12