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「ライブ」が終わったとき、周囲の客は全て焼死体と変わっていた。
人間ではない異形の怪物は、すでに消し炭へと。
「………アンコールはかかんねぇな」

Vの字を逆さにしたような弦楽器を肩に担ぎ、青年は踵を返した。
刹那、何かが異常な速度で飛び掛り、青年の頭上に爪を振り下ろす。

陽炎が揺らいだ時、青年はそこにいなかった。
代わりに、振り下ろされた爪が焼け焦げている。

青年はいつの間にか、僅かに先の木陰に腰を下ろしていた。
目を閉じて鼻歌交じりにギターを爪弾き、どことなく上気しているようにも見える。
怪物――トカゲをベースとして開発された生物兵器は、理解した。
自分は、嘗められているのだと。
その怒りは、自らを走らせた。
理性の無いその目は言っていた。「俺を嘗めるな」と。


巨大な影が頭から襲い掛かり、その生物兵器を飲み込んだ。
上半身を完全に飲み込まれた生物兵器は、激しく暴れる。
彼を飲み込んだのは、巨大な蛇だった。
自然界には到底存在しないほどに巨大なそれは、青年の意思に応じて動いているように見えた。
体を起こして上を向いた大蛇。
重力に逆らえずに飲み込まれていく生物兵器。
完全に飲み込まれた後も抵抗していたが、やがて動かなくなった。

「足りたか?ヴリトラ」
青年の問いかけに、威嚇にも似た音を発して答える。
「…じゃ、行こうか」
腰を上げて歩き出す青年に付き従い、大蛇はゆっくりと身をくねらせて動き出した。




夕方、自らの家……居住区画へと戻ってきた。
4LDK、バス・トイレ完備の、桁外れに大きな部屋だ。
これは機関中でも特例の特例。
姉・静刃は機関正騎士・第二分隊副長。
青年……レオニダスは、機関の暗部とも言える、最重要部隊の一つでもある特務部隊の新入り。
そして、末弟のマリクは潜入工作部隊にして、一晩で900人近くを暗殺した記録保持者。
本来は彼らにそれぞれ個室……それもかなり豪華な個室が与えられる筈だったが、彼らは拒否した。
ゆえに、この豪華な住居が与えられた。

「おかえりなさい、レオ」
「ああ、……ただいま」
帰ってきた弟を、姉……静刃が出迎えた。
シャツの上からカーディガンを羽織り、幾分リラックスしたかのような服装だ。
ソファーに座り、膝掛けをかけて本を読むその姿は、戦闘能力を備えているようには見えない。
どちらかというと、図書館司書の方が似合っている。

「それで、今日の仕事はどうでした?」
「…別に、どうって事ないさ。燃やして、それで終い。シズ姉こそどうだったんだよ?」
大きな、ふかふかとしたソファーの右端に乱暴に腰掛けつつ返す。
ゆうに四人は座れる、大きなソファーだ。
「私……ですか?私もいつもどおり、新人に訓練をつけていました」
「訓練?相変わらずだな、シズ姉」
「教える事は、教わる事でもありますので」
「真面目だな」
「貴方が不真面目なのです。訓練で私に勝てた試しがありますか?」

ぐっ、と言葉に詰まるレオ。
生まれながらの能力者であるレオが、能力者ではない静刃に土を付けた事は少ない。
厳密には、才能と鍛錬で、後天的に能力を発現させた、と言えなくもないが。
彼女には剣の才覚があった。
加えて、彼女は慢心せずに努力し続けた。
様々な刀剣を使い、自分に合ったものを見つけ出し、それを磨いた。

結果として、彼女にはサーベルが最も合っていた。
攻撃を受け流し、急所を狙ってピンポイントで反撃する。
それが彼女のスタイルとなった。

たゆまぬ訓練は、もしかすると「能力」を身に付けるための手順だったのかも知れない。
才能は、「能力」を身に付けるための必要条件の一つだったのかも知れない。
「能力」とは、才能を更に一歩進化させたもの。
彼女は、そう考えている。




「……兎も角、今日の食事当番は貴方ですよ」
「『今日も』だろ……」
本をぱたんと閉じ、傍らに置く。
膝掛けをゆっくりと畳むその動作は、優雅でもある。
北欧系に特有の白い肌と赤毛が、絶妙なコントラストを生み出している。
衣服の上からでも分かる豊かな双丘、ほっそりとした腰、丸みを帯び、緩やかな曲面を描くヒップ。
姉を見慣れたレオでも、稀に息を飲むほど美しかった。

「腐れるものではありません。お手伝いします」
「じゃ、いつもどおり食材切ってくれよ、シズ姉」
カーディガンを脱ぎ、シャツの袖を捲り上げて静刃が言う。

カウンター型のキッチンに二人並び、作業を開始する。
今晩のメニューは、パスタ、コンソメスープ、そしてサラダに決まったらしい。
分担としては、静刃がサラダ、レオがパスタとスープ。
妥当なところだろう。

「…それにしても、広くなりましたね」
「何?」
「この家……三人だと、広く感じませんか?」

トマトを切りながら、姉が問う。
問いに、レオは幾分複雑な表情を浮かべる。

「お父様の部屋を片付けようとしても……進まないんです。今日だって……」

そこまでで言葉を切ったのを怪訝に思い、姉の顔を見た。
目立たなくはなっているが、明らかに……涙の痕が見受けられる。
心なしか、眼鏡の奥の目も、赤い。

「いけませんね、これでは。もう随分経つというのに」
自嘲的に笑って見せたその顔は、誰の目にも明らかな哀しみを浮かべていた。

「……やっぱり、品目を増やそう。ありったけの食材使うぞ」
「え……?」

言って、レオは冷蔵庫から食材を次々と引っ張り出す。
牛肉の塊、腸を抜いて冷凍していた魚、次々と。
家族の人数に不釣合いなほど大きな冷蔵庫から、次から次へと様々な食材が出てくる。

「悲しくても…いや、悲しい時は食うに限るさ」

そう言って、それらの食材を手際よく調理していく。
肉を切る手さばきは姉にも劣らず、火加減は完璧に……いや、コンロに触れずとも、火が適切な加減を保っている。
まるで、自らの体の一部であるかのように。
台所に並んだ冷凍食材は有り得ないほどのスピードで解凍され、かつ鮮度が落ちない。
「能力」をフルに活用しての、非能力者の料理人には絶対に出来ない調理方法だ。




「兄さん、これは多くない?」
自室で眠っていた末弟、マリクが一目食卓を見て言う。

確かに食卓には、ありえないほどの料理が載っていた。
大きなステーキに、スペアリブ、鮭のムニエル、うず高く盛られたパスタ、冗談のような量のサラダ、
米を何合使ったか分からない炒飯、まるでバイキング料理のように盛られたカルパッチョ、その他様々な料理。
どう見ても、三人分の量ではない。
レオよりは小食、と言っても一般人から見ればかなりの大食いのマリクでさえ、そう思えるほどに。

「いいから食え。デザートもあるぞ?」
「……兄さん………………」

呆れながら、マリクは食事を始める。
スペアリブに手掴みでむしゃぶりつき、ステーキを半分に切ったら、そのまま飲み込むように食す。
兄に言われてサラダにも手を伸ばし、ドレッシングも何もかけずに口へ。

レオはというと、大量の炒飯の半分ほどを平らげ、ステーキを二枚、三枚と減らしていく。
彼の細身の体格を考えても、明らかにおかしい。
そう思えるほどの食いっぷりだ。

一方大食い二人を差し置いて、静刃はゆっくりと晩餐を楽しんでいた。
取り分けたパスタを音も立てずに口へ運び、カルパッチョを口へ入れると、静かに飲み下す。
時折浮かべる笑みは、弟二人に向けられている。

「そういえば、兄さん。あの事は言ったの?」
「あ?…いや、そういえばまだだったな」

手を止め、何やら言葉を交わす弟二人を見やる。
「……シズ姉、その……家族が増えるって言ったらどうする?」
「何ですか、その若い両親のような台詞は。次は何です?『弟と妹どっちがいい?』ですか?」
「いや、その……妹なんだけどさ。シズ姉から見て」
「……は?」
「兄さん、はっきり言いなよ……」

「………その、結婚?つーのか……文字通り、家族が増えるっつーか……」
「……はい?」

いつもの姉からは考えられない、阿呆のような調子外れの声。
それは、告げられた事実から考えると無理も無い。

「……いや、それで……マリクには話したんだけど、シズ姉には言ってなかったなと思ってさ」
「…………誰とです?誰が家族に?」
「アピペっていう……マリクと同じぐらいの……」
「……会った事があるような、無いような」
「それで、いいだろ?……一応、機関の規則にも照らし合わせてはみたけど」
「……随分と軽い言い方ですね。……まぁ、私は構いませんが…………」

あっさりと了承を得られた事に、いくらか拍子抜けしたように見える。
レオとしては真に不本意ながら、『私物』という扱いなら、機関員ではない場合も迎え入れられる。
それを利用しようというのだ。

「ありがとな、シズ姉。……いびってくれるなよ」
「誰が小姑ですか。私を何だと思っているのです?」
「……小姑って何?」

冗談を挟むレオ、
反応して返す静刃、
言葉の意味が分かっていないマリク。
いつも通りの、食卓の光景だ。






食後、彼らは眠りこけていた。
ソファーに腰掛け、レオの肩にしな垂れ、寝息を立てる静刃。
静刃の膝に頭を載せて眠るマリク。

……もうすぐ、新しい家族が加わる。
それは、きっと幸せな事なのだろう。





(終)

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最終更新:2009年07月03日 20:29