世界をコントロールしようとした機関の……能力者で構成される最大の組織の企みは、潰えた。
上層部は多くが姿を消し、下級の構成員は次々と討伐された。
カノッサ機関とその傘下組織。
対するは機関に反抗する無数の小さな組織、傭兵として雇われた能力者、そして人類の……一般人の軍隊。
開戦は、7月28日。
あらゆる歴史書に、その日付は刻まれた。
壮絶な戦いだった。
地表の半分が焦土と化し、核弾頭すらも持ち出された。
中には核の炎にすら耐える能力者もいたのだ。
二発、三発と惜しみなく撃ち込まれた核弾頭により、死灰が地表を重ね塗った。
北米大陸の半分は消滅し、かつての中国は草木も生えぬ土地と変わり、日本列島は水底へと沈んだ。
その激戦は、実に二年間も続く。
二年後、11月21日。
カノッサ機関、本部が陥落。
その報とともに、機関員の心火は薄れていく。
投降した機関員は即座に処刑され、人類と機関非所属の能力者達は勝利に酔った。
この戦いは後に、「ラグナロク」と称された。
半年後。
まず、一人の能力者が殺された。
その男は、先の大戦で機関の能力者2名を撃破した、地味ながらも間違いない勝利の立役者だった。
彼を殺したのは、かつて彼と同じ部隊に属し、肩を並べていた非能力者の軍人だった。
酒を飲み、笑って語らい、隙を突いて頭を撃ち抜いたのだ。
時をほぼ同じくして、また別の能力者が殺される。
その能力者もまた、大戦で活躍した英雄だった。
彼を殺したのは、恋人だ。
眠っている隙に心臓を刺し貫かれた。
世界が塗り変わった。
かつて勝利をともに味わった「仲間」は、力無き人々にとっては悪魔の化身にも映ったのだろう。
それは、大戦で『能力者』の圧倒的な強さを目の当たりにした人々にとっては自然かもしれない。
開戦直後、最新の装備を身に付けた兵士は次々と殺された。
燃やされ、斬られ、消滅させられ、蒸発させられ、それは虐殺に近かった。戦闘などとは到底呼べない。
戦闘機は空からの落雷で次々と撃墜され、戦車は単なる的に過ぎなかったし、その砲撃は多くの能力者に通じなかった。
航空母艦は一瞬で両断され、潜水艦は海中に現れた巨大な龍に飲み込まれて消失した。
戦艦、駆逐艦は単身で乗り込んできた能力者に、ものの数分で大破させられてしまった。
唯一戦果を上げた列車砲は、空中からの光に覆われ、次の瞬間には消滅していた。
無敵を誇った機関の能力者を倒せたのは、やはり能力者だった。
彼らだけが、機関の能力者に対抗できたのだ。
彼らを主軸に据えた新たな戦略により、じわじわと機関の軍団を押し返し、遂には勝利を手にしたのである。
世界は「能力者」を敵とみなし、過剰な排斥運動を強行した。
全世界に指名手配され、能力者達は世界の敵に仕立て上げられた。
一般人は彼らを敵と見たが、彼らは、抵抗できなかった。
あるいは、絶望したのかもしれない。
護りたかったはずの人類に敵と、悪魔と罵られ、思考する事すらできなかったのか。
そして、今に至る。
荒廃した世界、瓦礫だらけの都市。
一角に、比較的原型を保った建物がある。
内部は荒れ果てているものの、この世界にしてはマシな方だ。
かつてはマンションだったと思われる建物の一階、とある部屋に数人の男女が休んでいた。
「食い物はあるが、水がそろそろ無くなんぞ」
「この辺りは雨も降りやがらねぇ。どっかに貯蔵庫でもありゃ、アタシが開けてくんのによ」
薄汚れた外套を纏った、白髪褐色の青年がいた。
その隣には、茶髪の東洋人の女性。
悪辣な発言をするが、その表情には苦々しいものがある。
少し離れて、中東系と思われる顔立ちの少年と、金髪の、ところどころに傷を負った白い服の少女が寝息を立てている。
他に、毛布をかぶって眠っている4人ほどの男女。
「しかし、悪いな、えっと……」
「アタシの名前はスミカだ。いい加減覚えろ白髪」
「ああ、悪ィ。……世話になりっぱなしだな」
「またそれかよ。悪いと思ってんなら食料でも何でも探して来いっつーんだ」
いきさつは、こうだ。
青年と恋人、弟、それと数人の逃げていた能力者達を、スミカと名乗る女性が拾った。
彼女は綿密な計画と実行力、情報収集力、そしてその『能力』によって上手く潜んでいた。
彼女自身は能力は便利なものの、戦闘への応用は利かない。
故に、護衛として彼らを拾ったというところだろう。
「アタシの情報によると、この辺にはあと3人ほど能力者が潜んでいるらしい」
「……お前のネタなら確かだろうよ。で、誰だ?名前は?」
青年の問いかけに、スミカは懐からメモ帳を取り出し、開いて答える。
「えっと……まず、『ドルム・ソルバル』、大戦には人類側で参戦、ヨーロッパ支部攻略戦で活躍した」
「この際だ、所属は関係ない。後は?」
「2人目は、『セリ』大戦には不参加。恐らく、この二人は一緒に行動してると考えていいだろ」
「そりゃ多分、お前の勘だろ。まぁ、あの嬢ちゃんならそうするかもな」
「3人目は……厄介だ、『沖村筧』」
「アイツが、こんな所に!?」
青年が、反射的に声を荒げる。
それほどまでに、発せられた名前は強烈だった。
沖村筧。
大戦では機関側にも人類側にもつかず、気紛れに出没しては、機関側と人類側の両軍を全滅させた。
一時期は休戦しての共同戦線での討伐すらも噂された、災害にも近い男の名前。
彼の災害がぱたりと止むまで、実に両軍合わせて4万もの兵力が失われた。
犠牲になった能力者の人数は、100名以上。
他にも、無所属の能力者による被害はある。
旧アメリカでは、髪を異様に長く伸ばしたアンデッドの能力者が猛威を振るった。
何度殺害しても一週間後には蘇るため、人類側、機関側ともに著しく戦力を削がれた。
同じく、何度倒しても出現する禿頭の狂人が出現したため、旧アメリカでは異常な程戦闘が長引いた。
彼の笑い声は死するまで木霊し、神経症を患った兵士の数は数百名にも昇る。
彼らを押し留めたのもまた、無所属の能力者達だった。
旧アメリカで先のアンデッドが出現した際、必ず白いスーツに身を包んだサングラスの男が彼を抑えた。
男は槍や匕首を手に、術でアンデッドの能力者や禿頭の狂人の相手を務めた。
一時的ではあるが人類側も白スーツの男に味方し、彼らを撃退し続けた。
その後白スーツの男は姿を消し、今でも所在は不明となっている。
「が、信憑性は薄い。本当に奴がいるならこの辺りはもっと酷い状態になってるはずだし、ガセを掴んだなこりゃ」
「……そう願ってる。さて、寝ていいぜ、スミカ。俺が見張ってるよ」
「あー、頼んだ。何かあったら起こせよな」
言って、青年はガラスのない窓から外を眺める。
瓦礫に埋もれた都市。
星が埋め尽くす空。
人類の生み出した灯りはもはや、この界隈には存在しない事の証。
「………ロキ、お前は……どこで生きてる?」
呟き、虚空に手を伸ばす。
本部が陥落したあの日、崩れ落ちる施設を背に、空を仰いでいた召喚士の姿を思い浮かべて。
まるで何かを受け入れるかのように空を仰いでいた、かつての仲間の姿を。
ふと、手元の紙を広げ、月明かりに照らして目を落とす。
そこには、機関の能力者で、死亡確認が取れていない者の名が書かれていた。
未だ機能している都市で配布されているものらしい。
――――――――
本部施設防衛部隊
ロキ
静刃
レオニダス
『死神』
所在不明・死亡未確認
天草凛迦
マリク
――――――――
どれもが、かつての仲間の名前だ。
特に静刃は実の姉であり、仲間以上の存在だった。
この切り刻まれた世界で再び会える確証は、どこにもない。
青年はただ、紙を握り締めて、夜が明けるまで蹲って震えていた。
次の朝、青年は水を探しに出た。
ついて行きたいと申し出た金髪の少女を説得し、一人で。
少女自身も能力者で、戦闘能力は低くはない。
故に、残した。
日が当たる街は、夜よりも酷かった。
難民のキャンプが乱立し、崩れかけた建物の軒下で寒さを凌いでいる人々。
風が吹くたびに埃が舞い、容赦なく視界を奪う。
外套を目深にかぶって歩いていると、ある光景が目に飛び込んできた。
数人の大人たちが、何かに群がっている。
彼らは死体の一つを踏み躙って、怨み言を吐いていた。
その死体の服は、紛れも無く……カノッサ機関の制服だった。
恐らくは逃亡し、追っ手と戦い、ここで斃れたのだろう。
「このっ……機関のダニめ!」
「私の子供を返してよ……!畜生!!」
「お前達さえ……お前達さえいなけりゃ!」
「世界がこんな風になっちまったのも、全部お前らのせいだ!!」
大人たちの容赦ない言葉に、青年は唇を噛み締めながら、足早に通り過ぎた。
『能力者は、世界から淘汰されるべき生物である。だからして――――』
耳に入ってきたのは、ラジオからの放送だ。
この過激で耳障りな主張を放送しているのは、大戦後に発足した新たな組織であるようだ。
能力者の排斥を主張し、一般人による世界の再構成を促しているらしい。
実際は、かつての仲間を殺す事を厭わない、独善の集団にすぎない。
酒宴の最中、肩を並べた仲間の頭を撃ち抜き、気を許して眠った恋人の心臓を抉り取り、
そして良いことをした気になっている、自分を天使と思い込んでいる悪魔だ。
『先の大戦で、米軍の核攻撃にすら耐えて見せた能力者がいる。最大の軍事組織の、最大の攻撃に耐えたのだ』
『これほどまでに強大な力を、個人が所有して良いのか?』
『ある時は、戦艦がたった一人の能力者に陥落させられた。これは、一個人による明らかなオーバーキルとも言える』
『よって、能力者を排斥する事が世界のパワーバランスの安定へと繋がり、世界は再び我らが物となる』
再び、歩き出す。
気付くと、そこは郊外だった。
汚れた水溜りがあった。汲み取って蒸留すれば、飲み水へと変えられる。
持参した容器に次々と水を汲み入れ、背嚢へとしまう。
量にして、およそ8リットルはあるだろうか。
これだけあれば、三日は生き延びられる。
ずしりと重くなった背嚢を背負い、隠れ家へと戻る。
その足取りは、限りなく重い。
途中、足を縺れさせて無様に転倒した。
よろめきながら立ち上がるも、その歩みに力は無い。
目に生気は宿らず、衣服の汚れを払おうともしない。
それは、生ける屍の姿にも、日々の労働に服す囚人の姿にも見えた。
――――――――これもまた、一つの未来。
最終更新:2009年07月08日 15:56