ふと、散歩のついでに寄ったディスカウントセンター。別に何かを買おうとは思っていなかった。
だけど、見つけた、見つけてしまった。積まれた段ボール箱、見せている商品。
スポーツドリンク、オレンジジュース、コーラ…視界には入る、でもスルー。
僕がジッと見つめたのは缶、紅の液体が詰められた缶。
何の変哲もないトマトジュース。近寄り、手に取り、値段を見て…
――僕の意識は途絶える。
気付いた時には、僕はそれを買っていた。……段ボール三箱をカード払いで。
とりあえず重ねて持ってみる。能力使って段ボールにかかる重力の方向を「乱して」持ててるけど、うん、当然だけど前が見えない。
その場に置いてから左腕に付けてるバングルに込められた術式発動。段ボール箱は光の粒子となりバングルの中へと吸い込まれて行きましたとさ。めでたしめでたし。
いや、別にめでたい訳じゃないけど。そう心中で呟きながら帰る為に歩き出す。
どうしようかな、と思う。無意識だったとはいえあんなに買ってしまうなんて…やっぱり僕に眠る「私(わたくし)」はまだ引き摺っているのかもしれない。あの世界に残して来たリヴィアの事を。
ちょっとだけ後悔?いやいや、それはしないとあの時誓ったし、しようとも思わない。
フィアは大丈夫。きっと「どこか」で頑張っている筈。
あの世界での事、リヴィアと共にいた時間を思い返す……
―― 回想省略 ――
ふと顔を上げれば僕が住んでる建物が大きく見える。思い出に耽っている内に辿り着いていたみたいだ。
……今思えばどうしてあの世界にトマトジュースがあったのかが謎。人々の間にトマトを飲み物にするなんて考えが無かったからなんだけど。
まあ、あの店のマスターがなんとなく気まぐれで作って、常連客でちょうど来ていた僕達が試飲することになって、リヴィアがすっごく反応を示して好きになってて、そこに行ったら必ずと言っていい程頼みだしたんだよね。
今になって思えば「紅い液体」というのがリヴィアの琴線に触れたんだろうな。それまで「補給」はずっと赤ワインだったから新鮮だったんだろうね。
建物の入口をくぐり、目的地を思う。目指すのは僕の部屋じゃない。
そこへの行き方は身体が覚えている。だから考え事しながら歩いていても大丈夫。
ちょっとだけ思考を飛ばそう。
……改めて誓う。僕はあの世界での事を忘れない。
「私」の生きる世界を変える事となった出来事を。
能力が目覚めるきっかけとなった出来事を。
リヴィアが本当の姿を見せてくれた出来事を。
フィアが「私」達の前から居なくなった出来事を。
――そう、「私」の人生が「乱れる」原因となった、あの出来事を。
…もちろん、あの世界で過ごした記憶も忘れない、忘れたくない。あの世界には戻る事は出来ないから、戻らないと決めたから。
さてと…思い出に浸るのもこれくらいにしとかないと。…と、着いた。
一つの扉の前で立ち止まる、見つめる、右手でノックする。少しの間を置いて扉が開く。
そこから顔を出した人に対して、僕は少しだけ笑みを含んだ困り顔を浮かべながらこう言った。
「ねえクリス、……また大量に"あれ"買っちゃったんだけど…どうしよ?」
―― Who drinks "scarlet"?(誰が“紅”を飲むのですか?) ――
最終更新:2009年08月03日 09:07