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人里離れた古い洋館の地下室
そこにはある女が暮らしていた
名は天草凛迦。元はカノッサ機関幹部、今は再び外部の相談役に戻っている様で
時々監視のように機関員が訪れる以外は静かに本を読む日々が続いていた。
そんな場所に少女が現れたのは少し前のこと。


銀色の診察台に横たわる一人の少女。
その傍らに立つ二人の女。
少女の目は麻酔により固く閉ざされていたが、血の様に赤い翼は時折ぴくぴくと震えている。
「…師匠、まだセリを戦わせる気なのですか?」
若い女…天草の弟子、三日月が口を開いた。
本来札や呪術を操る彼女が、今は天草と同じ白衣を着てセリを見下ろしている。
「………それが最良の策だもの」
眠っているセリの髪を梳きながら、天草が静かな声で返答する。
「セリは今、感情のブレが能力に歪みを出している。突然の身体の成長に蒐の暴走…」
「わかってます!!ですが…それなら蒐を抜いてしまえば良い事でしょう!」
バンッ!!診察台が叩かれたことで鈍い金属音を発する。
珍しく怒りを露わにする三日月に、天草はふ…と笑みを漏らす。
「……セリが…戦いを望んだの。いえ、正確には転移に巻き込まれる事を。
それに………変えてしまった身体を元には戻せない…だから最良」

自分の身勝手が生んだ結果でも…あの子は赦した。
だから私は………セリの為に

「………崩壊している自分の周りを修復しようとしているんですか?」
「おそらくは」
三日月は、大きなため息を吐いた。
「…そんな事する前にセリが壊れると思いますがね」
今迄も色々あった。天草の助手としてセリを見てきて思うところがあるのだろう。
だが天草は譲らない。
「だからこの子に絶対の力をあげるの。決して揺らぐことのない『力』を」

それは純粋に腕力であったり霊力であったり…造られたセリには得られない『力』
それを補えるのは自分だけ

「その為には貴女の力も必要なの。…協力してくれるわね?三日月…」
天草がにっこりと反論を許さない笑みを見せる。
「………御意」
再び三日月は深いため息を吐いた。


「で、具体的には?」
「セリの身体に渦巻く霊力を今迄の『押さえつける』のではなく『受け入れる』器に変えるの」
セリの体内に埋められている珠よりも大きな物を手術台に置く。それは鈍い紅の光を放っている。
「………師匠仕様にするって事ですか?」
「まぁねぇ。急拵えだけど何とかなるわ」
「何とかって………」
露骨に苦々しい顔をする。無理もないだろう、セリに憑依した天草を見たことがあるのだから。
「具体的にはセリの体内にある霊力保持珠を新しい物に。蒐の付け根には暴走を抑える補助具を付けましょう。……あと…」
「あと?」
「………『眼』を入れるわ。それならば私が憑く必要もない」
「…な…っ!なに言ってるんですか師匠!!」
「……そんな怒ることじゃないじゃない」
「だって…あの戦いからやっと元通りの力になったのに………」
カノッサ機関支部での戦い後、霊力の尽きた天草は、怪我の治療も兼ねて長い間静養し、力を取り戻していた。
…代償に偽りの若さを失ったが。
「だから言ったでしょ?急拵えって…『力』に耐えられる新しい躰を作る時間なんて無いの。
元からある大きなパーツを付けてしまった方が良い…セリの為なら『眼』なんて惜しくないわ」
「…………馬鹿親ですね……」
「…じゃあ貴女は馬鹿弟子ね」
そう笑って、天草は自分の『眼』に触れた。
瞳から陽炎に似た紅い光がゆらりと現れ、天草の手に広がっていく。
「~~~~~」

手術室が紅い光で包まれた


少女が目覚めたとき、世界は一変していた。
「なに……これ?」
周囲が余りに鮮明で、眩しい。今なら今迄見えなかった物も全て見えそうな気がする。
それ位視界がクリアだった。
ベッドから足を降ろしてみても、ふわふわと軽く現実味がない。
「………っと」
妙に軽やかな足取りで姿見の前に立つ。写っているのは自分の顔―――なのだが
「め………あかい」
ぱっと見はいつもの栗色の瞳だ。だが右目には微かに淡く、紅い光が灯っている。これはまるで…
「てんしさま………」

「―そうよ、それは私の」

「え…。…っ!?」
セリの背後に現れた天草の顔は、年老いていても美しく優しい微笑みを湛えていた。
その顔の一部は医療用の眼帯で覆われている。
「貴女が強くなるように願いを込めて…身体を造った」
天草は、驚いて目を丸くするセリに手を伸ばし、ぎゅっと抱き締めた。
「過去貴女に施したことは、全て私の為だった」
「……………」
「でも…今は違うの。私は貴女の母として、貴女の為に全力を尽くしたわ」
「だから………生きてね、セリ」

セリは、ふにゃ…と柔らかな笑顔で天草を抱き締め返す。

「………うん。ありがとう…てんしさま」



3日後、リハビリを兼ねて温室で戦闘訓練を受けるセリの姿があった。
手には新たに鍛え直された短剣(刀身が長くなり、丈夫な作りらしい)が輝く。
セリが跳躍し、切りかかる
「…えぃっ!!」
「そうそう良い感じ!」
それを簡単に受け止めて笑っているのは、化粧もせず、シャツにデニムでラフな格好の夕輝。剣技の為に男の姿をしてきたようだ。
「あー!!またよけたぁ!おかまさんのばかっ」
「ちょ、何処でオカマって!?」
…リハビリにしては少し過激なその風景を天草と三日月が見守っていた。
「………何故夕輝…」
「だってお前は剣を使えないでしょう?」
「……………まぁ、はい」
三日月は微妙な顔で紅茶を啜る。そういえば三日月は夕輝が苦手だったなぁ、と天草は頭の中で考える。
「…これで、少しは親らしくなれたかしら?」
「………?」

幸せを あげたかったの

「………師匠に拾われて幸せになったのは…セリだけじゃないですよ。ね?」
三日月がふっと笑った。
視線をずらすとこちらを満面の笑みで見ている夕輝とセリ。

天草の灰色に濁った眼から一つ、滴が落ちた。

END

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最終更新:2009年08月05日 13:26