※学園編注意
とある学園、昼休み
彼女――高等部三年生、静刃は屋上で風に当たっていた。
昼食後は一人で、あるいは弟達と屋上で過ごしたり、図書室で時間を潰す。
今日も、いつものように日課をこなす、はずだった。
屋上出入り口の裏から、煙が上がっている。
そして、つんとした匂いに彼女は鼻を鳴らす。
半分は興味、そして半分は義務感に駆られ、その煙の元……煙草を吸っているのは誰か。
それを突き止めようと、出入り口裏へと回る。
犯人が分かったら、注意しよう。そう思って。
教員に言いつけて退学、停学に追い込むのは後味が悪すぎる。
そもそも、ここの教員がまともな措置を取ってくれる訳がない。
最悪説教だけで済むとすら思える。
そこには、女子生徒が一人、胡坐座りで煙草を咥えていた。
静刃は、彼女を知っていた。
高等部二年生、浅井基子。バンドを組んでいて、そこでは『スミカ』と名乗っている。
問題児だらけのこの学園において、なおベスト3に輝くほどの問題児。
喫煙は勿論、喧嘩、万引き、恐喝、ありとあらゆる行為で指導室の常連と化している。
イジメだけはやっていない、という点は唯一教員に評価されているという。
むしろ、イジメを憎んでいるような節さえある。
彼女が退学にならないのも、これが絡んでいるのだろう。
「……ンだよ、センコーかと思った」
先輩に見つかったというのに、彼女は怯みもせずに喫煙を続ける。
静刃はそれを見て、こめかみを押さえて溜め息をついた。
「浅井さん、校内での喫煙は如何なものかと」
一般論を口にした静刃に対し、基子の視線は冷ややかだった。
「別にいいじゃんよ。メーワクはかけてねーし、食後の一服ぐらいいいだろ?」
言って立ち上がり、屋上の柵にもたれかかる。
彼女は、間違いなく未成年だというのに、実に堂に入った吸いっぷりだった。
「いいえ、貴方の事を心配しているのです」
基子が、意味が分からない、といった表情で静刃を見る。
なるほど、絵に描いたような優等生だ。
制服をきっちりと着こなし、スカートも膝より少し上ではあるが、短すぎる事はない。
一方、基子はシャツのボタンを二つほど開け、リボンもつけていない。
ブレザーには、趣味の悪いワッペンの類がぶら下がっている。
スカートは、下着が見えないのが不思議なほどに短い。
「ともかく、喫煙は身体に害があります。そもそも法律で未成年の喫煙は――」
「…あのさ、センパイ?聞いていい?」
言い終わる前に、基子が口を挟む。
静刃は意外そうに、彼女を見やる。
「『喫煙』の定義って何?受動喫煙はアウト?」
煙草を指に挟み、遊ばせながら疑問を投げかける。
それに対し、静刃は落ち着いた口調で答えた。
「……副流煙は別です。フィルター越し、あるいはフィルターを通さずに直接吸引する事だと思われます」
真面目に答えている間、基子はすでに煙草を咥えていた。
「だったら……」
次の瞬間、基子は深く煙を吸い込み、静刃に口付けしていた。
煙草を投げ捨て、左手を静刃の顎に添え、右手で彼女の頭を押さえつけて。
何が起こったかわからず、静刃は目を見開き、やがて理解したのか、僅かに身をくねらせ、逃れようとする。
「んー…!ん、う…っ」
抗議の声すらも上げられず、逃れようにもどこから力が出てくるのか、まるで基子はビクともしない。
次いで、基子が含んでいた煙が、口移しで静刃の口の中へと流し込まれる。
メンソールタバコ特有の清涼感が口内を満たし、驚いた拍子に、肺へと吸い込まれてしまった。
反射的に噎せ返るも、口を塞がれたままでは、咳き込む事もできない。
息苦しさから涙を一筋流した頃には、彼女は解き放たれていた。
「けほっ…!…っは……ハァ…ハァ……何で…!」
「んー……共犯、って事で黙っててくんない?これで、センパイも主流煙を吸った訳だし?」
咳き込みながら抗議する静刃を、基子はあっさりと受け流す。
その間に、基子は捨てた煙草を踏み消し、出入り口から校内へと帰っていった。
静刃がやっと落ち着いた頃には、既に彼女はいなかったのだ。
その後上の弟には煙草臭いと言われ、下の弟は黙って顔を顰めた。
父は何も言わなかったのが、唯一の救いだ。
最終更新:2009年09月04日 11:01