「ああ――――アレはもう幾世も昔の話になるのだろうか」
全身を黒で統一している女が葡萄酒を片手に黄昏ている。彼女の名はエリザヴェータ・ルージェ・メアリ・シャッテーン――九大祖王という異名を持ち、影を自在に操る高貴なる女元首。
漆黒の巨城から影絵の世界の全てを支配する彼女は、城内の自室の窓を開け夜風に吹かれながら己が過去を反芻していた。
「嘗て、世界には常人離れをした力を持つモノ――異能者が少なからず存在した。或るモノは炎を自在に操る力を、また或るモノは己を水と同化する力を持っていた。
そして異能者は己と志を同じとするモノと組し、いつしか異能者は國家と呼べる規模の統治機能を確立――幾つもの“世界”が誕生した。」
彼女は来賓である異能の少年――龍玄に語りだす。彼とは江戸の世界でふとしたきっかけで遭遇し、カブキという変わった演劇を共に鑑賞した仲である。
「各々の世界には、ソレを支配する王がいた。王は自分の世界を支配する代償に、己に付き従う國民を守る義務があった。しかしだ、意外にも王たちには“ホーム”を守護するだけで精一杯だった。なにせ、自分の世界が広かったからな。
異能者というモノは“ホーム”を己に有利なものへとするのが常だ。故に侵略は困難を極める。
それぞれの世界がお互いを干渉することなく独自の繁栄を築いていた矢先に――――それは現れた。」
エリザはワイングラスを机に置き、龍玄の方を真剣な眼差しで見つめる。
「――全ての世界と異能者に統一された秩序を齎そうとした集団が突如として各世界に暗躍を始めたのだ。“組織”と呼ばれていた彼らの行為に王たちは困惑し、幾つもの世界は混乱に陥ってしまった。」
彼女は語りを止めることはなく、ひたすらに話しを続ける。
「我はこう思う――この力は天より授かりしもの。それを行使するも行使せずも自由であると。
無論であるが、“自由”とは何でもやっていいことではない。ソレに伴う責任を覚悟しての行使こそが“自由”の本質である。
――故にだ、一方的に全ての異能者を管理しようなど愚の骨頂ではないだろうか。
だからこそ、我々は“組織”に対抗するために王の同盟を結ぶをこと決意した。同盟には多くの世界が参加し、その中でも有力な9人の王が同盟の代表となる―――それが後に言う“九大祖王”の始まりであった。」
エリザの隣の壁にかけられた大きな絵画には9人の異能者の王が描かれていた。そこには、昔のエリザ―といっても容姿はたいして変わらないが―の姿もある。
「“組織”と九大祖王の軍勢との熾烈な闘いは長きに渡り、後の歴史家は“能力者大戦”と名付けたそうな。多くの異能者がその戦で散り行き、いつしか膠着状態となった。
――がその時、我々“九大祖王”はある事実を知ったのだ・・・・・・この戦争は仕組まれたモノであったと。」
彼女は苦い過去を思い出したのだろうか、急に声の大きさが小さくなった。表情も哀しみで満ち溢れる。
「我々は“組織”とも同盟軍とも別に、異能者が潰し合うことを望む“第三者”の影に気付いてしまったのだ。今まで異能者の間に大きな争いはなかったからな。
“組織”はソイツに唆されており、我々の同盟調印にもソイツは裏で携っていたという。つまり、異能者は皆ハメられていたことになる――」
悔しさのあまり、彼女は唇を噛み締める。そして、グラスに残っていたワインを一気に飲み干す。
「これ以上、戦争を継続してもソイツの思うがままに消耗しているだけと判断した我々は即時に停戦・同時に同盟を解散し己の世界へと篭ることを決定した。
――その結果が、今のバラバラとなってしまった世界である。」
エリザは窓から空を見上げる。影世界の月がそこには輝いていた。
「“組織”も直ぐに消滅したと聞いた・・・・・・それ以降は知らぬ。我々もソイツを恐れ、世界を閉じてしまったのでな。
だから、他の九大祖王が――今、生きているのか――或いは死んでいるのか――それとも息子や孫それとも赤の他人に王の座を継がせているのかは、分からぬのだ。最も、姿形変わらずに現在も生存してしまっているのは恐らく我だけだろう。」
いくら能力者とはいえ、千年をも生きる不老不死は極めて稀である。ひょっとすればエリザくらいなのかもしれない。
「そして、我は嘗ての九大祖王の一人として、異能者が大きな戦争を引き起こさぬように此処から世界を見守ってゆくのが使命であるのだと悟った。
――だが、最近になって不穏な動きを帝國騎士団の数名が察知してな。我も遂に重い腰を上げたに至る、というワケだ。」
彼女が江戸世界に出没した真の理由はカブキなのではなかったのだ。世界の動きをこの目で確かめるために出没したのである。
「――――だいぶ長話をしてしまったな、少年。だが、一つだけ覚えていて欲しい。
これは遥か過去の話だ。我も完全に覚えているわけではない上に、少年の知る歴史とは異なっているかもしれん。
――歴史とは“物語るモノ”である。故にそれは“事実”とは乖離したものであり、歴史家の主観が介入している。“國を救った英雄”も百年経ち支配者が変われば“最悪の殺戮者”に仕立て上げられているかもしれん。
そして、我の話した“能力者大戦”の顛末も“我”という主観によって物語られていることを忘れないで欲しい。」
事実は闇の中に――ということだろうか。我々が過去の出来事を正確に掴むことは出来ないのである。
「さて、次は少年の話を聞かせてもらおうか。全く、今宵は“話”という肴で酒が進むなぁ――――」
話し終わった彼女はボトルのワインをグラスに注ぎ、椅子に着席して龍玄の旅行記をワクワクしながら待望する。
了
最終更新:2009年09月11日 22:11