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開戦から二ヶ月。
各国の軍隊は消耗しきっていた。
ある時、機関の情報部から、一つの事実が突きつけられる。
各国の首脳は極秘裏に連絡を取り、「能力者」の力を借りる事を決意したと。
それは、圧倒的な力で各国……いや、『世界』の連合軍を蹴散らしたカノッサ機関にとっても、脅威となり得る情報だった。
機関の強大さは能力者の間でも一種の共通認識として存在するものの、反・機関を掲げる組織は存外に多い。
傭兵として活躍する能力者の存在も無視はできない。
加え、傭兵活動をしていない無所属の能力者達も、場合によっては敵となるだろう。
かつて第三支部が壊滅した時には、機関内が騒然とした。
警備隊長クロの『四回』の死、援軍として送った特務部隊レオニダス、召喚魔導士統率部隊ロキの敗北。
その全てが、番狂わせだった。

もしそれが再度起こるというのなら、なんとしてでも忌避せねばならない。
上層部が出した結論は、各支部、各戦場の戦力の増強。
現存する戦闘力を出し惜しみする事無く、勝利を狙う。
最高の知略、最高の武力、最高の士気を持って、連合軍を迎え撃つ。
―――――もしも後世に生き残る者がいるのなら、間違いなくこの戦いをこう呼ぶであろう。
―――――第三次世界大戦、あるいは……『神々の戦い』と。




カノッサ機関、第11支部。
先の情報を受け派遣された勢力は、第二分隊副長『静刃』、正騎士『アリーチェ』『リーンハルト・ロンメル』
第三分隊隊長『ミセス・アイリーン』正騎士『ラディ・マクスウェル』『ヒューイ・グレイディス』
なお、第三分隊の副長は死亡しており、第二分隊の隊長は行方知れずとなっている。
並びに本部防衛用の戦力として、特務部隊『レオニダス』をはじめ、警備隊の能力者が10名。
ラジエルの樹からの援軍の二名、『ラルフ』と『アクセル』。
加えて支部にもともと駐留していた能力者10名、そして一般兵の部隊。
総勢能力者29名、一般兵が2000名、その中に魔術を使える者が120名程。
とくにこの支部を重要と見たわけではなく、単純に各支部の備えを平均化した結果だ。
それですら、この布陣。
カノッサ機関の力の、ほんの一部であるのに。

到着したその次の日に、ブリーフィングが行われた。

「衛星からの情報によると、第11支部へ新たに差し向けられた戦力は、機甲師団を初めとした陸戦部隊です」
支部長が、会議室へ集った能力者達の前で、淡々と報告書を読み上げていく。
非能力者の女性であり、しかし職務執行力は群を抜いている事で支部の人員からはそれなりに信頼を集めているという。
50名近い能力者を前にして、気後れは微塵も無い。
その辺りからも、彼女の非凡さが伺えよう。
「支部長さん、連合軍の部隊なんざどうだっていいんだよ。私達が知りたいのは……そっちじゃないんだ」
第三分隊隊長、アイリーンが煙管の煙を吐き出しながら水を差す。
「そんなの、私…いや、うちのコ達だけで十分倒せるんだから。ねぇ」
「…失礼いたしました。では……『本題』に入りましょうか」
言い、手元の端末を操作する。
会議室前面に設置された巨大な液晶画面に、次々と人物の写真が現れた。
「衛星写真で確認の取れた能力者は7名ですが、おそらく他にもいると思われます。まず一人目を紹介いたします」

画面に、女性の姿がアップで映し出された。
その周りに、監視カメラの映像らしきもの、戦闘中と思しき姿、顔写真、身長、体型、人種、その他の視覚情報が一度に展開する。
「レイル・ソルバル。平時より傭兵としても活動しており、第三支部防衛の際にも雇用されました。
 おそらく劣勢の連合軍側に雇われた……いえ、自ら売り込んだというのが妥当でしょう」
戦闘中の一瞬を写し取った写真には、トンファーや篭手を用いて、近代武装に身を包んだ兵士を笑みさえ浮かべて圧倒する姿を見受けられる。
「彼女は近接戦闘を得手としますが、中距離にも対応しますので、油断なさらぬように」

続いて、ローブを纏った長身の男。
「通称『宵闇の仕事師』シング。同じく傭兵としても活動している事から、連合軍に雇われたと見て間違いないでしょう。
 能力の詳細は不明ですが、『捏造』という言葉を好んで用いる事から、何かを作り出す能力と推測されます」
彼の顔を見たレオニダスは、小首を傾げる。
以前、火山の世界で出会った少女に、どことなく似ていたから。

シングの情報が消え、次に黒衣の男性が現れた。
展開された情報の多さは、先の二名の比ではない。それは、男性の出自が関係しているのだ。
「『裁罪者』クラン。元カノッサ機関正騎士。機関に反旗を翻しており、彼の参戦は全く自然と思われます」
画面を見、レオニダス、静刃の顔が一瞬引きつる。
今までの旅で幾度と無く見知った顔であり、時には共に戦った男だったから。
「戦闘能力は高い水準でまとまっており、戦闘の際は複数で当たる事をお勧めします。では、次」

かつての機関員の姿も消え、次には少女の姿が映し出された。
「元ラジエルの樹、衛生部隊所属。コードNo『Y-R01』。現在は『ユラ』と名乗っております」
ラジエルから派遣されていた二人が目を見合わせる。
それに続き、またしても、姉弟の表情が曇る。
目ざとく見つけたアイリーンが口を開く。
「どうしたんだい、お嬢ちゃん?坊やも……」
静刃はそっけなく返し、続けるようにと支部長を促す。
促された支部長が、声色を微塵も変えずに再開する。
「彼女は治癒能力者で、手足すらも再生させられるほどの力を持っています。即死以外では倒せないと見ていいでしょう」

そして残り三名が紹介され、ブリーフィングは終わった。
近日中に……早ければ明日にでも、この支部を守っての戦闘が行われるであろう。

もしかすると、これが最後の夜かもしれない。
明日には、自分は死んでいるかもしれない。
多くの機関員が同じことを思いつつ、眠りについた。
ある者は思い合っていた者と最後の夜を明かし、ある者は震えながら、とうとう朝まで寝付けなかった。

意外なことに、第二分隊副長『静刃』も、その例外ではなかった。
見知った者達と、殺し合わねばならない。
以前なら疑問を抱かずに受け入れたであろう事実。
それが、今の彼女を責め苛む。
耐え切れずに何度もトイレに駆け込み、こみ上げる胃の内容物を吐き出す。
今度のこれは、一時的な敵対関係ではない。
どちらかが死ぬまで。機関か連合軍のどちらかが滅ぶまで。
徹底的に、殺し合わねばならない。
その事実が、彼女に重く圧し掛かり、一睡もさせてくれない。

彼女の弟も同じだ。
懐から、白金色の髪の少女の写真を取り出し、何かを想う。
今は本部にいるが、再び会えるかは分からない。

結局、その姉弟は、合わせて二時間ほどしか眠れなかった。



悲観的な者達が危惧した通り、戦闘はまさに次の日だった。
支部より10kmほど南方に、連合軍、そして「能力者」の混成軍が現れた。
前面は見通しの利く盆地で、岩場や森はない。
支部の周囲に防御結界が張られ、戦闘態勢へと移行する。
ミサイルなどの飽和攻撃に晒されない理由は、この結界だ。
核弾頭が投下されれば無論ひとたまりもあるまいが、連合軍は今以てそれを避けている。
しかし、いつかは使われるだろう。だが、今ではない。
それが幸運か不運かは…まだ、分からない。
最前衛は正騎士第三分隊。その三人は、前衛で敵を迎え撃つ。
機関の技術で製造された2mほどの壁がところどころに展開し、要塞へと変わる。
一般兵はそれらの盾にカバーポジションを取り、ある者は銃を手に、ある者は剣を抜き、ある者は詠唱の準備に入る。

砲声が上がる。
戦車砲の射程に入ったのだ。
壁に隠れるのが遅れた一般兵が、直撃を浴びて吹き飛ぶ。
カバーが間に合った一般兵は、直撃こそ免れるものの、壁に当たった砲弾の衝撃に体を竦める。

一方、能力者達は流石のものだ。
ミセス・アイリーンは隠れもせず、両手に持った1mほどの鎌を交差させる。
すると、砲弾が自ら彼女を避けていくのだ。
上に逸れ、右に逸れ、左に逸れ、まるで傘に落ち、地面へと流れる雨粒のように。
ラディが地面を踏み鳴らすと、土がせり上がり、分厚い壁へと変わった。
そしてヒューイは爆風を物ともせず、大股で歩いて前進していった。

連合軍、機甲師団長は、最後方の司令部にて、砲撃を続けながらも焦っていた。
前回の機関との交戦では、砲撃はまるで意味を成さなかった。
随伴した能力者達がいるとはいえ、あまり頼りたくない。
世界最強の軍隊を率いる者としての矜持が、そうさせた。
そしてそれが、仇となった。

第一陣に出ていた戦車が一両爆発、四散した。
破片が随伴歩兵へと降り注ぎ、二次被害を巻き起こす。続いて、戦車が何者かにまるで紙細工のように叩き潰された。
―――反撃が、始まってしまったのだ。

一陣の風が巻き起こる。
風に乗って現れたかのように、老女が戦車の真後ろにいた。
一瞬遅れ、戦車が微塵切りになり、周囲の歩兵達も、まるで風化するかのように細切れの肉片へと変わった。
再び風が巻き起こり、三匹の半透明の、鼬に似た獣が彼女の周りに集まった。

「さて、これからどうすんだ?おい」
ハッチから身を乗り出している戦車長の首筋に、ヒューイが、波刃のダガーを突きつけている。
戦車の上に胡坐をかいて座っている姿は、愉しんでいるかのようにも見える。
嗜虐的な笑みを浮かべ、戦車長をじっと見据え、反応を待つ。
「そうだ、お前…結婚はしてるか?ガキは?」
唐突に尋ねられ、言葉に詰まりながらも返答を試みる。
「あ、あぁ……息子が、二人…」
「そうか、大事にしねーとなぁ?」
言って、ダガーを首筋から離す。
戦車長が一瞬安堵したのを見て、ダガーを一閃させた。
ごろり、と何かが転げ落ち、切断面からは血が噴出した。
「……無理心中しちまいな」
頭を失った戦車長の死体に向けて呟き、手榴弾を差し出す。
すると奇妙な事に、死体がそれを受け取り、ピンを抜き、ハッチを閉じて戦車の中へと戻っていった。
ヒューイが戦車から飛び降り、数m離れると、戦車内から破裂音が響き渡った。
米国の国歌を鼻歌で諳んじながら、随伴歩兵達を切り殺していく。首を刈った。心臓を突いた。脳幹を貫いた。
かつて機甲師団の歩兵だった死体が立ち上がり、彼に続いて、元同僚達へと銃を向ける。
悪夢のような光景の中心で、ヒューイ・グレイディスは笑っていた。

額に「真理」の文字を戴いた巨大な土人形が、哀れな一般人達へと襲い掛かる。
瞬間、砲撃を受け、胸に風穴が開く。
しかし止まらず、その戦車に組み合わせた両手を叩き下ろした。装甲がひしゃげ、文字通り「潰れた」
土人形の頭の上に、2mほどの棒を持つ青年が立っていた。
棒を肩にかけ、まるで案山子か、磔刑に処された救世主のようなポーズを取って、にやにやと笑いながら、部隊を見下ろしている。
ラディ・マクスウェルの人形劇が再開されたのは、直後だった。
再び土人形が諸手を振り下ろす。まるで花火かくす玉のように、赤い飛沫が地面の上に舞った。


その虐殺により、先陣の部隊は10分もせずに全滅した。
一息ついた頃、各員に通信が入る。

『敵能力者、接近中』と。

最初に接敵したのは、もっとも前面に出ていたヒューイ・グレイディスだった。
目の前に現れた桃色の服の少女は、およそ戦場には似つかわしくない。
彼の油断も無理からぬ事ではあるが、次の瞬間、そのへらへらとした表情は変わった。
突如、目の前の少女が巨大なバルカンを出したのだ。
瞬間飛びのき、射線から逃れようとする。
バルカンから放たれた無数の銃弾に、彼の操っていた死体達は引き裂かれていく。
「なんだ…!なんなんだよあのガキ!!」

戦車の残骸に隠れ、毒づく彼には、もはや余裕はない。
矮小な本性が姿を現し、ダガーを握り締めた手に汗がにじむ。
少女がいた場所を覗き込む。
いない。
何処に行った――?
逡巡したのは、時間にしてほんの、コンマ数秒。
彼の背中に、何かが当たる。
泣き出しそうな顔で振り向くと、少女がいた。
巨大な銃を突きつけながら、彼女は面白くなさそうにしている。
「ま、待てよ……なぁ……」

言い終わらないうちに巨銃から射出された杭が、彼の背を突く。
上半身が弾け飛び、桃色の服の少女――クローネ・K・ジャンゴの体を赤く染める。
左手の甲で顔にこびりついた血を拭い、唾を吐き捨てて、司令部の方角へと戻っていった。

『第三分隊ヒューイ・グレイディス、反応消失』
その通信が、機関軍をざわめかせる。
能力者達が喉を鳴らすが、彼の上司たるアイリーンだけは笑い、同僚たるラディはつまらなそうな表情を作る。
突出していた第三分隊の三人の、一角が墜ちた。
一般兵と共に敵を迎え撃つ役目の他の能力者にも、緊張が走る。


ラディのもとに、二人の男と、一つの巨影が現れる。
一人は全身を黒に染めた男。
一人はヘッドフォンをかけた、ひょろりとした青年。
そして一つは、巨大な人型の機械。

一言も発さず、首を左右に曲げ、関節音を鳴らす。
土人形の頭から飛び降り、溜め息を吐く。
瞬間、細身の青年の方からナイフが飛来する。
手に持った棒で難なく払いのけるも、次から次へと飛んでくる。
面倒そうに横移動で回避を始めると、黒尽くめの男が高笑いとともに人型の機械に指示を送り、土人形との戦いを始めた。

機械人形の一撃を受け、土人形の左腕が崩れ落ちる。
直後、土人形が右腕で殴り返し、機械人形が衝撃に揺れる。
左腕を再生し始めた土人形に対し、機械人形が銃撃を開始する。
肩、胸、腕、ありとあらゆる部分に仕込まれた何十門ものガトリングが、土人形の体を削り取る。
再生速度が追いつかず、土人形の姿勢が崩れる。
大きく体勢を崩した頭に銃弾がかすめ――額に刻まれた文字の、最初の字を抉り取った。
男の笑い方からして、計算して取った行動ではないのだろう。
だがそれは、土人形を土くれへと戻す唯一の方法だった。
額に戴いた「真理」が「死」へと変わったとき、即ち土人形は土へ還った。

その頃ラディはというと、細身の青年との一騎打ちの最中だった。
飛来するのはナイフだけではない。
気付いたのは、ナイフに気を取られていた隙に、銃弾が彼の足を貫いた時だ。
銃声は聞こえなかった。
狙撃かとも疑ったが、角度からしてそれはあり得ない。
格段に動きが鈍った彼を、今度はナイフが貫いた。
右足に銃弾、下腹部と左の太腿にナイフ。
体重を支えきれず、その場に崩れ落ちる。
「……なめすぎたな、畜生」

大の字に横たわって呟いた彼の視界を、機械人形の拳が埋め尽くした。

程なくして、第三分隊最後の一人、アイリーンの戦死も報告された。
第一陣の戦車部隊は壊滅させた。
だが、引き換えに能力者が三名失われた。
見合わない。
あまりに見合わなすぎる。
連合軍の能力者――その強さは、いかほどのものか。
正騎士三名を難なく斃してしまった。
突出して孤立していたとはいえ、バカげている。
これから、そんな連中とやり合わなければならないのか。
そんな事を考え、誰かが乾いた笑いを漏らした。
彼方で、戦車が走ってくる音がする。
おそらく、能力者を撃破した士気に任せ、総力戦を挑もうというのだろう。
百戦錬磨の機甲師団長をして、そんな小兵じみた考えを起こさせるほどか。
ともかく、連合軍の能力者達は尋常ではない。
だが、譲れない。

静刃が細剣を抜く。
リーンハルトも、応じて独特の形をした長刀――ロムパイアを抜き放つ。
アリーチェは、どこからともなく、回転式グレネードランチャーを取り出す。その筒先には、無骨な刃が備えられていた。

戦車隊とともに襲ってくる者達は、兵士だけではなかった。
似つかわしくない姿をした者が多い。
彼らこそ、連合軍に雇われた能力者達であろうか。
戦車の砲撃、兵士の銃撃に混じり、魔法弾も飛んでくる。
戦車はおよそ20両。
歩兵も物の数ではない。
問題は…能力者の人数。
ここからは恐らく、乱戦になる。


――――思っていたより多い。
司令室で戦況を分析していた支部長が生み出した結論は、それだ。
兵士とは思われない姿をした者が、少なく見て30人。
こちらの能力者は26人。
数では僅かに負けている上に、敵には正騎士を倒した者がいる。
その厳然たる事実が、支部長の顔を苦みばしったものにさせる。
ふと、左翼に眼をやる。
そこでは、リーンハルトが戦車の砲身を切り落とし、上面装甲越しに刃を突き立てているのが見えた。


戦車は上面からの攻撃に弱い。
傾斜装甲は上面からの攻撃は想定していないし、ハッチ等があるため、分厚くする事もできない。
とはいえ本来は刀剣で貫けるようなものではない。
それを為遂げるのは、能力者ぐらいのものだ。
リーンハルトが剣を引き抜き、細く息を漏らす。
「……汝、来世に幸多からん事を」
的確に乗員の数だけ刃を突き立て、全てを外さずに貫いた。
そして短く祈り、次の目標を探す。
刹那、黒い塊が飛んでくる。

旋風のような斬撃を受け止めるも、衝撃で戦車の上から弾き飛ばされた。
通り過ぎた『何か』は、浮いた彼を狙い、空中から、黒い波動を放射する。
避けきれない。
そう思い、彼は胸の前で手刀を切る。
放射された波動は、まるで竹を切ったかのように途中でずれ、リーンハルトから大きく逸れて着弾した。

「やはり貴方か……クラン」
着地した彼が、態勢を整えて、空中へと向き直る。
ゆっくりと降りてきた男の手には大鎌。
後方に大きく鎌を引き、眼前の敵を刈ろうとしている。
リーンハルトは頷き、長刀を下段に構え、機を待つ。

次の瞬間、二人の姿は消え、戦車の残骸、支部防衛用の防壁、ありとあらゆるものが切断されて転がった。
刀風のみが、辛うじて戦闘が行われている事だけを伝える。


戦闘状態に突入した一般兵の部隊が眼にしたのは、敵陣の後方から飛来する無数の巨影。
単眼単足、ちょっとした家ほどもある炎をまとった醜悪な怪物。
その怪物は一般兵を数人まとめて踏み潰し、巨大な単眼を動かし、機関部隊を睨む。
魔術詠唱中の兵士の一団が、怪物と眼が合ってしまう。
一人が喉を鳴らして詠唱を中断した時、怪物の目が赤く輝き、そして――視界が炎に包まれた。
声にならない叫びを上げ、息を吸い込んだ拍子に肺までもが焼け爛れる。
目玉は爆ぜ、皮膚は焦げ、毛髪は灰になって崩れた。
焼死体をまとめて作り上げた怪物は、大きく飛び、更なる犠牲を求めて去った。

他に、氷山が歩いているかのような氷の巨人。
冗談のような大剣をそれぞれに携えた、四本腕の頭のない怪物。
複数の頭を持つ竜。
異世界から召喚された魔物の群れが、機関の部隊を蹂躙する。


一般兵達は魔物の群れと正対する。
能力者達は、能力者達と踊る。

『吸血鬼』の異名を取る男は、兵士の血で口元を染め上げつつ、後方に感じた視線に向き直る。
いたのは、ヘッドフォンをかけた細身の青年。
言葉すら告げずに数本のナイフを投射し、『吸血鬼』は自身の体を水に変えて地面に溶け込む。
土中を移動して彼の背後に回りこみ、首筋へ食らいつこうと試みる。
だが、牙が届く前に眼前に、何者かの蹴り足が見えた。
再び体を液化させて逃れ、少し離れて事態の把握に努める。
人影は、二人に増えていた。
細身の青年に加え、両手から炎、雷、水、光などを次々に湧き出させる少女。
ここからでは聞こえないものの、何やら笑い合い、そして、再びこちらを向き直る。


『狩人』は、クローネ・K・ジャンゴと数名の兵士の生み出す弾幕の中を移動しつつ、ライフルで応射する。
弾幕の濃密さゆえ細かい狙いはつけられないものの、的確に兵士を撃ち抜き、戦闘力を奪っていく。
防壁にカバーを取った瞬間、背筋にぞくりとしたものが走る。
発作的に身を大きく沈めると、一瞬前まで首があった場所を熱線が薙いだ。
防壁は半ばまで溶断されてしまった。


第二分隊の副長は、眼前に現れた目標――レイル・ソルバルへ、地を蹴って接近する。
喉を狙って突き出した細剣は、ぎりぎりで見切られた。
反撃で打たれた掌底が、静刃の腹部を貫く。
体を捻って直撃を避けはしたが、鈍い痛みが腹部を中心に、全身に広がる。
胸の辺りまでこみ上げるものを必死で押さえ、後方に飛びのいて荒く息をつく。



単眼の怪物が、再度炎をその単眼から放射する。
目標地点の機関部隊の戦闘員が、燃え盛る炎の海で叫び、のた打ち回る。

瞬間、全身を炎に蝕まれながら、何かが矢のように飛び出してくる。
その飛び出してきた炎の塊は、怪物へと強烈な飛び蹴りを浴びせる。
吹き飛んでいった単眼単足の怪物は、展開していた戦車部隊へと突っ込み、巨体で戦車の一両を押し潰してしまった。

一瞬前に怪物がいた場所には、全身を燃やされながら、声一つ上げずに立ちはだかる者がいた。
両腕を取り巻く炎はまるで鳳凰の翼にも見え、その手に持つのは、およそ戦場にはふさわしくない弦楽器。
誰とも無く、敵陣、あるいは味方の側から『特務部隊だ』『来てくれた』などの声が上がる。
連合軍は竦み上がり、機関は雄叫びを上げて士気を回復する。

反撃に転じる時間も無く、連合軍の後方から何者かが現れた。
天を突くかのような髪のその男は、炎をまとった男と同じように弦楽器を手にしている。
かき鳴らされた弦から火花があがり、周囲の空気が帯電し、皮膚を刺す。
連合軍の楽士から雷撃が放たれるのと、機関の楽士から火炎が放たれるのは、同時だった。
始まったそれは紛れも無くセッションであり、そして苛烈な戦闘でもあった。

戦況は、拮抗。一進一退。
連合軍の能力者は強力であるものの、機関も決して負けていない。
支部長が戦況を見極めんとすると、報告が上がった。
戦場に―――機関でも、連合軍でもない何者かがいる。
その者達の姿が司令室のモニターに映し出された。
一人は今まさに激突している両軍を小高い丘から冷たく見据える、腰に特徴的なベルトを巻いた青年。
一人は彼の反対側に立ち、不気味な存在感を発する、異常な長髪の者。
長髪の間から生気のない目が覗かせ、画面の向こうの支部長を貫くように見据えた。

瞬間、彼らの姿が変わった。
青年は甲冑をまとったかのような姿に変貌し、山羊にも似た何かが、彼の隣に現れた。
長髪の者は体を大きく歪ませ、小山ほどもある、腐敗しつつあるような化け物へと変貌した。

化け物に戦場で最初に気付いたのは、第三分隊正騎士、アリーチェだ。
現れたそれに向け、グレネードを発射する。
着弾前にばらけた弾頭から無数のトランプが放たれ、化け物の体を切り刻む。
虫が刺したほどにも感じないのか、化け物は歩みを止めない。

二発目を発射。
弾頭が今度は四本の長剣へと変化し、化け物の眉間へ突き立つ。
またしても効果なし。

化け物の口元に何かが収束していく。
彼女は直感的に横へと飛ぶ。
直後、放たれた黒い吐息が、連合軍と機関軍とを分断した。
吐息が通った場所には、腐敗した土と、ぼろぼろに崩れて風化した戦車、防壁、そして見るも無残な犠牲者のみがあった。

反対側。
黒山羊に突き殺される者がいる。
仮面の騎士の剣に切り裂かれる者がいる。
拳に打ち抜かれ崩れ落ちる者、蹴りで胸郭を砕かれる者もいる。
銃撃をものともせずに進み、兵士の頭を掴み上げ、握りつぶす。
頭を失った死体を今度は機関側の一般兵に向けて投げつけ、粉砕する。
篭手から放たれる重力塊は、触れるもの全てを圧殺していった。

その二つの特異点が、まるで十戒のように両軍の包囲を遠ざけていく。
切り結んでいた『裁罪者』とリーンハルトは、鍔迫り合いながらも、腐敗した化け物を見やる。
合流して敵を迎え撃っていたラルフとアクセルは、仮面の騎士に気付いた。

数秒間のみ戦場の時が止まり、次に動き出したときには、四つ巴の乱戦へと更に変化した。


戦果は、散々なものだった。
両軍合わせて、能力者12名が腐敗した化け物に食い殺され、7名が仮面の騎士に討たれた。
機関の勢力は、支部を放棄しての撤退を決定し、その時間稼ぎの折、第二分隊正騎士「リーンハルト・ロンメル」が重傷を負う。
両軍が大打撃を負い、大戦で初めて連合軍能力者混成軍との戦闘が行われた「第11支部防衛戦」は、一種の戒めとなる。
特に二体の無所属の能力者の存在は、両軍にとって最大の脅威として位置付けられた。

一年半が経つ。
カノッサ機関本部へ、連合軍全戦力が差し向けられた。
現在機関、及び協力組織の能力者は200名前後。
対して、連合軍は600余りの能力者を擁する。


機関防衛陣地の最前線、そこにいたのは『死神』クルスを筆頭に、正騎士の残存部隊。
「静刃」は眼鏡を失い、右目を隠すように包帯を巻き、右手に愛剣、左手に柄のみの剣を握る。
残った騎士はわずかに十数名。全員が、何かしらの傷を負っている。片腕が無い者すらもいる。
騎士ではないはずの『サレナ』を始め、数人の有志が、この最前線へと志願した。
これが最後の戦いとなる。誰もが、そう感じている。

彼方に、連合軍が現れた。
空には戦闘ヘリは勿論、大鎌を携えた人影、翼の生えた人間、巨大な竜、あるいは空を飛ぶ人型の機械。
地上には戦車、装甲車は無論、異世界から召喚された獣達もいる。

地平の彼方をも埋め尽くす大軍を見て、ある者は慄き、ある者は笑った。

後方の召喚魔導士達が詠唱を終え、召喚獣を呼び出す。
前衛の騎士が抜刀する。
一般兵も銃を構える。



そして―――両軍は、激突した。






(了)
最終更新:2010年03月03日 00:56