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かつて、戦争が有った。
こう聞くと随分昔の事のように思えるが、実際の所は違うらしい。

戦争が終わったのは、今からたったの五年前。
本部攻略、停戦条約の締結を以て“機関”は事実上解体され、ラグナロクは未然に防がれたのだとの事。


と――――他人事のように語っているが、俺も一応当事者である。


「……テロリスト、ね。了解。畜生、前みたいにお偉方が一枚噛んで無きゃ良いんだが」

裏通りの外れに構えられた、一軒のオフィス。
黒服の男二人が顔を付き合わせ、苦笑を浮かべつ語らっている。

「装備も手口も、一介の過激派崩れの物とは思えない。間違い無くスポンサーが居るね」

「嘘だろ、オイ……冗談は顔だけにしてくれ、ジェフ」

片や。プラチナブロンドの髪を軽く掻き上げ、人当たりの良さそうな笑みを浮かべて言葉を発し。
片や。その言葉を聞くが速いか、冗談混じりにそう言いつつ
黒い前髪と額を一緒くたに押さえて天を仰ぐ。

「残念ながら本当さ、現在は特定を急がせてる。ってか、其の言い草は何だい?
 答えによっちゃ、君の顔を冗談みたいな代物にしてやるのも吝かじゃないんだが――」

返って来たのは、溜息混じりの剣呑な返事。
ブロンドの男にじとりと睨み据えられ、黒髪の男は笑って肩を竦めた。

「そりゃ勘弁、娘に泣かれちゃ困る」
「了解了解。差し当たっては、つい先日胃袋に納めた君のカスタード・プディングで相殺と行こう」

「…………笑えない冗談だ。探しても無いと思ったら、矢っ張りオマエが犯人だったか」
「さっきの真実と比べれば、十全に笑えるだろう?
 祝福してくれ、クラン。この度僕と彼女はめでたく結ばれたよ」

聞き捨てならんとばかりに発された言葉に、ブロンドの男が笑って返す。
今度は黒髪の男の視線が、彼を鋭く射抜く番だった。

「胃袋の中で、な……良いよ、祝福してやる。但し新しいのを寄越せ」
「良いじゃん、けち」
「煩い。阿呆――今から三時間後に、娘が来る」

「成る程、ね」

「ああ…この意味が解るなら、コネでも何でも構わない。
 オマエのプリンみてえな脳味噌をフル回転させて、合法的に持って来やがれ」
「要予約の限定品をそう簡単に手に入れろだなんて、無理だよ……」

語り口こそ静かだが、堅気とは思えぬ剣幕。
満ちる怒気を苦笑を交えて流しつつ、ブロンドの男は言う。

「道理なんざ知った事か、無理を通せ。抜け道探しは得意だろ?情報屋」
「毎度毎度良く言うね。了解、承ったよ、道化」

笑いつつ、黒髪の男が間髪入れずに告げた言葉に、室内に満ちた緊張は霧散した。
――――――閑話休題。


さて、階下へ降りつつ近況を説明しよう。
俺は今でも、何でも屋さんを続けている。

この不景気な御時世だが、請け負った依頼は文字通り“何でも”完遂するという評判からか。
――まだまだ、喰いっぱぐれる事は無さそうだ。

因みに先程話していたプラチナブロンドの2.5枚目の名は、ジェフリー・T・ヘイワード。
BARのマスター兼情報屋、兼ビジネスパートナー。
このビルをシェアしている、旧くからの友人だ。腐れ縁とも言う。

余談だが、シェアの内訳は“二階から上は俺が、一階から下はこいつが所有する”
と言う物だ。地下で何をやってるのかは知らん。

まあ、色々と問題は有るが中々に良い奴だ。
俺が機関の追跡をギリギリの所で逃れていられたのも、こいつの人脈、情報、手腕、そしてティエルの運が有ればこそ―――

「野郎共、我等が色魔がプリンを御所望だァァァァァァ!!!」
「YHEAAAAAAAAAAAA!!!!!」

―――――ごめん、『良い奴』撤回。

「尻にもう一つ穴開けてやろうか………まあ、取り敢えず俺の娘がだな――」

「旦那!!娘さんってあの娘さんっスか!!?」
「黙れ!!娘さんの頭撫でても良いっスか!!?」
「旦那!!そのプリンが娘さんの大好物って本当っスか!!?」
「旦那!!俺、旦那の娘さんの為なら一肌脱ぐどころか全裸にだってなりやすよ!!!?」

「そうだ……だから黙れ。そして触るな脱ぐな餌付けをするな、娘は渡さんぞロリコン共が」

「……君が言える台詞じゃな」「黙れ」

今一喝した、昼日中から入り浸ってる変態共は上から順にトム、サム、キム、ハム。
ちなみに前二名は名前だが、ハムは体型故のあだ名。
キムは本名木村敏伸。
突っ走りがちなメンバーを抑えるストッパー的役回り、の筈だが……イカれたストッパーは、矢っ張り買い換えるべきかね?

「大丈夫だ、クラン。隊長の御孫さんには
 指一本とて触れさせん――あと、殺気を押さえろ。客が逃げる」
壁際にクールに佇む淡青色の長髪の青年は、元正騎士第一分隊所属。
数少ない機関時代からの友人で、コードネームはシリウス。本名は不明だ。
若干ロリコンの気が有るらしく、俺の脳内ブラックリストの上位に位置付けられている。

機関が解体されてから一、二年程してふらりと現れ、抜け目無く二人目の用心棒の座に納まった曲者だ。

「………なあ、神様。野郎じゃない常連客と看板娘ぐらいは居ても良いと思うんだ」
「困った時の神頼み、だね……僕も薄々思ってたんだ、今度検討してみる」

任務を果たすべく店を出た四人組を眺めつつ、二人呟く。
頃合いだ。仮面を被り、灰色のローブを纏い、娘を家まで迎えに行こうと裏口から―――

「クラン」

「……嗚呼、そうだった」
追っ手は居ない。隠れる必要は無いんだったな、もう。
変装癖が抜けないのは、どうにも困り物だ。

異世界を渡る際は気にせずに済んでいたが、昔はこうでもしないと安心して街中を歩けやしなかった。

……取り敢えず、ローブは置いていこうか。


そんなこんなで大通り。仮面をお祭り宜しく斜めに被り、人混みを擦り抜けてひた歩く。
広場でピエロが配っていた風船を受け取り、何となしにそこらの店でマフィンを買い。
冷やかしに入った店でアイツに似合いそうな黒のチョーカーを見掛けて、即決購入。
どうせなら夕飯の買い出しも済ませておくか――と考えた所で、ふと寄り道が過ぎている事に気付く。

「まずったなぁ……………ん?」

ぼそり、呟くと同時。張り詰めた警戒の糸が、僅かな違和を伝える。
暫くの間を置いて、俺は其れが何であるかを理解するに至った。
この甘い甘い匂い、鈴を転がしたような声音、何処となくふわっとした気配は―――間違い無い。
最愛とは言わぬ迄も、世界で二番目に愛する我が愛娘―――――なの、だが。
「拙いな、うん」

「アレだ。取り敢えずこういう時はヒーローみたいに駆け付けて」
近くで、血の臭いがする。
数は二つ。致死量の出血は無い。
騒ぎは無く、愛しのマイスイートドーターも微塵とて気付いてはいない。とすると恐らく、相当の手練だ。
使い魔との連絡も、取れない。倒れた二人は、もしや。


「―――――殺す。此れに限るな、うん」


だとしたら、生かしては置けない。


かはは、と渇いた嗤い声を漏らして
迅速に確実に完全に、目標を抹殺すべく思考を切り替える。

通行人、問題無い。倒れた二人に気付いたか、人混みは既に消えている。
測定。目標到達まで、目測で直線距離約1km。
問題有り。加速時間を考慮しても十秒、保護対象は向こうの間合いの内、因って九秒不足。

「人の娘に手ェ出す奴は―――」

殺意は光に、光は翼に。
刹那の思考を経て、飛翔。同時、光翼より放たれる無数の羽。
街路樹を貫徹し、石畳を穿ち、微塵の流れ弾すら無く標的へと殺到する。
群がる蜂の如く、包囲、封鎖。波状攻撃を繰り返す其れを影が捌き切るまで、ジャスト九秒。

「俺に轢かれて、死んじまえ……ってな」

妨害は、成功。
間髪入れず加速し。娘へと手を延ばす影――銀色の髪の男の肩を掴み、50m程引き擦った後停止する。
……否、停止“させられた”。大した物だ。応えた様子一つ見せず、力尽くで俺の出力に打ち勝つなんて。
場合が場合で無ければ、賞賛の一つも贈っていた。

…………だが。

「面白いから生かしておくとか、敬意を表するとか――そういった物とは、酷く縁遠い気分なのさ」
「少なくとも今は、な。故に、唯の一つの敗因を悔やみながら」
「朽ちて、消え逝け」

今は戦いを愉しめる状況じゃない。
直ぐさま、塵芥残さず敵を葬るべく、左の掌中の黒い焔を限界まで圧縮し――――

「パパ、おじいちゃんに何してるの?」
「……………え?親父?」

叩き込もうとした所で、制止。
顔を確認し、右手を離す。

「酷いね。父親の顔を忘れるなんて……ああ、酷い仕打ちだ
折角、愛しい孫娘をエスコートしようと老骨に鞭打って此処まで来たのに」

よよよと泣き崩れる元・死神。無論、嘘泣きである事は間違い無い。
何処が老骨だ。先程のを見る限り、十二分に現役を張れると俺は思うのだが。

「送迎なら使い魔を遣してある。親父がわざわざ出なくても大丈夫だろう」

「町は危険がいっぱいなんだぞ?おじいちゃん心配で心配で居ても立っても」
「一番危険なのはオマエだろ、こんの阿呆親父がァァァァァ!!!」

取り敢えず――ツッコミとして焔を叩き込んでおく。
効いているのかいないのか、『あ~れ~!』と気の抜けた叫び声を上げて、親父は空の彼方へ消え去った。

……因みに、倒れていたのは迎えに出て来たトムとハムだった。
そりゃ、確かに不審者と間違えられる訳だ。


「パパ、おじいちゃん泣いてたよ?」
「あー……悪い」

「めっ、だよ!」
「了解。今度は加減する……」
案の定、叱られた。取り敢えず頭を下げる。
ついでに、むーと唸りつつ俺を見上げる、小さな姫君の額に軽く口付けた。

しかし、格好の悪い所を見せた物だ。つい、熱くなってしまった。
大切な者が危険に晒される事を許せないと言えば聞こえは良いが、要は度が過ぎた過保護。

親と言う字、は木の上に立って見ると書くらしい。筆で半紙に“親”と書きつつそう説明しながら、
陰から見守る程度に留めて、過干渉は控える事ね、と知り合いの術師は言った。

聞いた時は至極当然と納得出来たのだが、矢張り実践は難しい。
いつも一緒に居たい、と言うのは我が儘が過ぎる――
そう解ってはいるが、可愛過ぎて抑えが利かない。
俺に似た、然し俺より遥かに艶やかな黒髪、つぶらな瞳、小柄な身体に白磁の肌。
母親譲りの整った顔立ちに加えて、全ての仕種が俺の庇護欲を掻き立てる。
素直で可愛くて礼儀正しくて可愛くて甘えん坊で可愛くて無邪気で可愛くて元気で可愛くて
実は心配性で寂しがり屋な所も可愛くて大人っぽくなろうとたまに背伸びしてみる所も可愛くて
あどけない寝顔も可愛くて花の蕾が綻ぶような満面の笑みも可愛くてでも拗ねた顔も泣き顔も怒った顔も同じ位可愛い。

―――――正しくエンジェル。

俺が出来た親とやらに成る日は、大分遠そうだ。

「さて…行こう、フィーネ。
今朝から、お父さんの仕事場を見学するってはしゃいでただろ?」
「はやくいかないと、ひがくれちゃうもんねー」

考え出したら切りが無いので、この辺で思考中断。腕に紙袋を提げ、娘を抱き上げて来た道を戻る。
何かを忘れているような気もするが、今は捨て置こう。
歩きつつ、不安げな表情の娘に問い掛ける。

「……フィーネ?どうしたんだ、浮かない顔して。
 さっきのお父さん、そんなに怖かったのか?だとしたら……」
「ちがうよ?だって、パパよりも
 パパがうわきしたかもー、っておこってるときのママの方がこわいもん」
………言い得て妙だ。尤も、浮気した覚えは無いのだが…
知り合いを呼んで聞いてみた所、皆一様に日頃の行いが悪いからだと宣った。
なにそれひどい。
そんな事を思い出していると、問いに思わぬ答えが返った。

「でもね、少しふあんなの。パパ、たまにいなくなっちゃうから。
 ねぇ、パパ。パパはずっと、フィーネのパパのままで、いてくれるよね?」

―――言葉に詰まる。
時々妙に鋭いのは子供だからか、或いは血は争えないと言う事か。
暫くの間を空けて、口を開く。

「フィーネがそう望むなら、誓うよ。お父さんはずっと傍に居る」

確約は出来ない。いつか、破るかも知れない。
其れでも、俺は誓いを立てる。また一つ増えた、死ねない理由を抱えて歩く。




「絶対に、傍に居るから」

永遠を願う彼女の笑みは、何が有っても守り通そう。
この平穏は、誰にも侵させはしない。


永遠は無いと知りながらも―――俺は、心の底からそう想った。


(了)
最終更新:2010年03月27日 22:53