第一章 セレスティンの草原
その後すぐに、コウとヒナは他の四人と合流し、王宮に戻ることにした。
任務はその時々で様々だが、どんなものでも必ずその街や、他の国なら王宮から完了の証明書をもらう。
コウとヒナは先程、それを貰いに行っていて別行動を取っていたのだ。
王宮に着くと、すっかり顔なじみの使用人が迎えてくれる。
「お帰りなさいませ。お疲れのところ恐縮ですがアランドール様、女王様がお呼びです」
「わかりました。あ、だったら着替えないと」
「至急、と仰ってましたからそのままで構わないと思いますよ」
外から帰ってきてそのままの格好で会うのは正直気が引けたが、至急と言われては仕方ない。コウはそのまま使用人と共に謁見室へ行く。
入れ替わりにメイドがやってきて、
「他の皆様は着替えてお休みください。すぐにお茶をお持ちしますから。東のテラスでよろしいですか?」
と訊くのでカイが答えた。
「あ、はい。お願いします」
そんなに急ぎの用事ってなんだろうねえ、とアサミが呟いた。
謁見室に着くと、何人かの側近たちが待ち構えていて、入るなり扉が閉められ鍵まで掛けられた。
物々しい雰囲気に胸騒ぎがしたが、とりあえず礼をする。
「ただいま戻りました」
「ご苦労様でした。任務は滞りなく終わったようですね」
「はい。経費も何とか予算内に」
この場合経費とは主に食費を指している。カイとアサミが際限なく食べまくるので、貰っていく費用以上にかかってしまうこともある。
女王もそれでコウが苦労しているのを聞き知っているので、僅かに表情を緩めた。
「疲れているかとは思いますが、次の任務、というより使命です」
「使命?」
聞き慣れない言葉に、眉を顰める。
「マサキ・カロスを知っていますね?」
その言葉に、全身が竦んだ。
冷や汗が背筋を伝う。
「……はい」
答える声も震えている気がした。
「“信託”が下されました。彼はこの先、この国を、あなたたちを脅かす危険因子であると」
「そっ、んな……! 俺にどうしろって言うんですか!」
思わず声を上げていた。どうせ極秘扱いだ、部屋には防音の魔法でもかかっているだろうから構わない。
「危険因子なら、取り除くべきです」
「だから! 何故俺が!」
「あなた方は今、この国を守る戦闘員です。国を脅かすものは排除する。……これは他の五人に伝えてもらう、表向きの内容です」
表向き。
コウは唇を強く噛んだ。
自分だけ呼び出されたのには、やはり裏がある――
「なぜあなただけ呼び出したか、わかりますか?」
「何となく……でも一応、聞かせて下さい」
「マサキ・カロスと直接面識があるのはあなただけです。それにカロス家とアランドール家は代々、水の魔法使いの統括を争ってきました。あなたが水の魔法使いとしてここにやってきたことを、マサキは快く思わなかった」
「……それで、俺の邪魔を?」
「平たく言えばそうです。けれど彼は頭が良すぎる。あなたに直接仕掛けては来ないでしょう」
「え?」
「どうすれば、あなたが一番ダメージを受けるか。彼はそれを知っています。仲間に被害が及ぶことに、あなたは耐えられますか?」
「っ!」
拳を握りしめた。
コウは仲間を守るためなら犠牲を厭わない。平気でどんな攻撃の前にも出ていくし、何だってした。
それは時に、弱点にもなるであろうことはコウ自身も解っていた。それでも、任務を遂行する上で敵わない相手もいなかったから――守りきってこられたから、困りはしなかった。
けれど、今度はきっとそうはいかない。
「……訊いても、いいですか」
「ええ」
「マサキは本当に自分の意志だけで、俺を倒そうとしているのですか」
「それは、答えられません」
隠すことでの肯定。
裏の裏がある。
でも今の自分では窺い知ることはできない。
「では、“信託”が下されたというのなら……天界でも何かしら動きがあった、ということですよね? それは教えてはもらえませんか」
「私達は“信託”のことしか聞いていません。そちらについてはわかり次第教えます」
「わかりました」
「当面は、被害を最小限に抑えることに全力を尽くしてください。彼がなぜ今、危険因子に定められたかはまだ、はっきりしていないのです。くれぐれも先走り過ぎないように」
「はい」
短く返事をして、礼をして踵を返した。
控えていた使用人が扉を開錠し、開けてくれる。
ふと立ち止まって、俯いたまま振り返らず訊いた。
「……マサキとの関係を、みんなには……」
「先刻申し上げたはずです。『表向きの内容』と」
コウとマサキに面識があることは隠せ、という意味だ。五人にはまだ、信託のことも自分たちの関係も伝えてはいけない。
「……承知しました」
絞り出すように言うと、背中で扉が閉められた。
「あ、おっかえりー」
着替えて東のテラスに行くと、テーブルの上いっぱいにスコーンやクッキー、紅茶を広げて五人が優雅に寛いでいた。リエが明るく迎える。
先程までの緊張感が一気になくなり、コウは肩を落としながら空いている椅子に座る。
「さっきあれだけ食ったのにまだこんな……」
「せっかくオレらが帰ってくる時間見計らって焼いたっつーモノをほっとくよりいいだろ」
スコーンに林檎のジャムを塗って豪快に食べながらカイが言う。街の食堂で『王宮の食事は堅苦しい』と言っていたのは確か彼だ。
とはいえ、コックたちが忙しい合間をぬって作ってくれたものには違いない。そこは納得して、クッキーに手を伸ばす。
コウが落ちついたのを見て、ミホが言う。
「で、次の任務の話だった?」
「いや。任務っていうか……やんなきゃいけないこと?」
「それ任務じゃん」
「んー……でも期限も決まってないし、具体的な内容もわからないんだ」
「何て言われたの?」
ミホが訊くと、コウに全員の視線が集まった。
「えーと……。マサキ・カロスっていう男が、俺たちとこの国を脅かすって」
「それで?」
「それだけ」
「はぁ?」
カイが思い切り変な顔をした。
「俺が聞かされたのはそれだけだよ。お前たちにも被害が出るかもしれないから、用心しとけだって」
「マサキ・カロスって誰?」
「カロス家は、水の魔法使いの統括の地位を、ずっとうちと争ってる家なんだ。マサキは、カロス家の次期当主……まあ、俺と同じ立場だな」
「……コウはマサキのこと知ってるの?」
アサミがそれまでとは違うトーンで訊いた。目つきも真剣そのものだ。
こういうときの彼女は、何か勘付いている。どこまで話していいものか、コウは少し考えてから口を開く。
「そりゃ、子供の頃から親にカロスの息子にだけは負けるなって言われて育てば、嫌でも意識するさ」
「そういう意味じゃなくて。統括争い以外に、ってこと」
「……ないよ。本当に家同士の争いだけだ。何度か、会ったことはあるけど」
アサミの雷色の瞳と、コウの青色の瞳がぶつかる。
先に息を吐いて視線を逸らしたのはアサミだった。
「そっか。でもさぁ、私たち顔知らないんだよ? そんな人にどうやって気をつけるの?」
急にいつものアサミに戻って、明るく言った。成り行きを見守っていた他のメンバーも緊張を解く。
「多分、直接あいつが出てくるって可能性は、低い」
「じゃあ被害って、具体的にどういうこと?」
「お前たちの知り合いの誰かに何かしら吹き込んで攻撃させるとか」
カイ、リエ、アサミが青ざめる。言った本人は涼しい顔で紅茶を一口。
「あ、みんな固まったわ」
「今きっとすごい速さで知り合いの顔が頭の中巡ってるんでしょーね」
人間界に知り合いのいないヒナとミホも澄ました顔だ。
いまいち現実に戻ってこられないまま、とりあえずテーブルの上の紅茶と焼き菓子を綺麗に食べ終えて、一旦全員自室へ戻った。
最終更新:2010年04月19日 18:37