そんな二人のクリスマス
――街じゅうが、幸せに染められていく時。
クリスマスをそんな風に言ったのは、意外にもあの人だった。
「朱音、あとどのくらい?」
放課後の教室で、同じクラスの里奈に言われてはっとした。
そういえば、一緒に帰る約束してたんだ。
気付けば、もう何時間もやってたみたい。
「ごめん。もう終わらせるね」
ほどけないように慎重に片付けて、コートを着てマフラーもしっかり巻く。
すっかり枯れきった街路樹が立ち並ぶ中を、てくてく歩く。
たまに強く吹く風に顔をしかめながら、里奈が口を開いた。
「にしてもがんばるねー。親とかなんか言わない?」
「言われるけど……しょうがないもん。今のままじゃ絶対間に合わないし」
「まあ、浪人して欲しくないって気持ちはわからないでもないけどねー」
高3の、2学期の終わり。
あたしはクリスマスプレゼント作りに勤しんでた。
久しぶりに慣れない編み物とかやってみたら、思ってたより勘が鈍ってて、何度も何度もやり直して、結局2日前になった今日も、できあがっていない。
もちろん、来月から本格的に受験も始まる。今は、そんなことやってる場合じゃないって、わかってる。
――でも、どうしても、間に合わせないとだめだから。
半分受験は諦めるつもりで、毎日ほとんど徹夜で編み続けてる。まだ、先は見えない。
里奈と別れて家に着いて、部屋に入るなりまた始める。
黙々とやってると、いろんなことが頭を巡る。
まぁ、いろんなことって言ってもほとんどはこれをあげる予定の人、真柄一哉のことなんだけど。
高2のときからつきあい初めて、そろそろ1年。
あいつはずっと、県外の大学を受けたいって言ってて。
あたしは地元でやりたいことできる場所があるから、ここに残ることに決めて。
だから、来年の春からは別々の場所で、別々の生活をしなきゃいけない。
正直、そんなに離れても続くほど、深いつきあいでもない(とあたしは思ってる)から、それが原因で終わっちゃうのは覚悟してる。
でも、だからこそ、最後かもしれないクリスマスぐらいは――何かしてあげたいなって。受験にも絶対受かって欲しいし。
そう決心して、プレゼントは買うんじゃなくて作ろうって思った。
一哉は、そういうイベント事にあんまり関心がなくて、プレゼントはくれたりするけど、それもあたしがあげてるからって感じで。
それでもいい。
あたしが一緒にいたいと思うのは、いつだって一哉だから。
そう思ってるのは……あたしだけじゃないよね?
二日なんてあっという間に経って、クリスマスイブ。
一哉の予備校が終わるのを待って、夕方に待ち合わせた。
……やっぱり、いつもの通り待たされたけど。
「悪い、遅れたー」
「いいよ。それより、どうするこれから?」
「とりあえず飯食わない? 俺すっごい腹減って」
「あたしもー。じゃあなんか食べに行こっか」
駅前の大きな通りは、木々に付けられた電飾や、ショーウインドウに置かれたクリスマスツリーの明かりで思い思いに輝いてる。
2人でゆっくり過ごせるのもこれが最後かもしれないから、何となく寂しくて、言葉も少なくなった。
落ちた葉っぱの積もった道を、ゆっくりと歩く。
ふいに、
「危なっ」
一哉が短くそう言って、あたしの腕を引っ張った。
後ろから来てた自転車に気付かなかったみたい。
「ご、ごめん……ありがと」
「チャリにだって、轢かれたら結構痛いんだからさ。もっと気をつけて歩けよな」
いや、痛いとかってレベルじゃないと、思う。
ってつっこみは呑み込んで、いつのまにかつながれてた手を握り返す。
ほんと、こういうとこ抜け目なさすぎ。
人前で何かしたりって、嫌がりそうに見えてこっそりやったりするんだから。ちゃっかりしてるよね。
つないだ手を一哉のコートのポケットに入れて、また歩き出す。
「ホントお前見てると危なっかしくてほっとけない」
「危なっかしいって……。一哉いつもそう言うけど、あたしとつきあったのって、やっぱほっとけなかったからなの?」
「あのなー……それだけでこんな1年もつきあうかっての。好きじゃなきゃ、つきあわないって」
「そう、だよね……」
「何だよその煮え切らない返事はっ。結構恥ずかしいこと言ったのに」
「あ、そうなの!? ごめんね流しちゃって」
「ったく……」
呆れたようにあたしを見て、すぐまた前を向いてしまう。
あんまり自然すぎて、大事なこと言われたんだって気付くのが遅かった。
よくよく考えたら、確かに恥ずかしいか……。
「ごめんってばー。あたしも一哉のことすごい好きだから安心して」
「何言い出すんだよいきなり!」
「だって言いたかったんだもん。いーじゃない」
不意打ちには、不意打ちでお返ししないとね。
それに、会えなくなるまえにきちんと言っとかないと。
一哉の照れっぷりをからかいながら、よくご飯を食べに来る店に到着。
さすがにクリスマスイブだけあって、店内は混み気味。
十五分くらい待って、やっと席に着けた。
「やっぱり混んでるねー」
「クリスマスだしな。さてと……何食うかなー」
いろいろ悩んだけど、結局いちばんよく食べてるやつにした。
予備校からちょうどいい距離にあって、3年になってからはよく来るようになってた。
あたしたちでも気軽に食べられる値段の、イタリアン料理のお店。
もう、2人でここに来ることもないのかもしれないな。
そう思ったら、せっかくしまいこんだ寂しさが込み上げてくる。
「朱音。あのさ」
「うん?」
「俺が地元に残るって言ったら、お前どうする?」
「残るの?」
「まだ、いくらでも変更はきくだろ。で、どうする?」
「どうするって……。正直、嬉しいけど……でも……あたしのせいで、一哉の進路変えさせたりなんてしたくないよ」
「俺は、お前にそんな顔して欲しくないんだ」
真顔で言われた一言に、息が一瞬止まった。
「俺にはずっと行きたかった大学があって……最初はそればっかりで、残されるお前のこと全然考えてなかった。でも、何かあるたびにそんな顔されたら、……どうしていいかわかんなくなるんだ」
「そんな、あたしのことなんて考えなくていいから。一哉のしたいようにすればいいよ。寂しいけど、一哉には一番やりたいことやって欲しいもん」
そう、離れたら確かに寂しいけど、これも本音。
一哉がやりたいことやろうとしたとき、邪魔になりたくない。重荷になりたくないの。
だから、あたしのために進路変えるなんてしないで。
「朱音のそばにいることが、俺のやりたいことだったら?」
「え……」
「もう決めなきゃいけないこんな時期になって、まだ迷ってるんだ。会う時間が少なくなって、離れるときのこと考えなきゃいけなくて。こんな状態の俺とつきあってて、お前にプラスになることってあるか?」
真剣に悩んでる一哉を見て、初めてそんなに悩んでるんだって知った。
今までずっとあたしのこと助けてくれて、支えてくれて。忙しいのに、こういう大事な日にはちゃんと会ってくれて。
そんな一哉が、あたしにとってマイナスになることなんてなんにもないのに。
ずっとそれで悩んできたのかと思ったら切なくてしょうがなくなって、気が付いたら泣いてた。
「朱音!?」
「違うの、一哉にそんなに悩ませてたなんて気が付けなくて……ごめんね? プラスだらけだよ。あたし、一哉とつきあっててマイナスだと思ったことなんて何にもない」
「本当に?」
「ホントに。どうしてそこで自信失くすのよ……一哉はたくさんあたしに幸せをくれてるのに」
もしかして。
あたしがそれをきちんと態度で示さなかったから?
「どうしてって言われても……。この間会ってから今日まで、いろんなこと考えてたらだんだんそう思えてきたんだよ」
「思わなくていいのに……ホントに」
「だってさ」
一哉はふと、窓の外に視線を移した。
電飾に溢れた通りを行き交う人はみんな、プレゼントやケーキを持っていたり、とっても幸せそうで。
自分と同じぐらい大きなクマのぬいぐるみを持った女の子が、何だか目に付いた。
「街中が、こんなに幸せそうになってく時に、お前は俺といて幸せなのかってふっと思ったんだ」
なんで。
なんでそんなに、あたしのこと考えてくれるの?
どうしてそこまで、真剣に悩んじゃうの?
「……ありがと」
すごく素直に、その言葉が出ていた。
「そう考えてくれるだけで、すっごく幸せだよ、あたし」
そこまで考えてくれるのに、絶対不幸せなはずがないよ。
だから、自信持って。
自分は誰かを幸せにできる力を持ってるって。
「そういうこと言うから、ますます離れたくなくなるんだよ」
って、またちょっと呆れたような顔をした。
「何それ。あたしのせい?」
「もー100%お前のせいだね」
「すぐそうやって人のせいにするんだから。……でも、ホントにこの先のことはあたしのこと抜きにして考えてね。どういう決断しても、あたしは何にも言わないから」
「ありがとう。そうだ、これ」
一哉はポケットから何か小さな箱を出して、あたしの方に差し出した。
「プレゼント。もうすぐ1周年だからそれも込みにして」
「じゃああたしも」
どうにか間に合ったそれを、一哉に渡す。
「ね、開けていい?」
「うん。俺もいい?」「いいよ」
ゆっくりと包みをほどくと、中から出てきたのは薄い水色の石のピアスが1コ。
「わーキレイ……これ何の石?」
「ブルートパーズ。片方しか開けてないよな?」
「うん。じゃあ、もう1コは?」
「これ」
そう言って一哉は横を向いて耳を見せた。
そこには同じ石が光ってる。
見慣れないのしてるなぁとは思ってたけど……まさかこんな仕掛けがあったなんてね。
あたしのプレゼントを開けた一哉は、目ざとく言った。
「もしかして、朱音が編んだ?」
「え、な、なんでわかったの!? やっぱり下手!?」
「違う、そうじゃなくて……。なんとなく思っただけ」
勘ですか。
ああもう本気で焦った。
「いつの間にこんな……大変だっただろ?」
「ちょっとね。もうずーっと勉強してないかも」
「相変わらず一点集中だなー」
「いいじゃない。間に合わないかと思ったんだもん。勉強は、また一哉に教わりに行くから」
「ああ、いつでも教えるから。っていうか早く来いよ?」
本気で勉強してないあたしを心配してる一哉は、少し笑える。
そういう生真面目なとこも、大好き。
「食べ終わったら、ツリー見に行こうよ。広場の」
「そうだな。いい感じに暗くなってきたし」
「楽しみー♪」
それから、楽しくごはんを食べて。
また手をつないでゆっくりゆっくり歩いて、ツリーを見にいった。
先のことはどうなるかわかんないけど。
今は、幸せに染まってる街に負けないぐらい幸せ。
ってちょっとだけ態度に表してみようかな。
また不安にさせないように、ね。
最終更新:2010年04月19日 18:48