Midnight Glass
滅多に着信のない携帯電話が、けたたましく鳴った。
「今から会えないかな?」
久しぶりに聞いた声は、携帯電話越しだった。
夜中だし外は雪でクソ寒いし、はっきり言って外に出たくなんかなかったけど、実際会うのは久しぶりだったから、俺はうん、とだけ返した。
ざくざくと雪を踏みしめながら、向こうが指定したコーヒーショップへ急ぐ。
週に一回くらいの割合で会っていた頃、よく待ち合わせで使っていた場所だ。
今更そんなとこに呼び出して、どうしようってんだ?
「あ、こっちこっち」
入るなり、奴が俺を見つけて手招きする。
店内は暖房が効きすぎててぼんやりするくらい暑い。厚着で歩いてきたらうっすら汗ばむくらい。
俺はアイスコーヒーを注文して受け取って金を払うと、それを持ってテーブルについた。
「冬なのに」
自分のカフェオレが入ったマグカップとは似ても似つかないグラスを見て、おかしそうに笑う。
最後に会ったのっていつだったっけか。もう、はっきりとは思い出せない。こいつはこんな顔で笑っていたっけ?
「いいだろ、別に。ここ暑いし」
「いいけどね。あ、突然呼び出してごめんね」
今それ言うのかよ。しかも思い出したみたいに。
まあいい。こいつはこういう奴だ。
いつもこっちの都合とかにはお構いなしにマイペースで、出かける約束が急にダメになったりしてもあっさり「じゃまた今度ね」とか言えるくらい、きっぱりさっぱりしていて。
だから、つきあっててもかなり気楽だった。
少なくとも、今までつきあってきた誰よりも。
「で? こんな時間にわざわざ電話よこすくらいなんだから、何かあるんだろ?」
「うん」
頷いて、カフェオレを飲んでワンアクション置いた。
「……」
「………」
……が、待っても待っても次の言葉は出てこない。
俺もしばらくはアイスコーヒー飲んだりしながら待った。
でも、何も言わない。
「おい、何なんだよ」
ついに痺れを切らしてそう言うと、いつの間にか飲み干していたカップをトレイに置いて、手を膝に置いて深々と頭を下げられた。
「あたしと、別れてください」
……は?
今なんと?
「……え?」
全く状況が飲み込めない。
それ以前に、俺は今、何て言われた?
「とりあえず、顔上げて」
何とかそれだけいうと、奴は恐る恐る顔を上げた。
俺は多分、鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔してるんだろう。
「何の冗談」
「冗談なんかじゃないよ。あたしと、別れて」
まっすぐ目見て言われて、ああ、決定打だよ。
最初の一回だけだったら、聞き間違いかもで流せたのに。何でこうもはっきり言うかね。
「何がどうなってそうなる訳?」
「あなたとしばらく会わない間に、他に好きな人ができたの。それで、この間その人に告られたから、返事する前にけじめつけとこうと思って」
そりゃまた簡潔な説明どうも。
まだよく機能してない俺の頭でもよくわかったよ。
つまり、その告ってきた奴とつきあいたいから、俺には別れろと。
なんつーか、自分のけじめのために俺を巻き添えにするって事だよな?
そこまできっぱり言われると、嫌だとか粘れない。
ある意味、それも作戦なのか?
「嫌だって言ったら?」
「あなたに言う権利ないでしょ。三ヶ月も連絡してこないで、あたしのこと放り出しといて。今更彼氏面する気?」
……痛いとこ突かれた。
そうか、そう考えると悪いのは俺か。
って、ちょっと待て。
「連絡してこないって、そりゃお前だって同じだろ?」
「そーだけど。最初はしてたもん。メールしたり、電話……は、繋がらなかったけど留守電残したりしてたじゃない。それに応えてくれなかったのは自分の方でしょ?」
「そうやって何でもかんでも俺のせいにすんのかよ」
「悪い? 事実は事実じゃない」
このはっきり加減は、いつもと変わらないはずなのに。
こんなにも冷たく感じるのは、やっぱりもう終わりだと思うしかないからだろうか。
何も言わなくなった俺にため息をひとつついて、立ち上がった。
「とにかく、話はそれだけだから。悪いけどあたし、あなたみたいな冷たい人からの連絡ずっと待ってるほど優しくないから」
それだけ吐き捨てるように言って、彼女は店を出て行った。
後に残されたのは俺ひとり。
……ここでこの後どうしろと。
何となく帰る気にはなれないから、しばらくそこでぼーっとしてた。
もうずっと連絡取ってなかったし、こうなっても仕方ないか。
そう自分に言い聞かせなきゃ、やってられない。
俺たちなりに、一生懸命恋愛をしてきたつもりだったし、連絡とらなくても続いていくっていう甘い期待もあったにはあったから。
でもそれはやっぱりただの期待でしかなかったんだな。
だけど、悪いのは俺だけか?
……やめよう、人のせいにするのは。
恋の終わりなんてやつは、誰が悪いってわけでもないんだ。
それがいつなのか、どうしてそうなるか、誰にもわからない。
連絡は取ってなかったけど、俺なりに生活の支えにしてた部分もあったんだ。
なんか嫌なことがあっても、あいつもがんばってんだろうって思えば自然と忘れられたし。
連絡しなかったのも、元気でやってるだろうって思ってたから。したくなかったわけじゃ全然なくて。
――でもそんなの、口に出して言ってないんだから伝わってなくて当たり前だよな。
そうして突然訪れた終わりを、俺はゆっくりと受け止めることにした。
とりあえず帰ろう。
グラスに残していたアイスコーヒーを最後まで飲み干すと、もう氷が溶けていてぬるくなってまずかった。
きっと、恋愛もこれと同じで、放っておいたらいつのまにかぬるくてまずくなるんだろうな。
そうならないために、新しく作り直すか、一旦美味いうちに飲み干すことが肝心なんだ。
きっちりグラスを空にして、俺は店を出た。
最終更新:2010年04月19日 18:59