彼の言い訳、彼女の言い分 ――Part.2 彼女の言い分
あれから、一ヶ月が経った。
自分的には人生初の一大イベントだった、バレンタインから、もう一ヶ月。
中学の卒業式も、入試も全て終わってしまって、のんびりと毎日が過ぎていく。つい先週まで受験勉強に追われていたのが嘘のよう。
美和はベランダに出て伸びをする。
まだ風は冷たいけれど、確実に春はそこまで来ている。
もう中学生じゃない。でもまだ高校生でもない。この時期の、どっちつかずのふわふわした雰囲気が美和は好きだった。
ふと携帯が鳴った気がして、中に入る。
案の定、メールが来ていた。
直輝からだ。
「駅~? 今からー?」
思わず声に出していた。
要は待ち合わせだ。今から駅に来て、とそれだけ。
(こないだも遊びに行ったばっかりじゃん)
とはいえ、直輝から誘ってくるのも珍しいので、ちょっとだけ嬉しくなってすぐに出かけた。
人ごみを掻き分けるように進んで、やっと待ち合わせの場所に辿りつく。美和は背が高い方ではないので、人がたくさんいる中を行くのはなかなか大変なのだ。
「ごめんね、待たせた?」
「いや全然。つーかずっと見てたけど、全然見えなかった」
「もー、それって嫌味!? 気にしてるのに」
バスケ部だった直輝と並ぶと余計に小ささが強調される気がして、最近は余計に気にしているのに。
「なんで? いいじゃん別にそのままで」
「直輝にはわかんないもん。小さいといろいろ苦労するんだからね」
「そりゃーわかんねーわ」
美和は直輝を恨みがましく見る。どうしていつもいつも、気にしてることを。
「んな顔すんなって」
(させてんのは誰よっっ)
心の中で思い切りつっこむ。口に出さないのは、また嫌味で返されたくないからだ。
直輝は呆れつつもなんだか嬉しくて、すっかりむくれて黙ってしまった美和の腕を引いてホームまで連れて行く。
なかなか素直になれないのはお互い様だ。昨日今日のことでもない。
しばらく黙っていたが、美和がいきなり思い出したように訊いた。
「そういえば、これからどこ行くの?」
「着くまで教えない」
「なにそれ~」
「てか覚えてねえかなー。ずっと前から、お前が行きたいって言ってたんだけど」
「ずっと前っていつ?」
「十年前ぐらい」
覚えているはずがない。
そのとき、美和も直輝も幼稚園だ。どこかに行きたいなんて言っただろうか。
(ていうか、なんでそんな頃のこと覚えてるの?)
残念なことに美和はきれいさっぱり忘れてしまっていて、行き先は見当もつかなかった。
やがて電車に乗り込み、二駅先で降りた。
いつも遊びに行くのはもう一駅前のところだ。めったにここまでは来ない。
「ねえ、ここに何があるの?」
「だから着くまで内緒だって」
どうしても直輝は教えてくれない。
諦めて、後ろからついていった。
……が、背が違えば当然歩幅も違うので、距離がどんどん開いてしまう。
「直輝、待ってー」
「あ?」
直輝が振り返ると、美和がずいぶん後ろの方にいた。
小走りで追いついて、上着をつかむ。
「歩くの早すぎ」
「美和が遅いんだろ?」
「そんなことない。昔はおんなじぐらいだったもん」
「そうか?」
昔って言ったって、背がまだ同じくらいだった小学生のときとかその頃だろう。あの頃は、道草しながら楽しく帰っていた。歩幅なんか気にすることなく。
気にしなくても、二人の歩くペースは同じだったから。
「とにかく、もうちょっとゆっくりにして」
「ん、わかった」
そうは言ってもちょうどいい速さがどうもわからなくて、結局直輝が美和を引っ張っていく形になりながら、どうにか目的地に到着した。
「あれ? ここ……」
幼稚園の頃、一度だけ来たことのある公園だった。
どうしてここへ来たのかも、いつ自分がここへ来たいと言ったのかも忘れてしまったが、来たことがあるのは覚えている。
「来たことあるよね?」
訊くと、直輝は頷いた。
「なんで来たかは忘れたけど……美和が、すげー帰りたくないって駄々こねてたの覚えてて。今朝ニュースで、ここが壊されるって聞いて」
「え? そうなの?」
言われてやっと、美和は入口に張られた「立入禁止」と札のついたロープに気づいた。
「ほんとだ……。なくなっちゃうんだ……」
「だからなくなる前に入っちゃおうぜ」
「え?」
直輝は悪びれもせずロープを跨いで中に入ってしまった。
「ちょっと、直輝……!」
「いいからいいから。まだ何にもなくなってないし、今のうちだって」
そう言われて、美和も中に入った。
「一回しか来たことないのに、変なの。懐かしい感じするね」
言って辺りを見渡すと、ブランコが目に留まった。
美和はそこへ駆けていくと、座った。
直輝も後を追う。座ろうとすると、美和に止められた。
「押して」
「なんで……」
「最初勢いつかないんだもん」
仕方なく直輝は後ろにまわって、ブランコの動きにあわせて美和の背中を押してやる。
「そーいえば昔から、ブランコ好きなくせに乗るの下手だったよなぁ」
「上手い下手ってあるのー?」
「あるだろ。普通、こうやって押さなくてもある程度まで高くなるもんだけど、お前はいつまで漕いでてもずっと足がつく高さでさー」
「ひどーい。一生懸命漕いでたんだよ、あれでも」
「ホントかぁ? 俺いっつも後ろから押す役でつまんなかったぞ」
「あはは、その頃もあたし押させてたんだっけ」
「そう。……で、一番最初にちゃんと乗れたのが、ここのブランコだったんだよな」
「そうだった!?」
「そう。だから帰りたがらなかったんだよ。無理矢理連れて帰られてからも、ずっとここに来たいって言ってたの、覚えてないか?」
「……全然……」
相当聞き分けのない子供だったことは自覚していたけれど、それを直輝に覚えられていたことが恥ずかしい。
「あたしって、わがままな子だったんだねー……」
「でもまあ、そのおかげで俺がこの公園のこと覚えてたわけだし、結局良かったんじゃねーの?」
「あ、そっか。そう考えれば、悪くもないのかな。だけど今、こうやって来られて良かったね」
そう言うと、ふと背中が軽くなった。
押されなくなったブランコは、すぐに勢いを失くして美和は地面に足をついてしまう。
「……直輝?」
振り返ろうとすると、後ろから抱きしめられる。
「なんで先に言うかなー、それ」
頭の上から、直輝の声が降ってくる。
「それって?」
「美和と、またこうやって話せるようになってよかった、って言うつもりだった」
「…………」
きっとすごく前から、お互いを遠く感じてしまっていた。
距離を縮めたいと思っていたのは、自分だけじゃなかったのかもしれない。
美和は、最近やっとそう思うようになった。
そうじゃなきゃ、一ヶ月前のあの日、直輝はチョコレートを受け取ってはくれなかっただろう。
昔と今で、気持ちは少し違うけれど、一緒にいて楽しいというのは変わらない。
「だから、バレンタインにお前が来てくれて、すごく嬉しかったんだ」
直輝の手を握って、美和はゆっくりと言った。
「あたしも、直輝が受け取ってくれて、すっごく嬉しかった」
「なら良かった。で、これはあれのお礼」
腕が離れたと思ったら、頭の上に何か乗った。
見ると、小さな四角い箱だった。
「わー、ありがとう! 開けていい?」
「うん」
リボンをほどいて箱を開けると、中は缶入りのレモンドロップだった。
「うわー、かわいい~。ありがとうっ」
美和はにっこり笑って、一粒口に入れた。
レモンの風味が口に広がる。
「よく覚えてたね、今日がホワイトデーだって」
「俺ってそんなに忘れっぽく見えるわけ?」
「だって。まさかこんなお返しもらえると思わなかったから」
「ひでーなぁ、もらったんだからちゃんと返すって」
また軽口を叩きながら、日も傾いてきたので来た道を戻る。
今度はしっかり手をつないで。
「思ってもないことしてもらえると、嬉しいもんだよね」
「じゃあ、嬉しかったんだ?」
「うん。あ、でももう一個、して欲しいことがあるんだけど」
「何?」
「上手に一緒に歩けるようにして?」
まださっきのやりとりを覚えていたのだ。
直輝はため息をひとつついて、小さく答えた。
「……努力はするけど」
当分は無理そうだな、と美和は思った。
なるべくなら後ろじゃなくて横を歩きたいから。
同じ速さで歩きたいから。
あたしもちょっとだけ早く歩くから、もうちょっとゆっくり歩いてね。
そうしたらいつか、二人でちょうどいい速さを見つけられるはずだから。
最終更新:2010年04月19日 18:57