カチューシャの方からキャラを使ってSSを書いて欲しいと言われて、書いた作品です
自キャラである
タオ=イーレイと、2018年7月12日時点でのロール扱いにしても良いと、許可をいただきました
拙作には、カチューシャの方からお褒めの言葉をいただきまして、ここにお礼を申し上げます
「ふぅ……さてと――――」
水の国、何の変哲もない雑居ビルに、ひっそりと開業している、とある整体院。
ひっそりと営業を行っているその医院の中で、店主である鍼灸医は、1人の来客と向き合っていた。
「ふふっ、楽しみなの、お姉様――――疲れを癒してくれる、すごい腕が立つお医者さんがいるって噂になってたの
……でも、意外だわ。それがこんなに素敵なお姉様だったなんて」
診療台の上、うつ伏せになっている女性がいた。
プラチナブロンドの長髪と、紅の色の差したマリンブルーの瞳が印象的な、どことなく雪の印象を思わせる、白い肌の女性。
施術用の簡易な服装に着替えて、診療台の上に寝そべっている姿は――――普段の姿とは違えど、それでもどこか艶やかな雰囲気を醸し出す。
肩越しに女医を振り返りながら、女性はどこか挑発的な笑みを浮かべていた。
「はぁ……なーんでしょ、随分と癖の強そうなお客さんですねぇ。一体どこから、どんな噂を聞いてきたのやら」
「それは秘密。お姉様だって、細かい事を気にしてたら、良い仕事はできない。でしょ?」
「まぁそりゃそうですけどね、えぇ。じゃ、ま……始めて行きますからね。ここからはその身体、私に預けてもらいますよ?」
女医は思わず頭を抱えていた。この女性――――カチューシャは、間違いなく水の国では有名人だ。
大規模な戦乱の中で、大立ち回りをした悪人として、世間の
出来事にアンテナを張っている人間なら、誰でもピンとくるだろう。
何故、彼女がここにいるのか。女医――――イーレイは、その疑問を胸中で何重にも渦巻かせながら、それでも諦めたようにため息を吐いた。
――――これまでだって、そうした後ろ暗い客を迎える事はあった。なら今回も、ただ医者としての仕事をこなすだけだ――――と。
「さて……どこか、身体が疲れているとか、動きが固いとか、しんどいとか……そういうところ、ありますかねぇ?」
「……全部。全部解して欲しいの」
「……やれやれ、それじゃあ相応にお代頂く事になりますよっと……しょうがないから店は閉じて……それと、ユーカリのアロマを用意してっと……」
どうやら、今はカチューシャへの対応につきっきりという事になりそうだ。イーレイは店の入り口の札をclosedに替えて、アロマオイルを焚き始めた。
ほどなく、施術室は爽やかな樹木の香りで満たされる。透き通るような葉の香りは、思わずそれを味わうために呼吸したくなるほどの爽快感だ。
「それじゃあ始めるわよ。あなたは力を抜いてリラックス……もし、痛い所とかあれば、言ってくださいね?」
「お任せするわ。お姉様の手に掛かれば、いい夢を見れそう。そう思うの」
「……まぁ、居眠りしちゃっても構いませんけどね。でも、途中で姿勢を変えてもらったりは、ありますからねぇ?
では――――」
カチューシャとの問答は、なんとも捉えどころのないもので、イーレイは尚もため息と共に首をかしげていた。
なんだか、ペースを外されっぱなしである。カチューシャの言葉は、言い様のない浮遊感があって、御しにくいものを感じさせる。
自分のペースに持ち込めない事が、イーレイには不満だったが、それでいつまでもまごついていても仕方がない。気持ちを切り替えると、カチューシャへのマッサージを開始した。
(さて、まずは全身の血流を促しながら、調子を確かめて――――)
タンクトップと短パンの、ラフな服装にさせたカチューシャの背面を、イーレイは少し力を込めながら撫でていく。
――――マッサージに慣れている人間の掌と言うのは、体温が高めになっている事が多い。それもまた、効果の上では大事な事なのだ。
それによって表面を圧迫し、撫でさすりながら、カチューシャの身体を予備的に解していく。まずは筋肉もリラックスさせて、奥のコリを分かりやすくするのである。
「ふぁ……あったかい」
うわ言の様に、カチューシャの口から言葉が漏れる。既に目がトロンと緩んでいた。
(――――若干早い様な気もしますが。どれ、もう少し……)
身体のラインに沿って、背中を上体から下体へ下る様に、撫でさすっていく。普段重力にひかれている下半身は、血流が滞り浮腫んでいる事が多いのだ。
まずは、そこへと血流量を増やし、同時に血流そのものを促す事で、全身に血を巡らせてやる必要がある。
短パンを履いた太もも、そしてストッキングの跡が残るふくらはぎ。下腿は特に、最初の下ごしらえから丁寧に、撫でさすっていった。
「……全身って事なので、まずは背中、肩回りから下っていきますよ。そして、ひどそうなところはその都度、集中的にやっていきますからね」
「……」
無言でコクンと頷いたカチューシャを確かめて、イーレイは肩回りの指圧に入る。
両手親指の腹を使い、背骨のすぐ横から、側体部へ、内から外への圧力をかけていく。筋肉、そして血流の流れに沿う事が、マッサージでは重要になるのだ。
(……当たり前と言えば当たり前でしょうけど。随分と鍛えられた筋肉してますね。外見からじゃ分かりづらいですが、引き締まった筋してますよ……
でも、同時に凄い酷使もされてるみたいですねぇ。鍛えた分だけいじめてるって感じが……もうしてきてますねぇ……)
指先から返ってくる感覚は、かなり固いものだった。特定のコリを感じさせるというよりも、筋繊維そのものが凝固している印象だ。
これで良く、体調を崩さないものだと感心しながら、イーレイはカチューシャの肩回りを順繰りに指圧していく。
日常においても、既に半ば緊張が解けないようになっているのだろう――――そうした筋肉の血流を促し、そして揉み解す。
滑らかな肌の奥、どこかゴムの様に固まっていた感触が、徐々にこなれていった。
「んっ……ふぅ、っ……あったかい、体の奥から……」
「血流が促されると、身体の熱も巡り出すもんです。あなた、冷え性で困ってたりするんじゃないですか?」
リラックスした様子のため息が、カチューシャの口から漏れる。陽光の前に緩み始める粉雪の様に。
頬にも、微かに朱が差しているようだった。どうやら、順調に血流が促進されているらしい。
身体がちゃんとした休息を取り戻せば、筋肉の疲れも取れ、体温も上がりやすくなるだろう。『冷え』は様々な体調不良に繋がる。やりがいのある仕事となりそうだった。
(ま、肩はこんなもんでしょう。腕はまた後で個別にやるとして、次は……)
イーレイの手が、カチューシャの背筋を下り始める。背筋は、上体を起こす大事な筋肉だが――――。
(うわ、こりゃひどいですねぇ。伸びきって、柔軟性を失いかけてるじゃないですか。ちゃんと伸縮させてやらないと――――ん?)
背筋は、伸ばされ切った様子で、疲れ果てている様だった。一応、この周辺も鍛えられてはいる様だが、その割に使われていない。
まるで、前傾姿勢で多くの時間を過ごしているような状態――――それに思い至ると、イーレイの表情が変わった。
「んっ、く……ぅ、そ、そこ……痛い感じ、だわ……」
「――――でしょうねぇ。こりゃまるで、スナイパーかなんかの身体ですよ」
「っ……分かるの、お姉様?」
「――――身体ってのは、言葉みたいに嘘をつくもんじゃないんですよ。こうやって触らせてもらえば、大体の事は分かるってもんです
同じ姿勢でじっと、しかも長時間……そんな風に過ごしてる身体ですねぇこれは……しかも、身体の前に、何かを構える様な姿勢で……そんで、あなたの噂を考えれば……自然と分かるってもんです
……人によっちゃ、握手しただけで、とか、見ただけで……とか、そんな達人もいるって話ですが、まぁ流石に私はそこまで鍛えられてない訳で、えぇ……」
「……ふふっ、流石なのかしらお姉様。やっぱり凄腕だって噂は、本当だったの……」
解説しながら、イーレイは先ほどの続きの様に、軽く掌の圧迫だけで済ませた。こうなると、必要なのは指圧ではない。これも身体を起こしてからの処置が必要になるだろう。
その前に、腰・脚の処置を済ませてしまう方が先だった。
(ちょっと……指が流石に疲れてきましたねぇ……こうも長時間、1人の相手をするのも久々だったもんで、やれやれ鈍ってますねぇ。仕方ない……)
臀部へと指圧を進めるイーレイだが、徐々に握力がしんどくなってきていた。だが、マッサージ的にはまだまだ折り返しと言ったところだ。
大腿筋、そして大臀筋は、人体の中でも主要な、しかも筋量として一二を争う、大きな筋肉だ。ここを手落ちで進める訳にはいかない。
手のコンディションを勘案すると――――イーレイは微かに躊躇いながらも、施術台に手をかけて乗り上げる。
「……ちょっとここ、深そうなんで……失礼しますからね」
「っ、ふぇっ……?」
ぼぅっとマッサージに浸っていたカチューシャの目に、戸惑いが浮かぶ――――イーレイが、その背中に覆い被さっていた。
うつ伏せで寝そべっている上に、更にうつ伏せでのしかかる様に。だが、その体重はしっかりと支えられたうえで、マッサージも続いていた。
イーレイは両手で体を支えると、折り曲げた両膝で、カチューシャの尻に膝立ちになり、そこに体重をかけていたのだ。
そのまま、膝を使ってぐりぐりと、深く、そして広範囲にわたって圧迫する。
「んぅ……くぅ……っぁ、これ……っ、深い……じんじんする、ぅ……の……ッ」
「不躾でごめんなさいね? でもここ、本当に深そうだったから……指よりも、掌底よりも、やっぱり膝が一番ってもんなんですよ」
体重をかけ過ぎないように、そしてバランスを崩さないように。腕で体を支えながら、イーレイは膝を入れ続ける。
――――拳法には、掌底のちょうど逆、折り曲げた手首の外側で相手を打つ技がある。折り曲げた関節部分と言うのは、固く強いのだ。
その固さと、程よい丸み、そして自身の体重をかけやすい姿勢を使って、カチューシャの臀部を奥から解していく。
筋繊維の奥の奥まで、じっくりと圧力を掛けながら、身体を揺らしてかき混ぜていく。疲れの溜まった筋肉が、強く緩やかにシェイクされる。
グリグリと、小気味良い感触と共に、張りが緩んでいく。大きな筋肉を解せば、血流の促進効果も大きなものになるだろう。
「う、ぅん……淀みが……淀みが、溶けて流れるみたい……――――身体が、じわーって、熱くなるの……」
「ふぅ……うんうん。少しばかり、汗もかいてきたみたいですねぇ。良い感じに身体に効いてるって事ですよ。それじゃあ続き、足の方を――――」
まだトルソ(胴体部)だけしか及んでいないのだが、既にカチューシャの身体は、マッサージの効果が反映されている様だった。
施術者にとっては、マッサージと言うのは結構な重労働となる。姿勢を崩して再び立ち、額の汗を拭いながら、イーレイは一息つく。
露出しているカチューシャの両手足は、血色が良くなり、微かに汗ばんでいる様だった。
(って……まだ指はきつそうですねぇ。身体支えてたの抜きにしても、あんまり箸休めにはならなかったようで……
它无济于事(仕方ないですね)……新兵器、少し早いですがここでお披露目しちゃいますか……!)
軽く手をニギニギと動かすが、まだ握力はきつそうだった。調子を確かめると、イーレイは次の作業に移る。
タオルで、まずは汗ばんだ足を軽く拭うと、戸棚から2本の棒状の物体を取り出す。
機械仕掛けの、短い鉄の棒と言った感じのものである。それを2本、右手に握りしめると、グリップの部分を操作する。
ジーっと小さな機械音が聞こえ始め、逆手に持ったその棒の丸い先端を、左手の掌で確かめる。
「あちっ、あつっ……ッ、よし、これくらいですかね……!」
丸みを帯びた先端は、発熱しているようで。その温度を確かめると、脱力して寝そべっているカチューシャの足の裏に、その棒を押し当てた。
「んぅっ……な、なに……? これ……あったかい……?」
「疑似的な棒灸ですよ。こいつでグリグリと解してやりますからね? アロマ焚いてる中で、本物の灸を使うと、嫌な臭いになってしまいますからねぇ……」
程よく熱されたその棒を、カチューシャの足に押し当て、奥を解すようにグリグリと力を込める。
これなら、指で直接指圧するよりも負担が少なく、かつ熱の力で効果的に解しの刺激を与える事も出来る。身体の末端の最たる部分である足の裏は、特に念を入れる必要があった。
「ん、く……ふふっ、っく……くすぐったい、の……ッ」
「我慢してくださいな。地面を踏みしめる反作用で、足へと下った血液は身体へと返っていくんです。足の裏が解れないと、足全体が浮腫みやすくなるんですよ?
踏み竹とか、聞いた事はないですか? そういう効果があるんです」
足つぼマッサージ、等と言う専門の分野があるほどに、足の裏と言うのは健康と関係が深い。その分、イーレイも念入りに解しにかかった。
接地面である以上、足の裏が固いのは仕方がない事だが、その奥までが固いと、負荷が掛かりやすくなる。それを解すのは、足全体に大きな効果があるのだ。
熱された棒が、グリグリと足の裏をこね回す。普段、一番体重が掛かる場所だけに、凝りやすいのは仕方がない。相応に時間をかける必要があった。
筋張りやすく、凝りやすい足の裏を、熱く、強く解していく。身体の中心への流れが解消されるように、血管の筋に沿いながら。
「ふくらはぎも、太ももも……まぁ当然と言えば当然なんですがね、相当に使ってらっしゃるようで。少し、血を身体へと返してやりましょうねえ……」
「ふぅ、っ……足も、足も全体が、じわじわって来るの……緩んで、溶けちゃいそう……」
膝から下を全般的に動かす太もも、そして爪先に踏み込ませるふくらはぎ――――順番通りに、機械棒灸による圧迫術は続く。
脛の両側に走るリンパ腺も、同断だった。酷使した身体の反応か、少し骨身に来るような痛みがあったようで。
それを解きほぐしてやる事こそ、マッサージである。丸みを帯びた熱い棒は、身体の線をなぞり、灌漑する様にカチューシャの足を圧迫していく。
血は熱を身体に巡らせ、そして浄化させていく――――火照りと共に、上等の毛布に包まれた様な多幸感が、カチューシャの身体に湧き上がっていった。
「夢みたいだわ、お姉様……まるで太陽に、優しく照らされてるみたいで……冷たい氷も、溶けてしまいそう……」
「そりゃあ良かったですけどね。……さあ、そろそろ起きてくださいな。両手は流石に、寝そべったままじゃできないんですからねぇ……
横側に、腰掛ける感じで足を下ろして……で、手を横に伸ばしてもらいますよ」
身体の後ろ側、そして脚全般の解しが終わり、いよいよ上半身となる。半ば夢心地のカチューシャを、無理やりに起き上がらせると、施術台に腰掛けさせる。
若干不満そうながらも、カチューシャはそれに従った。スラリと伸ばされた白い腕が、イーレイの手に掴まれる。
「まずはこの手も足と一緒。手首の先から肩口まで、こいつでグリグリしていきますからね
特に、指先は疲れる事が多いんじゃないですか? まぁそれは、現代人には誰にでも言える事ではありますけど」
「仕方ないわ、それは女の宿命でもあるもの……いきり立つ暴れ馬も、大木も、この手で御さなきゃいけないのだから……」
「っあー……はいはい、それじゃあ手を出してくださいな」
施術台の上で片膝を立てる姿勢で、カチューシャの手を受けとると、イーレイは棒灸をカチューシャの掌にそっと宛がう。
まずは、その温度が高すぎない事を確かめさせて、慣れてきたところで、本格的に力を込めて、奥を解していく。
単純な運動量が一番多いのが足なら、複雑な運動が一番多いのが手首・指先となる。それは、握力を司る腕の筋肉まで、ずっと繋がっている。
手の平と甲を挟み込むように、2本の棒灸をスナップさせていく。親指と人差し指の間――――『合谷穴』と呼ばれるツボも、しっかりと刺激して。
「ふ、っ……また痛むの……っ」
「ここはねぇ……大抵誰がやっても痛む場所ですからねぇ。でも、ここを解すのは大事なんです。お風呂とか入る時、自分でも揉み解すの、お勧めしときますよ?」
そのまま、肘へと昇っていく。この、手首と肘の間の部分こそ、指先の筋肉の運動と連動して、特に疲れやすい箇所なのである。
筋肉量の多いそこを、丹念に熱を以って押し解していく。強張りを緩め、血流を促進させるように。それは、絡まった糸を解して、指の掛からない綺麗な束にする様に似ていて。
――――やはり、腕は強く固められていた。戦闘で最も使う攻撃手段である事は、間違い様もない。長時間の疲労が溜まっている事が、容易に見て取る事ができた。
ここまで来ると、彫刻を削り込む感覚にも似てくる。優しく、疲労の原因となっている、余計な部分を削り落としていく様に。カチューシャからしてみれば、手の甲へと通じる、コリコリした感覚を味わう事になるだろう。
腕から二の腕へと、順番の圧迫は続いていった。
「っ……ふぅっ。っと……さて、それでは左腕も同じように……」
通常、四肢の1本だけでも、全体を丹念にマッサージしようとすると、10分以上の時間がかかる。既にこの時点で、今回のマッサージは1時間に迫ろうとしていた。
当然の様に、作業の手こそ休めずとも、イーレイの表情に疲れが見えるようになり、時折タオルで汗を拭う。
しかし、終わりは確実に見え始めているのだ。軽く頭を振って気を締め直すと、左腕の作業に取り掛かった。
右腕と同じく、左腕も手首から腕、そして二の腕へと順番にマッサージを施していく。柔軟性を失いかけて、固くなっていた筋肉を、リフレッシュさせるように。
血流を促し、淀みを溶かし込み、身体の状態を元へと戻していく。それは、カチューシャの身体に、生命の熱量を取り戻させるような行為だった。
「身体が……身体が熱いの。たまらない……身体がまるで、悦んでるみたい。逞しい手に、抱かれているみたいで……」
「……まぁ、幸せな温かさは感じるでしょう。でもそれは、あなたの身体の中から湧き出るものですからねぇ。誰でもないあなたのものですよそりゃ」
(……なんとなーく、コツが分かってきたような)
「それでも、確かに良いのかもしれないわ。一人で熱い幸せに耽るのも、決して悪い味じゃないから」
「っぐ……」
(……甘かったですねぇ。なんでしょこれ……)
「――――さて、いよいよ最後ですねぇ。あなたの胸回り……多分、ここも相当に凝ってると思いますよ?
と言うよりも、あなたにとっての背中の痛みは、間違いなくここら辺のコリの反動が、背中に来てる事が由来ですからねぇ。こっちを解してやれば、背中も楽になってくはずってもんです」
背中と四肢を終え、最後の箇所に取り掛かる。一度棒灸のスイッチを切り、違う2本を取り出すと、それをそばへと置いて。
カチューシャの背中のすぐ後ろへとイーレイは移動する。背骨に宛がうように、膝を立てて姿勢を作る。
「それじゃ、両腕を後ろに伸ばして、胸を反らして張る様に……背中側を少し縮めてあげなきゃ、こっちの辛さは取れませんよ。典型的な『巻き肩』になっちゃってますからねぇ」
「んー……」
イーレイの見立てで言えば、カチューシャの背中は伸ばし過ぎの傾向にあった。それは間違いなく、普段から前傾姿勢が多い――――銃を構えている姿勢が多い――――事の表れだ。
同時に、胸回りの筋肉もまた、普段から力を込められる事が多く、凝り気味である事が予想される。
それを解消するには、普段から縮み気味な胸部周辺の筋肉を伸ばして、背中の筋肉を緩めてやる必要がある。カチューシャの手を取ると、背後へと引っ張り、ぐっと胸を反らさせた。
背中を楽にしてやると同時に、これも、背中や足に対する最初の『撫で』と同じ、下ごしらえの意図がある行為だ。
「…………」
引き伸ばされ、劣化したゴムの様に縮む力を損なっていた背中の筋肉が、ぐっと緩められる。何度も何度も、繰り返し胸を反らし、肩を開かせ、背中を真っ直ぐに立て直す。
その度に――――カチューシャの、伏せている時には気にならなかった、豊満な胸部が強調される。ぐっと胸を突き出す形になっているのだから、仕方のない事だが。
「んっ……お姉様、カチューシャの胸が気に入ったのかしら。お姉様の手は、私を狙っていて……?」
「生意気な……そんな事を言ってると、本当にいじめ始めちゃいますよ? 最高のマッサージを受けたかったら、大人しくしてなさいな
――――さて、じゃあ私の身体を後ろ手に抱くように、ぐっと両手を回してもらいますよ。それで、胸回りへの最後のマッサージを済ませますからねぇ」
そばに準備していた棒灸を手に取ると、立膝でカチューシャの背筋を伸ばさせ、両腕を後ろへと回させる。こうする事で、胸部は最大限に引き伸ばされた格好になるのだ。
そうしておいて、イーレイは棒灸を構えた右手を、カチューシャに着せたタンクトップの裾から、中へと突っ込んだ。
「ぁ……っく、ぅん……」
「こうまでなるとねぇ、結構な負担になるって言いますよねぇ。おまけに良く銃を構えていなさるんでしょ? そりゃ胸元凝りますよねって話ですって」
上側から、弧を描くようにして、下側へ、外側へと抉るような軌道で、棒灸によって胸元を解していく。
豊満な乳房と言うのは、下手をしたら1㎏近い重量になるとも言う。それこそ、日常生活を送っているだけでも、胸部や肩部の筋肉には、結構な負担となるはずだ。
それを解きほぐしていく。本人としても、仰向けに横にさせた方が楽なのだろうが――――流石に、それはなんとも気まずい話だ。
胸を支えている筋肉をグリグリと刺激し、そして次にはアンダーバストへと移行する。乳房そのものも、恐らくは自重に疲れている事が予想されたからだ。
下からグッと軽くめり込ませ、そしてグリグリと押し込む。その度に、ブルブルと震えるのが、タンクトップの上から見て取れた。
「ん、く……熱い……っ。お姉様、やっぱりいたずら、してる……ぅん」
「いたずらじゃないです。この見事なクッションのおかげで、こうやってめり込ませないと、奥の筋肉まで届かないんですよ。そこは我慢なさってくださいな……」
(……いけないいけない。私の方も、我慢我慢、ですねぇ……)
予想通りと言うべきか、カチューシャの胸元も、大分疲れを溜めている様だった。筋張った感触が、棒灸を通じて手の内へと伝わってくる。
普段ならば――――こうも良い反応を返してくる相手には、相応の役得を求めるものだが、何せ相手は下手したら危険人物である。
今はその冒険を避けて、純粋に治療行為に没頭しようと自戒し、イーレイはそのままマッサージを済ませる――――。
「――――さあ、これで上がりですね。お疲れさまでした……やれやれ、随分とやりがいのあるお客さんでしたよ」
「ぅ……うぅん……あったかいの……溶けちゃいそうで……眠く……」
「……少し寝なさいな。30分くらいは、ここでじっとしてて良いですから。今全身が、血の巡りのおかげでリラックス状態にあるはずですよ」
およそ100分に及んだマッサージは終わり、イーレイは後始末を終えて、ようやく一息つく事ができた。
くてんと横向きに施術台に倒れ込んだカチューシャは、まるで子供のような静かな寝息を立て始める。言葉も、弱弱しく途切れ途切れだ。
患者用の大型タオルを、布団代わりに掛けてやりながら、イーレイは自分の手をグリグリとやり始めた。
――――恐らくカチューシャは今、雪が朝陽に緩み、溶けていく様な。そんな感覚に包まれている事だろう。
肉体的にも、そして精神的にも。マッサージによるリラックス効果と言うのは、疲れた身体には大事なものだ。
既に火は消えているが、ユーカリの香りは今でも部屋の中に立ち込めている。その空気を深呼吸で身体に取り入れながら、イーレイもミネラルウォーターを飲み、一息入れていた。
「――――ふふっ。最高だったわお姉様。おかげでとーっても、気持ち良かったの。夢のような時間、素敵に過ごさせてもらえたわ」
「そりゃ良かったですねぇ……まだ身体は火照ってるでしょうけど、その熱は身体に良いものだから、大事にしなさいな
あまり身体を冷やさないように……そうね、出来れば今日はこの後、ゆっくりと風呂にでも入る事をお勧めしましょうかね」
帰り支度が済み、カチューシャは入ってきたと同じ服装に着替えていた。
胸元を大きくはだけさせた黒いスーツと、タイトスカート。そしてストッキングとピンヒール。その上に羽織る白いコート。
なんとも攻撃的な格好だが、それでも先ほどの、施術用の服装よりはマシかもしれない。
(……正直、体を冷やすその胸の開き方とか、足を苦しめるストッキングとヒールは、止めてほしいもんなんですけどねぇ。まぁそこは、私が言うのも出しゃばりですか……)
医者として、思うところがない訳ではないが、流石にイーレイもそれは胸に秘めて。
「じゃあ、今日の診療代……15000になりますよ」
「はい。じゃあこれ……おかげで、今日はなんだか、生まれ変わったような気分になれたわ。この身体、新しく取り換えたみたい。最高よ、本当なの」
「そりゃ、全身メンテナンスしたも同然ですからねぇ。ちゃんと水分補給して、身体を冷やさないように……特にこの季節、冷房なんか、気を付けてくださいね」
どうやら、イーレイもカチューシャには満足してもらえたようだ。無事に会計を済ませて――――。
「――――あぁ、でもお姉様。私に対して遠慮してたのは、間違いないはずね? 知ってるわ、私も……お姉様の悪戯心、必死に食い止めてたのが」
「っ……」
「そこだけは、残念に思うの。そんな我慢なんて、窮屈でしかないわ。次があるなら……遠慮のないお姉様を、見せてもらいたいものね」
「……やれやれ、言いますねぇ……次があったら……哭かせちゃいますよ、私は……えぇ。さっきも言いました、あんまり生意気言わない事です」
――――去り際に、わずかな悪戯の残り香を置き土産に、カチューシャは退店する。
イーレイにとっての、『表』の1つの大仕事が、ようやく終わりを告げたのだった。
最終更新:2018年07月12日 22:50