しじまの星の軌跡と交わり、いまこのページを開いたあなたへ。
あなたが藍の岩場に足を取られるそのときに、わたしがあなたの親しき友でいられることを願う。
>はじめに
いまこの文章を読んでいるあなたは、果たして何者なのだろうか?
わたしがこの冊子を誰かに譲渡することはまずありえないはずだ。
だからきっと、わたしがうっかり冊子を落としたか、うかつにも盗まれたか、あなたがなんらかの異能によって盗み見ているのか。
あるいは、あなたがわたしの死体を漁ったという線もあるだろう。いや、もしかしたらあなたがわたしを殺して奪ったのかもしれない。
しかし安心してほしい。たとえあなたが、げに恐ろしき手段でもってこの冊子を手に入れたのだとしても、わたしはそれを恨みはしない。
あなたはこの謎めいた冊子に興味を持ち、その内容を紐解こうとページをめくった。わたしにとってはそれがすべてだ。
あなたの中にも大いなる浪漫を追い求める探究心があって、それがこの乱雑な文章をかき分けろとささやくなら、心のままに読み進めるとよいだろう。
さて、それでは――いまはまだ顔も名前も知らない未来のなにがしどの、初めまして。
わたしの名はイスト。この冊子は、わたしが蒐集してきた怪異譚の書付である。
その記念すべき最初の項目として、まずは "わたし" という怪異の詳細について記すことにしよう。
>"蒐集家"イストについて
イストの来歴
改めて、この冊子の筆者であるわたしの名前はイスト。出身は
櫻の国である。
職業は、探検家であり冒険家であり
"蒐集家" 。世界各地を探検してさまざまな怪異譚を蒐集してはこのような文章にして遺すのがわたしのライフワークだ。
蒐集家としての活動歴は長く、土着の風習の聞き取りから古代遺跡の実地調査、異能絡みの事件の解決など、手広くやらせてもらっている。
その性質上、特定の組織には属さず、主に
冒険者ギルドからの依頼の斡旋で生計を立てている。それなりに長いことやっているので界隈では結構名も知れているつもりだ。
ギルドを訪れて『蒐集家』の異名を出せば、誰もがそれはわたしであると答えてくれるだろう。
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うーん……。 不本意だけど、みんな『蒐集家イスト』じゃなくて 『好事家イスト』って呼んでるって書くべきだろうか? 最初にこのダサいあだ名を考えた奴はいずれ締め上げてやる……。 |
ひとくちに怪異譚と云っても、わたしの興味をそそるのは怪物だとか怪奇現象だとかだけではない。
この異能の星で、ヒトとヒトとが紡ぎ出していく物語。それもまた、蒐集に値する怪異譚たりうるとわたしは思う。
だから面白そうな人物や異能の話があれば即座に食い付くし、これから生まれうる物語を守るため、人殺しの類は断固阻止させていただく。
わたしはちょっとばかりしつこいぞ。
イストの容貌
わたしは女性で、身長はやや高く170センチ近い。年齢は……とりあえず二十代とだけ書いておくことにする。
瞳は両目とも深紫色。髪はごく淡い橙色で、毛先に向かって緑色に変わるグラデーションがかかっているのが一番の特徴だ。
もしあなたがわたしを探すつもりなら、以上の情報に加え、怪奇現象や異能絡みの事件の噂のある場所で待ち伏せるのが効果的だ。
露骨に助けを求めてみたり怪しげな儀式や会合を開いたりして、あなた自身が釣り餌になってくれるのならそれも良し。喜んで釣り上げられてみせよう。
覚えておいてほしい。怪異あるところにわたしはいる。
イストの異能
さて、このわたしを最もわかりやすく "怪異" たらしめているものとは何か。それはわたしが、いわゆる能力者であることだ。
わたしの操る力は主だって、『植物』と『石化』、そして だ。ひとことで表すのならば の力といったところだろうか。
『強力な耐熱性を誇る植物』を作り出し使役するのを基本に、自分の体や作り出した植物を石化させたり、 ことができるのがわたしの異能なのである。
その応用として以下のように、
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この項目は、もう少しだけ伏せておくことにしようかな。 どこまでを書くかはもう少し慎重に練った方が良さそうだ。
いきなり殺人鬼に襲われたりする世の中だしね……。
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といった幅広い使い道があり、戦闘のみならず日常生活でも重宝している。
この力がなければ、さしものわたしとて、奈落の遺跡や見上げる巨躯の怪物から生きて帰ってくることはできなかっただろう。
ちなみに、戦闘においては徒手空拳での立ち回りや刀を使った我流剣術なども併用しているが、これは異能ではなく単なる技術なのでここでは割愛する。
総じて、戦闘能力はともかく生存能力にはかなり自信がある、とだけ記しておこうと思う。
>おわりに
おおまかにだが、以上が、イストという怪異について現時点で語れる詳細である。
まだ書ききれていないことやあえて書いていないこともあるが、そこは許してもらいたい。
神秘は語り尽くせないからこそ意義があり、そこに浪漫が生まれるのだとわたしは思う。
それに、イストとは "怪異を蒐める怪異"なのだ。少しくらいは秘したものを残す方が、きっと面白いだろう。
さあ、これ以上を知りたいのであれば、ぜひともわたしを探してみてほしい。
あなたという怪異が紡ぎ出す怪異譚を蒐集できるその日を、わたしは楽しみにしている。
……あ、できればこの冊子はその時に返してね?
>最近の怪異譚
この僅かばかり余白は、最近蒐集した怪異――特に、ヒトとの出会いによって生まれた怪異譚のメモに使っている。
備忘録として要旨をつまんでいるだけなので情報量は少ないが、もしあなたが望むのならば、いずれ直接出会った時に酒の肴にでも披露しよう。
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【 "2019" と書かれた紙が折り畳まれて貼り付けられている】 |
血みどろ男の怪異
……こんな名付け方をすると彼に怒られるかなあ。でも割と見たまんまだったと思う。
ポール=ベイクドバットはわたしがとある湖でネッシーを探している時に出会った怪異、もとい男である。
入水自殺を試みていると勘違いされて、自分も喧嘩に巻き込まれてズタボロなのにわざわざ止めに来てくれた優しい男だ。
月の照らす湖畔で血みどろ男と語り合う時間は、なかなかに "怪異的" で、とても神秘的な夜だった。
可憐なる殺人鬼の怪異
ギンコは、路地裏で幽霊を探している時に行き逢った、可憐にして狂気的な殺人鬼だ。
なんとか退けたが、あと一ミリ刃が通っていたら首を持っていかれていた。あれはマジでヤバかった。
人殺しという行為は唾棄すべきだが、いつの日か彼女をその行為に駆り立てる "なにか" に触れられたらいいな、と心から思う。
……それはそうと「ギンちゃん」ってあだ名、かわいくない?
優しき人斬りの怪異
朔夜はわたしが "古塔の怪異" の調査に乗り出したとき、偶然にも居合わせた櫻の剣士だ。
思えば都合の悪い偶然ばかり起きる夜だった。身体を乗っ取られるのはなかなかおもしろい体験だったけども。
しかしあそこでかの "人斬り" に出くわした偶然だけは、わたしにとって非常に幸運であり有意義だったといえる。
古塔の主たる彼の想いを、彼女があの恐るべき剣技でもって斬り捨てることは、決してなかったのだから。
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古塔の怪異については別冊に転記した。 塔の古さの割に怪異が発現したのがたった一ヶ月前というのが どうにも気がかりだ。何者かの作為があった可能性もある。 追加の調査が必要だろう。 |
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最終更新:2019年05月25日 17:41