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有る被害者の物語

両手の痺れが、私を罵倒している。皆が私を嘲笑している。そのような被害妄想が、私の脳内を何週も、何週も駆け巡っていた。
喉元に突き付けられるは、竹刀。相手は武器を持っている。『あれ、私のは…?』その様な疑問が麻痺状態の脳に浮かび上がると同時に―――

「一本! 一刀正伝唯刃流、中邑 瑛月の勝ち!」

審判の快活な声で、『負けた』と言う真実が喉を貫いた。呼吸が一瞬、止まる。目線の焦点が合わない―――ようやく合った先には、額の汗を拭く相手。
中邑…と言っただろうか、確か父に「あの家には負けてはならぬ」などと念を押されてはいたのだが、誰であろうと負ける気などしていなかった。
それが、この有様である。

「フー…。 …。」

目線に気付いたのか、相手は一瞬だけチラリとこちらに眼を送った。其の流し目と同時に、口角が少しだけ上がっていた気がした。
その瞬間、「剣術小町」などと持て囃されていた私のプライドとでも言えようモノが、砕け散ったことを確信した。不思議にも音はしなかった。

まだ自信が何に怒り震えているかも理解できずに、振り返りその場を離れようとする。振り返った先にあったのは、畳に乱雑に置かれた2本の竹刀であった。
その光景を両目に受け入れた瞬間、あまりの感情の起伏に忘れていた痺れが激しく自己主張をする。其の時、私は理解した。どれ程無様な負け方をしたのか、を

(…両方、弾き飛ばされたんだ)

                ―――――――――――――――――――――――――――――――

武織流小太刀。其れが私の使う剣術である。順手逆手を多種多様に使い分け、相手を翻弄する変則二刀流…とでも言おうか。
私にとってはこれが当たり前なのだが、今まで他流試合で叩き潰してきた男共はいずれも意表を突かれたなどと悲しい言い訳をしていた。
…無敗であった。29戦29勝。全部が男から捥ぎ取った一本である。25連勝をした辺りから、「武織の剣術小町」だの、逆手を使うからか「くのいち侍」だの言われていた。
くのいち何とかは正直気に入らなかったが、「剣術小町」は気に入っていた。この頃の私は、自身に溢れ輝いていただろう。「男なんて」と思うようになったのは、此処からだったか。
だが、もうその私はいない。今の私は30戦29勝1敗であり、「調子に乗っていた小娘」であった。
其れでも素晴らしい戦績なのだが、日頃勝気な態度で周りからは嫌われていた様であり―――私を嫌う連中は少しのヒビを抉る様にこじ開けてきたのである。

「…ああああああああああっ!!!!!」

その日から3日ほど遅れて感情が、鬼の如く湧いて出てきた。周りの眼も変わり、「無様な負け方をした勘違い少女」などと言われていたようだ。
―――怒りを撒き散らすためか、修行か、理由は解らないが、こっそり家の真剣2本を携えて山に籠った。喚き声と共に木に十字傷を作る度に、フラッシュバックする光景。

相手の面を受けようと、順手に持ち替え十字に竹刀を交差した刹那―――手に奔った衝撃。二本同時巻き上げを喰らった、と言う真実。
軌道は全く見えておらず、今でも信じがたい。受け止めたと思ったら、両手の獲物が弾き飛ばされ、喉元に竹刀が突き付けられていた。意味が解らなかった。

「中邑…エイ…ゲツ…」 

私に土を付けた男。私の名声を堕とした男。私を―――哂った男。この感情は悔しさではない、怒りとも違う―――これを殺意、と彼女は呼ぶことにした。

                       ――――――――――――――――――――

―――8年後。流石に8年も経てば昔の恥など薄まる。あの後、3回ほどリベンジのチャンスがあった。が、一度も彼女の竹刀が彼の身体に触れることは無かった。
一度2人きりで会い、真剣勝負を申し出たりもした。殺す気でいたし、失意に満ちたあの時は殺されても良いと思っていた。
結局、抜いた真剣を弾かれた上に、絶望の余り切腹しようとした私に峰打ちを食らわせて失神、目を覚ませば道場の天井だったことまである。
あの時、私は彼に勝つことを諦めた。そして私はこの日まで親の跡を継いで道場の師範を務めていた。未練はあるが、可愛い子供たちに囲まれて汗を流すのは悪くなかった。
ある小雨の日、毎朝の勤めである道場の雑巾がけをしていた所に、来客が来た。サングラスをかけた、金髪の男であった。櫻の人ではないことは傍から見てもわかる。
肌は白く、左頬に昇る黒龍のタトゥーが特徴的であったが、其の微笑みからは敵意の欠片も無かった。

          「…お嬢さん。 武織…千代さん…。 さて、此処に薬があります…名を「beyond2」と言うのだが」
              「殺したい…殺したくて堪らない…殺さないと気が済まない…!! そんな人が…」

                     「 ――――――― い る で し ょ う ? 」

―――其の後暫くの事は、覚えていない。その日から、道場に募る埃の量が、増えたとは聞くが。

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最終更新:2012年06月19日 01:38