マリー・セレスト号


メアリー・セレスト号とも。
1872年12月4日の朝にイギリスのディ・グラチア号がセント・ビンセント岬(ポルトガル)沖480km近辺で漂流しているのを発見した船の名前。
ディ・グラチア号の船長が信号を送っても何も反応がなく、望遠鏡で見ても甲板に人影の一つすらなかった。
不審に思った船長と二人の水夫が乗り移り隅々まで探索したものの、船室には金銭宝石、積荷はもちろん水や食料まで残されていたが人間は誰一人として発見できなかった。

だが、真に奇怪なのはその内部の様子であった。
船長室のテーブルには食べかけの朝食、湯気の立つコーヒー、飲みかけの哺乳瓶があり、洗面所には髭を剃りかけた剃刀が、調理場には火にかけられたスープがあったといわれている。
まるで、さっきまで生活が行われていたかのようにさまざまな痕跡が残っていたのである。

つまり、つい今しがたまで人が居たにもかかわらずそれこそ異次元に消え去ったがごとくその場から居なくなってしまったとしか言いようのない状況だったと言うのである。


船長室にある航海日誌によればこの船は282tでイギリス船籍。船長の名前はベンジャミン・ブリックス。乗組員6名、船長の妻ファニーとその娘の合計9人を乗せ1ヶ月ほど前にニューヨークを出発したとなっていた。

結局、港までディ・グラチア号に曳航されてきたこの船をジブラルタルの港湾警察とイギリスの警察が調査したが、乗員の行方は杳として知れなかった。




以下、浪漫も何もない話


あまり有名ではないが、「机の上に料理は無かった」という証言や「救命ボートがなくなっていた」という事実があるため、ただ単に乗組員全員が救命ボートに乗り移りそのまま遭難し、船だけが発見されたとも言われている。
もっとも、船が無人であった理由は上記のように説明できるが『何』があったかは依然謎となっている。

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最終更新:2005年09月01日 09:00