彼には、さまざまな異名がある。
気遣いのために生まれてきた男。
無駄な才能を無駄に極めた男。
変な女と結婚するぐらいならルームシェアしたい男。
常に真摯で全力で前のめりな男。
麻雀を愛しすぎて牌に嫌われた男。
ミンチ。
是非とも旅館の料理人として欲しい男。
ちょっとイイヤツだけど生意気な馬鹿男。
FXで幾ら稼げば残りの人生を売ってくれるのか聞きたい男。
真っ直ぐそうで基本素直じゃない男。
麻雀が苦手だから人間味を保ってる麻雀プロ。
べしゃりとお笑いの才能がある麻雀プロ。
強烈すぎるシュートを打つ麻雀プロ。
師弟関係というより純粋に一緒にいて楽しい友人。
休日一緒に遊びにいくと飽きさせない友人。
尊敬する先輩。
可愛い弟分。
手のかかる後輩。
最高の友人。
暖かい人。
正直、優良物件。
兄貴。
師匠。
京ちゃん。
そんな――須賀京太郎であるが。
彼の麻雀人生を端的に表す、象徴となる異名があった。
日本プロ麻雀界における若手麻雀プロランキング、通称MARSランキング――13位。
――「オカルトスレイヤー」。
京太郎「あー、疲れた」
京太郎「人と話すのは好きだけど……いつもと違う感じだと、疲れるんだな」
京太郎「うーん。肩が痛い」
京太郎「うおっ、は、ハギヨシさん……」
ハギヨシ「よろしければ、これを」
京太郎「紅茶、ですか……?」
ハギヨシ「多少なりともリラックス効果のあるハーブを使用してあります」
ハギヨシ「温度は人肌並みにしてあります」
ハギヨシ「ですが……お茶というのは喉の油分を剥がしてしまうのを失念しておりました」
ハギヨシ「……私も、まだまだ未熟です」
京太郎「そんな!」
京太郎「ハギヨシさんが用意してくれただけで、充分っすよ!」
京太郎「もう、三杯は楽勝っすね!」
ハギヨシ「ふふっ」
ハギヨシ「そう言って頂けると、私も執事冥利に……友人冥利につきます」
京太郎「あー」
京太郎「あー、温かいー」
京太郎「あー」
京太郎「……正直、ハギヨシさんと付き合いたい」
ハギヨシ「おや、同感ですね」
ハギヨシ「お互いの性別が違うなら……ですが」
京太郎「勿論、スタイルもよくなきゃ」
ハギヨシ「ええ、同意します」
京太郎「ただ……」
ハギヨシ「はい……」
京太郎「今のハギヨシさんとの関係を捨てたいかって言われると……」
ハギヨシ「それは断じてNOですね」
照「……!」
咲「……お姉ちゃん?」
久「色々誤解を招きそうね……」
和「何がでしょうか?」
マホ「マホにも教えて下さい!」
まこ「……あんたらは知らんでええ」
一「やっぱり、二人とも仲がいいね」
桃子「……あ、はい。そっすね」
などと、麻雀教室の合間の休憩に談笑をしていた。
そんな、ときだった。
「……打て、ますか?」
開かれた、雀荘の扉。
ゴシック調のTシャツにホットパンツを合わせた、金髪の少女。
簡素な白ワイシャツに赤いチェックのミニスカートの、黒髪の少女。
京太郎(……唐揚げ? いや、竜田挙げ?)
京太郎(んで、キャンディーじゃなく……アタリメか)
京太郎(なんつーか似合わねえな)
年のほどがどれくらいかは知らないが、目鼻立ちが整った少女たち。
それが食い歩く代物ではなかったのだ。
その事になんとなく、京太郎は違和感を覚えたのだが……。
照「……!」
咲「……っ」
二人は、違った。
まこ「ああ、麻雀教室か?」
まこ「それなら、受付はそこに――」
「――違います」
「プロと打てるって聞きました」
「私たちは、本気のプロと打ちたいんです」
「麻雀を教えて貰おうなんて、思ってない」
まこを遮って、少女の片割れが言った。
声はまだ、幼い。
客商売であるまこは露骨に表情を歪めこそしなかったものの、
年不相応な、慇懃無礼にしてどこか不遜な少女の物言いに、眉を寄せた。
なにせ、その言葉はこの場に集まった客すべてを否定しているのだ。
個人の好事嫌事はともかくとしても、やはり、客商売として見逃せる言葉ではなかった。
京太郎(若いなー、おい)
一方の京太郎としては、そんな感想しか生まれない。
あんまり酷いようなら止めるかと思いつつ、静かにカップを啜る。
一を見ると、肩を寄せていた。
「げっ、あいつらかよー」
「つまんねー奴、きてんじゃん」
「なんかお高くとまってるっつーかさー」
「もう、そういうのはやめなさいよ!」
京太郎(……)
京太郎「……なあ、あれ、お前らの知り合いか?」
「うん、そうだよ兄貴ー」
「転校生って奴ー」
「姉妹じゃないけど、おんなじ時期に来たんだよねー」
京太郎「ふーん」
まこ「そんなこと、言われてもな……」
まこ「そら、打ちたいのは皆同じ」
まこ「後から来て、ハイそうですかとは行かんよ」
「……行くってば」
「だって私たち、ここにいる誰よりも強いから」
「だからプロと打たせて下さい」
まこ(こん、ガキゃあ)
人を人とも思わない言葉というか。
客であること、子供であることを差し引いても青筋が浮かぶ。
さて、どうしたもんかと思いきや……。
京太郎「そりゃ、プロがいるなら打ちたいよな」
金髪の後輩が、人懐っこい笑みで割り行った。
ご丁寧に膝を曲げて、少女に目線を合わせて。
ぴくりと、少女の眉が動くのを――まこは見逃さなかった。
「……そうです。話が早いですね」
「私たちは本気のプロと打ちたいんです」
「ここに来てやっぱり判りました。打たせて下さい」
相手に許可を求める口調ながらもその実、有無を言わさないという気配が醸し出されているそれ。
子供の時分は、まこもそれなりにやんちゃではあったが……。
流石にここまでではないと、振り返り溜め息を漏らしたくなった。
京太郎「ま、そうだな……」
京太郎「お前ら、俺ちょっと抜けるけどいいかー?」
「兄貴が言うならいいよー」
「えー、おれ、兄貴と打ちたーい」
「馬鹿、兄貴の邪魔すんなよー」
「わかった。我慢するー」
京太郎「いい弟分たちで、俺も幸せだよ」
京太郎「つーわけで、打てるぜ」
京太郎「半荘二回。持ち点10万点のウマオカなし、焼鳥割れ目なし、赤4枚、アリアリ」
京太郎「最後の点数が高い奴が勝ちってことでいいか?」
「ルールはそれでいいけどさ」
「私たちが打ちたいのは――」
京太郎「ああ、“知ってる”」
京太郎「お前らのことも、“判ってる”」
京太郎「それでも、俺が相手をするって言ってるんだよ」
京太郎「あの二人が一斉に抜けたら、麻雀教室が成り立たなくなるだろ」
京太郎「飛び入りなんだから、それぐらい我慢しろよ。それが、ルールだぜ?」
京太郎の言葉に、金髪――竜田揚げの少女が露骨に顔をしかめた。
もう一人、先ほどから表に立って敬語で話している黒髪――烏賊だか蛸だか下足の少女も、僅かに眉を寄せる。
そんな二人の様子を、笑いながら……どこか静かな瞳で京太郎は見やる。
竜田「……“何もない”癖に」
下足「判りましたけど、私たちが勝ったら……宮永プロと戦わせて貰えるんですか?」
京太郎「1位か2位になって……且つ、俺より順位が上」
京太郎「それなら打たせてやるよ」
竜田「……ふーん」
下足「それでいいんですね? プロって言っても、変わりませんよ」
京太郎「二言はねーよ」
京太郎「子供との約束は、守らないとな」
京太郎「あと、変わらないっつってるけど――」
京太郎「それが、麻雀に絶対があるって意味なら……」
京太郎「そんなことは違うって、言わせて貰うぜ? 予めな」
竜田「……」
下足「……とにかく、あとで違うなんて言わせませんから」
京太郎「言わねーって。絶対な」
子供たちに、他の面子を連れてくる。
そう告げて、背を向けると――。
休憩していた位置から、足を踏み出した二つの陰。
照は営業スマイルを忘れた、いつもの憮然とした無表情。
咲は心配そうに、京太郎を見ていた。
咲「京ちゃん……」
照「解ってないなら言うけど、あれは……」
京太郎「判ってます」
京太郎「あれは……オカルト持ち。それも、魔物級ですね?」
照「……うん」
咲「判ってるなら、なんで……」
魔物の持つ、どこか浮き世離れした雰囲気。
それは京太郎も、感じ取っていた。
オカルトはない。だから、咲たち能力者同士の感応ではない。
単純な、気配。
それも、オカルトじみたものではない。
会話をしたときに、相手がどういう人間かを推測する。
それでしかない。
能力故の不遜さ。能力故の傲慢さ。実力に比例した自信。
それがありありと示されれば、経験から類推は可能だった。
京太郎「だからこそ、ですよ」
京太郎「だからこそ、俺が戦わなくちゃあならない」
照「……」
咲「京ちゃん……」
照「無謀だよ」
照「能力とかじゃなくて……そもそも、分析してから戦うのが京ちゃんのスタイル」
照「何もなしで戦ったら、勝負にもならない」
京太郎「なんもなしじゃあ、ないですよ」
照「……どういう?」
京太郎「素点をでかくして……1半荘を“見”に使えるように、2半荘にしましたから」
京太郎「能力も判らない相手と、いきなり戦うわけじゃないです」
照「……半荘だと、不十分じゃないの?」
照「私ならともかく……そうじゃないなら」
照「もしたった半荘で把握できるなら……インターハイであそこまでオカルトは、跋扈しない」
照「違う?」
京太郎「……」
京太郎「……違いますよ」
京太郎「ええ、違います」
照「どうして?」
京太郎「それはこれからを――見てのお楽しみです」
照「……判った」
照「仇を討つ準備はしておくから、安心して」
京太郎「……信用ねーな、おい」
まあ、逆の立場なら……。
やっぱり、信用はしないと思う。
普段が、普段であるのだから。
咲「……京ちゃん」
京太郎「お前も、混ざんなよ……判ってるだろうけど」
京太郎「これは、俺の戦いだ。俺がやる、戦いだ」
京太郎「俺が――あいつらと戦わなくちゃあ、ならない」
咲「う、ん……」
京太郎「とりあえず、一応肩でも温めとけよ」
京太郎「そのまま、ベンチも温めさせてやるからさ」
咲「……京ちゃん」
京太郎「さて……と」
宮永咲、宮永照とは同卓できない。
これは言うまでもない。京太郎の臨む形とならないし、彼女らとの約束もある。
彼女は確かに強力なジョーカーカード。彼女が居れば、未知の相手とも五分に戦える。
というかそもそも、未知ではなくなる。
夢乃マホの前で麻雀を打ったのならば、彼女に、大まかであるが『能力の帰結』を把握される。
「大体判った」「カメンライド」――これが、マホのオカルトだ。(京太郎が命名)
彼女は何者にも揺らがない、デジタルの化身。法の体系。
その判断力もさることながら、単純な引きも強い。
オカルト持ち以外で、勝率が高いのは和だろう。彼女はコンスタントに強い。
だからこそ、駄目だ。
決定的に京太郎のスタイルと、合わないのだ。
京太郎は場を見る。山を見る。人を見る。
京太郎は、対応者だった。相手によって、己を変える。
変えなければ、勝てないのだ。高打点を生み出す引きがない。真っ直ぐ言っても及ばない。
近道も含めた遠回りこそが、京太郎の勝利の道。
だから、原村和との相性は悪い。
彼女はコンスタントに強いだろう。トータルで強いだろう。
でもそれの中には、切り捨てられるレアケースがある。
そのレアケースが、この一戦とも限らないのだ。
京太郎(さて……となると)
今回は、京太郎の戦いだ。
京太郎は、能力を持たぬ身で彼女らを倒してこそだと考える。
かといって、和了を控えて貰うかと言えばそれはまた別。
組んで打って勝つというのは、今回は本意ではないのだ。
勿論、考慮はして貰いたい。
貰いたいが、露骨にならない程度が必要である。
京太郎(結局は……俺が、上回ったって証明がしたい)
京太郎(どうしたもんかな……)
竹井久なら、いざというときの支えとなる。
あの引きの強さは、正に華であるからだ。
京太郎が誘導して、アシストできるだろう。
染谷まこなら、きっとこちらを立ててくれる。
彼女は、その経歴――家業が故に、“場の把握”が滅法上手い。
精密にその場を整えるくらい、訳もないだろう。
ただ、魔物のようなレアケースは不向きである。
豪運の初心者相手などの対策は可能となっても、そもそもが独自のロジックで動く魔物。
十人十色の特性がある。特化している。
牌符のない魔物にあてるのは、やはり不安があるのだ。
京太郎(うーん)
京太郎(染谷先輩は……厳しいか?)
京太郎(どうすっかな……)
京太郎(一さんとハギヨシさんは、衣さんの相手をしてたくらいだ)
京太郎(少なくとも、魔物の怖さを知っている)
京太郎(魔物にいいように、やられたりはしない筈だ)
彼女たちでは、勝てはしないだろう。
勝てたのなら、あの長野の予選の決勝戦は……また違うかたちであったと思う。
スタートも、ゴールも。
ただ、恐らくはこの中で……魔物と一番近しいのは彼女たち。
それはアドバンテージである。
京太郎(あとは……東横さんか)
京太郎(消える――実際消えてた――し)
京太郎(そういう意味だと、ある程度こっちのことを慮りながら適当に打ってくれれば、いいな)
京太郎(能力持ちってのが引っ掛かるけど……まあ、な)
京太郎「ハギヨシさん」
京太郎「お願い、します」
ハギヨシ「……私、ですか?」
ハギヨシ「私で……よろしいの、ですか?」
京太郎「ええ、貴方がいいんです」
ハギヨシ「……判りました」
ハギヨシ「貴方の気持ちに、精一杯応えさせていただきます」
照「……!」
ハギヨシ「オーダーは、如何ほどに?」
京太郎「そうですね」
京太郎「“この戦いはタッグじゃない”」
京太郎「そこだけです」
ハギヨシ「……了解しました」
ハギヨシ(彼の最後の視線から察するに……彼は、三人まで絞っていた)
ハギヨシ(何故その三人かを考えれば……彼がどのような形を求めているのか、理解できる)
ハギヨシ(私が選ばれた意味……)
ハギヨシ(彼が発した言葉の意味……)
ハギヨシ(……)
ハギヨシ(なるほど、判りました)
ハギヨシ(須賀プロほど、麻雀は上手ではありませんが……)
ハギヨシ(伊達に執事をしてはいません)
ハギヨシ(彼に足りないものを、補わせていただきます)
京太郎「悪いな、待たせた」
ハギヨシ「私が、同卓させていただきます」
竜田「……“持ってない”か」
下足「短いか長いかはわかりませんけど……よろしくお願いします」
竜田揚げを口に放り込んでた金髪の少女が、顔を上げる。
下足をかじっている黒髪の少女は席を立ち、お辞儀をした。
だが、どこか空々しい。
やはり、本質的なこちらへの敬意や思いやりなどは、感じられないのだ。
そんな二人を眺めつつ、席決めの牌を抜き、座席につく。
京太郎の下家が竜田。上家が下足。対面がハギヨシ。
そのような形となった。
竜田「……それじゃあ、始めよっか」
竜田「サイコロ回して――」
京太郎「――待てよ」
竜田「……」
竜田「……何ですか?」
京太郎「指に、脂付いてるだろ」
京太郎「ちゃんと拭けよ。ガン牌になっちまう」
竜田「……誰が、そんなことするかって」
竜田「判りましたー。拭きまーす」
京太郎「そうしてくれ」
京太郎「あと、打ってる最中に食うんなら楊枝を使えよ?」
京太郎「脂がつくし、妙な動きになるからな」
竜田「はいはーい。判りましたー」
竜田「……もう、学校の先生かっての」
竜田「……一々、五月蝿い奴」
京太郎「ああ、そりゃ当たりだ。大正解」
京太郎「大学じゃ教育学部ってな……教師になる勉強してたんだよ」
竜田「……聞いてないから」
竜田(……やっぱコイツ、ムカつく)
竜田(プロだかなんだか知らないけど、弱っちい癖に)
竜田(……年上だなんだって、そんな偉そうな空気出して、ムカつく)
竜田(……ウザったいし、速攻で潰す)
竜田(素人に負けた麻雀プロって、不名誉を被ればいい)
竜田(能力ないくせに……弱い奴らの側の癖に……)
竜田(……でしゃばるから、そうなるんだよ)
竜田(それを、教えてやる)
結果、牌が指し示した出親は京太郎。
東一局。攻めると言い切れない手牌。
別段、異常はなかった。
ダブリーや、配牌5シャンテンもない。
1シャンテン地獄もなければ、カンが飛び出す訳でもない。
配牌がそれほどよろしいとは言えないが故に、大事をとった“見”。
何も得られず――。
ハギヨシ「――ツモ」
ハギヨシ「1300・2600です」
同じく静観していたハギヨシが、12順目にてツモ和了する。
形としてツモってしまった。
だから、仕方なく和了した。それだけである。
そして東二局。
それは――起こった。
京太郎(射抜いて……みるか……?)
京太郎(だけどもまだ、判断材料が少ないしな)
京太郎(まだ、傾向ってほど傾向がわからん)
京太郎(ある程度安牌を抑えといて、少しずつ……進むか)
自身の手を整えて進む。
手なりで進めば行けるだろうが、高くもない。
かといって、副露してより速く進むには①筒のトイツと9索のトイツが邪魔。
刻子絡みがあるために、仕上がれば待ちは広くなるだろうが。
やはり、無理は禁物だった。
面前で、大人しく進める。射てるときに射つ。
使いづらいヤオチュウの刻子を温存しつつ、前にいく。
いざとなれば、ここを落として逃げる。
回し打ち、タンヤオに変化させるのも難しくはない。そういう意味では、悪くない。
だけど――。
10巡目に、それは起こった。
竜田「――カン」
クルリと返される、少女の手牌。
連風牌――東の、暗槓。
少女の指が伸ばされた。捲られる牌は、
京太郎(……マジかよ)
表示牌は――京太郎の風、“北”。
暗槓した東に、モロにドラが乗った形となる。
これだけでも、親っ跳……18000が確定。
だというのに、さらに……。
京太郎(いや、まさか……な)
京太郎(まさか……だよな……?)
竜田「――ツモ」
竜田「ダブ東、嶺上開花ツモ、ドラ4」
竜田「……8000オール」
竜田「これで、だいぶ離しちゃったねー 」
竜田「覚悟は、いいかな?」
東二局・結果
京太郎:89400 (-8000)
ハギヨシ:97200 (-8000)
竜田(金髪):122700 (+24000)
下足(黒髪):90700(-8000)
京太郎(咲+玄さんの能力……)
京太郎(いや……それとも、大星の変化バージョンか複合型……?)
京太郎(王牌を支配するのは、確実だな)
京太郎(2局で随分削られたな……10600点か)
京太郎(直接の点差にして、34600点)
京太郎(こいつは中々、グレートにヘヴィな状況だな)
もし、今のをもう一発食らったのであれば……。
ツモでの点差は66600点。
直撃を浴びたなら、82600点差。
いよいよもって、逆転など不可能となる。それこそ、役満を当てない限りは。
京太郎(役満なんて、そうそう出せねーよ)
京太郎(さっきのあんな事故はともかく、ここぞってときに俺は出せない)
京太郎(大星にブチ当てた三倍満だって……)
京太郎(混一色三暗刻対々和に咲のカンドラが乗っただけだ)
京太郎(元はと言えば、そんなに刻子が被ったのだって……咲の仕込みがあったから)
京太郎(俺自身の引きには期待できない)
京太郎(勿論、確率である以上大物手ってのは……できるけど)
京太郎(セーラさんみたいに、コンスタントにでかいのは作れない)
京太郎(そりゃあ、手作りには自信があるから……打点を高くもできるけどさ)
ただし、時間をかけねばならない。
淡のようなこちらにとっての『安全圏』が確定するオカルト持ちならともかく、
それ以外の魔物に足を止めるのは死を意味する。
躱して打つ。躱して打つ。
必要ないかぎり、極力無理攻めはしない。
放銃を減らし、取れる取れるとこを拾い、攻めるところで攻める。
そんな、ある種教科書通りの麻雀を打つのが京太郎。
――違う点があるとしたら。
その判断に、単純な卓以外の情報を持ち込むこと。
相手の目線を追う。相手の発汗を感知する。相手の思考を読む。
相手の嗜好を知る。相手の能力を視る。相手の傾向を睨む。
山を考える。河を浚う。手牌を臨む。
そんな“観察眼”と“判断力”を基本に進む、アウトファイター。
京太郎(……ま)
京太郎(大概の魔物を相手にすると、そうも言ってられないんだけどな)
京太郎(どうしても……今みたいに)
京太郎(多少無理でも、攻めなきゃならない)
直接食らわずとも、ツモで削られる。
或いは、他家がトビそうになっている。
状況というものがあった。攻めざるを得ない状況が。
それは、明らかに不利な地形に追いやられ、
その地形を踏破できるのが己以外存在せず、速攻で決着をつけなければならず、
一撃で相手を倒すべく、飛びかかるのに似ていた。
京太郎(ここで……和了しないと)
京太郎(流さなければ、終わりだ)
しかし、思いに反して手が進まない。
どうにも、ムダヅモが続く。
そうしている間に――。
竜田「――カン」
死刑宣告が、入った。
捲られるドラ表示牌――“北”。
カンドラが、乗った。暗槓された“東”に。
京太郎(親倍、確定か――)
京太郎(一本場で、24300)
京太郎(こんなもんをやられたら、もうどうにも……!)
手に、嫌な汗が滲んだ。
ここで和了されたら、止められない。
止まらずにこうして、一方的に喰らい続けられる。
これが、魔物と人間の差。
持たざるものと、持つものの差。
それを端的に、表されていた。
お前は、こちら側ではない――と。
だが……。
竜田「……ああ、こっちか」
竜田「リーチ」
意外にも、嶺上開花は起こらない。
ツモった牌をそのまま場に置いての、リーチ宣言。
曲げられた赤⑤筒。ドラ嶺上牌ツモ切りの、リーチだった。
京太郎(……首の皮、繋がったな)
京太郎(さて……これはどっちのパターンだ?)
京太郎(裏ドラが乗るからリーチしたのか……それとも、魔物故の傲慢なのか)
京太郎(ああ、ツモって倍満コースもあるか)
京太郎(……さて、赤⑤筒ね)
京太郎(それがアタリじゃねーってのしか、わからんな)
静かに、己の手を見た。
3【5】7s ①②②⑨⑨p 一一五六八m
伸ばしてもリーチのみ。
トイツ(コーツになるだろう)があるため、平常の人間なら裏ドラやカン裏期待もするかもしれない。
だが、京太郎にそんな期待はない。
また、この手牌で親っ跳確定相手に突っ張るなど、愚者すぎる。
よほどの初心者でも、やらない。
故に京太郎も、オリを決める。
京太郎(さて――)
京太郎(一発、ツモはなしか)
京太郎(親倍確定能力じゃあねえか)
京太郎(ハギヨシさんは……退いてるな)
京太郎(ハギヨシさん相手なら、差し込めるんだけど……)
京太郎(流石に、魔物との戦いを分かってる)
黒髪の少女も、オリを決めていた。
素直に安全策を取るタイプなのか、それとも、金髪の少女を知っているが故の判断か。
いや、もうひとつ。
彼女たちは、二人とも宮永照や宮永咲と打ちたがっている。
必要な条件は、二人でワンツーフィニッシュ。
京太郎を三位以外に押し込めること。
現在ハギヨシが2位であるが、然したる点差ではない。
始まったばかりで、無理に攻める必要はないのだ。
それよりは、ここで金髪がドデカいのを決めて、京太郎かハギヨシを沈めた方がよい。
そんな判断が、あるのだろう。
京太郎(なるほど……)
京太郎(こっちは、ある程度冷静か)
京太郎(つまり、絶対的な――天衣衣や
大星淡みたいな和了確定な――ものじゃ、ない)
京太郎「ノーテン」
ハギヨシ「ノーテン」
下足「ノーテン」
竜田「テンパイ」
東二局一本場・結果
京太郎:88400 (-1000)
ハギヨシ:96200 (-1000)
竜田(金髪):125700 (+3000)
下足(黒髪):89700(-1000)
京太郎(配牌はまずまず……)
京太郎(究極、流しに行けるのはいい)
京太郎(ハギヨシさんは、分かりやすく並べてくれてるな)
京太郎(向こうも……早いか)
京太郎(コイツのテンパイまでに……)
京太郎(どっちかが、張れるかが条件)
京太郎(そこで流すしか、他ないんだ。これ以上の連荘はやべー)
京太郎(黒髪の方は……よっぽどでもないと攻めないだろうからな)
京太郎(なんつーか、嫌に余裕がある風に見える)
京太郎(後々、自分もトップ圏に入れる自信……みたいのが)
京太郎(後は……なんだろうな)
京太郎の眼が、手牌を整理する少女の手を追う。
それから、胸に。顔に。
そのまま全員を眺めて、己の手牌に目を落とす。
京太郎は、眼がいい。
その経験に裏打ちされた、常人を超えた視覚能力。
ただの人間なら、つまらぬ情報と切り捨てるほどの誤差を、大真面目に分析する。
須賀京太郎は天賦の才をもたない。
ただ、真面目に積み重ねていく。真剣に考え続ける。愚直に行い続ける。
習得した技能もすべてそれ。
天分がないが故に頂点には至れない。ただ、やればできることをやっただけ。
問題は――普通ならやろうとも思わないことや、できるほどやらないことを、
ただひたすらに、やることである。
京太郎(さて――どうなるか)
京太郎(咲のような役形確定系ってのは分かった)
京太郎(ついでに、大星の打点確定がセット)
京太郎(ただ、和了までは確定できない)
京太郎(他家が介入するまでもなく、和了が崩れている。自力でツモれてない)
京太郎(そこがまだ――若さだな)
京太郎(あとは……妨害しつつの攻めがあるかだ)
京太郎(『自分の必要牌を、他家の不要牌としておっ被せる』)
京太郎(そういう能力があると、どうにも面倒だ)
京太郎(あるのかないのかは、不明)
京太郎(ベタオリしたから、誰かが掴まされたかどうかはわからん)
京太郎(……伸ばせば打点期待できるのに)
京太郎(あんまり、進まないな)
京太郎(そこらへん、やっぱ運がねーよな)
京太郎(あるとすればの話だし、あってもなくても関係ないけど)
京太郎(……っと)
京太郎(ハギヨシさんは、テンパイか)
京太郎(リーチかけないのは、金髪の親っ跳を警戒だな)
京太郎(ドラは……あの⑥筒の切り出しの速さから考えるに、ある)
京太郎(並び的には……赤⑤筒がトイツ)
京太郎(捨て牌は典型的なタンピン系)
京太郎(他には……あってドラは、1~2枚か)
京太郎(なるほどな)
いくらかムダヅモはあったものの、ハギヨシはストレートにテンパイしていた。
京太郎は今、2向聴。
黒髪は詳細不明。ただ、京太郎と同等以上には向聴数を減らしているだろう。
そして――。
竜田「――カン」
竜田「……今日は重なるなぁ」
竜田「リーチ」
かかったリーチ。
またしても、東の暗槓。表示牌は“北”。
親っ跳確定のリーチであり。
それに対し、京太郎は迷わず――
ハギヨシ「御無礼、ロンです」
ハギヨシ「5200点は5800点」
――差し込んだ。
ツモられたら親倍確定。
マイナス8600点で、点差は実に33200点も開く。
直撃など言うに及ばず。他家が放銃しても、18000点が開く。
これが一番、被害が少ないのだ。
竜田「……人がリーチした途端に」
竜田「ヘボプロ」
金髪の少女は、不満げに1000点棒を投げる。
東二局ニ本場・結果
京太郎:82600 (-5800)
ハギヨシ:103000 (+6800)
竜田(金髪):124700 (-1000)
下足(黒髪):89700 (±0)
京太郎(さて……ここが、見極めか)
京太郎(どうなるか、だけどさ……)
京太郎(俺の手は、そこそこ)
京太郎(相変わらず、引きは微妙だな)
京太郎(……ん?)
京太郎(黒髪が……攻めに、行ってる?)
京太郎(勝負手っつーことか?)
京太郎(……ま、ならいいさ)
京太郎(知り合いであるあんたが、攻めてもいいって判断したってことは)
京太郎(『是非とも和了したいか』)
京太郎(『ここなら和了できるか』)
京太郎(どっちかだぜ……ああ)
例えば、勝負手であり、確実に京太郎やハギヨシを削れる。
或いはこの先、いままで以上に恐ろしい和了が来るため点数が必要。
それか、自分の能力の条件なのか――だ。
無論、普段ならそんな事は判らない。
それは――お互いの事情に変わりなく、己の最善を目指すであろうため。
ただこれは、限定された状況下である。
彼女たちは二人とも、宮永プロと打ちたがっている。
京太郎は、その障害。
己の目的を果たすために、京太郎を如何に撃破するか。
そんなことを念頭に、行動する。
だから、ここで黒髪が攻めるのには“意味がある”。
データが足りないが故に。
少しでもデータを得られるだろう場を、京太郎は整えた。
少女たちは、気付かない。気付けない。
卓に着くよりも先に、戦闘は始まっているのだ。
――これが、須賀京太郎の経験。
京太郎(そんで、攻めに来るなら……)
京太郎「――ロン」
京太郎「7700点」
下足「……はい」
京太郎(射抜く、ぜ?)
――これが、13位。
233445s ③③③④p ニ三四m ロン②
東三局・結果
京太郎:90300 (+7700)
ハギヨシ:103000
竜田(金髪):124700
下足(黒髪):82000 (-7700)
京太郎(さて……どっち、だ)
京太郎(あれは親での限定なのか、そうじゃないのか)
京太郎(そいつを見極めるのが……ここだ)
先ほど黒髪が動いた理由。
金髪が親番以外にあの能力を使えないとするなら、動くのもわかる。
ならば確かに彼女が動くほか、あるまい。
ここでなんの動きもないなら……。
金髪の和了は、かなり限定的なものだと確定する。
果たして……。
京太郎(普通に、攻めるつもりか?)
京太郎(つまり、あのカンドラ爆はない?)
黒髪は、動いた。
つまり、金髪のドデカイものはこない。
だからこその、行動。
京太郎(……俺の、手)
京太郎(一気通貫確定の平和、ドラはなし)
京太郎(リーチかけずじゃ3900点。ツモで5200点)
京太郎(……勿体ないな。黒髪より俺のが早いし)
京太郎(ここは、点差を詰めるためにも――)
京太郎「――リーチ!」
――だが、考える力があるということは……。
――視えるということは……。
――それが故に、見えないことを生む。
やはり、魔物という化け物と戦っているストレス。
その力を、眼球と脳髄を酷使しているが故に無意識的に勝負を急ぎたくなる感覚。
油断ならない魔物を相手に、可能な打ちに、開いた点差を詰めたい。
――そんな思いが……。
――人間が故の弱さの、そんな涙が……。
――京太郎の目を曇らせた。
竜田「――カン」
竜田「もうひとつ――カン」
竜田「そんで、リーチ」
金髪の手の内で回る、4×2の牌。
場風の“東”。自風の“西”。
追加ドラ表示牌は、一枚が“北”であった。
場風牌、自風牌にドラが4つ。
跳ね満が、確定する。
これは不味いと思った。
リーチをしてしまったこの状況では、躱せない。
ツモれたのなら、競り勝てたのならば――。
だけどそれは、起こらない。
ツモ切り。ただの、ムダヅモ。
そこへと――
竜田「――ロン」
竜田「リーチ一発東西ドラ4」
竜田「16000点」
――魔物の一撃が、襲いかかった。
東四局・結果
京太郎:73300 (-17000)
ハギヨシ:103000
竜田(金髪):141700 (+17000)
下足(黒髪):82000
京太郎(……が、クソッ)
京太郎(喰らっち……まった……!)
点差は実に、68400点。
あまりにも絶望的な数字。
京太郎の打点で取り戻すには、極めて困難に近い点数。
不注意だった。眼が眩んだとしか、言い様がない。
片腕を潰されたに等しいほどの放銃を、京太郎は行ってしまっていた。
取り戻さねば、ならない。
ひたすら直撃を狙い続けるほど、京太郎は射抜く力に特化していない。
とにかく、細かくも積み重ねる。
そのためには、ここで少しでも連荘する必要がある。
だけどそれは、できない。
京太郎(コイツの能力は……風牌の支配)
京太郎(2役になる分の風牌を、各4枚集めてカン)
京太郎(それで、ドラを4枚乗せる)
京太郎(つまりこの位置は……)
東場の東家。
南場の南家。
そこはあまりにも、危険な領域である。
なんとなく、その二つは危ないかと考えてはいた。
他の風牌については、可能性の考慮に留める程度。
危険とは思った。思ったが、動いた。
理由は、黒髪の少女の存在。
彼女が攻めたが故に、金髪の少女を知る彼女が攻めたが故に。
京太郎も、攻撃に移行した。
だけれども、それは間違いであったのだ。
それは、片眼が潰されたも同然の衝撃。
己が頼った眼には、誤りがあったのだ。故に一撃を受けてしまった。
芽生える不信感。
錯綜する思考に、滲み出る脂汗。
――京太郎は、優れた“眼”を有しているが故に。
その“眼”を潰されてしまったのなら、平常なる戦闘能力は半減する。
京太郎(……このままなら、倍満をかぶっちまう)
京太郎(連荘して、稼ぐか?)
京太郎(それとも、ハギヨシさんに流して貰うか?)
京太郎(どうする?)
京太郎(そもそも、アイツはまたツモるのか?)
京太郎(アイツのリーチと嶺上開花ツモの違いはなんだ?)
衝撃に、思考が空回る。
滲み出る汗。濡れる掌。
混乱する思考に比例して、手が進まない。
深海の底に潜るがごとく、手牌が重く動かない。
続く、ツモ切り。
その間に――。
竜田「……カン」
竜田「――ツモ」
竜田「連風牌、嶺上開花ツモ、ドラ4」
竜田「4000・8000」
――暴風が、吹き荒れた。
南一局・結果
京太郎:65300 (-8000)
ハギヨシ:99000 (-4000)
竜田(金髪):157700 (+16000)
下足(黒髪):78000 (-4000)
そして、南二局目。
ついに、もう一人の力が……表に表れる。
京太郎(攻めるべきか、判らない)
京太郎(自分自身の判断が違っていたんだから……迷っちまう)
京太郎(でも……)
京太郎(あの黒髪の娘は、動いた)
京太郎(攻めた方がいいのか……と、思う)
京太郎(思う……が)
続く、ツモ切り。
配牌は決して悪くない。悪くないのに関わらず……。
引きが、まるで伴わない。
見れば、ハギヨシも顔を顰めている。
金髪も、攻める姿勢に向かっていない。
この状況を引き起こしているのは――。
下足「――ロン」
下足「2600点です」
ハギヨシ「……はい」
先ほどまで事態を静観していた、黒髪の少女。
照をして魔物級という少女が、動き出していた。
南ニ局・結果
京太郎:65300
ハギヨシ:96400 (-2600)
竜田(金髪):157700
下足(黒髪):80600 (+2600)
――南三局。
金髪の少女が牙を研ぎ始める。
あれほど奪っても飽きたらず、未だに攻めようとするその姿勢。
しかしそれを止めるためには、無理攻めの必要がでる。
これ以上、京太郎の点数を削られてはならない。
ハギヨシは、そう思って、今度こそはこの己が。
親番で、攻めるべきだと考えた。
だが、しかし――
ハギヨシ(……これは)
ハギヨシ(やはり、無駄な引きが増えています)
ハギヨシ(局数が進めば進むだけ、ツモで有効牌を引けなくなる)
ハギヨシ(何かの糸でがんじがらめにされているか)
ハギヨシ(……そんな気分すら、覚えますね)
ハギヨシ(僭越ながら、確認の為に……敢えて防御を外させて頂きましたが)
ハギヨシ(やはり、彼女だけは早い……いや、平常通りのように見える)
ハギヨシ(京太郎くんは既に気付いている……ようですね)
ハギヨシ(『局数に比例して無駄なツモが増える』)
ハギヨシ(対戦者にそれを与えるのが、彼女の能力)
ハギヨシ(彼女は正しく……)
ハギヨシ(深く前へと進んだその先の……暗黒の洞穴の主)
ハギヨシ(言うなれば、こんな所でしょうか?)
黒髪「――ツモ」
黒髪「1000・2000」
南三局・結果
京太郎:64300 (-1000)
ハギヨシ:94400 (-2000)
竜田(金髪):156700 (-1000)
下足(黒髪):84600 (+4000)
竜田(……終わったかな)
彼女は静かに、牌を倒した。
もう十分な点数を稼いだし、ここから先はもう一人の領域。
東一局、東二局、東二局一本場、東二局二本場、東三局、東四局。
南一局、南二局、南三局。
都合、これまでの局数は9つ。つまり、無駄に引かされるのも9つ。
麻雀のツモはおおよそ17~18回。
その半数を、封じられる。
配牌一向聴で仮にストレートだとしても10巡目までは聴牌ができない。
ともすれば、この能力下では聴牌すらままならない。
その状態で彼女だけは、平然と打ち続ける。
そして、局数が重なるほど手は動かなくなる。
彼女がラス親の場合、起こるのは地獄の光景。
有効牌を引き入れられず、ツモ切りを繰り返す。
その中で一人続く、聴牌と連荘。
仕舞いには、なにもできなくなった中。
ただ、彼女が聴牌するのを見るしかない。
彼女がノーテンをする以外、その地獄は永続する。
誰もがただ、点棒を吐き出す機械と化す。
竜田(……やっぱり、だから)
竜田(宮永プロと、戦わないと)
静かに、手牌を弄ぶ。
常人を相手にしたって、結果など見えているのだ。
どうあがいても、決まりきった帰結にしかならない。
それは、目の前の男とてそうである。
何様かは知らないが、どうなるのかなんて、知っていた。
どうせ、決まってるんだ。
彼らがどうなるのかなんて。どうするのかなんて。
放銃なく進んだ、南四局五本場。
一人だけの聴牌。続くノーテンの声。
漸くそれも――
下足「ノーテン」
――終わりを告げた。
些か、退屈であった。
彼女も二位に入らなければならないため、手出しをしてはいけないのだ。
改めて、点棒を眺める。
自分が一位。あの娘が二位。燕尾服が三位で、金髪が四位。
所詮は、こんなもんである。
どうなっても結果は変わらない。
だからこそ――
竜田(宮永プロと、戦わないと)
そうとだけ、思うのだ。
南四局~南四局五本場・結果
京太郎:59300 (-5000)
ハギヨシ:89400 (-5000)
竜田(金髪):151700 (-5000)
下足(黒髪):99600 (+15000)
確かに彼女は結果を知っていた。
常人がどうなるのかを知っていた。
自分たちのオカルトの強力さも知っていた。
だが――知らない。
それはただの職業なのか。称号なのか。
生き方なのか。分類なのか。
強さなのか。巧さなのか。
彼女たちは――知らない。
京太郎(ああ……判った)
京太郎(そういうこと……だよな)
京太郎(ああ、判った)
プロ雀士というものを知らない。
京太郎(視えるよ)
京太郎(ああ……視えるぜ、ハッキリと)
オカルトスレイヤーというものを知らない。
京太郎(お前らの涙が……)
京太郎(俺には、ハッキリと視える)
須賀京太郎という男を――知らない。
最終更新:2013年09月22日 17:40