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**日向美弥@紅葉国さんからのご依頼品  鉛色の雲が、空に立ちこめていた。  海からまとわりつくような風が流れこみ、一歩踏み出せば柔らかい海岸の砂が足に絡んでくる。  日向美弥は不安げに辺りを見回した。  最愛の恋人、日向玄ノ丈と連絡が取れなくなってから、1ヶ月以上――いや、こちらでは1年以上か――が過ぎていた。  ――今は、元気にしていると聞いたけれど。  不幸中の幸いだったのは、ここレンジャー連邦と祖国は聯合を組んでいたこともあって、まったくの見知らぬ土地ではなかったことか。  それに、玄ノ丈を捜してここに呼ばれたということは、それには何かしらの意味があるはずである。  そして、 「雷雲あるなら、道真公の加護があると思っていいわけで……」  時折鳴り響く雷の声は、どこか優しい。  大丈夫、大丈夫。  不安を振り切るように、美弥は辺りを見回した。海岸から程なく離れたところに、ホテルが見える。  手がかりを求めて、ホテルへと歩き出す。と、こちらへ向かってくるいくつかの人影が見えた。  美弥は目を凝らして彼らを見て、――足早に駆け寄った。 「玄ノ丈さん」  忘れるはずも、間違えるはずもない。  嬉しさがこみ上げ、美弥は微笑んだ。  呼びかけられた玄ノ丈たちは、足を止めて美弥を見た。  玄ノ丈は、じっと美弥を見た後、表情を変えずに言った。 「誰だ?」  美弥は目を見開いた。 「美弥……です」  上手く紡げない言葉に、玄ノ丈は素っ気なく「ああ」と答えただけだった。 「誰だって、なんで……」 「覚えている。遠い昔の感じだが。元気そうでなによりだ」 「昔じゃないですー!」  泣きそうになりながら、美弥は玄ノ丈を抱きしめようとした。  だが、軽く避けられしまい、勢い余ってたたらを踏んだ。そんな美弥の腕を、玄ノ丈が引いた。  前のめりになっていた体が、ぐいと引き戻される。  美弥は振り返って玄ノ丈を見た。だが、玄ノ丈は何を言う素振りもない。 「お取り込み中、申し訳ないが。私の舎人になにか?」  玄ノ丈の傍にいた、古風な出で立ちの男が美弥を見下ろしていた。  纏っている空気が、とでも言えばいいのだろうか。美弥は何となく、この人が道真公ではないかと思い、丁寧に頭を下げた。 「ええと、はじめまして。日向美弥と申します」 「ここは危ない。早く家にお帰りなさい」 「どういう、ことでしょうか?」  美弥は首を傾げた。 「私はこちらの玄ノ丈さんに会いに来たのですが…状況がよくわかっていません。 よろしかったら教えていただけないでしょうか」  レンジャーが危ういという話は、まだ出ていなかったはずだった。それに、道真公がいても危険とは、それほどまでに事態は深刻化しているのだろうか。 「このあたりには、悪い気が満ちている。そう遠くもなく、巨大な災いがくるだろう」  どこか言い聞かせるように、道真公は告げた。  そうして、玄ノ丈を見て、再び美弥を見た。 「この舎人は。狼だが、それでも知り合いかね?」 「はい、それは知っています。私のいちばん大事な人です」 「骨を拾い、反魂の法をかけて使っているが……」 「そう、だったんですか……」  神々の宴の話を思い出す。悪しき反魂の法。蘇った者は、生前とは逆の性質を帯びるという。  だから、私のことも忘れてしまったのだろうか。  それに、こんなの、元気にしているなんて、言えない。喜べない。  玄ノ丈は俯く美弥を見ると、目を閉じて視界から追い出した。 「公、近づいております」  目を開けるや、未だ何もない空間を睨む。 「そなたはこの方を連れて落ち延びよ。そののち還れ」 「は。……こちらへ」 「元に戻す方法とかないのでしょうか?」  美弥がそう訊ねるより早く、玄ノ丈は美弥の腰を抱いて大きく跳躍した。  美弥の口から、小さな悲鳴がこぼれる。  腰を抱く腕の力が強くなり、美弥も玄ノ丈を抱きしめた。  冷たい体だった。  二度、三度……跳躍は繰り返され、道真公の姿がすっかり見えなくなってからしばらくして。  玄ノ丈は美弥を下ろした。  離れがたい思いを抱きながらも、美弥も素直にひとりで砂浜に立った。 「ここならいいだろう」 「あり、がとう……」  未だ困惑の中にある美弥を置いて、玄ノ丈は目を閉じた。  玄ノ丈の姿が揺れ、はらはらと体から何かが落ちていく。 「ちょ、まって!」  慌てる美弥の声に、玄ノ丈は目を開けて不思議そうに美弥を見た。 「何がどうなってるのか、少し説明してもらえませんか?」 「ここなら安全だ」 「ええ、それはありがとうございます。  でも私は、あなたに会いにきたんです。あなたがどうなっていたのか様子や状況とかききに。  戦いの後でいいので、教えてもらえますか?」 「土塊と落ち葉と血より再び生まれた狼。それが俺だ」 「以前の記憶は……?」 「うっすらとは」 「そう、ですか……」  美弥が消沈して言葉を切ると、再び玄ノ丈は目を閉じた。 「今の戦いが終わったら、もう一度会ってください。  お願いです……」 「それは無理だ」 「なぜ?」 「使命は達成された。俺はただ、土に戻るのみ」 「そんな……!」  玄ノ丈は微笑んだ。  少しずつ姿が薄れていく。玄ノ丈の足下に、砂粒が降り積もっていく。 「やめて、消えないで!」  美弥は玄ノ丈に抱きついた。  玄ノ丈の姿はまた色濃い現実のものとなり、玄ノ丈は困ったような眼差しを美弥に向けた。 「いや、触れられていると分解できない」 「それなら、ずっとこのままでいます!」 「意味が分からん」  美弥は顔を上げて、玄ノ丈を強く見つめた。 「あなたを愛しています。それだけです……」 「そんなものは……俺にはいらない」 「いらないなら、いるようになるまで離れません。  消えないでください……」  互いの瞳に、互いの姿が映る。  短い静寂が訪れ、そして玄ノ丈は言い聞かせるように言った。 「俺がこうしているのは、おかしいんだ」  それでも、否定の意を瞳に込めながら美弥は答える。 「ええ、先ほどの道真公の説明で少しわかりました」 「俺はもう、死んでいる。新しい男を捜せ」 「いやです!」 「幸せになれ」  玄ノ丈は美弥を振り払った。だが、すぐさま、美弥は玄ノ丈に抱きつく。  消えかけた玄ノ丈の姿が、また現実のものとなる。 「あなたといっしょでないなら、私に幸せはありません」  舌打ちする玄ノ丈に、美弥は涙を堪えて微笑む。 「私があきらめの悪いことまで、忘れちゃいました?」 「覚えていない」 「うん、じゃあもう一度覚えてください。  元に戻す術を見つけるまで、あきらめません」 「不可能だ」 「不可能なら、何度でも可能にしてきました」  ――あなたは、知らないだろうけれど。  これまでも、玄ノ丈さんをなくしては取り戻してきた。だから、 「今回だけあきらめるなんてことは、したくないです」  美弥の心が通じたのか、玄ノ丈は微笑んだ。  こうして再会する以前の、デートをした時のように優しく。  美弥も微笑んだ。ほんの少し、元に戻れたような気がして。  だが、玄ノ丈はすぐさま美弥から離れた。消えさせまいと、それだけの思いでまた抱きついてくる美弥を突き飛ばし。  振り上げた右手に、雷球が現れる。  腕を振って雷球は投げられ、炎が上がった。 「離れろ」 「いやです」 「危ないといってるんだ」  玄ノ丈は海を睨んだ。  暗緑色の海から、汚泥を固めたような塊がいくつも現れる。  塊の先は5本に別れており、何かを掴むように宙を蠢きながら、近づいてくる。  人の手みたい。そう思った美弥が悲鳴を上げるより僅かに早く、美弥を庇うように、玄ノ丈が前に出た。 「水死者だ。下がれ」 「……消えないと、誓ってくださるなら」 「……誓わないが善処はする」  わかりました。美弥はそう言って玄ノ丈の元を離れた。  美弥が離れたのを一瞥して確認すると、玄ノ丈は水死者に向かった。  左右の手から稲妻が走る。呼応するように、美弥の元には雲が降った。  囲む雲に視界を遮られ、玄ノ丈の姿が見えなくなる。  雲から逃れようと動くことも、できない。  ポケットに入れたアラームが、小さく振動している。もうすぐ、強制的にここを離れなければいけない。  ――玄ノ丈さん!  ログアウト寸前、それでもと美弥は雲に手を伸ばした。  瞬間、雲が割けた気がした。己の世界に引き戻される美弥の瞳に、白い光が映る。  善処すると言っただろう。  光はそう言って笑っているように見えた。 ---- **作品への一言コメント 感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です) #comment(,disableurl) ---- ご発注元:日向美弥@紅葉国様 http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/cbbs_om/cbbs.cgi?mode=one&namber=1345&type=1322&space=15&no= 製作:やひろ@宰相府藩国 http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/ssc-board38/c-board.cgi?cmd=one;no=1759;id=UP_ita 引渡し日: 2009/01/01 ---- |counter:|&counter()| |yesterday:|&counter(yesterday)|

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