塩野七生「ローマ人の物語12 迷走する帝国」(2003)
評価
★★★☆
ひとこと
明らかに衰退を始めた三世紀とはどういう時代だったのか?を描いた一作
シビリアン皇帝(カラカラ、アレクサンデル・セヴェルス)によってローマの衰退を促したのではないか?としている。そして皇帝の顔が頻繁にすげかわり、「政略面での継続性を失った」世紀でもあった。国民の信任を失って毎年首相が変わっている現代日本を彷彿させる。
最終章で触れられている、「キリスト教はなぜ普及したか」が秀逸
分類
目次
第一部 ローマ帝国・三世紀前半
- 第一章 紀元211-218年
- 皇帝カラカラ
- 誰でもローマ市民!
- 「既得権」と「取得権」
- 「取得権」の「既得権」化による影響
- 帝国防衛
- ローマのインフレ
- パルティア戦役
- 機動部隊
- メソポタミアへ
- 謀殺
- 皇帝マクリヌス
- 撤退
- シリアの女
- 帝位奪還
- 第二章 紀元218-235年
- 皇帝ヘラガバルス
- 皇帝アレクサンデル・セヴェルス
- 法学者ウルピアヌス
- 六年の平和
- 忠臣失脚
- 歴史家ディオ
- ササン朝ペルシア
- 再興の旗印
- ペルシア戦役(Ⅰ)
- 兵士たちのストライキ
- 第一戦
- ゲルマン対策
- ライン河畔
- 第三章 紀元235-260年
- 皇帝マクシミヌス・トラクス
- 実力と正統性
- 元老院の反撃
- 一年に五人の皇帝
- 実務家ティメジテウス
- 東方遠征
- 古代の地政学
- 皇帝フィリップス・アラブス
- ローマ建国一千年祭
- 皇帝デキウス
- キリスト教徒弾圧(Ⅰ)
- 蛮族の大侵入
- ゴート族
- 石棺
- 蛮族との講和
- ゲルマン民族、はじめて地中海へ
- 皇帝ヴァレリアヌス
- キリスト教徒弾圧(Ⅱ)
第二部 ローマ帝国・三世紀後半
- 第一章 紀元260-270年
- ペルシア王シャプール
- 皇帝捕囚
- ペルシアでのインフラ工事
- 皇帝ガリエヌス
- 未曾有の国難
- ガリア帝国
- パルミラ
- 帝国三分
- 一つの法律
- 「防衛線」の歴史的変容
- 軍の構造改革
- スタグフレーション
- “タンス貯金”?
- 不信任
- 皇帝クラウディウス・ゴティクス
- ゴート族来襲
- 第二章 紀元270-284年
- 皇帝アウレリアヌス
- 反攻開始
- 通貨の発行権
- 「アウレリアヌス城壁」
- ダキア放棄
- 女王ゼノビア
- 第一戦
- 第二戦
- パルミラ攻防
- ガリア再復
- 凱旋式(triumphus)
- 帝国再統合
- 皇帝空位
- 皇帝タキトゥス
- 皇帝プロブス
- 蛮族同化政策
- 皇帝カルス
- ペルシア戦役(2)
- 落雷
- 第三章 ローマ帝国とキリスト教
時期
- AD161(カラカラ即位)-284(カリヌス帝死)
- カラカラ帝(在位211-217, 謀殺)
- ヴェロゲセス五世
- アルタバヌス
- マクリヌス帝(在位217-218, 謀殺)
- ヘラガバルス帝(在位218-222, 謀殺)
- アレクサンデル・セヴェルス帝(在位222-235, 謀殺)
- ウルピアヌス
- アルダシル
- マクシミヌス・トラクス帝(在位235-238, 謀殺)
- ゴルディヌスⅠ帝(在位238, 自殺)
- ゴルディアヌスⅡ帝(在位238, 戦死)
- パピエヌス帝(在位338, 謀殺)
- バルビヌス帝(在位338, 謀殺)
- ゴルディアヌスⅢ帝(在位238-244, 謀殺)
- ティメジヌス
- シャプールⅠ世
- フィリップス・アラブス帝(在位244-249, 自殺)
- デキウス帝(在位249-251, 戦死)
- トレボニアヌス・ガルス帝(在位251-253, 謀殺)
- ヴァレリアヌス帝(在位253-260, 捕囚-獄死)
- ガリエヌス帝(在位253-268, 謀殺)
- ポストゥムス
- オデナトゥス
- クラウディウス・ゴティクス帝(在位268-270, 病死)
- アウレリアヌス帝(在位270-275, 謀殺)
- タキトゥス帝(在位275-276, 病死)
- プロブス帝(在位276-282, 謀殺)
- カルス帝(在位282-283, 事故死)
- ヌメリアヌス帝(在位282-283, 謀殺)
- カリヌス帝(在位282-284, 謀殺)
最高権力者が自ら墓穴を掘るのは、軽蔑を買う言動に走ったときなのだ。(上p116)
軍人皇帝であったというだけで非難するのは、シビリアン・コントロールという現代の概念で過去まで律しようとする、アレルギーの一種ではないかとさえ思う。(中略)
現代の概念で過去まで律するようでは、歴史に親しむ意味はないのである。
歴史に接する際して最も心すべき態度は、安易に拒絶反応を起こさないことだと思っている。(上p211)
いつものことだが、兵士たちの胸の内に不満がくすぶりはじめるのは、戦闘期ではなくて休戦期なのである。そして不満とは、絶対的な欠乏からよりも、相対的な欠乏感から生まれることのほうが多い。(中p77)
メモ
- 後世の専門家による3世紀の危機の要因
- 帝国指導者層の質の劣化→内向き、
- 蛮族の侵入の激化
- 経済力の衰退
- 知識人階級の知力の減退
- キリスト教の台頭
- 社会の安全度を計る計器(パクス・ロマーナ)
- 人々の居住地域が平地に分散していること。(=防衛しやすい高所に固まっていない)。土地の有効利用の度合いを映し出している。
- 産業の主力が農耕に置かれている。(=いざとなれば連れて逃げられる牧畜ではない)。社会が平和である証拠
- 交通手段が整備され、移動中の安全が保障され、人と者の交流が盛んであること。(各住民共同体の関係が閉鎖状態でない)
- カラカラ帝の執政
- ローマ帝国内に住む自由民全員に「ローマ市民権」を与える「アントニヌス勅令」
- 従来のローマ市民権所有者の意欲減退(帝国の柱は自分たちだという気概を失わせる)
- 旧属州民の慢心(向上心、競争心の気概を失わせる)
- 旧属州民が積極的に帝国を背負う意気を示さない(タダで得た権利は大切に思わない)
- 社会の硬直化(流動性を失う)
- 一般市民階級の中に名誉ある者と卑しき者に二分化
- ゲルマニアに積極攻勢
- インフレ対策(銀貨の含有率を減らす)
- 軍隊での機動部隊の強化(リメスの軍団兵の老齢化に拍車)
- パルティア遠征&パルティア王女への結婚の申込(ローマ人の支持下落)
- 3cの皇帝
- マクリヌス:
- 近衛軍団長官から帝位へ。ムーア人。パルティア戦役の講和で兵士の信頼を失い謀殺
- ヘラガバルス
- カラカラ帝の叔母ユリア・メサの孫。シリア出身太陽信仰の神官。15歳で帝位につく。祖母の進言を受けて後継者指名した従弟の殺害を試みて、逆に謀殺。
- アレクサンデル・セヴェルス:
- ユリア・メサの孫。14歳で帝位につく。法学者ウルピアヌスの補佐で政治にあたる。司法上の最終決定権を各属州の総督に委譲(皇帝の繁忙故の権限移譲だったが、ローマ市民の控訴権・再審裁判が消滅することに)。ウルピアヌス失脚後もパルティア戦役、ゲルマニア戦役などに出陣も蛮族対策で弱腰とみられて、兵士により謀殺
- マクシミヌス・トラクス:
- トラキア人(羊飼いの息子)。軍団内での新兵育成のエキスパート。蛮族対策で功を挙げるも、元老院の支持が得られず「公敵」の宣言を受け、最後は兵士により謀殺
- 238年内乱期の皇帝
- ゴルディヌスⅠ帝:
- 北アフリカ属州総督。北アフリカの農園主から推挙されて帝位に。元老院階級。元老院からの推挙に反発した軍団に反乱され自殺。
- ゴルディアヌスⅡ帝:
- パピエヌス帝:
- ゴルディアヌス府氏の死後に元老院により擁立される。平民出身の元老院議員。マクシミヌスの死後、共同皇帝間で仲間割れし、失望した兵士らにより謀殺。
- バルビヌス帝:
- ゴルディアヌス父子の死後に元老院により擁立される。シビリアン。マクシミヌスの死後、共同皇帝間で仲間割れし、失望した兵士らにより謀殺。
- ゴルディアヌスⅢ帝:
- ゴルディアヌスⅠの孫。祖父・父の死後に13歳で次期皇帝に指名され、帝位に。宰相ティメジヌスにより6年間の平和を取り戻すが、東方遠征中にティメジヌスが急死し、動揺したローマ軍を鎮めきれず、近衛軍団により謀殺。
- フィリップス・アラブス帝:
- 近衛軍団長官。アラブ人。ペルシャ側の要求を受け入れて講和・戦役終結。元老院に対しては低姿勢を貫く。ドナウ河防衛の蛮族対策には首都長官デキウスを派遣。失望した兵士達はデキウスを新皇帝に擁立。周囲の信を失ったことを悟り自死。
- デキウス帝:
- 遠パンノニア出身。40代で帝位。ドナウ河防衛線の再編成を実施。キリスト教弾圧(破防法的な発想)。ゴート族の大侵入により戦死。
- トレボニアヌス帝:
- 遠モエシア総督。イタリア出身の元老院階級。蛮族との講和を締結。講和に不服な遠モエシア総督エミリアヌスによる講和破棄により、30万の蛮族のバルカン半島・地中海大侵入を招く。将兵はヴァレリアヌスを皇帝に推挙。エミリアヌスとの対決に敗れて死。(こののち、エミリアヌスはヴァレリアヌスに敗れる)
- ヴァレリアヌス帝:
- ローマ貴族出身。63歳で即位。息子を共同皇帝に指名。ローマ前軍の指揮官クラスの再編(実力主義。のちの軍人皇帝を多く登用)。キリスト教弾圧(キリスト教のあらゆる祭儀と教徒の寄り集まりを禁止)。ペルシャ戦役中に捕囚となり1年後に病死。
- ガリエヌス帝:
- ヴァレリアヌス帝の息子。疫病・地震による被害(属州税廃止により、税金免除による支援ができず、慢性的に災害復旧が困難な状態に)。属州ガリアで「ガリア帝国」が創設される。ライン河防衛をガリア帝国に任せるが、元老院・将兵からは不評を買う。東方対策にはパルミラの将軍オデナトゥスを活用(パルミラ王国により、事実上帝国は三分化)。 元老院と軍隊の完全分離。軍の主体を重装歩兵から騎兵に変更(ゲルマン的な軍構成への変更)。機動部隊方式の再興(以降、騎兵隊長のよる軍人皇帝を輩出)。8年の治政も信任を得られず、騎兵隊長らにより謀殺
- クラウディウス・ゴティクス帝
- イリリア地方農村出身。ゴート族の襲来を撃破。疫病にかかり冬営中に病死
- アウレリウアヌス帝
- イリリア地方出身。ローマ軍騎兵総司令官。通貨改革(価値を戻す。元老院に発行権のあった銅貨を廃止し、すべての通貨の発行権が皇帝のものになる)。ローマにアウレリウス城壁建設(郊外の過疎化と都市の過密化、キリスト教勢力拡大の温床に)。ダキア放棄。パルミラ陥落。ガリア再復。市民・兵士からは愛されたが、秘書官に恨まれ謀殺。
- タキトゥス帝
- ローマの教養人。75歳で登位もペルシャ戦役に向かう途中病死
- プロブス帝
- シリア・エジプト軍団兵に推挙される。属州パンノニア出身。蛮族対策に奔走するも、兵士からの不評を買い謀殺。
- カルス帝
参考
本書を引用している文献
最終更新:2011年11月20日 23:40