確かに、同じビジネスは2つとない。しかし、私たちの経験では、どんな業種の企業であっても、大荒れの経済環境を変革のチャンスと捉えて、以下に挙げるような重要な施策のいくつか、あるいはすべてについて、矢継ぎ早に根本的な見直しをした企業は、必・・ず劇的な成果
を手にしている。
資産の合理化 私たちが知っている企業のほとんどについて言えることだが、株主へのリターンのほぼすべてをもたらしているのは資産の3分の1で、次の3分の1はかろうじて役に立っている程度、そして、残りの3分の1はまったく役に立っていないか、むしろ価値を損ねている。
企業がなぜこのような状態に陥っているのかについては、無理からぬ理由がある。しかし、事業部門であれ、市場でのポジション、製品ライン、物理的資産などのいずれであれ、資産がどのように活用されているか、そして、それがどのような影響を及ぼしているのかを厳密に見て
みると、重要な洞察が得られたり、必要な打ち手が浮かび上がったりすることが多い。経済激変期には、このような視点からの見直しを迫られる。
ディレイヤリング(組織階層の簡素化) 典型的なフォーチュン500企業は、役員・管理職・従業員の階層10~14もあり、多くのマネジャーには直属の部下が5人未満、という構造になっている。最も効果的な組織は、階層の数が7以下で、管理スパンもはるかに広い。多くの企業はリストラに12ヶ月から18ヶ月という時間をかける。しかし、それほど長い時間をかけると、組織は
それに気を取られすぎて逆に動けなくなることが多い。これでは迅速な行動はできない。然るべきリーダーシップの下で適切なアプローチをとれば、ディレイヤリングを
4~6ヶ月で完了させ、無駄を15~30%も削減した、敏捷性の高い組織を素早く作り出すことができる。このような組織では、経営チームも組織構造も、生じた機会を
すかさず捉える態勢が整っている。 無駄の削減や効率・効果向上の余地のある組織に
とって、大荒れの経済環境は緊急課題に向き合う好機となるのだ。
調達・サプライチェーン
調達やサプライチェーンといった重要オペレーション領域を再度見直すことには多くのメリットがあるが、多くのCEOはなかなかそれを信じることができない。多くの大企業では、購買やサプライチェーン担当のスタッフを大勢抱えていて、その中にはGEのような先進企業でシックスシグマなどのトレーニングを受けた専門家も含まれている。また、多くの企業で、これまでにも直接費用や間接費用を大幅に削減しているのに、どれほど削減の余地が残っているというのか、
というのがおおかたの経営幹部の認識だろう。私たちの経験で言えば、大抵の場合、その余地は大いに残っている。私たちが親しくしているあるCOO(最高執行責任者)は、「まだまだ削減できるというなら、私たちも全員クビにすべきなのではないか」と尋ねてきた。しかし8ヶ月後、1億500万ドル以上の間接費と2億7500万ドルの直接費を削減し、削減できた経費を積極的に再配分することに成功した時の彼の意見は全く違うものとなった。
「厳しい経済環境に直面したことで、危機感を持って、組織の枠を超えた調達手段の再検討に集中的に取り組むことができた。これほど真剣に取り組んだことは今まで一度もなかった」と語ったのである。このCOOの経験は珍しいものではない。成功する企業は、困難な時期を活用して、主要業務の根本的な見直しを進める。自社の組織全体が変革の必要性を認識し、変革を求めているという、またとないチャンスを利用するのだ。
戦略的プライシング
景況が厳しい時、多くの企業は決まって価格を下げる。しかも大幅に下げることが多い。
だが、それが正しい解決法であることはめったにない。
私たちの経験では、実際の競合状況と、顧客にとっての商品の真の価値を反映した積極的なアプローチをとれば、一方で大幅な価格の引き下げを断行しつつ、他方では選択的に価格をかなり引き上げるという、メリハリのある組み合わせが可能になる。そしてこのメリハリある
打ち手が、全体として大幅な収益の増加をもたらすのである。
私たちのクライアント企業の半数以上でも、プライシングの緊急見直しが、大荒れの経済環境への主要な対応策のひとつとなっている。
M&A ほとんどの企業は、M&Aをキャッシュが潤沢にある好況期の戦略だと考えている。しかし、統計的には全く反対のことが言える。つまり、経済成長率が平均を下回っている時に行われたディールの方が成功確率が高く、大抵の場合、より高い株主価値を創出しているのだ。景気後退期においては、プライベートエクイティや他の事業会社との競争がはるかに少ないことを考えれば、これは驚くにはあたらない。
景況の悪い時期に、自社の損益計算書やバランスシートにM&Aを実施する余地を見つけた企業は、自社より下位の競合企業を買収して業界を再編し、大きなシェアを獲得する、またとないチャンスを手にしていることになる。
中核顧客への投資 ほとんどの企業は、10%の顧客から収益の60%以上を得ており、時にはそれが100%近くにのぼることさえある。このような顧客との長期的なリレーションを短絡的な行動で悪化させるようなことは決してあってはならない。むしろ景気後退期に、中核顧客を特定して、これらの顧客(および将来の中核顧客になる可能性の高い顧客)に積極的に投資することが、市場シェアと収益性を大きく伸ばすことになる。
迅速に行動する組織・風土を確立する
多くの企業は、どうすれば自社のビジネスの抜本的な見直しができるのかを知っている。しかし、短く区切られた時間枠でそれを実行に移した企業はほとんどない。一つの重要なステップは、各プロジェクトの期間を、18ヶ月から36ヶ月といった長期ではなく、6週、12週、18週といった短期に設定し、その期間で確実に実行させるよう、新たな行動規範を確立することである。
経済激変期の重要な課題や機会の一つひとつに対して、上級幹部を責任者に指名するだけで、こういった新しい規範が簡単に確立できることもある。しかし、企業によっては(特に大企業の場合)、抜本的な風土変革が必要になる場合もある。だがここでも、重大な変革を数
年ではなく、数ヶ月の間に実現するのである。必要なのは、「ソフト面」の課題と「ハード面」の課題の両方にすすんで取り組もうとするトップのリーダーシップだ。「ソフ
ト面」の課題とは、従業員の意識や行動規範といったものである。「ハード面」の課題には、誰を採用し、昇進させ、解雇し、また中核的ポジションに指名するのか、どのプロジェクトに資金を投入するか、あるいはやめるのか、リーダーはどのように時間を使うべきか、経営会議で何
を議題にするか、どの指標を測定・追跡するか、といったものが含まれる。
ステークホルダーと積極的に対話し、変革を促進する
経済環境が大きく変動する時期には、ステークホルダーの間に特有の疑問や感情、疑念、恐れが生じるものだ。住宅価格、金融システム、ドルなどのように、かつては安定していて信頼できると思っていたものが、突然、不安定で脆弱に思えるようになれば、不安感が募っていく。こうした不安感は、ここまで述べてきたような大胆な行動を支えるのに必要な、関係者のコミットメントや一体感を危うくしかねない。
こういう時期には、企業は関係者に平常時よりはるかに大きな注意を払い、また密にコミュニケーションをとらなければならない。CEOは関係者がどのような重大な懸念を持っているかを聞き出し、それらにきちんと対応していることを示さなければならない。同時に、CEOを
はじめとする経営陣は、これから進む道に自信を持っていることを伝える必要がある。
戦略的優位性を構築するうえで、コミュニケーション能力の高さが鍵になるとは、あまり考えられることはないだろう。しかしながら、荒波の中を進まなければいけない時期には、ステークホルダーとのコミュニケーションを密にすることで、アクションプランの実現に向けて企業と
関係者のベクトルを一つにすることができるのだ。
このような一体感が持つ効用は曖昧に思われるかもしれないが、実は目に見える真の価値を生み出す。例えば、株価を上昇させ、それがなければ考えられなかったM&Aを可能にすることもある。
削減した費用や創出した価値を、新たな成長機会に再投資する 経済激変期には、コスト削減に熱心に取り組む企業が多い。しかし、上述したようなプライシングや資産の合理化などの打ち手を実行する企業は少ない。さらに、これらの打ち手によって自由になった資金を、臆せずに自信をもって再投資する企業はもっと少ない。
しかし、こういう時期にこそ、最高の機会の多くが見出されるものなのだ。先述した通り、企業は、M&Aや中核的な顧客への投資によって、著しく市場価値を向上させたり、画期的なポジションを築いたりすることができる。
同様に、もし企業が新たな市場、製品、広告、営業組織の開発など、何であれ真のチャンスをもたらす自前の成長機会を見極めることができ、それに大胆に投資する
意志があれば、動きの遅い競合企業が数ヶ月後、あるいは数年後に対応したところで手の届かないようなポジションを確立することができるだろう。今は将来をのんびり見据えるタイミングではない。むしろ、私たちの経験によると、将来に向けての重要な打ち手を見出し、それらに十分な投資を行う企業こそが、その後何年にもわたり保持できる強みの土台を築くことが
できるのだ。
戦略攻略に克つ戦略
最終更新:2009年07月01日 16:12