経団連による不況時の戦略

1、具体的な戦略の事例


事例1:武田薬品工業(吉田豊次 取締役コーポレート・コミュニケーション部長 説明)

1.医薬品市場における環境変化
わが国の医薬品市場は、医療保険制度の整備(1961 年の国民皆保険導入)や技術革新に伴って、拡大を続けてきた。また、有形無形の参入障壁が存在し、国際的にみても、各国の医療保険制度の差異を反映したマルチドメスティックな市場が形成されていた。こうしたことから、1980 年代~1990 年代初頭までは、国内の医薬品産業にとって安定成長の時代が続いた。
しかし1990 年代以降は、医療財政面の制約から、2 年毎の薬価改定による医療費抑制が強化され、過去10 年間の累計で50%程度の価格引下げが実施された。
このため、医薬品市場の規模は頭打ちとなり、国内における医薬品生産金額の年平均伸び率は1960 年代~1980 年代の11.8%に対して、1990 年代以降は1.3%にとどまっている。一方、米国では、医療保険制度の違いや、製薬企業の保護・育成につながる広告規制緩和などもあって、1990 年代以降に市場規模が急拡大し、直近では世界市場の約48%を北米が占めるに至っている(日本は約12%)。また、市場のボーダレス化や、国際間のハーモナイゼーション(ある国の臨床試験成績を国際間で共有化する動き)も進展した。これらの環境変化に伴い、国内製薬企業にとって安定成長の時代は終わり、国際的に通用する大型製品の開発と、米国市場における事業展開が、生き残りの条件となった。

2.「95-00 中期計画」で進められた構造改革
(1)事業の見直し、組織改革の徹底
1990 年代前半までの武田薬品工業は、過去に健康保健薬「アリナミン」などであげた利益をもとに、食品・化学・農薬などの事業に乗り出し、人員も増やしていた。しかし、医薬外事業の収益性は低く、利益の約98%は医薬事業によるものであり、医薬外事業の利益は約2%にすぎなかった(売上高の構成は、医薬事業が約67%、医薬外事業が約33%。従業員の構成は、医薬事業が約64%、医薬外事業が約22%、本社部門が約14%。1994 年度の単独ベース)。また、積極的な海外展開も行っておらず、経営は国内市場に依存していた。会社組織の体質も古く、「経営判断の合理的基準がない」「責任の所在が不明確」「派閥がある」という典型的な大企業病に陥っていた。こうした中で、稼ぎ頭である医薬事業も徐々に低迷し、国内医療用医薬品における武田薬品のシェアは1978 年度の5%台後半から、1994 年度には4%前後まで低下した。海外の製薬企業と比較しても、利益率やROE の面で大きく水を開けられていた。
武田薬品の経営体質が変わったのは、1993 年に武田國男社長(現・会長)が就任してからである。武田社長は、21 世紀に向けて武田薬品が進むべき方向として、「東洋のローカル企業」ではなく「日本発のグローバル企業」を選んだ。しかし当時は「普通の会社にすること」が先決だったため、2000 年までの期間を最後の17モラトリアムと位置づけ、構造改革とグローバル企業への布石作りに取り組むこととした。そのために策定されたのが「95-00 中期計画」である。中期計画では「限られた経営資源の効果的・効率的活用」を掲げ、多角化した経営から医薬品特化への回帰を目指した。具体的には、①医薬事業に関するMPDR 体制(Market、Production、Development、Research の頭文字。資源を投入する疾患領域を絞った上で、部門間の壁を取り除き、販売、製造、開発、研究が一体となって化合物を生み出す体制)の構築と国際戦略の推進、②医薬外事業のリ・スコーピング(事業の選別・特化。アライアンスを通じたコストダウンなどを図る)、③BPR(Business、Process、Re-engineering の頭文字)の徹底による人員適正化と、少人数で運営できる事業体制の構築、④経営資源の医薬事業への重点配分、を打ち出した。
これに伴い、組織・体制も大幅に見直した。その大きな柱は社内カンパニー制の導入である。従来の事業部制では、大型投資や新規事業は本社扱いとするなど曖昧な部分があったが、カンパニー制では「医薬事業の社長直轄化」と「医薬外事業の自立(カンパニー化)」を図った。医薬外事業の各カンパニーでは、事業運営の権限委譲と成果責任を明確化し、トップであるプレジデントの更迭条件を設定した。また、カンパニーごとの自己資本を設定するとともに、配当金・税金を負担させ、これらを部門・個人の業績評価に反映させた。カンパニー制の他にも、経営幹部の目標管理、成果重視の報酬体系、業績と賞与の連動、組織のフラット化、取締役数の削減などを実現した。意思決定プロセスに関しては、執行役員に近いコーポレート・オフィサー制を導入した。
その後、薬価引下げなどの環境変化を受けて軌道修正した「98-00 修正中期計画」においては、改革への姿勢を一層強化し、あえて避けていた「医薬事業への回帰」「医薬外事業の自立」という文言を明確に用いている。
(2)研究開発への取り組み
製薬企業の存在価値は、画期的な新薬を創出することにあり、研究開発力が生き残りのカギである。しかし、研究開発を成功させ、世に送り出せる確率は約12,000 分の1 に過ぎない。また、上市(医薬品を市場に送る)までの期間は9~17 年に及ぶ。このため、1 品目あたりの研究開発費は300 億円以上に達する。
そこで武田薬品は、年間1,000 億円超の研究開発投資を行っている(国内大手10 社平均は500 億円程度)。それでも米国大手企業の投資額には及ばないが、武田薬品の消化性潰瘍治療薬「タケプロン」が米国市場で3 位の売上実績をあげるなど、結果を出している。「95-00 中期計画」では、研究開発型国際企業に向けた体制として、①日米欧3極開発体制の確立、②米国市場での足場固め(米国子会社の設立)、③国際戦略製品の早期上市・育成、を掲げたが、こうした取り組みの成果が確実に現れている。
また、研究開発に長い期間と巨額の投資を要する製薬企業にとって、特許による成果の保護・活用が重要であり、戦略的な取り組みを進めている。
(3)積極的な海外展開
医薬事業の海外拠点は、1994 年度末時点で米国1 社、欧州4 社、アジア5 社にとどまっていたが、その後はグローバル化を加速し、拠点を大幅に増やした。
同時に製品戦略も転換した。1985 年に設立したTAP ファーマシューティカル・プロダクツ(米国アボット社との合弁会社、シカゴ)は、ニッチだった前立腺癌治療薬「ルプロン」を売上高1,000 億円超の製品に育てたが、その後はプライマリーケア(開業医/一般医)市場への展開を図り、消化性潰瘍治療薬「タケプロン」を売上高3,000 億円超の製品に育成した。また、糖尿病治療薬「アクトス」の販売拠点として、タケダ・ファーマシューティカルズ・ノースアメリカ(TPNA)を設立した。この間、武田薬品の医療用医薬品売上高における海外比率は飛躍的に高まり、2002 年度は73%に達した。

3.構造改革の成果と今後の展望
1994 年度当時と2000 年度の業績を比較すると、連結売上高は7,716 億円から9,634 億円、連結純利益は514 億円から1,468 億円に増加した。一方、人員は単独ベースで10,979 人から8,530 人に、連結ベースでも17,580 人から15,985 人に減少した。ROE、粗利益率、1 人あたり利益なども「95-00 中期計画」に掲げた目標水準を上回り、世界的な製薬企業と比較しても遜色ないレベルに達した。
しかし、世界に目を向ければ、M&Aによる再編が大規模かつ急激に進んでおり、1 社あたりの研究開発費はさらに巨額になりつつある。翻って武田薬品は、将来に向けた成長のカギを握る研究開発パイプライン(新薬候補)が不足しており、これが「95-00 中期計画」における最大の積み残し課題である。
武田薬品は、現状を「グローバル競争への参加資格を手にした段階」と位置づけ、将来への発展に向けた正念場と捉えている。新たな「01-05 中期計画」で目標に掲げた「医療用医薬品売上高1兆円構想」は、2002 年度に前倒しで達成したが、さらなる成長の源泉を創出するため、①自社研究の効率化・スピードアップ、②技術導入・アライアンス戦略の積極展開、③製品ライフサイクルマネジメントの強化、によって、パイプラインの充実を図ることとしている。
一方、医薬外事業については、各分野におけるトップ企業との合弁会社を設立するなど、最適事業運営体制を構築している。さらに、グローバルな組織運営体制の確立に向けて、生産では、世界レベルでのコストミニマムを可能にするグローバルな最適生産体制構築が進められつつあり、開発では、本年1 月「武田グローバル研究開発センター」を設立し、グローバル開発体制の強化と効率化を進めている。本社では、「世界本社」機能を支えうる新たなコーポレート・スタッフ体制構築が進められつつあり、人事では、人材の強化、「真」の適正化の実現などグループ全般にわたる人事革新を進めている。



事例2:三菱重工業(柘植綾夫 常務取締役技術本部長 説明)

1.事業領域とターゲット
三菱重工業における業績の推移をみると、受注は足許で回復しているものの、1997 年度に3 兆900 億円だった売上高は、直近(2003 年度中間見通し)では2兆4,000 億円まで減少し、営業利益も690 億円にとどまる。この経験を教訓に、先に策定した2004 年事業計画では「事業規模回復による収益力向上」を掲げ、2007 年度の売上高を3 兆円まで増やし、営業利益1,600 億円を達成することを目標としている。
三菱重工業の主な事業領域は、発電(火力・原子力・風力発電設備、太陽電池など)、輸送・防衛(船舶、民間航空機、宇宙機器、防衛など)、環境・社会(橋梁、環境装置、生活支援ロボット、医療機器など)、産業基盤(風力機械、紙・印刷機械、製鉄機械、工作機械、冷凍システムなど)、の4 つである。2007 年度に向けては、各領域での受注増を図り、発電は現在の約1.3 倍(利益構成比率40%)、輸送・防衛は約1.1 倍(利益構成比率30%)、産業基盤分野は約1.3 倍(利益構成比率20%)、環境・社会は約1.7 倍(利益構成比率10%)とすることを目指している。

2.世界トップの技術力・開発力を目指した技術戦略
三菱重工業の強みは卓越した総合技術力であり、世界トップを目指した技術戦略を進めている。
(1)研究開発体制の強化
近年の研究開発費は1,000 億円強(対売上高比率5%前後)で推移している。研究開発人員は4,000 人(うち技術本部が1,650 人)である。研究開発体制は、各生産拠点に密着した5 研究所(長崎、高砂、広島、横浜、名古屋)と、先端研究に重点を置く先進技術研究センターからなる。先進技術研究センターについては「コーポレートR&D経営に必要なのか」との議論もあるが、現在は長期的ビジョンに立った改革のもと、①基幹製品の先進キー技術開発、②新分野・新製品の差別化技術創出、③革新的技術のセンシングとインパクト評価、の機能を持たせている。また、先進技術研究センターには基盤要素技術分野ごとの「バーチャル研究所長」を置いており、彼らは担当要素技術分野に関して、各研究所の人材マップを持っている。これによって、各研究所の機能を横断的に
育成・活用することが可能となっている。
(2)技術本部経営プロセスの革新
技術戦略の中心である技術本部は、2001 年度に経営プロセスを一新し、①会社全体の経営サイクルと技術本部の経営サイクルの連動、②年度達成目標の年央フォロー(事業所・本社の参加)、③各研究所の相互視察(お互いの長所を吸収)、などを実施している。
(3)基幹製品の商品開発サイクル確立、次世代製品コンセプトの創出
基幹製品に関しては、商品開発サイクルの確立を重視し、現行製品の生産システム革新や、次期製品の企画・要素技術開発の加速(蛸つぼ化を排除し、全国6研究所の総合技術力を発揮)などを実施している。あわせて、ここ数年は次世代製品に力を入れており、マーケティングの徹底(技術者自らが顧客にコンタクト)、先行キー技術の開発加速などに取り組んでいる。また、日常業務に追われることなく、次世代製品コンセプトの創出に取り組めるよう、各事業本部・事業所ではなく研究所内に「次世代製品企画グループ」を設置している。
(4)重点開発テーマの設定・推進
今後伸びる分野・伸ばすべき分野は、重点開発テーマとして選定し、人材や資金を集中投資している。重点開発テーマの推進にあたっては、フロントローディングやコンカレントエンジニアリングを徹底するとともに、各開発段階での確実な技術検証に努めている。その進捗状況については、CEO(社長)による事業化評価会議や、CTO(技術本部長)による技術評価会議を通じて、CEO とCTO の両輪によるチェックを実施している。
(5)生産システム革新活動
商品開発軸と生産軸の両軸にIT技術とデジタルエンジニアリングを最大限に取り入れる改革に取り組んでいる。そのためには、生産現場の生産技術革新にとどまらず、開発・設計のナレッジ・マネジメント(ベテランの知恵の蓄積を活用)や、サプライチェーン・イベント・マネジメント (物流・製造・卸など各段階の情報を統合管理) 改革などを進めている。

3.人材づくり、組織の活性化
総合技術力を支える人材づくり、組織の活性化にも力を入れている。
(1)研究開発人材の活性化
人材育成に関しては、新入社員の早期戦力化教育プログラム策定とキャリア育成計画の充実に取り組んでいる。また、研究者のモチベーションを高めるために、個人評価・表彰の機会を増やすとともに、2002 年度には特許補償制度の改正(ロイヤリティー収入の10%を発明者に還元)を行っている。
人材の流動化・活性化策としては、社内公募制度(入社後10 年以上の研究者に異動希望表明の機会を与え、希望先のニーズと合致すれば実現する制度。これまでの実績は50 名)を制定するとともに、社外の人材活用をフレキシブルに行っている。
(2)組織の活性化
研究所などの組織活性化に向けては、①各研究所における製品責任の明確化、②事業本部と技術本部による製品開発戦略の共有、③若手リーダーの積極的登用(部下の業績評価権限も付与)、④潜在能力の顕在化と組織のナレッジの活用(know-how 検索、know-who 検索など)、に取り組んでいる。

4.日本の技術と製造業の活路
(1)産学官連携の構築
21 世紀のわが国製造業は「フロントランナー型技術開発」にシフトする必要があり、技術のさらなる高度化と、社会が求める幅の広がりが求められる。これを実現するためには、21 世紀型の産学官連携を構築すべきである。産業界としては、①欧米追従型の改良研究開発から、白地に絵を描く価値創造型製造業への進化、②技術イノベーションを社会システムとして完成させるロードマップの作成・共有(産業界のイニシアティブにより、学・官と連携)、③短期および中長期ターゲットを狙った研究開発投資、④博士課程学生のインターシップ受け入れと報酬の付与、に取り組む必要がある。同時に、大学は①ロードマップ上での基礎研究、産学官合同PDCA サイクルの推進、②共通基盤技術の伝承と高度化研究の継続、③戦略的な思考・構想力教育の強化を、政府は①科学振興と技術振興の区分(各々を支援する政策と投資の明確化)、②基幹製造業における「死の谷」克服のための政策を、それぞれ推進すべきである。
(2)第3期科学技術基本計画へ向けて
基幹製造業の技術開発スパンや研究投資額は、要求される技術の幅と性能・信頼性の高さの両面リスクから、一企業の負担限度額を超えている。欧米や中国では政府が支援を行っており、わが国でも国家レベルの対策が必要である。第3期科学技術基本計画では、①第2期計画における研究成果(シーズ)の産業化(ニーズ)への活用、②基幹製造業の次世代技術の産業化までに存在する「死の谷」対策、に関する政府の役割を示すべきである。また、21 世紀の社会ニーズを踏まえた大規模プロジェクトとしては、①物創りニッポン(マザーマシン世界トッププロジェクト、世界トップのドクター人材育成など)、②安全・安心社会の構築、③環境との調和を目指す持続型エネルギー社会とエネルギー安全保障の確立、などに取り組む必要がある。

 もう3つほど(キヤノン、シャープ、トヨタ)があるんですが、長すぎるので各自見てください。http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2004/040honbun.pdf

2、攻めと守り

第Ⅲ章では、収益力強化に向けた企業戦略に関して、優れた経営実績を上げている企業から聞いた内容、ならびに日本経団連の主要な製造業会員を対象とするアンケートの結果を紹介した。これらを通じて挙げられた企業戦略類型は、大きく二つのグループに分けられる。第一のグループは、経営基盤の健全化に向けた、いわゆる三つの過剰(債務・設備・雇用)の解消を中心とする「守りの経営再構築」である。第二のグループは、さらなる成長や新たな事業展開を目指した「攻めの経営再構築」である。この分類は相対的なものであり、「守りの経営再構築」の中にも「攻めの経営再構築」につながる施策が含まれている。
バブル崩壊後の企業戦略については、一般に、三つの過剰を解消することに最も重点を置いてきたとされる。しかし、各社の企業戦略ならびにアンケートの結果では、こうした「守りの経営再構築」に加えて、「攻めの経営再構築」に積極的に取り組んでいる企業の姿がうかがわれる。



(1)守りの経営再構築
類型1:設備・施設の除却・統廃合
類型2:有利子負債の削減
類型3:間接部門の合理化・効率化
類型4:賃金・福利厚生の見直し
類型5:人員の整理・合理化

(2)攻めの経営再構築
類型1:研究開発の推進
類型2:能力増強・更新など設備増強
類型3:キャッシュフローの確保
類型4:製品・事業の絞込み
類型5:販売力の拡充、ブランドイメージの確立
類型6:積極的な海外展開
類型7:生産方法・在庫管理の効率化
類型8:原料・資材の調達方法の改善
類型9:分社化・合併など企業組織の変更
類型10:優秀な人材の確保・育成



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最終更新:2009年07月01日 18:27